剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件 作:雫。
多大な犠牲は出てしまったが、とりあえず目標のサメの全貌を確認するという目的は果たすことができた。
俺たちが船から降りる頃には、ハワイの空は既に夕焼けに染まっていた。
「ライアン……そう気を落とさないで。ジョックが死んだのはあんたのせいじゃないわ」
「ああ、だがサムさんもやられた」
「仕方ないわよ、あんなの想定外だもの。今必要なのは、悲劇を繰り返さないために何をすべきか考えること」
「ああ、そうだな……」
そうだ、考えるのだ。今、何をすべきかを。
「……まずはとりあえずスタンリー氏たちにサムさんが亡くなったことも含めて色々と報告して……それから……そうだな。みんな、帰りにサムさんが言っていた日系人の老人のもとを訪ねてみないか」
少し考えて出した結論に、一同がキョトンとする。
「おいおい、じいさんの世迷言なんて信用できんのか?」
「忘れたのかダニー。グリーンリバーでの戦いでも、あのレイモンド老人の言うことが真実だっただろう? 今回もそういうことがあるのかも」
「まあ、確かに何かしらのヒントくらいにはなるかもな」
「ああ。そうと決まれば、スタンリー氏に経過と訃報を報告するついでに、その老人の居場所を聞こう」
その後俺たちはスタンリー氏に報告ついでに教えてもらった老人の家に向かって車を転がした。スタンリー氏はサムを部下として信頼していたようで、悲痛な溜息を電話越しに見せたが、少し考えた後、俺たちに判断を任せた上で、最大限にバックアップを引き受けてくれると約束してくれた。
俺たちはそれを受けて、ダニーに運転手を交代した車で件の日系人の老人の家に向かった。観光地としての開発から取り残された海沿いの通りに面したところにある小さな木造の家だった。日系人の家らしく、控えめながらも庭には鳥居と祠があった。
「ごめん下さーい」
ノックしてみるが、反応無し。
「うーん、やっぱりこの手の老人はこう出てくるか」
「ど、どうするんだいライアン?」
「大丈夫だ、考えがある」
俺は息を大きく吸って、大声で家の中に向かって叫んだ。
「ヤマタノオロチって知ってますよね⁉」
そう叫ぶと、仲間たちは皆キョトンとしていたが、しばらくすると扉の向こうから物音が聞こえてきた。
思った通りだ。
「……何の用だ?」
扉を開いて姿を現したのは、かつての鋭い眼光の名残を湛えた顔立ちの日系人の老人だった。髪も精悍な短髪であり、何らかの武術をやっていたことは一目でわかる。
「あなたがマシロさんですね? サメについて伺いたいことがあります」
「お前たちは何者だ?」
「サメの駆除を請け負ってる者です」
マシロ老人はしばし考え込んだのち、俺たちを家の中に招き入れた。
彼が日系何世なのかは知らないがマシロ老人宅の内装はかなり和風な趣で、玄関の入ったところには塩の山が盛られており、畳の居間には武者甲冑や「武士道」と書いてある掛け軸が飾られ、廊下の壁には旭日旗の褌がぶら下げられていた。
マシロ老人は俺たちに玄関の塩で手を清めさせてから、居間の座布団に座らせた。
「して、一体何用だ? サメと言ったか……」
「ええ、最近出没しているサメについて何か考えのある日系人の方がいると聞いて来たんです。そして俺たちはさっきそのサメを見た」
「ああ、とんでもねぇ奴だったぜ」
「ほう……」
マシロ老人は落ち着き払っている。
「……あのサメは八頭だった。……あなたはあれを、ヤマタノオロチと関連付けていますね?」
「……関連付けているのではない。再来だ」
マシロ老人は茶を一気に飲み干した。
「ヤマタノオロチというのは、一種怒りの象徴だ。この堕落と汚濁に塗れた時代に、サメの姿を持って再臨したとしてもおかしくはない」
いや、おかしい。
「ねぇ、そのヤマタノオロチってのは何なの?」
とキャサリン。しかしマシロ老人は含み笑いをしてすぐにわかりやすくは教えてくれなさそうだ、俺が答えよう。
「ああ、日本の神話に出てくるドラゴンのことだよキャサリン。首が八つあるんだ」
「ふぅん、だからあのサメが重ね合わされてるのね」
「ああ、だからそこに何か倒すためのヒントが無いかなと思ったんだが」
マシロ老人が含み笑いをしながら口を開いた。
「何だ、お前たち、あのヤマタノジョーズを倒すつもりか」
「当然です。もう何人も殺されているんだ」
「ふん、あれを倒そうなど本来ならば神にしか許されぬ所業だし、人に成し遂げられる訳も無いのだが、お前たちがあくまでも人の身で挑もうというのならば参考程度のことは言ってやろう」
「ありがとうございます。どんな些細なことでもありがたい」
「例など要らぬ、ワシが人の思い上がりがどう出るかの顛末を知りたいだけだ。……さて、まず確認しよう。お前たち、肺や腎臓は二つずつ持っているな?」
「え? は、はい」
「その片方を失ったからといってすぐに息絶えるか? そうはならぬな。呼吸の効率は悪くなるが肺を片方失っても人は生きながらえられるし、腎臓も片方くらいならば他人にくれてやっても問題無いからこそ、移植のハードルが低い。ヤマタノジョーズの首も同じことだ」
つまり、あのサメから首を一本や二本奪ってもびくともしないということだろうか。
「おまけにあのサメはこの時代に急に発生した存在だ。発生の速度が驚異的であるからには再生も驚異的なはずだ。首を何本か切り落としたところで、同時に全ての首を落とさぬ限り、次の首を落とすまでに新たな首が生えて来て堂々巡りになってしまうだろう」
脳みそとか入ってる部位がそう簡単に再生して良いものなのか。
「ではどうすれば……」
「そうだな、ここで出せるヒントは日本神話においてヤマタノオロチがどう倒されたかだ。スサノオはヤマタノオロチに『ヤシオリ』という酒を飲ませて、泥酔したところで首を切った。ふふふ、ワシに言えるヒントはここまでだ。これに気づけぬようでは、お前にはまだヤマタノジョーズに抗う資格を有していないということだ」
「は、はぁ……」
「せいぜい健闘を祈るぞ」
その後俺たちは茶ろ一通り飲み干すと同時に、遠回しに追い出されてしまった。
「なあ、ライアンはあの老人の言うことはどう受け止めているんだ? おれには意味深なだけで中身があるようには思えなかったのだが」
ホテルに向かう車の中でクレアが言った確かに、言葉の表面上の部分のみ聞けばそうだろう。
「うん……でも俺にはこれが、何か欠けているパズルを埋める隠されたピースのような気がするんだ。一体何とどう組み合わせるのかわからないが……ヒントではあると思う」
俺はその意味を考えつつもホテルの資質で天井を眺め、来るべき翌日の戦いに向けて英気を養った