剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件 作:雫。
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「さあ、来たぜカリフォルニア! いやあ、太平洋の潮風ってのは良いもんだな」
「カリフォルニア、何か落ち着くわね」
ナチス残党によるシャーグレネード事件から二週間後、俺とダニーとキャサリンは、あの色んな意味で忌々しい事件から生還したことを祝う意味も込めて、連休を利用しカリフォルニア旅行に来ていた。何だか唐突な気がする。
「まったく、こないだの事件には参ったモンだ。この連休は、しっかりと羽を伸ばしたいところだな」
「そうね。流石にあれはあたしでも身の至らなさを実感させられたわ。すこしリラックスしてから鍛え直さなきゃ」
「オレたちが泊まる辺りって何があるんだっけ?」
「ガイドブックによると、水族館とか爬虫類園とか野球場が敷地内にある遊園地とか。あとは、今の時期でも泳げるビーチとかね」
俺たちはダニーの運転する現地で借りたレンタカーに乗って、空港からホテル周辺に向かっていた。車窓から覗く景色は、まさに西海岸だ。九月であることを忘れさせる青く明るい空の下で、ジョックたちが海水浴やビーチバレー、ダンスに興じている。よくある資料映像を見ている気分になるほどわかりやすい光景だ。
「なるほど、保養地としては妥当な感じだな。何か珍しいものとかは無いのか?」
ここで俺がわざわざキャサリンにそう質問したのは決して新しい刺激を求めてとかではなく、早くも先日の事件の時に感じた呪いを想起させる嫌な予感が脳裏をよぎっているからであった。せっかく保養地に来たというのに、この本能的な直感を恨まざるを得ない。
「うーん、見て回れそうなのは少ないけど、何か軍の生化学研究所とか、アルファ・コーポレーションの工場とかはあるみたいね」
「関わらない方が良さそうだな、そういうのは。……そう言えば、キャサリンの幼馴染みとはホテルで合流だっけ?」
「そうよ。レベッカは父親の仕事の都合でまたうちの州に戻ってくるの。もう両親は引っ越し済みなんだけど、あたしたちの旅行のタイミングが良かったから、一緒に遊んで、そのまま一緒にうちの州に来るらしいわ」
「へぇ、どんな娘なんだい?」
女の子の話になるや喰いつくダニー。
「ん、お調子者の軟派黒人とかは敬遠しちゃいそうな娘」
「そうきついこと言わないでくれよキャサリン。あ、ひょっとしてオレとその娘が仲良くなったら嫉妬か?」
「冗談抜きで軽いノリは不得意な娘なのよ、レベッカは」
そんなこんな言いつつもたどり着いたホテルは、学生の短期旅行の宿泊地としてはなかなか立派なものであった。ロビーも広々として宮廷風の意匠もあしらわれているし、部屋の方も単純に二人ずつ寝泊まりするにはややゆったりし過ぎているくらいだ、夜は全員で集まってモノポリーでもやったら盛り上がるだろう。
チェックインを済ませ荷解きを終えると、レベッカとの待ち合わせに丁度いい時間であった。
「ハーイ、ベッキー! 久しぶり! 小学校以来ね、でもこれからはまた同級生よ!」
「キャサリン! 久しぶりに合えてうれしいです! 相変わらずお元気そうですね」
ホテルのラウンジにて再開した幼馴染み同士の二人が無垢な笑顔を満面に浮かべてハグを交し合う。仲睦まじい姿だ。
「紹介するわ。彼女が幼馴染みのレベッカ・クルーズよ。レベッカ、この二人は今の同級生のライアンとダニー」
「レ、レベッカです。この旅行で一緒させてもらって光栄です……。あ、向こうに行ってからは同級生にもなるんですよね、よ、よろしくお願いします」
キャサリンの幼馴染みレベッカ・クルーズは毛先のカールした栗色のセミロングと年の割にやや幼さの残った可愛い系の顔立ちが印象的な、キャサリンとは対照的に大人しげな少女だった。やや人見知りのようでもある。
「ライアン・ブラウン、よろしく。そんな堅くならなくても良いよ。気楽に楽しも」
「オレはダニー。ツイッター上じゃあ、サメ殺しのダニーの名で知られてるんだぜ」
謎のヒーローアピールで掴みを狙うダニーだったが、レベッカは苦笑いをするだけだった。
「さて、荷解きも終わって無事集合もできたことだし、遊びに繰り出すわよ! 最初はどこに行く?」
キャサリンはさっそくバケーション気分だ。
「そうだな。もう午後だし、今日は屋外系を先に行って時間が余ったら水族館にでも行ったらいいんじゃないか?」
「そうね。じゃ、最初に爬虫類園かビーチに行くことにしましょうか。ふふふ、ビーチに行くなら久しぶりにサーフィンといきたいわね」
とりあえず俺たちは車に乗り込み、海岸線の道路に向かった。
「さて、まずはどこまで運転すればいいんだ?」
「そうね。まずは爬虫類園なんかどうかしら。すぐそこ、あのマーケットの裏手よ」
キャサリンの指差す先を一同が見ると、一つ向こうの交差点を挟んだところに巨大な複合マーケットと、その裏手に爬虫類園があることを示す看板が目に入った。
この時、俺も最初は爬虫類園に行こうと思っていた。ジョック連中みたいに無駄に発散せねばならないほどあり余ったスタミナは無い。初めに海に行ってしまうと、疲れ果てて爬虫類園を楽しむ気になれないかもしれない。
しかしそんな考えはすぐに変わった。天から何か機械的に輝く一つの小さな物体が、ちょうど爬虫類園のある辺りに落ちる様子が目に入った時、これは絶対にひと騒動ある予兆であると、何か本能的にわかったからだ。
しかし他の三人はそれに気づいている様子は無い。キャサリンなら察知していそうな気もするが、あからさまに何かを目撃したという素振りは今のところ見せていない。これは俺が主導してコースを変えねば。これで夕方まで何も無ければ爬虫類園に行っても問題ないだろう。
「……なあ、やっぱり海に先に行かないか? ほら、日が沈んでから泳ぐのは危険だし」
「うん? まあ、あたしはかまわないわ。やっぱり日が暮れてからのサーフィンも何だしね。ベッキーは? 今日の主賓はある意味あんたよ、遠慮なく意見言いなさい」
「うーん……わたしは……海が良いかな? やっぱり日が暮れたら怖いですし」
「じゃあ決まりね。まずはビーチに行きましょ」
「おいおい、オレの意見はいらないのかい?」
こうして俺たちは嘘くさい涙目のダニーをスル―しつつ、海へと向かうこととなった。
だがこの選択が正解だったとは思わない。何故なら、おそらくは爬虫類園に行った場合と同等の受難が待ち受けていたのだから。そして爬虫類園とビーチの因果が、この後結びつくこととなるのだから。