剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件 作:雫。
ホノルル空港に到着すると、すぐに案内人が出迎えてくれた。
アロハシャツ姿の彼の名はサム。依頼主であるホテルオーナーの部下である。
「皆さん、ハワイへようこそ。ここからはあちらの小型機で島に向かいます」
俺たちはサムに案内されるまま、小型のビジネス連絡機に乗り込む。
「よろしくお願いします、サムさん」
「いえいえこちらこそ。三度に渡ってナチス悪魔軍団からアメリカを破滅の危機から救った無敵の英雄ライアンさんがいてくれれば百人力です」
何だか色々と尾ひれがつき過ぎてる気がする。
「良かったじゃねぇかライアン。ヒーローとして名を馳せれば、女の子にだってモテ放題じゃねぇか。それに比べてオレは縁の下の力持ちだってのに、全く名前が知れ渡ってないんだぜ? もっとありがたがれよ」
席に着くや、またしても軽口を叩くダニー。
「黙れダニー。本音を言えば替わってやりたいくらいなんだよ。ここまで尾ひれがつくとやってられんわ」
「おいおい、数多くの名誉な通り名を得ておきながら贅沢だぜ? 今朝もSNSでお前の新しい通り名を見つけた。その名も『爆殺天使ライアンちゃん』。どうだ? 素敵だろ?」
「ああ、その名をつけた奴をボンベで爆破したい気持ちでいっぱいだ」
ていうか俺に関する風評被害の片棒をダニーが担いでいそうな気もする。
「そう言えばダニー、今回の事件とは別に、他にも依頼請け負ってたのよね。まあ、片方はあたしの判断だけど」
とキャサリン。
そう、ダニーとキャサリンは俺が消極的なのを良いことに、一度に三つものモンスター狩りの依頼を受諾してしまっていたのである。ちなみにどれも報酬は一万から三万ドルの範囲内だ。
「ああ、それなんだがキャサリン。問題が発生した。どうしても、日程が被っちまう。どっちも十日後になっちまった」
「まあ、本格的な冬休みシーズンに入る前に片付けたいのね、向こうとしても。特に片方なんてスキー場だし……でもどうする? 手分けにでもする訳?」
「ああ、フロリダの件はサメが絡むからキャサリンに行ってもらいたい。スキー場の依頼は、他にも実績がある腕利きの実力者が招集されてるようだから、ライアン一人で十分だ。オレはキャサリンのサポートに回らせてもらおうかな」
何だか一番の当事者である俺が一番ののけ者にされて話が進んでるのはどういう訳か。
「おい、勝手に話進めてんじゃねぇぞお前ら。何で俺が一人で雪山行かなきゃならないんだよ」
「まあ、そう言うなよライアン。雪山ミッションには、カリフォルニアで蜘蛛の怪獣を駆逐した元役者やらネバダの田舎町で地底怪獣を退けたサバイバリストも助っ人に来るんだ、怖くはねぇよ。それに、パワーバランスが上手く取れるのはそれだって、お前こそ良くわかってるんだろ?」
「そりゃまぁ……」
理屈ではそうなることをわかっているから言い返せない。
そう、一騎当千の実力を持つサーファーであるキャサリンとサポートに長けたダニーやレベッカが組むのと、総合的な指揮能力に加えて木の棒やボンベを扱う技術に長けた俺が他の英雄たちの司令塔として動くのでは、確かに総合戦力としては上手い具合に分散させたことになるのである。
「お、着くようだぞ」
窓の外を眺めていたクレアが言い、俺たちも前に出てきたサムに向き直った。
「皆さん、間も無く到着です。知る人ぞ知る新たなハワイの保養地、フワル島へようこそ」
飛行機が着陸したのは滑走路が一本しか無く、ターミナルも二階建ての木造の建物というローカル臭の溢れる空港だ。
ここフワル島は長らくハワイ州の中では見向きされていなかったが、数年前に始まったベンチャー的な思い切った開発によって、少しずつ観光地や保養地としての需要を高めているのだという。サムによれば、今後もう少し大き目の本格的な空港も作る計画があるようだ。
そんな島の観光地としての価値を可能な限り下げないため早急に最近出没するようになった人喰いザメを駆逐する、それが俺たちに与えられたミッションであった。
「おお、君がライアン君とキャサリン君か。よく来てくれた、ささ、座って。私はフワル・リゾート代表取締役のスタンリーというものだ。こちらは警察署長のチェンバレン」
「チェンバレンです、よろしく」
ホテルの応接間に通されると、依頼主二人が丁寧に応対してくれた。意外なことである、この手の事件を、新興観光地の権力者は隠蔽したがるものだと思っていたのだが。
「ライアンです、よろしくお願いします。さて、早速ですが、詳細をお聞かせ下さい」
応接間のソファーには俺が中央になる形で座る。別に代表者とか責任者になったつもりは無いのだが。
「はい、では早速。……ことの発端は二週間前に遡ります。アメリカ本土からやって来ていた学生グループのうちの数人が突如として、一キロほどの沖合で変死する事件があったのです。検死をしたところ、歯型からしてサメの仕業である可能性が高いとされたのですが、それでは説明がつかないことがあった。歯型の配置がおかしい上に数が数匹分ついていたのです」
「そして我々警察は警備艇での捜索を行ったのですが……手掛かりは今のところ、この写真しか入手できませんでした」
スタンリーに続いて説明するチェンバレンが一枚の写真を示してくれた。
そこに映っていたのは、数匹分のサメの頭部が密接に群がって水面から顔を出している様子である。
「サメが群体として行動していると?」
「ええ、他に異様に巨大な背びれも目撃されているため、巨大な『女王鮫』が数匹の群れを束ねて行動しているのではないかと私たちは睨んでます」
女王鮫なんて聞いたこと無いんですが。てか、そんな仮説立てるくらいならちゃんと専門家に意見求めろよ。
「……キャサリン、そういうことってあるのかな」
「どうかな……。あたしは災害対策の対象としてならサメに詳しい自信あるけど、そういう生物学的な分野は専門外よ。それでもまあ、そんな生態のサメがいるなんて聞いたこと無いけど……あとでレベッカに聞いてみようかしら」
そう言えばレベッカは生物学者の娘だったっけ。思えばゾンビのウイルスの特性を見抜いたのも彼女だった、彼女がいなければ俺たちはニュースタング市から生きて帰れなかったかもしれない。
「それで、市としての対策はどうしてきたんですか?」
「ああ、それなんだが……実は対応がかなり遅れてしまっていた……市長の方針でな……」
やはりというべきか市長は観光産業最優先のようである。
「市長の命令で我々警察も早急に調査を打ち切られ、だからその写真しか撮れなかった。その後放置していたところ第二第三の犠牲者が出たため市長もようやく動いたのだが……」
「だが?」
「それも島を盛り上げるためのイベントでしかなかった。各地から腕利きのサメハンターを角って懸賞金を巡って競わせたのだが、犯人かどうかもわからない標準的なホオジロザメが数匹捕らえられただけだった。そしてその後も犠牲者は出続けているが、市長はこれ以上には事を荒立てたくないらしい」
もう金輪際、観光地の市長は信頼できなさそうだ。
「……だから私たち警察が勝手に動く訳にもいかない。そこで私は、比較的自由の効く民間の実力者ということで、スタンリー氏を頼った訳だ」
「そういうことでしたか……」
「そういう訳なのだ。どうだろう、頼まれてくれるか? 何なら報酬は上乗せしても構わないが」
まあ、ダニーがノリノリで一度受諾してしまった仕事だし、ここで変に断ったら余計におかしな風評が立ちそうだし、大金が欲しくないと言えば噓になる。
「了解しました。やれることはやってみましょう。ただ、あまり期待はしないで下さいね」