剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件 作:雫。
既に怪物出現のニュースは流れているはずだが、大通りに混乱は見られなかった。資料映像に見るようないつも通りの日常風景がそこにあった。日本人並みに平和ボケしているからなのか怪物出現なんざ慣れ親しんだことだから落ち着き払っているからなのかは知らないが、まだ日も明るいうちからダンスホールでパーティーしていたジョックたちが調子に乗って路上まで飛び出してきて半裸で騒いでいるような光景があちこちで見られる辺り、単にintが足りないだけなのかもしれない。
「これ、避難とか呼びかけたほうが良いのでしょうか……」
「いやベッキー、それは敵がどこから来るかもまだわからない段階でだと、逆に混乱を招くわ。それに、ニュースまだ見てない人は言っても信じないでしょう」
俺たちはとりあえずバンを道路沿いに停めて待機する。というかそれしかできない。発信機の類いを件の怪物に付けた訳でもなければ奴らの行動を正確に予測できる専門家を同行させている訳でもないので、人通りの多いところに出現するだろうという予測を立てた後は、変にややこしくならないよう、じっとしている他無いのである。
「おいおいライアン。来たは良いが、本当に出てくるのかね、クラブダイルは。何だか日常風景的なものしか目に映らないんだが」
「今のところ奴の居場所も目指すところもわからない以上、ここに張り込む以外無いだろダニー。それにここは街の中心で交通の便も良いしな、奴が出現したら逃げるにせよ立ち向かうにせよ、すぐにひとっ走りできる」
「まあ、そん時は任せろと言いたいところだが……このまま何時間も待ち続けたりしたら、その前に眠気が来て華麗な運転テクニックが鈍っちまうぜ。何か面白いことしてくれよライアン」
「どっちかというとそういうのはお前の領域だろ……」
と、そんな気の抜ける会話をしながら資料映像めいた光景に囲まれて過ごす時間を潰していた時であった。突如、俺たちの車を謎の振動が襲ったのは。
「おい、何だ揺れてるそ。ダニー、エンジン空吹かしでもしたか?」
「いやぁ、指一本触れちゃいないぜ」
「じゃあ地震かな。カリフォルニアは地震もあるようだし」
「いや、これは地震じゃないわね。揺れ方が全く違うわ。地震にこんな断続性も無いし、間違いなく震源の深さが十メートルも無いわよ、これは」
流石は防災系女子だけあって地震説を論理的に否定してくれるキャサリンであるが、なんだろう。震源の深さまでわかるとか、彼女のこういうことを感じ取る感覚がどんどん俺たちのそれから離れていっている気がするのだが。シックスセンスにでも目覚めているんじゃなかろうか。
「しかし……だとすれば何なんだ、この揺れは?」
「キャサリン、ライアンさん! あ、あそこです!」
レベッカが指を差したその先でマンホールが上に乗っていたジョックごといきなり弾け飛んだ! 間欠泉の如き水流がジョックの身体をマンホール蓋と共に空中へと叩き上げる。
そして、その水流の中に輝く禍々しいまでの赤い光が!
「あ、あれは……!」
水流から出現した赤い光はその輝きを一層増すと、上空に打ち上げられたジョックに向かって急上昇し、そしてジョックはマンホールから水と共に流れ出す銀色の奔流に飲み込まれて消滅した。
そう、赤い光は、マンホールから出現したロボコンダの目の輝きだったのだ。ロボコンダは地下水道を通って再び目撃されることなくこの市街地まで至ったのである。
「ロ、ロボコンダだ! クラブダイルの方ではないけどどうします、ケヴィンさん⁉」
「何もしない訳にはいかんだろう。とりあえず攻撃するぞ!」
マンホールから完全に這い出たロボコンダは群がっていた野次馬を適当に捕食すると、路上を這いまわりながら周囲の通行人(特にジョック)を追い回し、資料映像じみた日常風景は一瞬にしてエキストラを大量動員したような阿鼻叫喚の地獄絵図と化してしまった。
「よし、まずは銃火器で先制攻撃するぞ!」
俺とキャサリンとケヴィンは車に載せてあったM4カービンを手に取り、車窓からロボコンダの背中めがけて発砲を開始、しかしその強靭なる鋼の皮膚は小口径のライフル弾ではかすり傷をつけるのが精一杯だった。
「畜生、これでも喰らえ!」
ケヴィンがランチャーを取り出し、グレネード弾を撃ち込む。
グレネードはロボコンダのすぐそばに着弾して炸裂し、怪物の恐ろしい姿は一瞬にして爆炎に包まれてしまった。
「よし、やったか⁉」
やってなかった。
ロボコンダは体の一部から火花を散らしながらも依然健在で、むしろ俺たちに対して怒り心頭になったらしく、金属音の咆哮を街中に響かせながらこちらに向かって結構な勢いで蛇行して迫ってくる。
「くそ、俺たちに標的を定めたようだ! ダニー、車を出せ! 逃げながら戦うぞ!」
「よしきた! サメの嵐を四輪で駆け抜けた男に任せろ!」
俺たちのバンはUターンして迫り来るロボコンダに背を向け、法定速度を超えんばかりの速さで疾走する。ロボコンダは身体をくねらせる速度を何倍にも上げることでそれに応えた。
「ちょっと、いくら何でも蛇行であの速さは無いんじゃないの⁉ もう七十キロ近く出てるわよ⁉」
「ロボだから仕方ない! 肉体の強度も機能も飛躍的に向上しているんだ!」
ロボだから仕方ないそうである。
俺たちは車窓から身を乗り出して銃撃を続けるが、ロボコンダは一向にその勢いを弱める気配を見せない。
「くそ、この状況からじゃ木の棒での接近戦にも移行しにくいし……ケヴィンさん、対戦車ミサイルとかは無いんですか⁉」
「あいにく取り揃えてなくてね! まさかロボコンダまで出るとは想定外だったからな!」
「やばいわよ! あたしのチェーンソーでもあの装甲を斬れるかは怪しいわ!」
刻々と距離を詰めてくるロボコンダに為す術も無く、絶望しかかっていた、その時である!
ロボコンダが突然その進行を止めたのである。まるで何かに気がついたように――
「何だ、何が起こっているんだ?」
停止したロボコンダはその場で首を振って辺りをきょろきょろと見回すと、やがて目的の何かを見つけたようで、進路を九十度変えて道路脇の建物に喜々とした様子で突っ込んでいった。
その建物はパソコンや携帯電話を扱うショップであった。
「おいおい、蛇さんも流行に乗ってスマホでも持とうってのか?」
冗談めかして訝しむダニー。しかし真面目な話、本当に携帯ショップを襲った理由がわからない。仮に店内に上質なジョックがいたのだとしても、俺たち相手に激情している状態でわざわざそちらを選ぶものなのだろうか。
俺たちは少しでも近そうな答えを他人に任せるべく互いの顔を見合わせるが、全員がわからない、とその目で示し、結局議論を提起する起点すら掴めずじまいという状況のまま、とりあえずは車だけを変わらずに転がし続けた。
「あれ、ちょ、ちょっと……これ……何なんでしょう……?」
俺たちが口をぱくぱくさせながら唸っている中で突然、レベッカが恐る恐ると声を上げる。その手にはスマートフォンが握られていた。