タイトル通り、アスタリスクが不穏になっていきます。
「ただいま・・・。」
翌日の放課後。授業が終わった悠は、小さくそう言いながらホテル内に宛がわれた自室へと入る。部屋は電気がついておらず、ルームメイトはまだ帰ってきていないらしかった。
ーーー昨日、あの後。姉に起こされ、何時の間にかホテル前まで帰ってきていた事に驚きながらも、何とか状況を把握した悠は一旦姉と別れてホテル前まで付いてきていたシルヴィアをクインヴェール女学園に繋がる鉄橋手前まで送ると、また引き返してホテル内の自室へと帰ってきた。
ホテルの部屋分けは星導館学園の学生寮と同じように男女で分かれており、建物内の空気は学生寮にいた時と然程変わらない。最も、学生達が見せる顔は少なからず暗いのが多かったが。
ホテル内には精神科医やカウンセラーも常駐していて、学生達の精神ケアにあたっている。今回の事で環境の変化から不安症になった者や、親友が亡くなったり、あるいは恐怖からPTSDを発症した学生も少なからずいたためだろう。何となく気になって診療室前を通る度に中を除いてみたが、学生の姿を見なかった日は1日たりともない。
そしてそれを見る度に、悠は沸々と沸いてくる怒りで拳を握りしめていた。彼らの行動が悠だけでなく、彼らと全く関係のない者まで傷つけ、何かを奪っている。その事実は、どうしようもなく悠を苛立たせた。
「・・・駄目だ、駄目。怒りに任せてたら、自分で何をやらかすか分かったもんじゃない。」
そう呟きながら、何度か深く深呼吸をする。幾分か落ち着いた所で、悠は部屋に備え付けのテレビをつけつつ、制服からジャージに着替える。幸いというか何というか、元々は寮だった瓦礫の山の中から学生寮の各部屋にあったクローゼットはボロボロになりながらも無事に見つかり、中に入っていた学生達の着替えもちゃんと残っていて、それは悠も例外ではなかった。
というかシルヴィアが選んでくれた服なので、悠としては残っていてくれなければかなりショックを受ける所だったのだ。ちなみにその服は、着るのが勿体無いという理由でまたしてもクローゼットへ眠っている。
「・・・次のニュースです。星導館学園崩壊事件のその後について・・・」
と、聞き逃せない言葉にテレビの画面を見ると、キャスターの背後に展開するホログラフモニターに崩壊した星導館学園が見えた。キャスターの話を聞くに、復興までの期間は最低でも2ヶ月、長ければ3ヶ月程かかるらしい。しかも銀河の正式発表が情報元なので、信頼性は保証されているようだ。
「・・・2、3ヶ月。」
その数字が、重い響きを持って悠にのし掛かってくる。莫大な利益を持つ統合企業財体でさえ復興にそれだけの時間がかかるのだ、こんな事がもしアスタリスクの外で起きていたら・・・その後は、考えたくもない。
アスタリスクの外に対しては無頓着な企業財体の事だ、復興資金の支援こそするだろうが、現地での復興支援までは手を出す事はしないだろう。そうなれば復興は現地任せになり、
「日常は、1度壊れてしまったら戻らない・・・か。」
不意に、昔の自分が言った事を思い出す。ある意味当たっているなぁ、と自嘲気味に呟いた。
いくら復興した所で、それはあくまで「かつてあった日常の再現」でしかない。さらに言うなら、何らかの要因で家族や大切な人を亡くした住人が復興地に帰ってきたとしても、その場所は「家族や大切な人との思い出の場所」であって、亡くなった本人がその場にいるわけではない。
それは悠自身が身を持ってよく知っている。
「たっだいまー・・・って、帰ってきてたのか、悠。」
聞き慣れた声がしてテレビから視線を移すと、ちょうど夜吹が帰ってきた所だった。その服装から察するに、どうも外回りをしてきたらしい。
「遅かったね、夜吹。何してたのさ?」
「ちょっと色々調べものだ・・・っと、そうだ。悠、これ。」
そう言いながら、悠へ何かを出してくる。ホッチキス止めされたその書類の束には、一人一人、顔写真つきの経歴が載っている。
「今んとこ、
「いや、確定出来なくても、怪しい人物が分かってるだけマシだよ。ありがと。」
そう言ってからベッドに腰を落ち着けると、悠はその書類をじっくりと眺めだした。その横で、夜吹は真剣な表情をしながらテレビを見つめる。
「なぁ夜吹。一応聞くけどこれ、俺が見てもいいやつだよね?機密とかだったら笑えないよ?」
「心配すんなって。銀河とかその諜報機関とは何の関係もないとこで独自に集めたやつだから。親父からも、お前には見せていいって許可下りてるしな。」
なら良いけど、と言ってから、視線を書類へ戻す。
(しっかし、凄い情報量だな・・・諜報機関並みじゃないのか、これ。)
書類は1人1人がとんでもない情報量であり、悠としては目が点になるレベルである。そんな書類を1枚1枚、丹念に見ていく。中には、アスタリスク出身の傭兵や6学園のOBもいる。そうして1人1人を注意深く見ていき・・・ある1人の書類で手が止まる。
「・・・なぁ、夜吹。」
「んあ?どうしたよ、そんな青ざめた顔して。」
そう言いながら、悠が手に持っていたその1枚を取ると念入りに見る。
「この女がどうかしたか?知り合い?」
「あぁ・・・うん。」
悠は一呼吸置くと、決定的な一言を口にする。
「イリア・フィーリエは・・・シルヴィのライブで警備責任者をしてる人だ。それに・・・そこに書いてあるグリーンロサ警備保障は、父さんと母さんを殺した統合企業財体の顧問警備会社だよ。」
ー■■■ー
「お帰り、シルヴィ。その様子だと、事務処理大変だったみたいね。あぁ、それから荷物届いてるわよ。」
翌日、放課後。シルヴィアがクインヴェール女学園の学生寮の自室に帰ると、実里がノートPCを操作しながらそう言ってベッドの方を指差した。見れば、昨日預けた例の買い物袋がベッドの上に大量に積まれている。
「あんたねぇ、幾らなんでも買いすぎでしょ。悠を連れ回してるのかと思ったら荷物持ちやらせてたの?」
「えー、そんな事ないよ?」
「どうだか。シルヴィって無自覚で人を振り回すからねぇ。」
実里の言葉に「うぐっ・・・」と、シルヴィアは言葉を詰まらせた。彼女自身、自分の行動で周りの人を振り回してしまっている事は分かっているのだ。何と言うか、悠や実里の前だと素が出てしまうというだけで。
「その性格、いつか損するから治した方がいいわよ。あ、何だったら悠にも協力してもらおうか?」
「いいです、自分で治すから。ていうか、何かにつけて悠君を引っ張り出すの止めようよ。悠君が可愛そうだよ。」
「あいつに手加減する理由なんて1つもないからね。私の気が済むまで引っ張り回してやるわ、あいつ。」
相も変わらず、なんとも辛辣である。本当にこの二人、仲が良いのか悪いのかよく分からない。
「何だかなぁ・・・。」
と、シルヴィアは深く溜め息をついた。そんな時、不意に部屋の外に取り付けてあるインターホンが鳴る。
「うん・・・?こんな時間に誰だろ?」
と、若干不審に思いながらも応対する。聞こえてきたのは、もはや耳慣れた女性の声だった。
「二人とも、いますね?直近の事で話しておきたい事があるので入っても?」
その声に、ゆっくりとドアを開ける。そこにいたのは、やはりペトラ・キヴィレフトだった。
「珍しいね。ペトラさんがこんな時間に、しかも直接寮部屋に来るなんて。」
シルヴィアがそう言うと、ペトラは部屋においてある椅子に当たり前のように腰掛けた。実里も流石に手を切り上げると、シルヴィアと並んでペトラと向かい合うように座る。
「で、話って言うのは?わざわざ私達の個室で話したがる辺り、あまり周りに聞かれたくない話なんだなっていうのは分かってるけど。」
シルヴィアがそう言うと、ペトラは「察しがよくて助かります」と言ってから小さく溜め息をついた。
「実は、警備責任者が変わる事になりました。それと、ほとぼりが冷めるまでは双月君との接触を避けなさい。これは理事長命令です。」
そんなペトラの言葉に、シルヴィアと実里は耳を疑った。警備責任者はこれまでずっとイリア・フィーリエだったのだ、急に変わる事になったと言われても納得いく訳がない。おまけに、急に悠との接触を避けろとはどういうつもりなのか。
「ちょ、ちょっと待ってよ。イリアさんは?今までずっと警備責任者はイリアさんだったじゃない。それに何で悠とシルヴィアを引き離すわけ!?」
狼狽えるように、実里がそう言い返す。シルヴィアは何も言わなかったが、内心実里と同じ気持ちだった。たとえ表に出てくる事がない警備責任者でも、今まで一緒に仕事をして来た仲間である。それに悠は実里にとって大切な友人だし、シルヴィアにとっては想い人である。動揺するのも無理はなかった。
「イリア・フィーリエは、2日前に辞職願を出しています。それに、双月君の周りは今、かなり緊張した状態ですから。」
さらに続くペトラの言葉に、二人は絶句する。
「何で受理したの?それに、緊張状態だから何?ちゃんとした理由を説明してくれないと納得出来ないよ。」
シルヴィアが強い口調でそう言うと、ペトラは顔を上げて二人を見た。その目は何かを憂えているような、あるいは哀れんでいるような、そんな目だ。
「別に、話すのもやぶさかではありません。というか、本来なら貴女達は一番聞いておくべきです。
ですが・・・聞いた後で後悔しない、それと、双月君とは一時的に距離をおく、これを約束できますか?」
ペトラの言葉に、二人は緊張が走るのを感じ取った。これからされるだろう話がそれほどに重大で、かつ決定的に何かを壊してしまうだろう事が容易に分かってしまった。
「・・・ちゃんとした話を聞いてから決めたい。だから、とりあえず教えて。」
それでも、聞かなければならないと思った。本当の事を知っておかなければ、後で後悔するという確信があった。二人の目を見たペトラは、諦めたような、しかしわかっていたような表情で1つ息を吐くと、口を開く。
「W&Wの諜報機関から、ある情報があったんです。そして、それが私達学園側に伝わったタイミングで辞職届が出されたため、貴女達の安全を考えて受理しました。」
「・・・何よ、ある情報って。そこが一番肝心じゃない。」
実里が不満げに言うが、ペトラは構わずに話を続ける。
「イリア・フィーリエは元々、グリーンロサ警備保障という警備会社の実務管制を担当していました。彼女を警備責任者として登用したのは、彼女が担当した警備任務の実績を評価したからです。・・・まぁ最も、今分かった限りではその実績も一部改竄されていましたが。」
顔をしかめながら、ペトラはそう話す。対するシルヴィアと実里はと言えば、まだ話が見えないのか頭に疑問符を浮かべたままだ。
「グリーンロサ警備保障の業務は、民間企業の警備から要人の警護まで様々でした。ですが、最も力を入れていたのはある統合企業財体の顧問警備です。まぁ最も、傘下にいた訳ですから当たり前と言えば当たり前ですが。」
ふぅ、と小さく合間を置くと、再び口を開いた。シルヴィアと実里は、黙って話を聞いている。
「話は変わりますが。丁度彼女がそのグリーンロサ警備保障に務めていた頃に、ある事件が起きました。被害者はとある夫婦。その夫婦の子供は、安全のため孤児院に入れられた。」
「・・・ちょっと待ってよ。何でそこで悠の話が出てくるわけ?イリアさんの話とどう繋がるってのよ。」
実里がまたしても不満げにそう言った。ペトラはその反応を予測していたらしく沈黙したまま、シルヴィアは何かに気付いたようにペトラを見つめる。
「貴女は気付いたようですね、シルヴィア。彼の過去を直接聞いた貴女ならすぐ気付くと思っていました。
・・・えぇ、貴女の想像通りですよ。双月悠君の御両親を殺害したのは・・・当時存在した、
「・・・グリーンロサ、警備保障。」
シルヴィアが、一瞬途切れたペトラの言葉を引き継ぐ。それを聞いた実里は絶句し・・・そして、決定的な一言を口にする。
「じゃあ、まさか・・・悠の御両親を殺害したのって、イリアさん達って事・・・?イリアさんも、
その言葉に、誰も言葉を返す事はない。それほどに重苦しい雰囲気が、その場を覆っていた。
ー■■■ー
「・・・だから、イリアさんの辞職届を受理したんだね。その方が、私や実里の安全を考えるとメリットが大きいから。」
「どういう事よ・・・むしろ、イリアさんを放置しておく方が危険なんじゃないの?」
不思議そうにそう聞いてくる実里に、シルヴィアは1つ息を吐いてから言葉を続ける。
「確かに実里の言う通りだけど、それは
「何よ・・・その言い方。それじゃまるで、悠を私達を守るための人柱にする・・・みたい、な・・・」
そこまで言って、実里も気付いたらしい。驚きに目を見開きながら、ペトラを見る。
「まさかとは思うけど、悠を盾にしようって算段じゃないよね、ペトラさん!?」
「・・・私はクインヴェールの理事長で、貴女達クインヴェールの学生を守る義務があります。貴女達を守るためなら、鬼にも悪魔にもなりますよ、私は。」
ペトラは淡々と、そう答えるだけだった。それに言い返そうとして・・・隣で「バンッ!!」と激しくテーブルを叩きながらシルヴィアが立ち上がる。
「ふざけないで!!何で悠君がそんな目に合わなきゃいけないの!?ただでさえ嫌な過去を掘り返されて苦しんでるのに、これ以上悠君を振り回さないでよ!!」
いつになく本気で、シルヴィアは怒りの言葉をぶつける。そんな彼女を見るのは初めてで、実里もペトラも言葉を詰まらせた。
一方のシルヴィアは、怒りに身を震わせている。脳裏にあるのは、孤児院にいた頃に見せていた暗い表情と、昨日再開発エリアで見せた、暗い表情。その2つの顔が、どうしようもなく重なる。
自分の前では明るく振る舞っていたが、内心では相当不安で、何より苦しいに違いない。そうでもなければ、あんな表情を出来る訳がないのだ。自分の知らない所で悠が苦しんでいて、しかも統合企業財体がそんな彼を利用している。その事実がシルヴィアは許せなかった。
「その話から考えるに、あのタイミングで今まで渋ってた悠君のスタッフ入りを承認したのも本当は悠君を私達の身代わりにするつもりだったからでしょ!?そうやって引っ張り込んで、今度は離れろって、いくらなんでも勝手すぎるよ!!どうせ統合企業財体からの指示なんだろうけど、そんな勝手な命令に従えない!!」
そう言うと、踵を返して部屋を出ようとする。
「ちょ、待ちなさいシルヴィ!!何処に行くつもり!?」
「少し出てくるから放っておいて!それに、悠君に約束したの。『悠君が私や実里の事を守ってくれてるように、今度は私が悠君を守る』って。
だから、何と言われようが悠君と会うのは止めないし、悠君と一緒にいるのを邪魔させるつもりもない。ペトラさんも、もう止めても無駄だから。」
そう言うが早いか、次の言葉が発せられるより早くシルヴィアは部屋を出ていった。少し戸惑いながらも、実里もペトラへ言い返す。
「・・・ペトラさん。悪いとは思ってますけど、私も今回の命令には従えません。やっぱり、悠を盾にするのは私も受け入れられない。」
そう言うと、実里はシルヴィアを追って部屋を出ていく。それを黙って見送ると、ペトラは俯き気味に顔を覆った。
「・・・分かってはいましたが。実際言われると、辛いものですね・・・。」
身勝手。彼を利用した。そんな事は、ペトラだって分かっている。出来れば彼らには一緒にいさせてあげたいし、統合企業財体のために彼らを利用する事なんて真っ平御免だ。
でも、状況がそれを許さない。悠をシルヴィアを守る人柱にするために上層部の命令で彼をスタッフに入れたが、悠と一緒にいる限りシルヴィア達も危険に首を突っ込もうとするだろう。二人はそういう人間だ。
悠が狙われ続けている限り、一緒にいればシルヴィアや実里も狙われる。だから、今度は悠と二人を引き離す事になった。
全くもって最低な身勝手、自己中心的。ただでさえ、財体の身勝手で悠と引き離され、ようやくまた一緒になれたというのに二人がこんな事を受け入れられるはずもない。
「・・・ごめんね、美咲。やっぱり私には、貴女みたいな生き方は出来ないみたい。一緒に頑張ろうって、そう約束したのに。」
誰に聞かせるでもなくそう呟くと、ポケットから携帯端末を取り出す。電源を入れた後、待ち受けに写ったのは、学生服を着た2人の少女。クインヴェール女学園の制服を着ており、一人は肩下で髪を切り揃え、ぎこちない笑顔で笑い。対称的に、もう一人は腰下まで伸ばした綺麗な黒髪で、心の底から楽しそうに笑っている。
「・・・結局、私は貴女を裏切ってばかりだね・・・。」
と、誰に聞かせるでもなくそう呟くと、ペトラは背もたれに寄りかかって深くため息をついた。
ー■■■ー
「合点がいった。道理で監視の目を潜り抜けられたわけだよ。そりゃ、警備責任者が内通してれば穴なんて幾らでも用意できるよね。」
そう呟く悠の顔は、酷く険しいものだった。そして書類の束をベッドの上に放るが早いか、部屋のベランダに出て携帯端末を取り出すと何処かへ電話を繋ごうとする。それを横目に見ながら、夜吹も携帯端末を取り出すと、書類片手に携帯端末にイリア・フィーリエの情報を打ち込んでいた。
「・・・やっぱり駄目か、繋がらない。・・・まずいなコレ。」
そう言うと、悠はまた別の所へ電話を繋いだ。数回のコールの後、ホロウィンドウが展開され、相手の声がする。」
「・・・悠君?」
「良かった・・・繋がった。シルヴィ、ペトラさんに伝えて欲しい事が・・・」
「・・・イリアさんの事でしょ。分かってるよ、もう。ペトラさんから直接聞いたから。」
そう言うシルヴィアの表情は暗い。それに気づいた悠は、彼女の心境がどんな状態か察して、気の至らなさに後悔した。
「・・・ごめん。シルヴィや実里からしたら、大切な仕事仲間なんだよな。そっちの気持ちを考えもしないで話して悪かった。」
悠がそう言うと、ディスプレイの向こうでシルヴィはふるふると首を横に振った。
「悠君が謝る事ないよ。君からしたら、こんな事を知って居てもたってもいられないだろう事くらいは分かってるから。・・・でもまぁ、確かに気持ちが落ち着かないのは事実かな。」
そう言うと、シルヴィアは微かに笑う。だが、無理をしているのは明らかだった。それを見た悠は、居てもたってもいられなくなる。
「今、多分外だよね?少し話せないかな。今どこにいる?」
「え?・・・あ、うん。今は、クインヴェールと中央区の間にある鉄橋のとこだけど・・・。」
「分かった。今からそっちに行く。そこで待ってて。」
そう言うが早いか、通話を切ると貴重品なんかをきっちり持ってからまたベランダへと出ていく。
「・・・気を付けろよ。」
と、背後から夜吹がそう声をかけてくる。それに後ろ手を振る事で答えると、悠はベランダの柵を乗り越えて飛び降りた。
ー■■■ー
アスタリスクの港湾エリアから数十キロほど離れた沖合い。その海中に停泊している、黒塗りの巨大な潜水艦。
「随分と早いお帰りだな、リーダーさんよ。本来の計画じゃ、あんたはまだ向こうにいるはずだが?」
潜水艦内部、艦橋。長身痩躯の男ーーー双月刀牙がそう声をかけると、艦橋にやってきた女は鋭く刀牙を睨んだ。うへぇ、とでも言いたげに首をすくめると、女は呆れたように溜め息をついてから正面のモニターへと向き直る。
「・・・状況が変わったのよ。というか、元を辿れば下っ端の過激連中が失敗しまくった上に、標的の周りが予想以上に頭キレが良かったのがそもそもの原因だけどね。その点に関しては私の過失だと認めましょう。」
「過失、ねぇ。まぁ、表立って動けなかった以上あんたが方針しか伝えらんなかったってのはしょうがないしな。で、その失敗しまくった奴等はどうすんだ?懲罰拷問にでもかけるか。」
意地悪い顔で刀牙がそう言うと、女は不快げに顔をしかめた。どうやらこの女、テロ集団の首魁でありながら粛清やら懲罰やらは嫌いらしい。
「何人かはとっくにやられてるんだし、いい加減あの過激連中も思い知った頃でしょう。懲罰なんてやる気はさらさら無いわ。
・・・それより、仕掛ける日を決めたわよ。」
「ほう?」
刀牙の目が細められ、口調が真面目なものになる。
「決行は3ヶ月と12日後・・・6学園の学園祭の最終日。あぁ、星導館はとっくに潰したから5学園かしら。まぁどうでもいいけど。ちょうど外部からも大量に人が来るし、正に願ったり叶ったりの状況よ。
・・・今まで私達が受けてきた苦しみを、痛みを、悲しみを、世の中に跳ね返してやる時よ。念入りに準備して。私達は、その日のために今まで活動してきたんだから。」
「はいはい、分かってるよ。そんじゃあ、その日まで耐えるだけの備蓄があるか確認してくるわ。無かったらどの道補充せにゃならんし。あんたは他の奴等にその決行日を通達してこいよ。あいつらなら俄然気合いが入るだろうさ。」
そう言うと、刀牙はヒラヒラと手を振って艦橋を後にする。与えられた自室に戻ろうとして、彼は通路の端に立つ男に気付いた。
「何だ、お前か。何でそんなとこに突っ立ってんだ?」
「・・・別に、なんて事はない。単に、お前の覚悟を問いたかっただけだ。」
男は刀牙に向き直ると、鋭く彼を射竦める。
「本当にいいんだな。お前が殺そうとしているのは、実の姉の子だぞ。お前からすれば実の甥なんだ。」
「・・・しつけぇな。前からいいって言ってんだろうが、耳ついてんのかお前。
甥っ子?笑わせんな。あんなのを甥だなんて思った事は1ミリもねえよ。他の流派出身で腕が立つからと、唯一男の嫡子だった俺を怪我したからと差し置いて当主になったような奴の子供なんざ可愛がれるか。あの姉も馬鹿だよ。あいつが当主になってりゃ俺もいくらか溜飲下がったさ。それを自分は当主にふさわしくないだの、ぐだぐだ抜かしやがって。」
吐き捨てるように、刀牙は言う。
「そもそも、歴史だの何だのを重んじるような剣術の家に生まれたのが間違いだったんだ。もっと別の家に生まれてりゃあ、万倍マシだったろうな。」
それだけ言うと、刀牙はさっさと行ってしまう。その背中を見ながら、男は心の中で彼に問うた。
(なら、双月刀牙。なぜお前はあんな顔をした?あの夫婦が死んだ、甥は精神不安定な状態で孤児院に入れられたと聞いた時、お前は確かに顔をしかめていた。・・・お前の本心は、一体どっちだ?)
皆様、おはこんばんにちは。Aikeです。
さて、そろそろ本格的にヤバい雰囲気になってきました。ここから3ヶ月間は何事もなく、普通に時間が過ぎていきます。それに、この間に星導館学園も再建されますしね。
そんなわけで、次の話では文化祭1ヶ月前まで時間が飛ぶ事になります。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。