さて、あんな展開の後での話です。前話で話した「悠の不安定さ」を前面に、悠の内面を書いていこうと思います。
ちなみに、相も変わらず光さんの(過保護的な意味で)ブラコンが炸裂します、はい。
エレベーターが小さな音をたて、6階に止まる。エレベーターが開ききるのももどかしく、悠は隙間から飛び出すと周囲を見渡した。中央の吹き抜け、一番下に1階ロビーが見えるのを囲むように配置されている病室。行政府爆破で多くの患者がいるせいか、ここでも医師や看護師が行ったり来たりしていた。
「こういうのは手前から順に並んでるもんだ。すぐに見つかるはずだから、とりあえず落ち着け。」
「・・・あぁ、そうだな。悪い。」
深呼吸しながら、3人で順に、手前から病室のプレートナンバーを確認していく。夜吹の言う通り、605号室はすぐに見つかった。
無意識の内に、悠の手が震えだす。どうしようもなく、かつて見た光景が、今目の前の光景と重なる。そんな情けない手を無理矢理握り潰して震えを止め、頭を振って過去の幻視を追い出し・・・思いきって、引き戸を開ける。
ー■■■ー
ーー静か、だった。
病室は、4人用の共同病室だった。機械が放つ規則的な音と、ラジオから流れるシルヴィアの歌。人の声は、何一つしない。その静寂が、悠をどうしようもなく不安にさせる。
内心焦りながらも、何とか体を落ち着かせて、手前のカーテンを少し開けながら順に中を覗き込む。まず手前にいたのは、左右にペトラともう一人、ライブで警備責任者をしていたイリアだった。二人とも、微かに寝息をたてて眠っている。頭と手にはきつく包帯が巻かれ、呼吸用のマスクがつけられていた。確かに息をしているのを確認してから、奥へ。
ペトラ達がここにいるという事は、つまり。まずは右側のカーテンに手をかける。一度深呼吸をしてから、さっとカーテンを開けた。
「実里・・・」
高原実里が、微かに寝息をたてながら眠っていた。ペトラ達と同様、頭には包帯が巻かれ、手にも夥しい量の包帯が巻かれてはいるが、確かに生きている。口は安堵の息を漏らすが、それでもまだ悠の不安は消えない。背後を振り返り、その先にいるはずの、大切なもう一人の少女の所へ。
「・・・悠。」
ずっと病室の入り口で見守っていたユリスと夜吹が、視線で合図してくる。その視線の先にあるのは、もう一人の少女がいるだろう医療ベッドと、それを隠す白いカーテン。大丈夫だと、またしても震えだした手を押さえながら、そのカーテンを開ける。
「・・・あぁ・・・」
と、小さく吐息が漏れる。そこに、彼女がーーーシルヴィア・リューネハイムがいた。
呼吸用のマスクをつけ、頭にはきつく包帯が巻かれ。左手は包帯が全体に巻かれた上でギプスにより固定されていた。頬も怪我したのか、病院によくあるような大サイズのガーゼが貼られている。自分でも意識しない内に彼女へと歩み寄り、ベッド横にあった丸椅子に腰かけた。
呼吸でマスクが規則的に白くなるのを見て、心の底からようやく安堵する。同時に、強張っていた体から力が抜けていった。
「・・・良かった。生きててくれて。」
その言葉が、彼女に届いたかは分からない。それでも、そう口にせずにはいられなかった。ベッドの上に投げ出された右手に、そっと触れる。傍らに寄ってきたユリスと夜吹は、その様子を見守っていた。
「あぁ、もう来ていたかな。悪いね、遅くなってしまって。」
と、ドアが開く音と同時にそんな声がして、反射的に悠は手を引っ込める。背後を振り返ると、長身痩躯の男性医師と女性看護師の二人がいた。
ー■■■ー
「そういえば、自己紹介がまだだったね。あの605号室の患者さんを担当している月峰敬と言います。それで、こっちが妻の恵子。多分、双月君はうちの名前に聞き覚えがあると思います。」
「そうなのか?」と聞いてくる友人2人に、悠は頷いた。月峰家と言えば、母の話では初代の頃から双月流本家を支えてきた由緒ある家だという。本家により当主座を望めなくなり、大半の分家が双月流を棄て去っていく中で、心から双月流本家を自分達が支えていこうと残留を決めた家の1つだ。
「確か今の月峰家当主は、孝之さんですよね。・・・あ、もしかして、孝之さんって。」
「えぇ、僕の兄です。僕も剣の鍛練はしていたんですが、如何せん体がついていかなくて。それで父や兄には悪いと思いましたが、こうして医師になる道を選んだんです。」
そう言うと、男性医師ーーー改め、月峰敬は頭をかいた。そんな様子を見ていた女性看護師ーーー改め、月峰恵子が促すように敬の腕を肘でつく。
「今はそう言う話をする場所じゃないでしょう。ちゃんと医師のお仕事しないと。」
「あ、あぁ、そうだな。悪いね、こんな話をするために来たわけじゃなかったのに。」
そう謝る敬に、悠はとんでもないと首を横に振った。急に押し掛けてきたのは悠の方だし、本来謝るのはこっちの方だ。
「じゃあ、早い内に話をしようか。君が聞きたいのは、605号室の患者さんの容体だったかな。」
悠が頷くと、敬は端末を使って表示したホロディスプレイを悠達に見せる。そこに表示されていたのは、4人分の患者カルテだ。それぞれに外傷の度合いや適した治療手段、詳しい容体が記されていた。
「まず、4人に共通した外傷としては頭部痛打による流血。4人ともかなり強くぶつけたみたいで、流血量が多かったからそれを最優先に治療させてもらったよ。あとは、砕け散った車のガラスでの物と思われる裂傷。特に腕に傷が集中していた所から、体を低くして伏せていたか、顔を守るために上げるかしたんだろう。腕の包帯はそれの治療をしたからだ。ある意味重傷だったのは、ペトラさんとシルヴィアさんでね。」
その言葉に、今生きているとは分かっていても悠の身体は強ばる。その顔を見ながら、敬は言葉を続けた。
「頭部からの出血と腕の裂傷はもちろんあったよ。ペトラさんの場合はそれに加えて外傷性脳内血腫によるものと思われる中度の意識障害。シルヴィアさんの場合は左腕の複雑骨折を起こしていた。今日はとりあえず応急処置をして、二人とも明日手術をする予定だ。」
「・・・それをすれば、また元気になりますか。」
悠の言葉に、敬は頷いた。悠が小さく息を吐き、背凭れに寄りかかる。両隣に座るユリスと夜吹は、それを優しい目線で見ていた。
「少なくとも、君が考えていたような状況ではないから大丈夫。医師として、全快のために全力を尽くすから。」
恵子がそう言うと、悠の顔の陰りがようやく薄れる。それを見計らって、敬は懐から病院の面会証を取り出すと悠に渡した。
「それを使えば、いつでも面会できるように話をつけておくから。好きな時に来れた方が、君としても良いだろうし。」
ありがとうございます、と悠が深く礼をする。その肩がポン、と小さく叩かれた。
ー■■■ー
「良かったな、悠。全員命に別状が無くて。」
帰りのタクシーの中、夜吹がそう言うと、悠は黙ったまま頷いた。
ーーあの後。
ひとまず3人は一度寮に帰る事にして、病院を後にした。病院の前でタクシーを待つ間に、悠は孤児院に電話をかけて栞に繋ぎ、シルヴィア達が命に別状はない事と、明日の手術をすれば今まで通り元気に過ごせる事を伝えた。栞の圧が地味に強かったが、悠の話を一通り聞くと安心したらしかった。
『分かった。じゃあ、そっちは貴方に任せるわ。子供達の事はこっちに任せなさい。』
それじゃあね、という言葉と共に通話が切れる。夜吹とユリスの呼ぶ声がして顔を上げると、タクシーがちょうど来た所だった。
「てか、勢いで飛び出してきちまったけど俺ら、荷物持ってきたまんまだったな。危うく忘れもんするとこだったぜ・・・。」
「それは夜吹くらいだろう。私も悠も、お前ほど間抜けではないからな。」
「お姫様って、ほんとナチュラルに俺の事ディスるのな・・・いい加減に辛いんすけども。」
「ディスられる原因がお前にあるのだから仕方ないだろう。諦めろ。」
「何それ無慈悲すぎる!?」
と、端から見ればとてつもなくお馬鹿に見えそうな問答がタクシー内を満たしている。それを聞きながら、悠は二人への呆れと何も変わらない日常への安堵が混じった溜め息をもらした。
ー■■■ー
「まいどご利用、ありがとうございましたー。」
という言葉と共にタクシーのドアが閉じ、遠くへ去っていくのを悠達は見送ってから再度の帰路についた。
降りた場所は星導館学園・中等部校舎側の正門前。中庭の方のゲートは閉まりきってしまっているだろう時間帯故、三人は仕方なく学園敷地を迂回して学生寮へと向かう。時刻は午後5時半。寮の食堂が開くのが6時半過ぎなので、悠達は後でまた集まって夕食を取る事にしていた。
「では、私はこっちだからな。また後で。」
そう言って、ユリスは女子寮のほうへと去っていく。女子寮は男子寮とは向かい合わせになっており、原則として男子が女子寮に、女子が男子寮に入るような事は禁止されている。
「さて、んじゃ俺達も一旦戻るか。」
互いにそう言って、男子寮に入り、入り口を兼ねた1階エントランスホール奥にあるエレベーターを使い5階へ。星導館の学生寮は少し特殊な構造で、男子寮は中央に半円型のエントランスタワーとそれを囲うように配置された7階建て・横長の寮部屋棟が第1棟~第5棟、女子寮は第1~第2棟が1階から上が階段上になる方式、第3~第5棟が縦長ので漢字の「光」を描くように配置されている。規模が規模なので、計算上は相当な数の学生を収容できる規模だ。
それが男女に分かれて二つあるのだから、実質の収容人数は1000人を超える。ちなみに、男子寮7階の一部と女子寮第4棟の12楷と13楷は
悠と夜吹の部屋は第1棟の5階にあり、手前側にある。部屋の鍵を(クローディアが勝手に付けた)指紋認証で開けると、案の定部屋は真っ暗だった。まぁ、今の今まで二人とも居なかったわけだから、電気が付いていたら付いていたで問題なのだが。とりあえず荷物を置き、学園支給のジャージに着替え、同じくジャージに着替えた夜吹と揃ってまた部屋を出る。
「多分この時間なら、一番乗りで行けるだろ。何か疲れたし、いつもより多めに食いたいなぁ。」
「だからってあんまし食べると脂肪になるから気を付けなよ?ただでさえ夜吹、運動とかしないんだし。」
「失礼な。これでも動き回ってるっつうの。・・・主に新聞部で。」
「それ、対して動いてないよね。絶対夜吹の事だから盗み聞きとかそんなんでしょ。流石夜吹だね。やる事がセコい。」
「お前なぁ・・・それ、俺よか週刊誌書いてる記者の方が当てはまるぞ。流石に個人のプライバシーを勝手に侵害するような事はしないっての。・・・って、うん?」
夜吹が何に気付いたのか、言葉を途切れさせる。1階エントランスホールの出口に二人の女性が立っていたのだ。
「・・・あー、まぁ、来るよなぁ。いやまぁ、薄々分かっちゃいたんだけども。」
「先行っとこうか?お姫様には言っとくぜ?」
「あぁ、頼む。またユリスに小言言われそうだけどね・・・。」
そう言うと、夜吹は先にさっさと行ってしまう。その後を、少し間を置いてから悠も出口へ向かう。
「来るだろうなーとは思ってたけど、なんで叔母さんまで来るかな・・・いくら親族とはいえ、財体の幹部なんだから他にやる事あるでしょ。」
「その『やる事』があるから来てるのよ。あとは可愛い甥っ子が滅入っちゃってないかカウンセリング。」
腕組みをしながら、双月美晴はそう言って悠に視線を向けた。その横から出てきた姉が、何も言わずに抱きすくめてくる。
「・・・大丈夫、悠?平気だった?」
その言葉は、心配と不安を如実に表していた。悠がシルヴィアや実里と懇意にしている事はアスタリスクに来た時にそれまでの事を話したから姉も叔母も知っているので、多分そういう意味での「大丈夫か」だろう。
「・・・大丈夫だよ。命に別状は無いって言ってたし、骨折してる腕の手術をすればまた元気に動けるって言ってたし。俺だって別にそんな・・・」
そう言っても、姉の抱擁が解ける事は無かった。それどころか、逆により強く抱き締めてくる。
「この子ね、ニュース速報見て相当驚いてたのよ。それでいざ貴方の教室行ったらもう居ないし、寮にも帰ってないしで取り乱しに取り乱してたんだから。まぁ、たまたま見てた人が貴方が友達と一緒に走っていくの見てたから良かったけどね。」
「あぁ、そうか」と、悠は納得した表情になる。そういえば、病院に行った事はあの二人以外は知らないのだったか。そりゃ心配するのも無理はない。
「・・・心配かけてゴメン。今後気を付ける。」
「・・・約束だからね。」
そう言うと、姉の抱擁がようやく解ける。姉の目尻には微かに涙が滲んでいたが、悠が気付く事は無かった。
ー■■■ー
「・・・行政府爆破とシルヴィ襲撃が、同一犯だって?」
「少なくとも、その可能性があるって話よ。確証がある訳じゃないわ。ただ、私たち銀河はその線で睨んでる。W&Wは他の統合企業財体がやったと思ってるみたいだけど。」
悠の信じられない、という言動に光は悠を心配そうに見、美晴は溜め息をつきながらそう返した。
急に銀河の最高責任者から連絡があったと思ったら、行政府が爆破されただのシルヴィア・リューネハイムが襲撃されただのと、いきなり大量に情報が入ってきた。詳しく聞いてみると、行政府爆破の嫌疑やシルヴィア・リューネハイム襲撃の嫌疑がW&Wを除いた統合企業財体全てにかけられており、それに関して銀河は嫌疑を否定する声明文を送った。
というか、現代の常識的に考えて統合企業財体がアスタリスク行政府を狙うなど自殺行為なのだ。他の統合企業財体の攻撃に正当な理由付けを与える事になるし、何よりアスタリスク行政府が他の統合企業財体に指令を出して総攻撃を受けないとも限らない。
「まぁ、一番可能性が高いと睨んでるのは貴方もよく知ってる連中なのだけどね。」
「・・・
悠の表情が険しいものになる。その手は強く握り込まれ、微かに血が滲んでいた。そんな弟の様子を、光は不安そうに見つめている。
「こうして手を出してきた以上、変に動くとまた同じような事が起きる可能性があるわ。だから、悪いんだけど暫くの間アスタリスク市街地で彼らについて詮索するのは止めて欲しい。下手をすれば貴方を手にかけに来るかもしれないし、また別の貴方の友達が狙われる可能性もあるから。」
叔母の言葉に、悠の体が強ばる。彼の脳裏に浮かんだのは、ユリスや夜吹といった星導館の面々だった。自分が下手に動けば、彼らにも危険が及ぶ。叔母の言葉が意味するのは、すなわちそういう事だ。
シルヴィアと実里を傷つけられた怒りと、まだ手を出されずに済んでいる友人達の身の安全の狭間で葛藤する。
握り込まれた手が微かに震え・・・ゆっくりほどけていく。
「・・・分かった。これ以上、あいつらの詮索はしない。後は、任せる。」
そう言う悠の顔は、俯き気味でよく分からない。けれど、必死に我慢しているのだけは明らかだった。
「分かってるわ。ここから先は、大人の仕事。絶対に見つけだして、償わせるから。・・・任せなさい。それに、可愛い甥っ子の頼みだしね?」
そう言うと、俯き気味な悠の頭をくしゃくしゃと撫でてからその場を去っていく。それを見送っていると、不意に悠が顔に手を当てて呟いた。
「・・・あぁ、くそ。何でこうなるんだよ・・・。」
その様子は、必死に何かを堪えているように見えた。きっと、様々な感情が渦巻いているのだろう。悠とて、大人びているように見えてもまだ15歳。そんな年の少年にとっては、こんな現実を突きつけられて平静でいる方が難しい。
「・・・悠。」
と、小さく名前を呼ばれて顔を上げる。気がつけば、いつの間にやら姉の腕の中だった。
「大丈夫だよ。悠も、悠の友達も、私と叔母さんが守るから。だから、大丈夫。お姉ちゃんを信じなさい。」
そう言って、悠の頭を撫でてくる。自分が気がつかなかっただけで、実際は相当滅入っていたらしい。緊張の糸が緩んだのか、悠の目尻には両親を失った際に枯れてしまったはずの涙が滲み、嗚咽が漏れた。
ー■■■ー
「・・・どう?少しは落ち着いた?」
「うん・・・何かごめん。ありがと。」
時間にすれば、10分ほど。悠は目を赤くしながらも、かなり落ち着いた様子で顔をあげた。
「お礼なんていいよ。姉弟だし、これくらいは当たり前。」
そう言って光はほわんと笑う。つくづく敵わないなぁ、と悠は思った。
「ていうか、そうだ。悠、友達待たせてるんじゃないの?行かなくて大丈夫?」
「・・・あ。」
と、小さく声を上げながら携帯端末を見る。時間は午後6時半。完全に1番乗りは逃した時間帯だった。夜吹達もそろそろ痺れを切らしている頃だ。
「ちょっと行ってくる。夜吹達と夕飯食う約束してたんだ。」
「そうだったかー・・・あ、そうだ。なら私も行くよ。」
「・・・へ?」
突然の姉の提案に、悠の目が丸くなる。それを一瞥すると、何故かニコニコしながら悠の手を引いて食堂へ歩き出した。
「いやぁ、だって約束してたのにわざわざ引き留めたの私達でしょ?2割はお詫びしなきゃいけないから。」
「・・・残り8割は?」
「弟が放っておけないのと一緒に御飯食べたいのが4割ずつに決まってるじゃない。」
さも当たり前のようにそう言う姉に、悠はいつも通り溜め息をつく。だがいつもと違い、不思議と嫌な感じはしなかった。
ー■■■ー
学食とは別に設置されている大食堂の出入り口で夜吹はユリスと共に悠を待っていた。今日の出来事や悠の様子を間近で見た夜吹は、あの二人が悠の心配をしていた事がすぐ分かったし、だからこそこうして距離を置いたのだ。
「・・・なぁ、お姫様よ。」
「何だ、夜吹。」
「本当の所さ・・・悠の事、まだ心配だろ。」
「・・・なぜそう思う?」
ちらりとユリスが夜吹を見る。夜吹はその視線を静かに受け止めた。
「病院から帰る時とかタクシー内とか、何だかんだ悠の事気にしてたからな。それぐらい気付くさ。」
そう言うと、ユリスは小さく息を吐いた。
「・・・泣かないだろう、悠は。」
「泣かない・・・って、まぁ、確かにそうだけど。それがどうした?」
夜吹がそういうと、ユリスは呆れ混じりの溜め息をついた。そして夜吹を見ながら言葉を続ける。
「泣くと言うのは、心の防御反応なんだ。辛い時や悲しい時に泣くのは、心が潰れてしまわないために感情を発散する手段だからな。実際、私がそうだった。」
「・・・そうなのか?」
夜吹の言葉に、ユリスは小さく頷いた。その表情には、微かに陰りがある。
「悠とは状況が違うがな。・・・リーゼルタニアに、以前母上が設立した孤児院が今もあるのだ。幼い頃、私はよくその孤児院に行っては子供達と遊んでいた。だがある日、そこにいた私の友人ーーーオーフェリアが借金のカタとして統合企業財体に連れていかれてな。突然いなくなった事で悲しみはあったが、私は泣けなかった。
今思えば、泣く事を私自身が禁じていたんだろう。相手は統合企業財体だったからリーゼルタニアの傀儡王家ではどうしようもなかったし、オーフェリアがいなくなった分まで私が子供達を守らねばと必死だったからな。
・・・そんな時、孤児院で子供達の世話をしているシスターに気遣われて話をする内に、いつの間にやら泣き出していた。それまでは1滴の涙すら出なかったというのに。」
「オーフェリアって・・・もしかして、レヴォルフ序列1位のオーフェリア・ランドルーフェン?」
夜吹がそう聞くと、ユリスは小さく頷いてポケットから白いハンカチを取り出した。綺麗な白磁の布に、小さく刺繍がされている。
「これはそのオーフェリアがくれた物でな。私の宝物なのだ。・・・まさか、このアスタリスクで会う事になるとは思わなかったが。」
そう言うユリスの顔には、複雑な感情が見てとれた。
「・・・まぁ、私の話は今はいいだろう。とにかく言いたいのは、人間は泣くのが当たり前だという事だ。それを無理に抑え込んだりすれば、色々抱え込んで心身ともに潰れてしまう。その点、悠は明らかに無理をしている節があるからな。そこが不安なんだ。」
言い終えると、ユリスは小さく息を吐いた。背を壁にもたれさせながら、夏が近づいてきた事で未だに明るくなっている空を見上げる。
「今の悠は、かつての私と同じだ。周りに心配をかけないように、自分がしっかりしなければと自分で自分を縛り上げて、結果としてそれから抜け出せなくなっている。」
「・・・なるほどなー・・・と、噂をすれば本人来たぞ。・・・何かお姉さん一緒にいるけど。」
夜吹が視線を向ける方にユリスも向き直ると、悠が光に引かれながらやってくる所だった。心なしか悠の目が赤くなっていて、反面その表情は少しスッキリしているように見えた。
「随分遅かったな、悠。てか仲良く手繋ぎですか。」
「第一声がそれかよ・・・てか流石にここじゃ離そうよ、姉さん。」
仕方ないなー、という感じで光は手を離す。
「いやぁ、御免ね。話が少し長くなっちゃって。お詫びも兼ねて、今日は私が奢るから。」
そう言うと、悠に向けて小さくウィンクをしてきた。そして、率先して大食堂に入っていく。その後を追いながら、ユリスと夜吹は悠の様子が少し違うのが気になったらしく悠の顔をしきりに覗き込んできた。
「・・・なぁ、悠。何の話をしていたのだ?」
と、ユリスがそう言うと、悠は頭を掻いてから、
「ちょっと恥ずかしいからノーコメントな。」
と言ってくる。
「ほら、そんな所に立ってないで席取ってきて。座れなくなっちゃうよー。」
「はいはい、分かってますよー。」
とそう言って、悠を先頭に3人はよく使っている実質4人掛けの席を取りに行った。
皆様、おはこんばんにちは。Aikeです。
ようやく悠の内面描写まで来れました。元々「双月悠」というキャラの性格・人間性設定は本作で書いているのと同じだったのですが、そのせいで少し内面描写がしづらくなってしまった節があります。
なんせ元々の性格設定に「一人で抱え込む」という要素も含まれているので、内面を表に出す事がほとんど無いキャラクターになってしまいましたから。
なので、ようやく内面を表に出す描写が出来て一安心している所です。このまま内面描写無しになってしまうとどんなキャラか、読む方も把握出来ないままだったので。
長々と話すのも良くないですね。何はともあれ、ここまで
読んでくださりありがとうございました。