ジオル王がシーマに贈る人形を作っている話です。
「これが今年の保護料でございます、お納めください」
グラ国王ジオルはアリティア国王コーネリアスにそう保護料を差し出した。
「うむ、ご苦労である、ジオル王」
コーネリアス王はそうジオルに労いの言葉をかける。
グラの国王ジオルにとって、この保護料を納める事は屈辱的なことではあった。
アリティアのコーネリアス王はグラに対して良く気を使ってくれており、対等な関係だと扱ってくれてはいるが、この儀礼行事に幾度にジオルは「我々はアリティアの属国なのだ」と言う意識を感じさせる。
アリティアの心無い廷臣の嘲笑を何度受けたか解らない。
盟主国であるアカネイアの人間の態度はもっとハッキリとしており、あからさまに「アリティアの小判鮫」という言葉を使う。
ジオルは彫刻が趣味であった。政務の暇を見つけては彫刻に精をだした。
「うむ…… よい出来だ……」
ジオルはそう言い、作り終えて手にした小振りの木彫りの人形をじっと見つめた。
ジオルには愛した女性がいた。
だが、その女性は遠い異国の貴族の娘であり、ジオルの愛が届く事はなかった。
ある時、ジオルは過ちをおかした。
グラの宮廷で働く女性にその愛した女性によく似た女性がいた、ジオルはある晩、酒に酔っており、その勢いで無理矢理その女性と関係を持ってしまったのである。
その女性はその後すぐに宮廷から姿を消し、故郷の村へ帰っていった……
ジオルは時折、その女性の姿を見にその村へ立ち寄った。
女性は元気に働いていたが、時折、暗い表情を表に出すのをジオルは見逃さなかった。
その女性には娘がいた。
女性は結婚をしているように見えなかったから自分の子なのだろうとジオルは思った。
確かシーマとか言う名前らしい。
ジオルは時折、その村へ自分の私財から金銭的な支援を行った。直接彼女に対する手助けは出来なくとも、せめてもの罪滅ぼしになるだろうと思ったのだ。
ジオルは今日も彫刻を作っていた。
なかなか思うような作品が出来ない。
ジオルは自分が納得する作品が完成したらいずれ娘に渡したいと思っていた。
「彼女もシーマも自分を許してはくれないだろう。しかし人の手を伝って渡す事は出来るはずだ……」
ジオルはそう言い、再び彫刻を彫り始めた――
新興のドルーア帝国からある誘いを受けた。
アリティア、アカネイアから離脱し、我々の同盟国になり、グラの自治を勝ち取れと。
ジオル王はその言葉に乗った。
もし、アリティアが落ちた場合、次の標的はグラである。
アカネイアが「アリティアの小判鮫」であるグラを助けてくれるとは思えない。
ジオルは自分と国、そして、娘達の村を守るため、ドルーア帝国の側に付くことにした。
ジオルは木彫りの人形の顔に細かい彫刻を施した。
この作品は今までの作品の中で一番の出来だ。
その彫刻の顔は自分の娘、シーマの顔をモチーフとしていた――
マルス王子率いるアリティア軍がグラに迫る。
部下が状況報告をする。あまり優秀な部下ではなく、報告内容がしどろもどろだ。
「わしはここで死にたくはないのだぞ! わかっておるのか!」
つい苛立ち、部下にそう怒鳴り散らした。その言葉に部下は呆れたような表情を浮かべる。
自分の失言にハッとした表情になるジオル。
部下たちに「下がれ!」と言い、一人娘の顔を浮かべる。
「いやだ、死にたくない……! 彼女と娘にちゃんと顔を合わすまでは…… この人形を渡すまでは……!」
ジオルは木彫りの人形を片手に心の中でそう呟いた。
アリティアの騎士の剣がジオルの胸を貫く。
ジオルの口から血の塊が吐き出される。
そのまま玉座に倒れこむジオル。
「シ、シーマ……!」
ジオルの手から木彫りの人形がこぼれ落ちた――
「サムソン、この人形は?」
シーマは自分の夫であるサムソンにそう尋ねる。
「この前、アカネイアの市場で見つけたのだ、お前にそっくりだと思ってな」
サムソンは照れながら、そうシーマに言った。
「ありがとう、サムソン……」
シーマの手の中で木彫りの人形が太陽の光でうすく輝いた――