剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件 作:雫。
「さてライアン、ダニー、ベッキー。今回の敵はゾンビってことなんだけど、サメや蛇、ワニとは勝手が違うわ。もちろん、ナチスともね。だから武器選びも少し考えを変えてみてやった方が良いわ。さて、何がどう違うのかわかるかしら?」
武器の多そうな工具エリアに来た俺たちの前に、腕を組んで堂々と立ってやたらと威厳を感じさせる聞き方をしてくるキャサリン。
「そうだな。俊敏さとか機動力か?」
最初に答えたのはダニーだった。
「それもあるわ。でも、ゾンビの動きが緩慢なことはそこまで大きい違いじゃないの」
「……サイズと形状が人間と同じなことでしょうか? 的が小さい上に体格差も無い……」
とレベッカ。
「そう、正解よベッキー。奴らを倒すのに、威力と引き換えに手数の制限された武器を使うのは、不利になることも多いわ。連中の身体に何か仕込むような戦い方も無理がある。でも、代わりに近接格闘ができるわ」
つまりボンベを口にねじ込んで内部爆破するのはナシということだ。少し寂しい。
「それで、まだあるわよ。じゃあ最期はライアンに答えてもらおうかしら」
キャサリンが俺をビシッとやたらとスタイリッシュに指差す。
「……弱点が明確かつ絶対的なところと、集団で群がって襲ってくるところか?」
「ご名答。そう、ゾンビ連中ってのは基本的に頭を破壊するか首を切断するのが一番効果的な攻撃法よ。胴体を撃って倒せないことはないけど、奴らは痛みを感じないし、大量出血が死因になることないから、頭か首を狙って一撃で沈めるのが一番なの」
首狙い推奨というのは、ナチ兵との戦いでネックハングの有用性と自分への適合性を見い出した俺には嬉しい話である。
「そして、奴らは多数で一気にかかってくることがある。そう考えると、急所狙いで一体一体を素早く確実に倒して次の敵にすぐにかかれるような武器を使うか、あるいは爆発とかで一掃するか、そのどっちかになってくるの、ゾンビとの有効な戦い方は」
つまりやっぱりボンベで爆破もアリかもしれないということである。やったぜ。
「じゃあ、わかったら解散! 十五分以内に全員武器を揃えてここに集合!」
キャサリンが手を叩き、俺たちは各々で武器を探し始めた。
「そうだな、木の棒も良いがゾンビの頭を一撃で潰すには向かないな……ここはパイプ椅子にするか。あ、でも木の棒なら刺突にも使えるしなぁ……まあ、現地調達できるか」
俺はまず近接武器にパイプ椅子を選んだ。打撃力とゲームで言うところの当たり判定の広さが魅力だ。木の棒ならその辺で拾える。
次なるは遠距離武器。まずは鉄砲店エリアで自動拳銃を手に入れたが、いかんせん相手は大量のゾンビだ。すぐに弾切れになりそうだから、他にも何か投擲武器とかが欲しいところだ。
「まあ、ボンベは何にせよ確保するとして、何か手軽な投擲武器は……これだ」
ここで俺が見つけたのは、丸ノコの付け替え刃だった。こいつは使える。持てるだけ持っておこう。
「よう、ライアンはもうショッピングはお会計段階かい?」
ショットガンと金属バット、そしてボウリングの玉を携えたダニーがやって来た。彼の方はもう支度を済ませているようだった。
「一応な。まあ、後から良さげなものが見つかればその時は改めて拾い上げるだろうがな」
「終わってるなら、ちとこっちに来てくれやしないか。何か不穏なことがある」
「何だ、ゾンビの侵入? 黒幕科学者の出現?」
「いや、例の避難民に混じってたチンピラ風の大男の集団。あいつらが何か、さっきゾンビの死体をぶち込んだ倉庫に入って行ったんだ。またヒステリーババァとカルト野郎がさえずり出したみたいで警備員たちは忙しそうだ、オレたちで様子を見に行こう」
あの集団はここに来た時から気にはなっていたが、まさか本当に何かを企んでいるとは。だとしたら俺たちを含めた避難民たちに何等かの危険が及ぶ可能性も否定できないだろう。警備員の協力が遅れることがあっても、最低限の対処を俺たちがすることを拒絶する理由など無い。
「わかった、すぐに行こう」
俺とダニーは身構えながら倉庫の扉を静かにそっと開けた。
すると中で件の男たちの四人がゾンビの死体の前に座り込み、何やら注射器などの器具を使って作業をしていた。
「動くな! 何やってるんだ!」
俺たちは銃を構えながら倉庫内に突入する。
が、気付いて振り向いたチンピラたちの表情は余裕の色を残していた。
「備えが無いとでも思ったか? 残念だったな、俺たちの方が一枚上手だ! こっちはお前らより一人多いし、戦いのプロだ! 不利を悟ったか?」
チンピラたちの内三人はは懐から拳銃を、一人はUZIサブマシンガンを取り出して俺たちに向けた。
なるほど、確かにこっちの方が不利ではある、現状は。だが連中とて、ここでいきなり発砲すればこの建物内が大騒ぎになって自分たちの仕事に支障が出かねないことや、警備員二人も相手にしなければならなくなることくらいわかっているだろう。ならば絶対に反撃の機会は訪れるはず、俺とダニーは奴らに従うふりをすることをアイコンタクトで示し合った。
「銃をこっちに投げて部屋の隅に座れ」
俺たちは言われた通りにセルフサービスで武装解除し、両手を頭の後ろに回して正座。
「さて、お前たち。一体どこから聞いていた? 俺たちのことを最初から調べていたのか? まさか、『あいつ』の仲間か?」
チンピラの一人が俺に銃を突きつけ、尋問を始める。
「別に? 何も知りませんよ。俺たちはただ、何か物音と声がするから見に来ただけさ。青姦してるカップルでもいるんじゃないかってね。こういう極限状態に陥った男女は、互いを普段以上に求めやすくなるって言うからね」
「……ナメやがって!」
チンピラが腕を振りかざし、手の甲で俺の頬を薙ぎ払うようにして打った。
鍛えられているように見えるから本当の本気ではないのだろうが、それでも痛い。歯は折れていないようだが、口の中が切れてしまった。口内炎になるだろう、嫌だなぁ。
「さて、今一度聞くぞ。何をしに来た、誰の差し金だ?」
チンピラが改めて俺の脳天に冷たい鉄の筒を突き立てる。
さて、次はどうはぐらかして時間を稼ごうか、それを考え始めた時である。
「……そこまでです、残念でしたね!」
落ち着いた、しかしわずかながら覇気を伴った少女のものと思しき澄んだ声が倉庫内に木霊するとともに、扉を開けて一体の小柄な人影が堂々と入って来た。まるでこの瞬間を待ち構えていたかのように。
しかしその乱入者の姿は、声から想起される普通の少女のそれとは違っていた。
全身のカラーリングは赤紫が基調。
頭部はシルエットだけ見れば髑髏にも近い、目がランプとして輝いているヘルメットに覆われ、その左右側頭部からは、角のようにも束ねた髪を模したものにも見えるヘッドギアのアンテナ様のパーツが生えている。
胴体は、赤紫の装甲で覆われている。だが全てを密閉して固める全身甲冑という感じでもなく、厚い金属板が覆うのは胸部を中心とした、非関節部のみで、関節部や腹部、そして太ももなどは黒い特殊繊維製であろうタイツを露出させており、スレンダーな体躯のラインがかろうじて認識できた。また腰にはミニスカート様の防具も装着されているが、その下もまた黒いタイツで、やはり素肌を露出させている箇所は一片も無い。
中身はおそらくは少女。顔が完全に隠れていることを除けば、ニッポンのカートゥーンに出てくる「メカ少女」というやつが一番イメージ的には近そうだった。
「クソ……とうとう現れたのか、〈スチールガール〉!」
チンピラたちは鋼に身を固めた少女に向かって畏怖とも待望ともとれる眼光を向け、対峙した。