全ての(ことわり)すらも超越する魔法使い。彼がたった一つできないことがあった。
これは最強の魔法使いと、とある少女の長い長い交流のお話です。




※「小説家になろう!」サイト様でも投稿した短編です。もしお暇でしたらそちらの方もご覧ください。

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昔むかし、あるところに魔法使いがいました。


第1話

魔法使い。それは(のり)を超え、(ことわり)を破り、ありとあらゆる存在すらも超越した至高の存在なり。

 

 混沌たる魔を法の下に使うことができる者、と書いて魔法使いと読む。

 つまり彼には、ありとあらゆる物理法則は意味をなさず、すべての論理を上書きするも抹消するも自由自在。

 この世に存在するものだけでなく、あの世の全てすら司ることのできる神のごとき存在である。

 いや、彼ならば神すらも己が手中に納めることも可能やもしれない。

 

 魔法使い。それは全てを超越した存在。

 彼のなすことはどんな些細なことすら偉業となりうる、まさしく無双無敵。

 しかしそれゆえに、彼には致命的な欠点があった。

 

 

 

 彼はまともな料理ができない。

 

 

 

 

 

   …………

 

 

 

 

「ぐああああああああああ」

 

 魔法使いは叫んだ。彼の目の前には美しい色合いのコンソメスープがある。

 彼が素材を一から厳選し、最高の調理を行った至高のコンソメスープ。

 だが彼はそのスープを皿ごとひっくり返すと頭を抱えて叫んだ。

 

「また失敗だああああああ。うますぎてしまう(・・・・・・・・)うううう!」

 

 彼の作る料理は美味(おいし)い、美味し過ぎてしまうのだ。

 彼の持つ調理技術はこの世の(ことわり)すら超えた究極のそれ。

 そのため彼の作る料理の味は人間としての味覚の限界を超えてしまい、その至高の料理を食べると逆に不快な気持ちになってしまうのだ。

 

 甘い料理を作ると甘すぎて口が溶けそうなほど。苦い料理を作ると口の中が3日ほどイガイガする。渋い料理は喉が痛くて咳が止まらない。辛い料理など論外だ、文字通り火を吐いてしまう。

 今もほら、あまりに美味しいコンソメスープを飲んだせいで、口から光を発している。

 作った料理は決して不味いわけではなく絶品の美味しさなのだが、魔法使い本人すら食べたくないようなとんでもない代物になってしまうのだ。

 

 なら他人に作らせればいいじゃないか、と思うとそれも上手くいかない。

 彼の舌もまた至高の存在なのである。

 そのため、ほんの僅かな調理の隙ですら一口で見破ってしまう。材料の品質が、調理の前の手洗いの雑さが、鍋で茹でる時間のささいな不足が、魔法使いの舌により看破してしまい、それはそれはもの凄く不味く感じてしまうのだ。

 

 自分で料理を作ると美味うますぎて不快、他人が作った料理は不味くて食べる気がしない。

 好き嫌いの激しい我儘なお子様のような言い分だったが、魔法使いにとっては大問題だった。

 魔法使いといえど人は人。生命としての限界を突破した彼は食事をしなくても死にはしないけれど、何も食べないでいると満腹中枢が満たされず、人としての本能の部分が疼いてとても不満足な気持ちになるのである。

 

「くそぉ、どうにかして適度に上手な料理を作らねば、いつまでたってもまともな食事ができぬ。どうしたらよいか……」

 

 魔法使いは、全てを超越したはずの魔法使いは、いつまでも頭を抱えていた。

 

 

 

 

   …………

 

 

 

 

 

 ある日、相変わらずまともな食事ができないでイライラしていた魔法使いは、とある森の中で死にかけの子供を見つけた。

 

 年の頃は7,8歳くらいだろうか、幼い女の子である。ボロボロの服を着ており、そして全身もまたボロボロだった。

 

 魔法使いはこんな死にかけの子供より自分の食事のほうが大事だったので、最初は無視しようとした。

 だが彼の全てを超越した脳が己の現状を踏まえて素早く最適な答えを見出した。

 

 ……自分で作る料理がダメなら、自分の技術を徹底的に教え込んだ弟子に料理を作らせればいいじゃないか。

 

 そう考え至るがいなや、魔法使いは即座にそのぼろぼろの少女の体を魔法により一瞬で治した。そして少女に命令ぎみに告げる。

 

「お前の怪我を癒したのは私だ。お前は私の弟子にならねばならぬ」

 

「わかりました偉大なる魔法使い様。私はあなたの弟子になります」

 

 こうして少女は魔法使いの弟子になった。

 

 魔法使いの生活は変わった。魔法使いは少女に料理を作らせ、毎回「不味い」と言っては少女を落ち込ませた。

 魔法使いは少女に料理の技術を徹底的に教えつつ、ついでに他の様々なことも少女に教えた。

 万理は万物に通じる。様々な知識があれば、それが料理の技術の向上に繋がるのではないかと考えたからだ。

 

 魔法使いは物理、化学、地理、歴史、理学、生物学、星学、心理学と一般的な学問だけでなく、肉体的な修行、格闘術や様々な武器闘術、関節技に遠投術に様々な戦略の使い方などの戦闘術も教えた。

 さらには自分の魔法、魂についての研究、死後の世界についての実証や世界創生の実話まで多岐に渡って教育を続けた。

 普通の人間なら音を上げるほどの苦行だったが、少女は貪欲に魔法使いの教えを吸収していった。

 

「なぜ私の厳しい教えについてこれる? お前のような普通の子供には辛いだろうに」

 

 ある時、ふと魔法使いが少女に尋ねた。拾われた時よりも体が成長していた少女はニコリと素敵に笑って答えた。

 

「私はなんとしてでも魔法使い様に美味しい料理を食べてもらいたいのです。私ができる恩返しは、それくらいしかありませんから」

 

 魔法使いはフンと鼻を鳴らすと、さっきまで続けていたとても難しい授業を再開した。

 それは非常に難解な内容だったが、難しい内容の講義を必死になって理解しようとする少女と、少女が理解しやすいようにとても丁寧に教える魔法使いの姿があった。

 

 しかし少女がいくら努力しても、魔法使いが満足する料理は全くできなかった。

 少女を教育し始めて数年の時が経ち、魔法使いの我慢は限界に来てしまっていた。

 少女の料理の腕は昔よりかなり上達したが、それでもいつまでたっても「不味い」ままだったのだ。

 魔法使いは、美しく成長している少女に対して冷たくこう告げた。

 

「貴様の料理は相変わらず不味い。もうここで教えることは何もない。お前は外に出て修行してこい」

 

「わかりました。ですが魔法使い様、私はもう料理を作らなくてよいのですか?」

 

「いいや、料理の修業は続けろ。そして自分が成長したと思ったら戻ってこい。美味い料理を作ることができたら、褒美に何でも願いを叶えてやろう」

 

「わかりました。必ず美味しい料理を作れるようになって戻ってまいります」

 

 少女はそう言うと一礼して、魔法使いの下を去っていった。

 

 

 

 魔法使いに鍛えられた少女は、その類稀な知恵と知識や、格闘や魔法を使った戦闘能力の高さで、様々な場所で活躍をしていた。

 戦場で、城で、遺跡で、海の果てで、彼女はありとあらゆる栄誉と称賛を得て世界中に名を轟かせた。

 

「ただいま戻りました、魔法使い様。今回の料理は自信作です。すぐ作りますね」

 

「そうか、今回は確か東の国へと向かったのだったな。東方料理を作るつもりか?」

 

「はい、お世話になった軍師様から直接教えていただきました。ぜひ食べてみてください」

 

 そして少女は、自分が何か偉業を成し遂げるごとに魔法使いの元へを足を運んだ。そして頑張って料理を作るも、毎回「不味い」と言われて落ち込んで帰っていった。

 

 魔法使いは遠望の魔法を使ってこっそり少女の活躍を見ていた。

 そして少女がとてつもない危険に陥りそうになると、少女にも気付かれないように密かに裏で手を貸していた。

 魔法使いが一切手を貸さないで難事を成し遂げると「よくやった」と褒め、手を貸したときや失敗したときは「未熟者め」と彼女を叱咤した。

 ただ料理については毎回「不味い」としか言わなかったのだけれど。

 

 

 

 

   …………

 

 

 

 

 

 そして何年も過ぎた。

 

 かつては幼い少女だったが、少女は美女になり、美女はおばさんになり、おばさんはお婆さんになっていった。

 

 魔法使いは変わらなかった。彼に寿命や老化などという野暮なものは通用しない。そして少女の料理のことも、相変わらず「不味い」としか言わなかった。

 

 お婆さんになった少女は、いつものように魔法使いに料理を出した。透明なスープだった。

 魔法使いはいつものようにそれを一口啜ると「不味い」と告げて残りのスープを一気に飲んだ。お婆さんになった少女は落ち込んだ様子は見えず、微笑んでいた。

 

 魔法使いは、お婆さんになった少女に心配そうにチラリと見やり「次はいつ来れそうだ?」と聞いた。お婆さんになった少女は「たぶん今日が最後です」と答えた、魔法使いは慌てる。

 

「やはり体調が悪いのか。最近辛そうだったからな。家に帰ってゆっくり休め。そうすれば体調も良くなるはずだ、そうであろう?」

 

 早口の魔法使いに対して、お婆さんになった少女は頭を振って答えた。

 

「いいえ、たぶんもうダメです。寿命には勝てません。たぶん次に来る前に、私は死んでしまうでしょう」

 

「ならぬ、死ぬことは許さない」

 

 魔法使いは告げた。いつも通り無表情なその顔が、なぜか今にも泣きそうな表情に見えた。

 その表情を見てお婆さんになった少女はクスリと笑う。

 

「あなた様もそんな顔をするのですね」

 

「……そういえば私が作った料理は食べたことがなかったな。それを食べさせてやろう。私が作る至高の料理だ。きっと元通り元気になれるだろう」

 

 そういうと魔法使いは話を誤魔化して、先ほどお婆さんになった少女が作ったものと同じ透明なスープを作った。

 コンソメスープである。

 そしてお婆さんになった少女にスープを掬って飲ませてやると、彼女は驚いたような嬉しいような不思議な表情をして言った。

 

「これは私が作ったスープと同じ味がしますね」

 

「なんだと?」

 

 魔法使いは自分用にもう一皿スープをよそると、それを掬って自分で飲んでみた。

 そして驚いた。確かに、先ほど少女に作ってもらったものと同じ味がした。

 

 お婆さんになった少女を見ると、彼女は微笑んでいた。魔法使いが困惑する。

 

「これは、どういうことだ?」

 

「魔法使い様でもわからないことがあるんですね。恐らくですがこれは、相手に食べてもらいたいと思いながら作った料理の味なんだと思います。相手に美味しいと言ってもらいたくて一生懸命作った料理は、たぶん、いえきっと同じ味がするはずです」

 

「そう、なのか……」

 

 魔法使いは呆然としながら、自分で作ったその”美味しい”スープを飲んだ。

 

「そうか、お前が作った料理は、こんなにも美味しかったのか……」

 

「やっと魔法使い様に美味しいと言ってもらえました。これでお願いを叶えてもらえそうです」

 

 魔法使いは一瞬きょとんとした。そして少女を旅立たせるときに自分が言った言葉を思い出す。

 

「そういえばそういう約束だったな。何がほしい? 富か? 権力か? それとも深淵なる魔法の力か?」

 

「どれも全て手に入れました。私が叶えてほしい願いはたった一つです」

 

「ほう、それはなんだ?」

 

 そしてお婆さんになった少女は、昔から変わらない素敵な笑顔を浮かべた。

 

「私は、魔法使い様と一緒にいたいです。できれば最後のときまで」

 

「……その願い叶えよう」

 

 そして二人は一緒に暮らした。ずっと昔、魔法使いが少女を拾って教育していたときのように。

 

 

 

 

その後、二人がどうなったかは誰も知らない。ただきっと、間違いなく彼らの食卓は美味しいものであったはずである。




お楽しみいただけたでしょうか? コンソメスープ美味しいですよね。


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