学戦都市アスタリスク 黒白の剣と凛姫   作:Aike

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皆様、おはこんばんにちは。
そろそろ一番書きたいシーンに近づけていきたいので、シリアス展開を少しずつ増やしていきます。
まずは悠とその周りからかな。
それと、1つ注意事項。


今回、かなり長いので家などの落ち着いた場所でゆっくり読んでください。


第12話 守るべき平穏とまさかの敵

 

 

 ライブ会場は、観客達の興奮と熱狂で最高の盛り上がりをみせていた。現在時刻は8時50分。シルヴィアの曲もそろそろラスト1曲という所だ。先程まで歌っていた曲が終わり、メロディが止むと観客から割れんばかりの拍手が起こる。その拍手に両手を振って応えていたシルヴィアが、マイクを手に話し始める。

 

 「皆、今日は来てくれてありがとー!」

 

 そんなシルヴィアの言葉に、観客席から歓喜の声が沸き上がる。その声が会場に反響する中、シルヴィアは言葉を続けた。

 

 「まだちょーっと歌い足りないけど、今日は次でラストです!というわけで大サービス、今度発売する新曲いくよー!」

 

 そんなシルヴィアの言葉に、観客はまたしても興奮と熱狂の声を上げた。まぁ当たり前だが、発売前の新曲、しかもライブ会場で生の歌が聞けるのだ。ファンとしてはこれほど嬉しい事はあるまい。

 

 一旦会場全体の照明が落ち、会場はファン達が持っているペンライトの光が揺らめくだけになる。それから数秒としない内に、軽快なリズムのメロディが流れ出す。そのメロディに、悠は聞き覚えがあった。

 

 「このメロディって、確か・・・。」

 

 独り言のようにそう呟くと、悠は知らず知らずの内に笑みを溢した。

 

 

 

 「へぇ・・・大分上手くなったじゃないか。というか、相変わらず仲睦まじいなぁお前たち。」

 それは、いつの事だったか。確か、シルヴィアと仲良くなってから大分経っていたはずだから、10歳くらいの時だったと思う。いつものように孤児院の縁側で実里と二人、シルヴィアの歌を聞いていた時だった。名前は・・・何だったか忘れてしまったが、女性が縁側の柱に寄りかかって、微笑みながら自分達を見ていた。

 

 「もう、いるならいるって言ってよ。影でコソコソしてるの、格好悪いよ?」

 

 シルヴィアがそういうと、その女性は罰が悪そうに、頭をかきながら歩いてくると、どかりと悠の横に腰を降ろした。

 

 「悪い悪い。いやぁ、三人とも楽しそうにしていたからさ。大人の配慮ってやつだよ。というか悠、相変わらずちっちゃいなー。」

 

 そう言うと、女性はポンポン、と悠の頭を叩いてきた。この人が来ると毎度のごとく悠がいじられていたのだが、何だかんだで悠はこの人が来るのを楽しみにしていた。仕事の関係で来れるのは月に数回だったが、遊びの一環として喧嘩ごっこ(その内実は悠達に拳闘やら武術やらを教えてくれていたのだが)の相手をしてくれていたからだ。

 

 「うっさい。前より3㎝は伸びたし。あといちいち身長の事でいじってくるのそろそろ止めて欲しいんだけど?」

 

 「ははは、たかだか3㎝伸びたくらいじゃ大して変わんないよ。てなわけで、お前はまだまだチビスケだ。」

 

 悠がふかーっ、と怒るのをケラケラと笑いながら受け流すと、女性はシルヴィアがさっきまで歌っていた曲についてあれはどうだこれはこうだと話し出す。

 

 「歌詞は悪くないんだがなー。如何せんメロディーが歌詞のイメージに合ってないんだよな。シルヴィアの自作か、その歌。」

 

 「うん。私なりに頑張って作ったんだけど、やっぱりまだまだだよね・・・。」

 

 そう言ってしょんぼりするシルヴィアを実里と二人で宥めていると、女性は「うーむ・・・」とひとしきり唸ってから、

 

 「よし、決めた。シルヴィア、今からちょっと特別レッスンやろう。お前のその歌、プロ顔負けのもんにしてやるから。」

 

 そう言うと、シルヴィアを引っ張って縁側の奥にある音楽室へと入っていく。何やら話し声の後に、メロディーが流れては途切れ、流れては途切れるのが聞こえてきた。

 そうして何時間が過ぎた頃か、日が暮れてきた時に、不意に音楽室の扉が開いて、シルヴィアが実里と悠を手招きしてきたのだ。音楽室の中に入ると、いつも栞が引いていたグランドピアノの椅子に女性が腰かけていて、悠達が入ってきたのを確認するとまたそれを弾き始めた。そのメロディーは・・・

 

 

 

 「・・・い、悠ー?もう曲終わるよー?」

 

 ふと現実に意識を戻すと、ちょうど曲が終わる所だった。音が止むと同時に、会場全体から割れんばかりの拍手が沸き起こる。シルヴィアは満面の笑みでそれにそれに応えながら、ちらりとこっちを見て小さくウィンクしてきた。

 そうしてシルヴィアが正面ステージから姿を消すと、会場全体の照明が再度点灯する。周りの観客達は口々に、興奮の収まっていない口調でああだこうだと言いながら荷物をまとめ始めた。

 

 「大丈夫?何かボーッとしてたけど。」

 

 「あぁ、大丈夫大丈夫。さっきの曲、懐かしいなと思ってさ。それで昔の事思い出してた。」

 

 怪訝そうに聞いてくる栞にそう答えると、悠は1つ背伸びをしてから席を立った。この後、ライブスタッフは会場内の清掃やら、忘れ物のチェックやら、やらなくてはいけない事が色々とあるが、まず悠はシルヴィアの所に行く。悠は今回こそ招待客であるが、ペトラさん曰くシルヴィア付きのライブスタッフ(今後ずっと)らしいので、シルヴィアの身の回りの管理等もやる事になっていた。

 

 「んじゃ、ちょっと行ってくるよ。3日間いるなら多分ホテルに泊まるんだろうけど、もう暗いし気を付けてね。」

 

 「はいはい、分かってるわよ。私達の事は大丈夫だから、早くあの子のとこに行ってあげなさい。」

 

 じゃあねー悠兄ー、という子供たちの無邪気な声を聞きながら席を離れ、会場入り口から通路に出る。帰りの観客の列に混じりながら近くの階段で1階に降り、その階段近くにある関係者用通路のところで立っている二人の警備員に首から下げていたスタッフ証を見せて通路の奥へ。その奥の分かれ道で左に行くと、少し行った右の方にスタッフ用の待機部屋が見えたが、そこは素通りしてその横にあるシルヴィアの楽屋に入る。

 

 「・・・よし、初日は大成功ね。明日に備えてシルヴィはちゃんと喉を休める事。それと、ちゃんと睡眠も取ってね。寝付けない、とかだったらあいつを枕にしなさい。昔っからシルヴィはあいつがいると無駄によく眠ってたし。」

 

部屋に入ると、私服に着替えてメイク落としやらを済ませた後らしいシルヴィアが実里と和室の方で話していた。

 

 「・・・俺は快眠グッズ扱いなのか?」

 

 「あ、やっと来た?遅いわよ、悠・・・じゃなかった、枕。」

 

 「・・・うん?今さらっと枕とか言ったか、今。いい加減怒るよ?」

 

 すっとぼけた顔の実里に対し、悠は顔をひきつらせる。そんな二人を見ながら、シルヴィアは呆れ返った溜め息をついた。それからパン、と小さく手を叩く。

 

 「はい、そこまで!悠君は私の荷物をまとめて、実里はステージの方の手伝いと私の明日のスケジュールの確認!」

 

 「・・・何で私がステージ行かなきゃいけないのよ。普通それ悠の仕事でしょ?」

 

 「何でも何も無し!つべこべ言わないで早く行く!」

 

 シルヴィアの言葉に、実里は不服そうにしながらも楽屋を出ていく。その後に楽屋から聞こえてきたのは、悠の大きな溜め息とシルヴィアのお説教だった。

 

 「そもそも、悠君も悠君だよ?実里の言葉にいちいち反応してたらキリないって今朝も言ったじゃない。ていうか、悠君は・・・」

 

 「・・・いや、そう言われてもな・・・」

 

 「嫌も何もなし。ていうかちゃんと聞いてる?」

 

 「いや、ちゃんと聞いてるじゃん・・・見てわかるでしょ。」

 

 「悠君は話聞いてるみたいで聞いてない事があるから信用ならないんだよ。院長先生にも同じ事言われてたでしょ。」

 

 「・・・そうだったかなぁ?」

 

 「そうだったよ。ていうか本人が覚えてないのが一番の証拠じゃない・・・。」

 

 ・・・とまぁ、こんな感じでシルヴィアの私物をまとめる悠を横に立ってお説教するシルヴィアという、何とも形容しづらい光景が続き。ステージの方の手伝いを終えた実里が戻ってくる頃には、時計の針はとっくに10時を回っていた。

 

 

 

ー■■■ー

 

 

 

 「お疲れさまでした。明日もありますから、今日はゆっくり休んで下さい。明日は今日より少し弛いスケジュールですから。明日の朝は各自朝食を済ませてから会場に11時集合ですので、忘れずに。」

 

 場所は変わり、会場近くにあるホテルの11階ロビー。遅めの夕食と各自の風呂を終わらせて、悠達ライブスタッフとシルヴィア達主役組は短時間の打ち合わせをした所だった。ペトラの「解散」の言葉でスタッフが散り散りに各部屋へと戻っていく。

 ちなみにこのホテル、11階はこの3日間丸々貸切状態である。悠が恐る恐る費用をペトラに聞いてみると、これまた大層な金額(具体的に言うと1000円札900枚分は飛んだらしい)で悠が卒倒しかけたのは言うまでもない。

 

 「悠って貧乏性よねぇ・・・7桁いってないんだから今回は大分安い方よ?」

 

 「いや、金銭感覚完ッ全に麻痺ってるよねそれ。頭おかしいよ、7桁が通常水準とか。あと、さらに言うならこの状況もおかしいよね?」

 

 悠・シルヴィア・実里の3人が今いるのは11階の1112号室。ドアにはご丁寧に「シルヴィア・リューネハイム様3名御一行」と彫られたネームプレートが掲げてある。

 

 「何で自然な流れで相部屋になってるんだかなぁ・・・。」

 

 シルヴィアは何が楽しいのか足をパタパタやっているし、実里は実里で眠たそうにしながらベッドでゴロンゴロンやっている。さらに言うと、二人はまともじゃない寝間着なので悠としては目のやりどころに困るし何より居たたまれなかった。昔はよく一緒に寝たりもしたが、今や悠とて年齢が年齢、思春期真っ盛りの男の子である。

 

 「私が相部屋が良いって言ったらあっさり通ったよ?いやー、言ってみるもんだねぇ。」

 

 「俺は別に一人部屋で良かったんだけどな・・・。」

 

 そう悠が呟くと、シルヴィアはまたしてもぷくーっと頬を膨らませた。そして何でか悠の腰かけているベッドに来ると、思いきりダイブしてくる。

 

 「ベッドぐしゃぐしゃにするなよ・・・。ほらシルヴィ、寝るなら自分のベッドで寝なって。」

 

 「嫌だ。絶対退かないから。」

 

 そう言うと、ベッドにかけてあった布団を被って完全に睡眠体勢を取るシルヴィア。もはや駄々っ子のそれである。困ったのでシルヴィアが寝る(はずの)ベッドを見ると、いつの間にやら荷物の寝床と化していた。しかもご丁寧に実里はまだ起きていて、目で早く寝ろと合図してくる。

 

 (いや、シルヴィと一緒に寝ろとか、色々問題起きそうなんだけど?俺責任とれないよ?)

 

 と、ジェスチャーでそう伝えるが、実里はそんなのは知らぬと言わんばかりの目で相変わらず「早く寝ろ」合図を飛ばしてくる。流石にここまで取り付く島も無いとどうしようもなく、悠は深ーい溜め息をつくと渋々布団を被って、いつの間にか寝息をたてているシルヴィアの横で寝る事にした。

 

 (これ見られたら大分ヤバいよなぁ・・・)

 

 そう思いながら、今の状況とよく似たシチュエーションが過去にもあった事を思いだし、かつての記憶に思いを馳せる。そうしている内、悠もいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

ー■■■ー

 

 

 

 ピピピ・・・という携帯端末のアラーム音で目が覚めた。時間は午前8時。体を起こし、1つ伸びをしてから横を見る。シルヴィアは、楽しい夢でも見ているのか口元に薄く笑みを浮かべていた。

 

 「・・・まぁ、少しはいいか。」

 

 そう呟くと、悠は一人、前の夜にクリーニングされ、ドアの前にカゴに綺麗に畳んで置いてあった私服に着替えるとホテルを出た。

 

 「えーと・・・このホテルの裏手にある緑地公園かな。」

 

 ホテルのカウンターにいた女性に教えてもらった場所をホロウインドウのマップに表示しながら、ホテルをぐるっと回るようにして裏手に回る。

 悠が探していたのは、剣の素振りに使えそうな広い場所だった。ただし、他の人達の邪魔にならないような場所。

 

 「・・・あ、ここか。ていうか・・・広すぎでしょ。街中にこんな広い公園作って、邪魔にならないのかな・・・。」

 

 悠の前に広がっていたのは、公園というには些か広すぎる開けた場所だった。公園らしく地面には芝が敷かれ、遊具もたくさんあるが、それでなお場所に余りがある程度には広い。

 そんな事を思いつつ公園を見回していると、敷地のど真ん中に生えている大木の影に見知った少年を見つけた。

 

 「さて、どうしたもんかね・・・ライブまでまだ時間あるしな・・・悠はどっか行ったし。しかも親父殿や姉上まで別の監視場所にいったときた。ったく、俺一人でどうしろと・・・」

 

 「俺がどうかしたか?」

 

 と、背後から悠が声をかけると、見知った少年ーーー夜吹がびくっと背を震わせた。何が気まずいのか、誤魔化すような笑顔をしてから背を向けてどこかへ行こうとする。

その様子で悠は察した。

 

 「はい、ストップ。どこ行くつもりだよ?」

 

 がしっと夜吹の肩を掴み、逃げられないようにする。夜吹が顔だけを背後に向けると、目の笑っていない笑顔の悠がいた。

 

 「何でここにいるのかとか、何を知ってるのかとか、まぁ色々と聞きたい事はあるし・・・洗いざらい話してくれるよな?友人だもんな。」

 

 周りを見渡し、自分達以外の気配がないのを確認すると、夜吹は1つ溜め息をついてから、声量を抑えた声音で話し始めた。ちなみに、後に夜吹はこう言っている。「蛇に睨まれた蛙ってのはああいう状況の事を言うんだなぁ・・・」と、遠い目で。

 

 

 

 「・・・話は分かった。要するに、お前はどっかの組織の一員として俺の監視兼護衛をしてるって事か?」

 

 「あぁ、他の連中もお前の交遊関係者の監視兼護衛に当たってる。万が一人質でも取られたらたまらないからな。」

 

 話が続く事、約1時間。夜吹はそう言うと、「これ、本来機密情報なんだがな・・・」と溜め息をついた。当の悠は、夜吹の話で自分が標的にされている事を思い出し、たった1日であれ平和ボケしてしまっていた事に頭を抱えていたが。

 

 「つーかお前、自分が標的にされてるの忘れるとかよっぽどだな。ついさっき思い出すまでに何かあったらどうするつもりだったんだよ。」

 

 「しょうがないだろ・・・こっちも色々あったんだよ。」

 

 特にライブ関連とか、シルヴィアの相手とか、実里の無茶ぶりとか。

 

 「とにかく、今日から気を付けるよ。ちょうど今日からライブ会場の警備やる事になってるし。んじゃ、朝飯食っていかないといけないんで戻るから。」

 

 「結局素振り出来なかったな・・・まぁ、仕方ないか」と言いながら、悠がホテルへと戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、夜吹は頭をかくと与えられた任務を果たすためにホテルから会場までの道がよく見えるポイントへ向けて移動し始めた。

 

 

 

ー■■■ー

 

 

 

 「・・・あ、いた!どこに行ってたの、もう。」

 

 「ごめんごめん。ちょっと外で素振りしてきたんだ。腕が鈍ると嫌だしさ。」

 

 部屋には戻らず、直に9階のレストランに行くと既にシルヴィア達が席を取ってくれていたらしく、丁寧に悠の席も用意してあった。周りを見ると、他のライブスタッフも食事を取っていた。悠が座るタイミングを見計らっていた、ウェイトレスが食事を運んでくる。メニューはスープにカゴ入りパン、スクランブルエッグなど、ホテルではよくある朝食だった。

 

 「・・・美味い。なんだこれ、メニュー自体はごく普通のはずなのに・・・」

 

 「かかってる手間と金が違うんでしょ。一般的なのと比べたら負けよ。」

 

 「そういう物なのか・・・?」

 

 「そういう物でしょ。」

 

 そんな実里の言葉に、悠はまたしても生きている世界の違いを見せつけられた気がした。

 

 「ほら、早く食べないと時間ないわよ。11時にはステージに集合なんだから。」

 

 と、実里にそう言われて腕時計を見る。時間は10時ちょっと過ぎ。近いといっても、ライブ会場までは30分程度歩くので余裕を持って動く必要があった。

 

 (もっと早く戻れば良かったなぁ・・・)

 

 変な所で後悔しながら、悠も残りの料理をかき込むと、近くにいたウェイトレスにお礼を言って席をたった。

 

 

 

 1度部屋に戻り、持参する荷物を整える。昼食などは向こうで用意してくれるので、シルヴィアや実里は昨日と全く同じ持ち物だ。ただし、悠の場合は昨日もらったマニュアルとスタッフ証に加えて、今朝ホテルのフロントにペトラが自分宛に預けていったという無線機と護身用ベストも持ち込まねばならない。

 

 「そういえば悠君、今日から本格的にスタッフの仕事かぁ。主に警備だっけ?」

 

 「そうだよ。マニュアル見た限りだと俺の場合、専属スタッフも兼ねてるからシルヴィアが楽屋にいる時とステージの行き帰りはシルヴィアのすぐ近くで警備する事になってる。ただ、本番の間は何もしようがないから会場警備に回るけどね。」

 

 ホテルから会場へ向かう途中、悠がそう言うと、シルヴィアは若干不満げな顔をした。恐らく、本番の間はステージの警備をしてくれるものと思っていたのだろう。その魂胆もまぁ、昨日の様子からして分からないでも無い。

 

 「しょうがないわよ。警備の仕事はそういうものだし。本番以外は一緒にいられるんだから良いでしょ?」

 

 「むぅ・・・分かったよ。我慢する。」

 

 はぁー、と溜め息をつきながらシルヴィアがそう言うのを、悠は曖昧な笑みで見ているしかない。仕事は仕事、どうにもならない事だってあるのだ。

 

 「本番っていっても、昨日と同じで2、3時間だし、一緒にいられる時間の方が長いんだから。そんな顔するなって。」

 

 そう言いながら、悠はシルヴィアの頭を撫でてやる。会場であるドームはいつの間にか目と鼻の先にあった。

 

 

 

ー■■■ー

 

 

 

 ーーー数時間ほど時間は飛んで。

 シルヴィアの楽屋に行き、本番用の衣装に着替えた彼女をステージまで送った悠はリハーサルの様子を会場ステージの最奥壁に寄りかかって眺めながら、改めてマニュアルチェックと装備品の確認をしていた。腰につけたベルトにつけてある光電池式の充電バッテリーから伸びたコードと、それが繋がる先の左腰に吊り下げてある無線機。かつ、右耳にはAR映像で会場全体図、サーモグラフィを利用して周囲の人を確認する、あるいはライブスタッフや観客とも違う人物をチケット購入時に客が取る顔写真に照らし合わせて検知するなど、かなり高度なウェアラブル端末が装着されていた。

 

 「・・・警備ってきついなぁ、ある意味で。」

 

 そう言うと、1つ大きな欠伸をした。悠の場合、警備職務が初めてなのもあって具体的に何をすればいいのかがよく分かっていない。そのため、悠にとっては手持ち無沙汰のような状態だった。

 

 「そういや、夜吹達が監視してるって言ってたけど・・・どっかにいるのかな。」

 

 そう言って、ふと周りを見渡した時。悠の視界に表示されている映像に、一瞬赤いポップアップが映る。何かと思って視界を再びずらしてみると、ちょうど右横奥に視線がいった所で再び赤いポップアップが現れた。そこにいるのは、男。自動でズーム機能が働き、その顔がアップされる。表示は「No Case」ーーー「該当者なし」。

 瞬間、即座に悠の意識は敵を見るそれへと切り替わった。同時に、悠の脳裏に夜吹から言われた言葉が蘇る。

 

 『今回は俺の家の一族が主導で動いてるが、そいつらの見分けはすぐにつく。()()()()()()()()()姿()()()()()()()。いや、いる事にはいるんだが、「そこにいる」と分からないって言った方が良いか。要は、そこに存在する事を示す物全て、自由に消せるのさ。気配は勿論、呼吸音、星辰力(プラーナ)の動きに至るまで、全てをな。だから、お前が本当に警戒すべきなのは、()()()()()()()じゃない。()()()()()()だ。』

 

 彼の言葉を反芻したのは数秒。直後に、悠の視線に気づいたその男はニタリ、と笑うと、近くにあった出口から会場の外へと出ていく。そこから先は、ごく一瞬の出来事。悠が弾かれるようにして床を蹴り、その男の後を追う。男が出た出口は右からしか1階には降りられないし、左は3階に向かうための階段。迷う事なく悠は右を選び、階段を駆け降りる。階段を降りた先、ライブ会場入り口から出ていく男の背中が見えた。

 

 「逃がすかよ・・・!」

 

 自分でも気づかない内にそう言いながら、駆ける足により力を込める。階段を3段飛ばしで駆け降り、そのまま入り口を飛び出す。即座に周りを見渡すと、左横の地下駐車場入り口に消えていく男の頭が微かに見えた。迷わずそこへ悠も入っていく。

 

 地下駐車場の中は、独特の黄色いライトに照らされていた。が、それでも中は薄暗い。そもそも黄色と黒というのは、色的に相性が悪いのだ。そんな中を、悠はゆっくりと、気を抜く事なく進んでいく。

 確実に近くにいる、という確信が悠にはあった。それは所謂直感だし、姉のように正確な居場所まで特定できる程の物ではないが、双月流の鍛練で直感を鍛える事もそれなりにはやっていたため、7割方は当たっている自信があった。そうして、駐車場の入り口からある程度距離が開いた・・・その刹那。

 

 悠は咄嗟に腰ホルダーから絶煌の魔剣(ウォルグ=ドラス)を引き抜くと同時に待機状態(スタンバイ)から稼動状態(アクティブ)へと移行させ、背後へと振り抜いた。煌式武装(ルークス)の刃同士がぶつかり合う独特の音が鳴り、悠も襲撃者も反動で後ろに後退する。悠はもう片方の腰ホルダーから聖閃の魔剣(グロリア=フラム)も抜き放つと、襲撃者に切っ先を向けた。

 

 「顔を見せなよ。あんたが敵なのは分かってる。」

 

 「・・・やっぱ、あいつの息子なだけはあるか。感覚鈍ってるんじゃねぇのか、と思ったんだがな。流石にそこまで甘くないか。」

 

 そう飄々と呟く男の声に、悠は聞き覚えがあった。・・・いや、正確に言えば、ステージで顔を見た瞬間に、既に男の素性に気付いていた。

 

 「まさか、あんたが敵になるとは思わなかったよ。本当に、驚いた。」

 

 「そのわりには驚いて無いじゃねえか。自分の親族がまさか、実の両親殺した奴等の雇われになってるなんて知って、全く驚かないのなんてお前くらいだよ。だがまぁ、とりあえず。」

 

 男がそう言うと、一歩前へ踏み出した。駐車場の光が男の顔を照らし出し・・・悠はその顔を睨み据える。

 

 「大分久し振りだな。元気してたか、悠。」

 

 「・・・お気遣いどうも。そっちはちょっと老けたんじゃない?塔牙伯父さん。」

 

 悠のそんな挑発に、男ーーー双月塔牙は不機嫌そうに顔をしかめた。

 

 




皆様、おはこんばんにちは。Aikeです。
まずは、お昼の休憩時間で読めるくらいの長さに出来なかった事のお詫びを。悠と伯父との絡みは今後の話に繋げるのに必須なので、見逃してくださいお願いします。
それと、今後は日常の中にもシリアス成分が入ってきますのでシルヴィアとの甘い展開は1章終盤まで入れない予定です。

あまり長々と書くのもどうかと思いますし、これくらいで〆とさせていただきます。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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