剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件 作:雫。
まただ。またここだ。
自分という存在と周囲という空間との境界面が限りなく不可視なところ。ただ意識のみが漂っているところ。
そして、傍らに巨いなる存在がいることが本能的にわかるところ。
『至ったか』
またしてもその存在は、抽象的に言葉を始める。
『授けられし〈力〉を感じたか』
力……何のことだ?
『因果律の歪みを払い、特異点として生まれた怪異を祓う力のことなり。心当たりもあるはずだ』
怪異を祓う力……まさか!
じゃあ、あれが他の人間が使っても効かなかったのは⁉
『然り』
一体何なんだよ、この力は⁉
『適合したものを聖剣に変える力』
いや、そうでなくて。
『これは因果律に携わる力、汝らの世界と物理法則でどうこう説明できるものでもない』
便利な設定である。
『選ばれし者にしか使えぬ力。敢えて名をつけることを欲するならば……〈フォースのちか――』
あ、別に固有名詞つけることとか望んでないし、その名前はちょっと不穏なのでやめておきます。
『いずれにせよ、汝が転生に当たって因果修正のために選ばれし存在であることには変わりは無い。これは汝の宿命である、使命を果たすまで逃れることはできぬ』
やだ。
『すでに、汝らの物質世界でも動きがある。汝はすでに接触済みだ』
え、それはどういう……。
『今回はここまでだ。海に投げ出された汝が生き永らえられるようにしておいた。安心して励むが良い』
おい、まだ聞きたいことが――
「ぶはっ⁉ ごほ、ぐぉほっ‼」
瞬間、俺の意識は苦痛を肉体の感覚として感じた。
今俺の口から噴出しているのは、しょっぱいな、海水か。
全身が痛み、まだ頭がぼうっとする。しかし太陽の光は確かにぼやけた視界を照らすし、背中に感じる痛さは固体の上に横たわっていることを意味する。
要するにあの水流に巻き込まれた俺は溺れて水中で気絶した末に、どこか陸地に打ち上げられたということらしい。
痛む身体に鞭打って上半身を起き上がらせる。全身は痛むし呼吸器官にも苦しさを感じるが、どうやら複雑骨折や内臓裂傷は無いようだ。俺の右手にはまだ木の棒が握られていたので、それを杖代わりにして立ち上がり、周囲を見渡してみる。
どうやらここは、フワル島から独立した離れ小島のようだ。水平線の近くにフワル島が見える。
「さて、どうしたものか……」
自分の居場所を知らせて救援を呼ばねば。キャサリンたちが無事なのかも早く確認したいし。
そう思って周囲を見回していると、少し離れたところを中型船が航行しているのを発見、どうにかしてあれに自分の存在を伝えねば。俺は改めて周囲を見回す。
「……あったよ、信号拳銃が」
まあ、ありそうな予感はしていた。件の存在がこういう風にしてくれたのか、単に沈められた船に備えられていたものが俺と同じ島に漂着したのか知らないが、とにかく島に自生しているが如く都合よく信号拳銃が落ちていたのである。
俺は迷わず信号弾を発射。かくして俺は救われ、見当外れの場所を半ば俺が既に死んでるかのような扱いをしながら捜索していた仲間たちのもとに帰ることができた。
――しかし、あの存在が言っていた「物質世界での動き」、「接触」とは何を意味するのだろうか。俺に宿されし力そのものは、謎が明かされたと言えるかはわからないがとりあえず何なのかはわかったが、こちらは未だ謎のままである。
「さて、作戦会議を始める」
さっきまで葬式ムードだったのを掌返したようにわざとらしい歓迎ムードで俺の生還を迎えてくれた仲間たちとの乾ききった再会劇を繰り広げて簡易な治療を受けた後、俺は仲間たちと共にホテルの会議室に赴いた。
目的はもちろん、八頭ザメを確実に仕留める方法の協議だ。この場には俺たちの他に、スタンリー氏らと、そして甚大な被害を被った地元漁業関係者らが集まっていた。
「さて、先の戦いで判明したことだが」
進行役のスタンリー氏がプロジェクター上のサメの写真を指し示しながら言う。
「あの八頭ザメは、頭を一つ破壊しただけでは全く動じない。そして同様に、発生速度が驚異的だから再生速度も驚異的で、失った頭もすぐに生えてくる。ですね、ライアンさん?」
「ええ、あいつの頭は二つ破壊しましたが、全く衰えた感じはしなかった。むしろ、怒りで強くなってたようにも見えました。再生速度に関してはマシロ老人からの伝聞に過ぎませんが」
「再生速度、あたしも確認したわ」
と、ここでキャサリンが挙手して捕捉。
「あたしがチェーンソーで切り落とした頭の断面、ライアンが落とされた段階では既に出血が止まってた。ライアンが爆破した頭もそうよ、海に撒かれた血の量が少な過ぎたの。止血作用が早い証拠ね」
「あ、そ、それならオラも見たです」
地元漁師も挙手する。
「漁船から見張ってたら、何か傷痕からもこもこしたものが生えかけてたです。あれはきっと、新しい頭に違いねぇです」
「ふむ、やはり凄まじい超生物だ……。しかし斃さねばこの島に未来は無い」
スタンリー氏は頭を抱える。
しかし相手は生物だ。ならば必ず殺す方法があるはず、俺はそれを経験上知っているのだ。
考えろ。今までに何かヒントは無いか? 奴を倒すためのヒントが……。
「スタンリーさん、俺に提案が」
そして記憶の迷路の中で行き着いた鍵。俺はそれに賭けることにした。
「ほう、流石はライアン君だ! そう、そのために呼んだのですよ。それで、どんな妙案が?」
「その前に一つ確認したいのですが、今俺が思いついた作戦はかなり大掛かりなものになります。相当、御社にも警察にも協力してもらわねばならないのですが、大丈夫ですか?」
「勿論だ、どんな犠牲を払ってでも、奴を倒さねば全てが終わる!」
「結構です……。それではまず、ありったけのホイールローダーとコンクリートポンプ車を集めて来て下さい」
「か、可能だが……一体それで何をするのですか?」
「……こうです」
俺はホワイトボードの前に立ち、一堂に解説した。
この場にいる全員が、目を見張ることとなった。
「作戦名は?」
「今回も以前のロボコンダ戦と同じで、常に攻めの姿勢を崩さないことが重要だ。だから今回も〈ヤオイ作戦〉で行きましょう」