剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

21 / 58
2

 十月だが、今日は天気がすこぶる良いことも手伝って、西海岸南部はまだ一応泳げるようだ。白い砂浜と波の音とそしてジョックたちが織り成す資料映像のような光景が一面に広がっている。

 

「おっ、あっちでダンスやってるみたいだぜ、ライアン」

 

 俺とダニーは水着に着替え、キャサリンとレベッカは相変わらず都合よく下に着ていた水着を残してキャストオフして早速熱気に溢れるビーチに繰り出すと、さっそくジョック御用達のイベントが目に入った。

 

「何だ? 行きたいのか、ダニー?」

「いや、それほどでも。お前が一緒に来るならやぶさかでもねぇけどな」

「そうか。ならば無しってことだな」

「おいおい、つれないこと言うなよライアン」

 

 そんなことを言いつつも、ダニーはパラソルを設置し、その下でマイペースにくつろぎ始める。あと何気にグラサンが似合うのが何だか腹立つ。

 

「あたしはサーフィンしてくるわ。久しぶりだから鈍ってるかも。あ、レベッカもやる? 教えるわよ?」

「い、いえ。わたしは遠慮するよ。バランス取れないのとか怖いし……」

「そう。残念。ま、海の楽しみ方は人それぞれ、無理強いはしないわ。気が変わったらいつでも言ってね!」

 

 この中で一番活動的であろうキャサリンは趣味のサーフィンに生き生きと繰り出し、ダニーはグラサンとアロハシャツのやたらかっこいいスタイルでパソコンいじり。残ったのは俺とレベッカだ。これは何か話した方が良さそうだ。

 

「レベッカはキャサリンの幼馴染みなんだよな」

「あ、はい。そうです」

「俺は高校入ってからの付き合いなんだけど、あいつ昔はどんな子だったの?」

「わたしといた時のキャサリンですか……。うーん、何と言うか、そんなには変わってませんよ。サーフィンが好きで元気で勝気で、他人に厳しいけど優しくもあって……。逆に今のキャサリンは高校でどんな感じなんですか?」

「そのまんまさ。俺たちじゃ、勝ち目無い感じ」

 

 この幼馴染みとキャサリンの人物像を共有していることにちょっとホッとする俺。あの災害対策万全チェーンソー娘が幼女時代は可愛げ溢れる純粋無垢な女の子だったなんて話聞かされたら怖い気がする。レベッカがその当時の印象を引きずっているなんてことになれば尚更だろう。

 

「そう言えば、レベッカは父親の仕事の都合でうちの州に来るんだっけ? お父さん、何してるの?」

「生物学者です。しばらくの間、州の大学でお世話になる予定で」

「なるほどね」

 

 レベッカとそんな話をしながら海を眺めてみる。

 

 キャサリンは相も変わらず見事なサーフィンの腕前だ。あれならばサメからも難なく逃げられそうである。

 

 その周囲には水着姿でヒステリックさを感じさせるほどに甲高い声ではしゃぐ金髪の若い女たちと、それを口説こうと躍起になる何割かの確率でタトゥーを入れている体格の良い男たち。少し歩いたところでは、何故ビーチでやる必要があるのかわからないダンスイベントの会場。これを見て明るく楽しい光景と思うのか典型的な惨劇の予兆と感じるのかは、前世の記憶があるか否かで別れるのだろうか。

 

「キャーッ! サメよ! ブリトニー、早く逃げて! 岸に上がってー!」

 

 とりあえず前世持ちの直感が頼りになることは確かだった。さっそくサメが出没したようで、ダンス会場の近くがざわついている。

 

「さ、サメ⁉ あっちにいる人たちは大丈夫なんでしょうか? 最近のサメは陸にも上がるというし、怖いです……!」

「待ってろ、今確認する」

 

 怯えるレベッカを安心させねばと思い、とりあえずは状況確認。持って来た双眼鏡で騒ぎのあった辺りを観察してみる。するとなるほど、水面に突出したサメの特徴的な背びれが、逃げる金髪の水着のチア的な女性の後について移動しているのがわかった。

 

「……でも、何だかおかしいぞ、あの背びれ」

「え? どうしたんですか、ライアンさん?」

「不自然に蛇行してるし、速度も異様に遅いんだ。普通の元気なサメなら、あの距離にいるパツキンを逃すはずはないんだが」

 

 その不自然さを裏付けるように、丁度追われていた女性は岸にたどり着いてしまった。サメはジョックやパツキンには異様に興奮し積極的に襲う。こんなところで見逃すはずがない、そう訝しんだ時だった。

 

 波に煽られたサメが裏返る。すると、背びれを水面上に突き出していたサメに既に命は無く、背びれから後ろの部分をざっくりと切り落とされるように消失していた。サメの変死体が波に揺られて海岸に向かって来ていただけだったのだ。断面を見せつけたサメの骸は、そのまま水没してゆく。

 

「何だ、あのサメの死体は。まるで何か刃物で切断されたみたいじゃないか」

 

 俺が謎過ぎるサメの死因を疑問に思った、その時だった。

 

 突如として巨大なハサミが海中より出現し、岸で一息ついていたパツキンを素早く掴み上げ、水中へと引きずり込んでしまった。なるほど、あのハサミの持ち主がサメを両断したということか。しかし、こうも容易くサメを屠れるハサミを持った生き物とは一体何だ?

 

「おいおい、何だあのでっけぇのは。まるでエビのハサミじゃねぇか」

 

 サングラスを外しながら言うダニー。あんな立派なハサミ持ってたら、エビというよりザリガニとかロブスターのような気がするのだが。

 

「ひっ……」

 

 予想外の恐怖に思わずちじこまってしまうレベッカ。無理もない、俺も最初にサメと遭遇した時はそうだった気がする。慣れと言うのは怖いものだ。

 

「あっ! キャサリン危ないですっ!」

 

 波に乗っていたキャサリンは既に、突然出てきたハサミの方へと進路を取ってしまっていた。あの距離とスピードと波の感じではUターンで回避することなどできない。それを察知したハサミの持ち主は当然、一度ダンス会場への進行を中断してキャサリンにその獰猛なる刃を向ける。

 

 しかしキャサリンに単純な攻撃は効かない。

 

 キャサリンは波を利用したジャンプで閉じる一対の刃の狭間を飛び抜け、そのまま直進、水中に潜んでいるであろうハサミの持ち主の身体の上にサーフボードを乗り上げさせ、その凹凸上を滑走しながら跳躍することで空中で方向転換。怪物の真横に抜けてそのまま再び波の勢いを得て、岸に素早く乗り上げる。

 

「良かった……キャサリン、どこか怪我とか大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。あの程度ののろまな動き、ちょっとした岩場に乗り上げたようなものよ」

 

 親友を案じて駈け寄るレベッカに、サーフボードを抱えて海を背に歩くキャサリンは笑顔で応え、レベッカの手を取る。

 

「それにしてもさっきのは一体……大きなカニでしょうか?」

「いや、そうとも言えないわね。ボードで乗り上げた時の感触からして、普通のカニの甲羅の形とは考えにくかったわ。形状が違うだけでなく、部分によっては質感も違ってそう」

 

 とうとういよいよサーフィンとも災害対策とも関係無さそうな超感覚まで身につけ始めたか、我が級友キャサリンよ。

 

「おいおい、あいつは一体何だ⁉」

 

 前に出て様子を見ていたダニーが叫ぶ。俺やキャサリンもその方向に目を向ける。その先に広がっていたのは、信じられない光景だった。

 

 キャサリンの捕食に失敗した怪物は予定通りジョックたちを狙うことにしたのか、まずは水辺にいたジョックをハサミで引きずり込みつつ、ダンス会場に向かって上陸。ダンスにかまけていたジョックたちが無言で水しぶきと共に迫り来る物体に視線を奪われ、耳障りな音楽だけが虚しく響き続ける。

 

 そして怪物が完全に姿を現した時、ジョックたちは絶叫しながら我先に逃げ……なかった。あまりにも異様な怪物の姿に、今自分が危機の渦中にいるという現実をとっさに感じることができなくなっているのだ。

 

 その怪物は身体の前方に、甲殻類らしい巨大なハサミを携えた二本の腕を携える。だがその腕の間から顔を覗かせるのは、表面を鱗で覆われ、細長いはなづらとそれに連動した、鋭利な歯を生やした巨大な口。まさしくそう、ワニの頭部であった。

 

 胴体は赤い甲羅に覆われたひし形だ。四対の脚とハサミを装備したまさに巨大なカニのものだ。しかし、本来カニの目や口があるべき部分にそれは無く、代わりにそこから巨大なワニの頭部を生やしているのだ。後部からも、ワニ特有の筋骨逞しい尻尾を遊ばせている。

 

 まさに、カニとワニが合体したような生物、それ以上には形容のしようが無かった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。