剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

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 その後俺たちのバンは大通りを抜けて港湾部の近くまで来たが、ロボコンダの追ってくる気配は今のところ無かった。どうやら精密機器漁りに熱中しているようで、本人(?)のアカウントも、自己進化を今日も頑張るぞいというようなことしか呟いていない。

 

「さて、ロボコンダの方はSNSで行方を追えるとして、クラブダイルの方はどう探す? 奴を早めにこの手で退治しないと、アルファ・コーポレーションの傭兵団が先に証拠隠滅に来てしまうかもしれない」

「あ、ケヴィンさん。それも、SNSで追跡できるかと思います……」

 

 慌てるケヴィンに対して、レベッカが恐る恐る挙手する。

 

「何? それは本当か?」

「はい……もう怪物の話題はだいぶ広まってしまっているみたいで、市内で目撃した人がそれに関する呟きを大量にしています。一応、この市内で情報力ありそうな人は何人かフォローしておいたんですが……。その呟きで出現の状況を確認できると思います」

「でかしたわレベッカ。流石はあたしの親友ね。で、あいつは今どこにいるのかしら」

「待ってて下さい、今最新の呟きを……出た、一番新しい目撃情報は、公園の近くです! 公園に向かっているようです!」

「公園か……」

 

 俺は地図を広げて、運転席のダニーに示す。

 

「公園はこの裏道を使えば五分で行けそうだな。ダニー、頼めるか?」

「断る」

「えっ」

「三分で到着してやるぜ」

 

 必要以上の頼もしさが、滑る前フリでないことを祈るばかりである。

 

 しかしそんな心配も杞憂に終わったようで、俺たちは無事に公園に到着することができた。

 

 公園にはまだいくらかの人々が残っていた。全員携帯を見ている様子が無い辺り、情報が遅れている者が身に迫る危機に気付けずに取り残されているのだろう。

 

「おーい、皆ここから逃げろ! 怪物だ、怪物がやって来るぞ!」

 

 ケヴィンがバンから駆け下りて周囲に呼びかける。

 

 しかし公園の人々は、ケヴィンの言葉を信じていないようで、ジョークか乱心かと思って彼を指差して笑っている。ニュースくらい見ろよ。

 

「そうかい、じゃあ、こいつでどうだい?」

 

 するとケヴィンは手持ちの小銃を天に向けて発砲した。

 

 響き渡る銃声の中、公園の人々が悲鳴を上げて散り散りに逃げる。

 

 色々と大丈夫なのか、コレ。とりあえず一般人を逃がすことができたのは良いかもしれないが、後々俺たちまで市民を脅迫したことの片棒担がされたりしないだろうか。

 

「よし、人払いは済んだ。あとはここで待ち伏せして、クラブダイルを仕留めるぞ」

 

 待ち伏せは良いのだが、あいつ普通の銃効かないのでは? 特に新兵器の類いを用意している様子も無いケヴィンを見ていると不安しか感じない。

 

 しかしもうすぐここに来るという以上、戦う準備をしない訳にはいかない。俺やダニー、そしてケヴィンは銃を構え、キャサリンはチェーンソーを担ぐ。

 

「さっき仕留め損なったから次こそは止めを刺すわ。この小型チェーンソーじゃああの甲羅は貫けなかったけど、ワニの部分ならいけるかもしれない」

「もしそれでもダメなら」

「もっと大きいチェーンソーが必要ね」

 

 そこはボンベで爆破に限ると思う。

 

 そうこう言いつつもとりあえず車を倉庫の陰に隠して待機していると、遂にクラブダイルがやって――来なかった。代わりに一台のバンが公園内に進入してきた。

 

「どういうことだ? レベッカ、クラブダイルはまだ来ないのか?」

「は、はい。どうやら、途中でジョックの溜まり場を見つけたみたいで、そこで進行を止めてるみたいです」

「ならば多少遅れてもここに来るということか……となれば、あの車は一体何者だろう? まさか今更民間人が来るとも思えないけど」

 

 俺たちが訝しんでいると、件のバンの扉が開き、中から軽武装の傭兵めいた集団と、そして彼らに守られているように見える白衣の男が降りてきた。

 

「ギルバート主任……まさか自ら来やがったのか⁉」

 

 ケヴィンが白衣の男を怒りに満ちた剣幕で睨みつける。

 

「ギルバート主任? すると、あいつが――」

「ああ、この騒動の黒幕だ。奴のことは俺が締め上げてやらねば」

 

 ケヴィンが倉庫の陰から飛び出し、ギルバートのもとにつかつかと威圧的な歩き方で接近していく。

「おい主任! どういうことだ⁉ ここで一体何をしているんだ⁉」

「おやおや第一警備隊長……いや、元隊長のケヴィンじゃないか。私の命令に背いて任務放棄をしておいて、今更この天才たる私に何の用かね?」

 

 ギルバートは如何にも相手を見下した、見る者を不快にさせる笑顔でケヴィンに応える。

 

「自己保身ばっかりのあんたがわざわざ現場に出向いて来て、一体何をしようと言うんだ? 武装した用心棒たちまで連れて来て」

「それが人にものを聞く態度かケヴィン君?」

「質問に答えろ!」

 

 ケヴィンはギルバートに向けて銃を突きつける。

 

「ふん、わかったわかった特別に教えてやろう。まったく、これだから軍人上がりは直情的で品が無くて嫌いなのだ」

 

 ギルバートは懐から一本の注射器のようなものを取り出した。

 

「これは私が開発したナノマシンだ。爬虫類としての神経系と甲殻類としての神経系との電気信号を、同時に制御することができる。これを弾頭としてクラブダイルに撃ち込めば、前回の外付けの制御装置とは違って、奴を常に内側から制御できる」

 

 ギルバートは得意げに注射器を掲げて見せびらかす。

 

「主任、もうあの怪物を操ろうなんて馬鹿な考えはやめろ。あれは危険だ、もう殺処分するしかない。あんたは神に背く研究をしてしまったんだ」

「何を言うんだ。あれはこの私の天才頭脳が生んだ大傑作だぞ。最低限データも取らずに捨て置くことなどできるはずもないだろう。そんなこともわからんのか、軍人上がりの脳筋め」

「やめておけ。どうせこの失態を上手く処理できなければ、あんたは本社に切り捨てられるまでだ。大人しくクラブダイルを殺して被害を最小限に抑えるんだ、そうすれば……」

「ふん、誰が今の会社に仕え続けると言ったかね? あいにく私にそんな愛社精神は無いものでね。このクラブダイルのデータを持って亡命させてもらうつもりだ。私ほどの頭脳の持ち主がその頭脳を以てして作り上げた最高傑作のデータを携えてやって来るのだ、どこの国にでも需要がある」

「何て野郎だ……」

「さあ、お前たち。給料分は働いてもらうぞ!」

 

 ギルバートの指示に従って、傭兵たちが銃を構える。するとほどなくして、クラブダイルが口にジョックを咥えた状態で公園前の建物の壁を突き破って出現した。

 

「よし、作戦開始だ!」

 

 傭兵たちはクラブダイルが公園内に入るや、小銃弾を浴びせてその動きを封じる。逃亡を防ぐために背後にも回り込んで四方から弾幕を見舞うという念の入れようだ。流石のクラブダイルも動きが鈍る。

 

「どうだケヴィン? 私の作戦の方がよっぽど有効そうだろう?」

「……」

「よし今だ! ナノマシン弾頭を撃ち込め!」

 

 ギルバートの号令を受けて傭兵の内数人が麻酔銃を改造したナノマシン投与銃をクラブダイルに向けて撃ち込む。

 

「やったか⁉」

 

 数発のナノマシン弾を受けたクラブダイルは急速にその動きを鈍らせ、そして痙攣しながら地面に倒れ伏せた。

 

「おいおい、倒しちゃったよあのおっさん」

 

 戦いの推移を陰から見守りながら感嘆するダニー。

 

「ああ、でもダニー。本当にあれで良いのかな? このままじゃあの科学者も亡命して、また他の国でトンデモ生物兵器を作ってしまうぞ」

「しっ、確認が始まるわよ」

 

 キャサリンに応えて再び現場を注視してみると、なるほど、効果を確認すべく数人の傭兵たちが地に伏せたクラブダイルに接近し、何やら機材をかざしてデータを取っているようだ。

 

「これだけ大量に投与したんだ、効果が無いはずがない。このままトレーラーに載せて研究所まで輸送しよう……」

 

 その時である。

 

「な、何だ⁉ しゅ、主任! ク、クラブダイルの神経活動が、一度は鎮静化したのに、また急激に増大しています!」

「何だと?」

「あっ、今、完全覚醒状態の域に達しました! これは一体……ぎゃぁぁぁぁぁああああっ‼」

 

 突如として覚醒したクラブダイルが測定活動中だった傭兵を食い殺し、そのまま咆哮しながら起き上がる。

 

 傭兵たちはクラブダイルの動きを何とか封じようと銃撃を再開するが、当然効果は無い。無残にも全員食い殺されるか、ハサミで両断されるか、あるいは踏み潰されてしまった。

 

「くそ、とりあえずこっちに来い!」

 

 ケヴィンがギルバートの腕を掴んで強引に引きずりながら、俺たちの方へ帰還する。

 

 ケヴィンとギルバートがもともとある程度の距離を取っていたからか、クラブダイルは彼らを深追いすることは無く、進路を反転して公園を後にした。

 

「ケヴィンさん、連れてきちゃったんですか、その人⁉」

「ああ、この男には聞かねばならないことがある」

 

 ケヴィンはギルバートを地面に座らせ、眉間に銃口を突きつける。

 

「言え、どうしてナノマシンが効かなかったんだ? 完璧に制御できるんじゃなかったのか?」

「想定外だ。私にもわからん」

「電力会社みたいな言い訳に需要は無い。推測で良いから何とか言ったらどうだ」

「む、むう……可能性があるとしたら、何らかの外的要因でナノマシンの機能に異変が生じたってことだが……。そう言えば、クラブダイルは先ほどX-20と接触したな?」

「ああ、海辺で激闘を繰り広げた」

「ならばそれが原因だ。X-20の本体は生物を機械に変化させるナノマシンだ。対象となる生物の質量に応じて一定以上の量が投与されねば肉体の機械化という本来の目的こそ為せないが、多少なりとも体内に残留すれば、何らかの影響を与えることは十分考えられる」

「つまりどういうことだ?」

「クラブダイルは先のX-20との戦いで、体内に少量のナノマシンを取り込んでしまったのだ、感染するようにね。そして、体内に残留したナノマシンが、後から投与された制御用ナノマシンに総合的な影響を及ぼすとすれば……無効化されてしまったことも、頷ける話だ」

 

 何か科学者が如何にももっともらしそうな口調で色々語ってるが、もっとこう、根本的なところがまったく納得いかない。

 

「あんた、やたらとX-20にも詳しいようだな。まさかとは思うが、今回の事件に関与しているのか⁉」

「そ、そうだ! 何が悪い! 軍の研究機関が破棄した研究のデータがたまたま横流しされてきたから、私のこの頭脳を以てして世の中の役に立てようとしたのだ、何か問題でもあるのか⁉」

 

 問題しか無い。

 

「クラブダイルとX-20、二つの検体の有用性を比較するために、わざわざ同じ日に解き放ったのだ。流石にコントロールが効かなくなるのは想定外だったが、兵器としての威力は十二分に実証できた! この程度の街の犠牲など、科学の発展を思えば何てことはないだろう⁉」

 

 何て奴だ。

 

「み、皆さん、大変です!」

 

 ギルバートの余りにも酷い独善性に俺たちが呆れていると、レベッカがスマホの画面を俺たちに示してきた。

 

「こ、これを見て下さい」

 

 画面に表示されているのはどうやらこの近辺の地図のようだ。しかし、何やら上から赤い線が不自然かつ不規則的に引かれている。

 

「これ、ネット上の有志が作ってたロボコンダの移動ルートです。今、街の郊外まで出たみたいなんですが、精密機器を探し回ってウロウロしてるみたいです……」

「なるほど、それならある程度奴の行動のパターンも予測できそうね」

「それと、もう一つ情報が……。遂に、警察が動き出したみたいです」

 

 遅い。遅いよ警察。

 

「ほら、警察がロボコンダと戦うニュース映像も……」

 

 画面の中で、武装警官たちが小銃を握りしめてロボコンダに果敢に挑むも、悉くが返り討ちにされている。

 

 警察でも奴を倒せないとなると、このまま行けばこの街が核攻撃を受けることになってしまうだろう。

 

もしロボコンダとクラブダイルが一堂に会することがあれば、そのリスクはさらに高まる。

 

 となれば、二匹のモンスターが離れている今のうちに、「あの作戦」に賭けてみるしか無い。

 

「なあレベッカ。警察の指揮所がどこにあるかはニュースで報じられてるか?」

「あ、はい。遊園地の隣の美術館にSWATの仮設本部が置かれてるみたいです」

「遊園地の隣……ビンゴだな。よし、皆今からそこに行くぞ」

 

 一同、ポカーンとした様子で俺を見る。

 

 しかし、カードを切るのは今しか無いのだ。

 

「ロボコンダを確実に仕留められるかもしれない作戦を思いついたんだ。だがそれには人手が必要だし、場所の制約もあるんだ。警察の部隊が遊園地近くにいる今しか無い、皆、力を貸してくれ!」


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