笑顔は太陽のごとく…《艦娘療養編 完結済》 作:バスクランサー
本編どうぞです。
ーーー翌日 マルハチマルマル
「提督…失礼しますね」
「おお、高雄。来てくれてありがとう。」
愛宕が昨夜説得してくれたらしく、高雄が比較的、朝早くに来てくれた。また、今日のプランの書かれた紙を、少し前食堂での朝食時に響からもらっている。愛宕とともに考えたらしい。どうやら彼女たちの話によると、俺と高雄、2人だけの日帰り旅行を急遽企画してくれたようだ。本当に頭が下がる。
「じゃあ高雄、お互い準備が出来たら、外に集合しようか。」
「…はい」
やはり、まだまだ過去の傷が残っているか…
ーーー数分後 正面玄関
外出用の私服に着替えた俺と高雄を、見送りに来たのは響と愛宕。
「じゃあ、行ってくるから」
「わかった司令官、よろしく頼む」
「高雄、リラックスして楽しんでらっしゃいね〜」
「あ、ありがとう、愛宕…じゃあ、行ってきます」
俺はみんなに見送られ、ジオアトスのアクセルを踏んだ。サイドミラーに移った響の顔が若干ヤキモチを妬いていたように見えたのは…心の片隅に置いておこう。土産、何がいいかなーーー
ーーーマルキュウマルマル
「提督?あの…」
「どうした、高雄」
「なんで、駅に行くんですか?」
「いや、今日のプランは鉄道旅行だから」
「車じゃなかったんですね…」
少し嘆いたようになる高雄。
「大本営に言って、今日は1日、俺とお前の分の有給をとってあるから」
「はい…ありがとう、ございます」
山と海に囲まれた第35鎮守府のある街には、特急も停車するそこそこ大きな駅がある。
「あれか、9時20分発のだ。」
その駅のホームに降りると、ちょうどタイミング良く特急列車が入線してきた。今朝早くに響が指定席をとってくれたらしい。
「ここだな」
「はい」
2人がけのクロスシート、その窓側の席に腰掛けた高雄は、ふと窓の外を見つめた。大きな窓に映るのは、いつもと変わらぬ街の風景、そしてその奥に小さく鎮守府と海が見える。
「綺麗だろ?」
「あ…は、はい」
高雄はそのようにしか返せなかった。どうしよう、せっかく愛宕や響ちゃんがチャンスを作ってくれたのに…焦りと自責の念が高雄の脳裏を何度もよぎる。と、
「高雄、そんなに自分を責めなくていい。ゆっくり焦らず、1歩ずつ進んでけばいい。」
提督の言葉。本当に何気ない言葉。しかし高雄は心の内を読まれたかもしれないという驚きと、そしてそれ以上に救われたような温かな気持ちに包まれた。
「…ありがとうございます、提督」
俯きながら言うのが、精一杯だった。しかし彼女は気づいていなかった。その時、窓ガラスに映っていた自分の顔の口角が、少し上がり、頬が少しだけ赤くなっていたことをーーー
ーーー車内にて
特急列車の心地よい揺れ。車窓からして、列車は山の中に入りつつあるようだ。人はちらほら、という感じの静かな車内にて、高雄は…
「ほら高雄、随分街が小さく見えるぞ」
「そうですね…」
返す言葉は少なくても、彼女の心は確実に回復の兆しを見せていた。その証拠に、先程より微笑みが増えている。外の景色について語らっていると、次駅の到着を知らせるアナウンスが車内に入った。
「さてと、高雄。ここで1回降りるよ」
「あ、はい!」
荷物を整え、ホームに降りる。駅前広場に出ると、商店街の建物、路面電車が目に入ってくる。そして、ほんのり鼻を刺激する硫黄の匂い。
「ここは…温泉地なのですか…?」
「ああ。昔は宿場町だったそうだ。…高雄、今日初めて君から話しかけてくれたね。」
「あ…」
自分でも無意識に提督に話しかけた高雄。改めて彼を見ると、その笑みが自分の心を揺らす。ふと脳裏に浮かぶ前の提督。かつて自分が恋焦がれた彼と一緒に、ここに来てみたかったと想像した。しかし、同時に浮かんできたのは、それを絶つに至ったあの辛い記憶。思い出される様々な記憶の闇に、彼女の精神が囚われそうにーーー
ギュッ
ーーー「高雄、早速街を散策してみようか」
ふと自分の左手に感じる温かさ。提督の大きな、温かい右手が、自分の左手を優しく握っていた。
「提督…」
「…大丈夫、大丈夫…」
そう言いながら提督は、今度は空いている彼の左手で高雄の頭を優しく撫でる。思わず頬が赤らみ、俯くが、しかしそれはとても心地の良いものだった。
「ありがとうございます提督。行ってみましょう!」
パッと見、カップルにも見える2人が、温泉街へとその身を繰り出したーーー
ーーーその後はと言うと。
土産屋さんで鎮守府の全員の土産に頭を悩まされ、さらに買ったはいいが今度は荷物の重さに悩まされたり。
「うう…お土産屋さん、最後にすればよかったな…すまん」
「いえ、大丈夫です。とりあえず、宅急便サービスに預けて、鎮守府に後日届くようにしますか?」
「名案だな高雄。それで行こう」
昼食にと、その地の特産野菜を使った弁当を歩きつつ食べようとしたら、突然飛んできた鳥に一部をさらわれたり…
「あ、私の弁当!こら、待ちなさい!」
「まあまあ、鳥に言ってもしょうがないさ。俺の少し食べていいから」
弁当を取り分ける提督。
「提督…ありがとう、ございます。」
そして極めつけはというと。
「ここが、2人が教えてくれた日帰りもできる入浴施設だ。色々サービスも充実してるみたいだから、楽しみだな…ん?高雄、どうした?」
「あ、あの、その…」
高雄は顔を真っ赤にしつつ、脇の看板を指さす。そこにはデカデカと、
『混浴』
の二文字。
「…愛宕め…図りやがったな…」
よくよくプラン紙を見ると、響の字が消しゴムで消され、その上に愛宕の字でこの施設の名が書かれている。それを見た提督は、高雄に無理しなくていい、と言うが…
「あの、私は別に…構いません」
「…本当に?」
十数分後。
混浴せざるを得なくなった2人は、タオルを厳重に巻き、浴場の中互いに顔を逸らして、微妙な距離感でいたことは言うまでもない。
しかし、温泉から上がればまた2人で、卓球やゲームで楽しんだりもした。そしてだんだんと日が傾いていきーーー
ーーー帰りの電車は、敢えて各駅停車にした。ガラガラの車内には、人はほとんどいない。ボックスシートに腰掛け、2人は語らっていた。
「…今日は私なんかのために、本当にありがとうございます、提督」
「私なんかって言うのはなしな、高雄。」
「え、しかし…」
「それになんかごめんな。色々連れ回して」
「いえ…その、私も…楽しかったです。前の鎮守府での提督とも、こんなふうに旅行してみたかったです…」
「…そうか」
「今回の旅行まで…怖くて、そして過去のことで人をあまり信じられなくなって…あなたを避けていたところがありました…本当に、ごめんなさい…本当に、嬉しかったです。今日、あなたと一緒に過ごせて…」
「それなら、よかった。」
すると、不意に高雄は俺の手を握った。
「その…少しだけ、こうさせてください。もう、何からも逃げません…!強く、なります…」
決意するように、表情を固くする高雄。でも、若干の無理がそこに入っている気がした。
「…高雄、君の決意を俺は最大限に尊重するし、全力で後押しもする。でもな、本当に何もかも無理する必要はないんだよ」
「…それは、どういう…?」
「高雄。逃げないことは大事だ。でもな、逃げるということに否定的になり過ぎると、かえって自分の身が持たないこともある。だから、どうしても辛い時は、逃げることだって立派な選択肢になるし、それが君を助けてくれることだってある。」
「そうなのですか?」
「逃げるが勝ち、三十六計逃げるに如かず、これみんな逃げを肯定する言葉だ。だから、その、俺もうまく言えないが…お前1人で無理をする必要はないんだよ、高雄」
「提…督…」
「大丈夫。みんなついてる。1人じゃないさ」
「…本当に…ありがとう、ございます…」
「…立ち直ってくれたようだな、よかったよ。」
「はい…その、提督」
「ん?」
「改めて…これからも、よろしくお願いします」
「…ああ、もちろんさ高雄。」
いつの間にか同じ車両に乗っているのは、提督と高雄の2人だけになっていた。列車は彼らを乗せ、鎮守府のある街の灯の中へと入っていった。
ちなみに鎮守府に帰ったあとしばらく、響が提督のそばを三日間ほど離れようとしなかったのは別の話…であろうーーー
ーーー「おお高雄、お疲れ様。」
「はい、ありがとうございます。今回の出撃ですが、敵艦隊を壊滅させることに成功しました。こちらの損害はーーー」
高雄は完全に立ち直り、心を開いてくれた。そして今では、この鎮守府の立派な戦士の1人となっている。
「ありがとう高雄さん。じゃあ、報告書を大淀さんに届けておくね」
「よろしくね、響ちゃん」
高雄と響は退出した。さてと、と。俺はある書類ーーー次にここに着任する予定の艦娘のデータ紙を見直した。少し前から繰り返しているのだが、彼女の抱えている問題の意味が、いまいち想像つかないのだ。
「着任予定は…明日か」ーーー
ーーー翌日
「すみません、今日着任予定の者です。」
「おお、入りなさい。」
1人の艦娘が、ドアを開けて執務室へ入ってきた。
「今日付けでここに着任となりました、重雷装巡洋艦の大井です。北上さんともどもよろしくお願いしますね?」
「…あ、ああ。よろしくな。」
俺は目を疑った。大井の脇に、確かに北上がいるのだ。着任の予定はなかったのだが…隣の響を見ると、いまいち納得していないような微妙な表情である。
ともあれ挨拶を済ませ、退出していく大井…と北上。…なんだったのだろう。しかし、その答えはすぐ出ることになった。
ーーー数分後
「ふう。あ、すまん響、少し御手洗に行ってくるから」
「了解した、司令官」
俺は執務室から外に出て、廊下の曲がり角を曲がった、そこには…
「あれ?提督じゃん」
「…北上?」
そう、まさに先程見た北上がいた。そして彼女は唐突に自分に近づき、上目遣いでこう言った。
「ていうかさ、提督ってすごいね。
…私のこと見えるなんて。」
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