剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

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 クラブダイルはどうやら下水管か何かわからないが、地下からやって来たらしい。地面に穿たれた大穴から這い出してきて、近くにいた警官たちを捕食している。

 

「おいおい、ロボコンダを共に討伐した勇士たちも大混乱じゃねぇか!」

 

 ダニーが嘆く通り、SWATは総崩れの状態に陥っていた。何せ、いきなり自分たちの陣地の内側から敵が出現したのだから当然だろう。おまけに対ロボコンダ作戦時の布陣のままだったので、迎撃態勢に移行するのも困難なのだ。

 

「……おい! ギルバートがいないぞ!」

 

 ギルバートを座らせていたはずの中央部の椅子が無人になっているのを見てケヴィンが叫ぶ。

 

「混乱に乗じて逃げたということか。しかし、一体どこに……」

「ここさ」

 

 ケヴィンが訝しんでいると、いやらしい声と共に彼の後頭部に拳銃が突きつけられた。

 

 物陰に身を隠していたギルバートが、ケヴィンの隙を突いたのだ!

 

「ケヴィン、君には散々な目に会わされたよ。君は自分が縄で縛った相手が、稀代の天才であるということを自覚した方が良い。だが、ここからは私の主導権だ」

 

 ケヴィンは銃を地面に落として手を上げる。プロの軍人だけあって、変に意地は張らずに引きどころはわきまえて行動するのだ。

 

 俺たちもこれでは手を出せない。武器を地面に置き、掌をギルバートに見せながら一歩下がる。

 

「貴様、何が狙いだ」

「今まで通りだよ。クラブダイルのデータを採取して亡命するのだ。だがケヴィン、君だけはただではおかない。君はクラブダイルの行動をさらに分析するために餌となってもらう」

「……お断りだッ!」

 

 しかしケヴィンは実は降参してはいなかった! ギルバートが見せた一瞬の隙を突いて彼の拳銃を払い落しながら組み伏せた!

 

「ケヴィンさん!」

「お前たち、先に行け! 体制を立て直さねばクラブダイルには勝てない! あそこに民間ヘリが残されてるだろ、あれに乗ってエンジンをかけていてくれ!」

「ケヴィンさんは⁉」

「こいつを再び縛り上げたらすぐに行くさ、お前たちだけではヘリを飛ばせないだろう? 次はもう逃げられないために、手足を折ってから縛り上げるか」

 

 俺たちはケヴィンの言う通りにヘリコプターに向かってひた走る。

 

 既に周囲の警官たちは体制を立て直すべく撤退しているようだ、ヘリコプターの周りにもほとんどおらず、警察のパイロットに操縦してもらうこともできそうにない。

 

「ダニー、お前がエンジンをかけろ!」

「おうよ!」

「手伝うわ!」

 

 ダニーとキャサリンが操縦席に飛び乗り、手探りで何とかヘリコプターのエンジンを駆動し、すぐにでも飛べるよう安定した状態にしてみようと試行錯誤する。

 

 その時辺りに銃声が鳴り響いた。

 

 クラブダイルに対するものではない。小口径のピストルを、たった一発だけ撃ち放った音だ。

 

「ふっふっふ、切り札は最後まで取っておくのがサクセスの仕方なのだよケヴィン君。ああ、そう言えば君は前からカードゲームが下手だったね。だから軍隊で出世し損ねたのだよ」

 

 振り返ってみると、ケヴィンが左脚から血を流して地に片膝を着き、苦虫を噛み潰したような表情で正面を睨みつけていた。その視線の先にいるのは、デリンジャーという護身用小型ピストルを構えたギルバートだ。

 

 彼はああ見えて結構抜け目が無く、実はもう一丁拳銃をどこかに隠し持っていたのだ。

 

「クソ、ギルバート、待て……」

「待てと言われて待つ者はいないのだよケヴィン君。おっと、どうやらもうクラブダイルがこっちに向かって来ているね。私は君が捕食される感動的なシーンを、安全な場所から撮影するとしよう。案ずるな、君の存在は研究データとして生き続けることになるのだ」

 

 ギルバートはそう言い残すと、ケヴィンに颯爽と背を向け、満足げな表情を隠すこともせずに堂々と歩き去ろうとする。

 

「ギルバートォォォオオオ! 貴様だけは逃がさん!」

 

 だがここで自らの死と宿敵の生存を同時に諦めるケヴィンではない! 

 

 腹の底からまさに絞り出すような雄叫びと共に肉体の全余力を無事だった右脚に集積してギルバートの背中に飛びかかり、彼を地面に寝技の要領で組み伏せた!

 

「貴様も道連れだ!」

「は、放せ! 私は天才なのだぞ! 科学の進歩のために有益な人物なのだぞ!」

 

 しかしまるで獲物に喰らいつくコヨーテのように血走った目でギルバートを完全に抑え込んだケヴィンは俺たちの方に顔を向けて叫んだ。

 

「行け! お前たちだけでも逃げるんだ!」

「そんな、ケヴィンさんはどうなるんですか⁉」

「この足ではもうクラブダイルより先にヘリにたどり着けん! 俺のことは良い! さあ、行くんだ!」

 

 ケヴィンの言うことはもっともだ。これだけ距離が離れていれば、ヘリに辿り着く頃にはクラブダイルに追いつかれてしまうだろう。

 

 俺は宿敵ギルバートと共にハサミで両断されてワニの口に運ばれるケヴィンから、目を逸らす以外のことができなかった。

 

 もう手遅れだ。ならばケヴィンの死に報いるには、彼の言った通り俺たちがまず生き残るしかない。

 

「ダニー、キャサリン! エンジンはかかったか⁉」

「ああ、何とかな! だがどうするんだ! 運転してくれる人がいなくなっちまったぞ!」

「お前が運転するんだよ!」

「ハァ⁉」

 

 我ながら今回ばかりは無茶振りだとは思うが、すぐ近くにはクラブダイルを内部爆破できそうなボンベなども見当たらず、他に生き残る道が無いのだから仕方ない。

 

「おいおい、冗談はよせよライアン。そりゃあ、オレは一応オートジャイロの講習くらいなら受けたこともあるが、こんな本格的な飛行機、計器の見方からしてちんぷんかんぷんだぜ?」

「ググれカス!」

「無茶言うなァ‼」

「仕方が無い。キャサリン、レベッカ。ダニーをアシストしてやってくれ。数人がかりなら操作できるかもしれない」

 

 それでも無茶だという自覚はあるが、ダニー一人に全部やらせるよりは上手く分担した方が成功率は上がるだろう。いや、ヘリの操縦とか詳しくは知らないけど。

 

「わ、わかりました! でも、ライアンさんは⁉」

「俺は何とかして時間を稼ぐ! だからその間に最低限飛び上がるだけのことをググっておいてくれ! それ以上のことは空で調べよう!」

 

 俺はそう言って迫り来るクラブダイルに相対するが困ったものだ。手元に武器など無い。時間を稼ぐには、鬼ごっこに興じる他ないだろうか。

 

 俺がクラブダイルを陽動すべく脚に力を込めんとした、その時である。

 

「ライアン! これを受け取って!」

 

 キャサリンの相も変わらず頼もしい声と共に、一本の物体が飛んでくるのが視界に入った。

 

 キャサリンが投げてよこしたそれは、モンスターを相手にした戦いの土壇場で撃退するに当たって勝利を約束されていると囁かれている聖剣。

「木の棒よ、これで戦って!」

 木の棒だ!

 これで勝てる!

「礼を言うぜキャサリン! こいつは中々良い木の棒だ!」

 

 ビーチパラソルよりも木の棒の方が強いことは明白だ。かつて木の棒でナチス最終兵器と渡り合ったこの俺の木の棒さばきを改めて披露する時が来たようだ。

 

「さあ来い、出来損ないが! 木の棒を手にした俺を簡単に喰えると思うなよ‼」

 

 俺はクラブダイルに向かって突撃し、その甲羅を、そのワニ肌をひたすら木の棒で叩き、突き、薙ぎ払った。

 

 案の定、クラブダイルは木の棒に身体を打たれる度に大きく怯み、一歩、また一歩と後退する。無論、怒りを露にして反撃しようともするが、木の棒を振りかざしてやれば再び怯むのである。

 

 怪物に対して木の棒が、効果は抜群だ! になる科学的な理由をいい加減知りたい気もするが、どうせきっと科学的な理屈を超越した理の上に成り立っているのだろう、予算の無い創造主の都合とか。クトゥルフの邪神にフォークが効くのと同じようなものだ。

 

 しかし木の棒が敵に止めを刺す必殺の最終兵器になり得ないというのは実に残念な話だと今ほど思ったことは無い。爆発物さえあれば木の棒で牽制しながら隙を突いて口の中にねじ込んでやりたいところだが、それが叶わぬ今、このまま持久戦になりかねないのだ。

 

「待たせたわねライアン! もう飛べるわよ!」

 

 だがスタミナが切れてきたところで丁度、頼れる仲間たちが為すべきことを果たしてくれたようだ。時間稼ぎをした甲斐があったというものだ。

 

「でかした! すぐに乗り込むからもう浮かせておけ!」

 

 俺はクラブダイルに最後の強烈な一撃(だが木の棒だ)を見舞って大きな隙を作るや、残りのスタミナを振り絞ってヘリコプターに向かって走った。

 

 俺が到着した時既にヘリは離陸済みで俺の顔の高さにスキッドがあったが、キャサリンが迅速に引き上げてくれたため、スキッドに捕まったまま宙ぶらりんで飛行するハメにはならずに済んだ。

 

「ふう、これでとりあえずは安心だ。ホバリングしなが改めて操縦法を調べて、共同作業でどこかに着陸しよう」

 

 だが、ここで易々と俺たちを返してくれるクラブダイルではなかった。

 

 一気に上昇して現場からの離脱を図る俺たちのヘリが、何者かによって大きく揺さぶられ、危うく失速して墜ちそうになった。

 

「何だ⁉ 何が一体⁉」

 

 共同操縦で何とか体勢を立て直してから窓の外を見てみると、何とクラブダイルがスキッドにカニ脚を引っ掛ける形でヘリの下部にしがみつき、一緒に上がって来ていたのだ!

 

 空まで追ってくる執念は見上げたものだが、俺たちがここまで執拗に狙われる心当たりが無いので理不尽としか言いようがない。

 

「畜生、どうすれば⁉」

 

 クラブダイルはまるで親の仇でも前にしたかのように、その剛腕を機内の俺たちに向けてきた。


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