剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

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 そのホームセンターにも、ゾンビの一団が迫りつつあった。

 

 距離は三百メートルほど。俺たちが奴らよりも先にその出入り口に到達して中に入るのは容易とまではいかなくとも、難しいことでもなかったが、問題は内部で騒ぎが起きている様子が無いことだ。おそらく、ホームセンター内の人々は接近に気付いていないのだろう。

 

「あと五分もしないうちに到達するぜこりゃあ」

「ええ、新参者が仕切るみたいなのは嫌われそうだけど、入ったらすぐにバリケード設置を勧めましょう」

 

 車を駆け下りてエントランスに入ってみると、どうやら車の音で中の人たちは来客には気付いていたようで、進入してきた客人をぐるりと囲むようにこのコロニーのメンバーたちが並んでいた。

 

 その面々は、実に個性的な風に見えた。というのも、全部で二十数人はいるこのホームセンターを根城にしようとしている市民たち、大半はごくごく普通に見えるのだが、一目で何か異様な素質があるとわかるような風貌の連中の存在感が結構なものなのだ。

 

 まず、黒人と白人の妙にかみ合ってなさそうな警備員コンビ。これはまだ良い方だ。他にやたらと体格の良いチンピラ風の男が数人固まっているが、これもまだ良い。

 

 特に異彩を放っているのは、何やら司祭服を改造したと思しき衣類を纏い、頭には身長の三分の一はありそうな帽子を被り、謎漢字のタスキを肩にかけている初老の男と、異様なまでに口紅を濃く塗って平安貴族ばりに顔を白く染め上げ、サイズばかりで輝きの足りない偽物っぽいパールのネックレスと目が痛くなるような花柄のワンピースを身につけた中年女性、そして、保護者や友人らしき人が近くに見えないにも関わらずやたらと落ち着き払い、儚げな瞳でこちらを見てくる、十二、三歳と思しき金髪ポニーテールの少女、この三人だ。

 

「あー、ニュースタングモールにようこそ。生憎、従業員もいなけりゃ店長もいない。最後に残った俺たち警備員二人にゃおもてなしの準備も無い。そんなところでよければ、まあ、上がって」

 

 警備員はそう言いながら俺たちを歓迎するような身振りを見せるが、大多数の避難民たちは複雑そうな表情をしていた。そりゃそうだ。先の見通しが立たぬところに人ばかり増えても、それが頼もしい戦力増強を意味するのか、それとも限られた物資を浪費する穀潰しが来たということを意味するのか、そんなことはすぐにはわからないのだから。

 

「受け入れてくれるのなら感謝します。俺はライアン・ブラウン。こいつらはそれぞれダニーとキャサリンとレベッカ。この中の状況は?」

 

「食べ物と医薬品は店の規模にしてみればだいぶ少ない。さっき逃げていった人たちが持って行ってしまったからね。そんな訳で悪いが、新歓の宴はお預けだ。まあ、結成の宴もまだだがな」

 

「そうですか……でもこの人数なら上手くすれば数日は持ちそうですね。それはともかく、今すぐこの出入り口を塞いで、あちこちにバリケードを作ることを提案する。今俺たちが見て来たんだが、すぐ三百メートルそばまでゾンビの集団が迫ってる。今はゆっくりじわじわ接近してるけど、気づかれて一気に来られるのも時間の問題だ」

「それは本当か? よし、それならばすぐにでも……」

 

 警備員が快諾してくれようとした、その時である。

 

「まぁ~、何よ! このアタクシへの賠償サーヴィスもそこそこに、そんなどこの馬の骨とも知れない子供の意見でま~た汚い泥仕事を手伝わせるつもりかぁしら? ホッ! もう、嫌んなっちゃいますわ!」

 

 厚化粧で花柄ワンピースの中年女性が、ガラスが割れそうなほどに甲高い金切り声を上げて怒り始めた。大袈裟過ぎるほどに手を振って舞台俳優のように天を仰ぐ様は狂気を感じさせ、レベッカもナチュラルに怖がっているように見えた。

 

「フリクソンさん、仕方が無いでしょう、我々も身を守らないといけないんですから」

「うるさいわねッ! このアタクシに乱暴な仕事をまた手伝わせて良い理由にはならないでしょう! だいたいアナタたちは何なんですの? すーぐバリケードだの武器だのと言い出して……よっぽど野蛮で暴力的なものがお好きみたいねェ」

「人命第一です! だいたい、こういう手段を使わずしてどうこの事態を切り抜けろというんですか。あなたが、ゾンビ連中と交渉してくれるとでも?」

「んまッ! お客様であるアタクシに何を言うのかしら? アタクシは今だってこのホームセンターの客ですのよ、この店の者であるアナタはアタクシに全面的にサーヴィスする義務があるのではなくって?」

「自分は警備会社から派遣されてる警備員だ、店員じゃない。安全を守ることだけが仕事で他のサーヴィスなど知りません!」

 

 警備員が花柄厚化粧を説得にかかるが、彼女はヒステリックな声を増すだけであった。

 

「まあまあフリクソンさんも警備員諸君も、一度落ち着きなされ」

 

 そこに割って入ったのは、改造司祭服の男だ。

 

「確かに争いで全てが解決する訳ではないのも確かなことじゃ」

「あらまぁ、ヤンテクトさん。珍しく意見が合いますこと」

「左様。我らに今必要なのは、正当な祈りじゃ。この事態は本当の神の意志に反する既存の歪んだキリスト教が原因で起きた裁きである。だからここに生き残った皆は、我が東アメリカ・ブレムメン教に今より入信し、正当な本当の祈りを以てして救いを得るべきである。それができぬ者は皆死ぬ。さあ、悔い改めよ! 神の意志を受け止めよ! 悔い改めよ!」

 

 どうやらヤンテクトというらしい改造司祭服の男は、異端キリスト系のカルト教団関係者のようだった。

 

「んまッ! 違いますわよ! ここで必要なのは友愛の精神ではなくて? あの襲ってくる人たちにも、友愛を見せつければ絶対に何とかなるのですのよ。それなのに、それを理解しないおバカで田舎者で右翼なこの警備員共は、このアタクシに汚い仕事を手伝わせようとするのですわ!」

「友愛が重要なのは左様なこと。しかしこの事態が神の怒りによって引き起こされた以上、まずは悔い改め、神に対して本当の信仰を示して許しを請うところから始めねばならない。だから我がブレムメン教に是非入信を」

「違いますわ! この事態は政府を裏で操る闇の資本連合が糸を引いてますのよ? あらぁ? 司祭様ともあろうお方がその程度のこともわからないのかしらァ?」

 

 あまりに独善的で不毛な言い争いを始めた二人に見切りをつけた警備員は、彼らを放置してバリケード設置を始める意思を示した。

 

「奴らはどの方向から来てるんだ?」

「あたしたちが見た一団は東からよ。他の方角は知らないけど」

「ふむ、ならば正面玄関から塞ぎたいが、裏口に既に迫ってないとも言えないな。おいカルロス!」

 

 白人の警備員が黒人の警備員に呼びかける。

 

「何だいハリス」

「裏手を見て来い。ゾンビが迫ってるようなら適当に塞いでから俺たちを呼べ」

「あいよ。あんたも嫁さんにまた会えるよう、頑張りなよ」

「言うようになったなカルロス」

 

 カルロスと呼ばれた警備員が裏手に向かって走っていくと、早速正面玄関の閉鎖が開始された。フリクソンとヤンテクトを除いた全員で家具や陳列棚を玄関前に積み上げ、そして瞬間接着剤やセメントで固めていく。

 

 しかし、この作業の中で一つ気になったことがある。例の一人ぼっちの少女がやたらと腕力が強いように見えたことだ。家具を運ぶ時に、目に見えて汗をかいたり疲弊したりはせず、何食わぬ顔で大人の作業に追従していたように見えたのである。

 

 ともあれ、人手はそれなりに足りていたため、正面玄関の封鎖はゾンビの到達前に完了させることができた。

 

これでとりあえずは安心できる、そう皆が思った時、全員の耳に一発の銃声が鳴り響いた。

 

「裏手から……カルロスだ! 何かあったのかも!」

 

 ハリスは自身の銃をホルスターから抜き裏手に向かう。

 

 しかし警備員は彼ら二人だけだ、何かあった時のバックアップも必要だろう。

 

「ハリスさん、俺も行きます。人手は多いに越したことは無い」

 

 こういう事態である以上、平穏に暮らしたいとか贅沢言う訳にもいかないだろう。俺はサメやナチスや合成生物との戦いを既に経験してしまっているのだ、生き残るためには即戦力として貢献するしかない。

 

「あたしも行くわ。こう見えても災害対策には心得ある方なの」

「オレもまあ、こういう事態には慣れてきちゃってるからなァ」

「わ、わたしもキャサリンの役に立てるなら」

 

 他の三人も同様のことを考えたらしかった。

 

「本当か、正直助かる!」

 

 そして俺たちとハリスは裏手の調査に向かった。


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