剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

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 俺とクレアはその後、懸命に走ってサメの支配地域を何とか脱し、たまたま目についた資材置き場の小屋に入り、ひとまずの休息と作戦の立て直しをすることにした。

 

 クレアは一見、いつも通りの勝気で勇敢な態度を崩していないように見えるが、俺とのやり取りに不自然な間を作ってしまったりする辺り、部下の兵士を全員失ってしまったことが内心では相当堪えているように見えた。

 

「クレア……その、大丈夫か?」

「ああ……州兵になってある程度の覚悟はできていたが、まさかこんな死に方を部下にされるとは考えてもみなかったからな……。とりあえず、今は落ち着くことを心がけよう。生きて帰らないと、あいつらの弔いもできねぇからな」

「そうか。クレアは相変わらず強いな」

「大層なもんじゃないよ。……しかし、こうして二人で話すのは久しぶりだな。おれがハイスクール卒業して街を発って以来か」

「ああ。君が州兵になるつもりだったのは知ってたけど、連絡くらい寄こしてくれればよかったのに」

「それは悪かった。でも、そうもいかなかったんだよ。軍以外のボーイフレンドと連絡してるところ見られると厄介だったからな」

「あ、州軍で彼氏でもできたとか?」

「いいや、彼女だ。ほら、おれってこんなんだから、昔から同性に好かれるだろ? 州軍にも、熱いアプローチをしてくる女がいてね。断るのも何だったわけで一応、な。でも、こないだ別れた」

「そうか……」

「おれ自身はこうでも、別にレズの要素は持ってなかったようでな、相手の女の子の気持ちには応えられなかった。……それに、何年間も離れてて久しぶりに会ってみてわかったんだが、おれ実は……」

「……クレア、何か聞こえないか? 人の話し声が」

 

 クレアが何かを言おうとしていた時、何か嫌な予感を伴った人の声を耳にした俺は、悪いと思いつつも、後で聞くと誓って話を遮った。この山に居座ると言う得体の知れない敵に見つかるのは勘弁だ。

 

「お、おう。確かに聞こえるな。……息を殺して様子を伺おう」

 

 クレアは一瞬悲しげな表情を見せるも、そこはプロの州兵。すぐに身を隠して気配を消し、そして自身の五感を研ぎ澄ます。

 

 話し声と共に、足音が近づいてくる。それに伴い声も鮮明に聞こえるようになってくる。

 

「……英語じゃないな。それに何か苛立っているみたいだ」

「詳しくは聞こえないけど……ドイツ語っぽく聞こえないか?」

「ドイツ語……この段階ですっごい嫌な予感がするのは俺だけか?」

「おい、正面に来たぞ!」

 

 俺たち隠れている資材置き場の小屋の正面に来た者たちの姿が、俺たちが身を隠している資材の隙間から見える。

 

 それは、二人の兵士だった。

 

 オリーブドラブの軍装に身を包み、銃を携えた、紛れも無い兵士だった。

 

「州兵のお仲間?」

「いや、ここに来るはずはない。それに、見てみろ、装備がやたらと古い」

 

 その兵士たちの身に纏う軍服は迷彩も施されていない単色のもので、ヘルメットは金属むき出しのものであった。持っている銃も、半世紀以上前のものに見える。

 

 これだけならば、貧弱な前時代の兵装をした貧乏テロリストで、州軍の敵ではないようにも思える。

 

「あ、あ、あ、あれは……!」

 

 しかし俺は見てしまった。兵士たちの身に着けた腕章を。そして、そこに描かれたおぞましい紋章を。

 

 赤地の腕章に穴が開くように存在する白い円。その中には、たった二本の黒い線が、しかし折れ曲がりながら重なり合うことで、実際よりも複雑に自身を見せる、あの紋章。

 

 〈ハーケンクロイツ〉。間違いない。

 

「ク、クレア……あれ」

「ああ、見えた。間違いない、奴らはナチスの残党だ。この山に潜む不審な集団とは、ナチスのことだったんだ」

「ナチの残党が事件を起こすって話は聞いたことあるけど……まさかこんなアメリカの片田舎にまで出るとはなぁ」

 

 この世界でこの状況でドイツと来た段階で、何となく予感はしていたが、こんなことを予測できても嬉しくはない。

 

「奴らはどこにでもいる。南米、南極、月面、地球の中心……アメリカの田舎にいつのまにか入り込んでいてもおかしくはない。そして、奴らは何でもやらかすんだ。UFOを作ったり改造人間になってみたり、ゾンビを発生させてみたり、な……」

 

 最早どの辺がナチズムと関係あるのかすらよくわからないのが、この世界のナチス残党である。「不可思議なものを見たらナチかソ連かニンジャのせいにすればいい」という諺を、ラジオか何かで聞いたような気もする。

 

 ちなみに何で七十年も彼らが存続しているのかというと、世代交代しながら活動していたり不死の改造を受けていたり吸血鬼になっていたりゾンビになっていたり特に説明はなかったりと、各地のナチ残党によって理由は様々だ。とりあえず、何十年も飽きずにやっているのだけは凄いと思う。

 

「ということは、今回の騒動の黒幕……サメを飛ばしてるのも、奴らの可能性が高いってことだな」

「ああ……まずいことになってしまったぞ。とうとう遂に奴らが、ナチがサメを手に入れてしまったということだ! 世界存亡の危機だ……」

 

 軟骨魚類が戦略兵器級だったとは知らなかった。

 

「ライアン、これはすぐにでも奴らの目論見を暴かないと大変なことになるぞ。どの道救援が来るまで時間がかかるし、おれはこのまま連中の中枢に接近してみようと思う」

「さ、流石にそれは無茶では……仕方ない、クレア。俺も同行しよう」

「何を言っているんだライアン。お前は仮にも民間人だ、これ以上の危険には晒せない」

「水臭いことは言わないでくれよクレア。乗りかかった舟だし、幼馴染みとして君を放っておく訳にはいかないだろう。それに、救援が来ないなら、君と一緒の方が心強いってもんだ」

「……仕方ない。当初通りの、偵察のお手伝いだけだぞ」

 

 俺たちは例え相手がサメを手中に収めてしまったナチスであっても、とりあえずは挫けないことを選んだ。

 

「ありがとう、感謝するよ。でも、だったら武器が必要だな。俺の持ってきたライフルは……もう弾が無い。君も予備があった方がいいんじゃ……」

「そうだな。よし、あのナチ兵二人から奪おう。他には近くにいないようだし、軍服を奪えば変装もできる」

「え、あいつらに襲いかかるのか⁉ 俺の銃なんてもう使えないのに」

「大丈夫だ、言うとおりにすればうまくいく」

 

 クレアは小銃の代わりとなる新たな武器として、その辺に落ちていた丈夫そうな木の棒を俺に手渡してきた。

 

「何も無いよりはマシだ。おれに合わせて奴らを殴って、武器を奪え」

 

 せめてサブウエポンのナイフやピストルを貸して欲しいものである。

 

「よし、連中は向こうを向いている。三つ数えたら突撃するぞ……三、二、一、ゴ―!」

 

 俺とクレアは同時に資材の陰から飛び出し、ナチ兵に躍りかかる。

 

 ナチ兵は振り向くが、こちらが先手だ、遅い。

 

 まずクレアが手前にいたナチ兵を銃床の一撃で地面にひれ伏せさせ、軍靴で踏みつけて動けなくする。そしてもう一人のナチ兵に威嚇射撃。威嚇を受けたナチ兵は回避運動でMP40を構えるのが一瞬遅れてしまい、すでに木の棒を手に踊っていた俺の方が速かった。二人目のナチ兵も、後頭部に木の棒の一撃を受け、昏倒する。

 

「木の棒って効くもんなんだなぁ」

「よし、軍服を剥ぎ取るぞ。そして変装して奴らの本拠地を偵察してやろう。あ、ライアン。お前はその木の棒持って行った方がいいぞ。いざという時役に立つ」

「ええ……」

 

 木の棒がそんなに役立つとは思えないが、何かクレアが念を押してくるので、木の棒を引き続き装備する俺。ナチ兵のコスプレをした男子高校生が木の棒を三蔵法師の杖のように携えて歩くという、微妙にシュールな光景がそこにあった。


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