剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件 作:雫。
「なるほど、やはり元凶はこの山にいるってことか」
「まあ、素人目の推測だけどな」
俺たちとの情報交換を終えたクレアは、顎に指を当て、思考した。
州軍の方はと言うと、派遣された部隊は市街地の救出活動に当たる部隊と、広域に展開して原因の初動調査を行う部隊に分かれたようで、この山には二分隊が別々の山道から手分けして進入したとのことだ。そして、そのうちの片方の分隊の指揮を任されているのが、今や軍曹となったクレアなのだ。
「ライアン、お前たちは確かに重要な水先案内人だ、敵の詳細な位置などの目星がある程度つくまでは同行してもらおう。だが、お前たちは何よりも民間人でもある。敵の目星がついたらそこから先はおれたちの役目だ、下山して州軍の仮設拠点で待っていてもらうぞ」
クレアはそう言って、俺たちの同行を認可してくれた。何故か本隊との無線通信が通じなくなっているらしく、彼女による現場の判断というやつだ。ここで多少なりともことの顛末を見届けられるというのなら、後ろめたさを感じない意味ではありがたいものだ。
そして俺たちはその後、かつての登山道から山に入り、まずは中腹を目標に行軍を開始した。
「湧き水が多いな」
「ここは水源を有する山だけど、地性の影響でかなり上流の方にも伏流があると聞いた。おれたちの足の下にも、まさに見えない川が通っているのだろう」
見えないところに大量の水がある。クレアの言うことは、理屈では当然のように納得できるのだが、何だろう、その説明を聞いたとたんに、もはや諦めというか悟りにも近い嫌な予感を感じたのは。何と言うか、キーワードの組み合わせそのものが魂を持って俺に皮肉を囁いているようだ。
その予感は、予定調和されたように次の瞬間には現実のものとなった。
「おい、足元で何か動いて……う、うわぁぁあああ⁉」
一人の州兵が突如として地面に倒れ込んだ! 足は土の中に埋もれている! そして彼は足から地中に、吸い込まれていった!
「あ、あ、あああ! 助けてくれー!」
そう、伏流にサメが潜んでいるのだ!
「全員走れ! すぐにこのエリアから脱出するぞ!」
クレアが流石というべき素早い判断で号令し、俺たちも駆ける。
しかし伏流の中のサメたちは完全に俺たちを標的に定めたようで、あちらこちらでまるでもぐら叩きのゲームのように地中から顔を出し、その獰猛なる牙を閃かせる。
「う、うわぁぁあああ! 死ね! 死ねサメ野郎!」
しかし恐怖に駆られた州兵の一人が、振り返って地面に向かって銃を乱射する。
すると被弾した一匹のサメが血を吐きながら唸り声を上げて地面から飛び出してきて、そのまま地上に半身を出した状態で痙攣して息絶えた。
「は、はははは! どうだ、見たか! 俺が殺ったんだ! 俺が! 俺が! ひゃっはー!」
州兵は自分が斃したサメの骸を前にさらに狂乱し、笑いながら既に死んでいるサメの身体に銃弾を叩き込む。
「ジャック、もう良い! その辺にしておけ、行くぞ!」
「止めないで下さいアームストロング軍曹! こいつは仲間を殺したんですよ⁉ だから俺が仇を……って、ぐわぁぁああ⁉ 足が、足がぁぁあああ!」
しかしその兵士も次の瞬時には、足元に現れた無慈悲な顎の一撃を受けて倒れ込み、そして地中に引きずりこまれてしまった。
伏流のサメがあれだけなはずは無い。サメを一匹見たら三十匹はいると思え、である。
「まずい、この辺りは実はサメの肉のびっくり市だ! 一刻も早くこの伏流地帯を抜けるぞ!」
俺たちは走る。俺たちが懸命に走る間にも、サメたちは地中から何度も飛び出し、俺たちの様子を伺う。
だが、既に失ってしまった州兵二人の尊い犠牲もあって、伏流ザメは流石に静止した相手でないとそうそう喰らいつけないことがわかったのもあって、俺たちは伏流地帯を抜けることができた。
しかし伏流ザメをやり過ごしたと思ったら、それも甘かった。山の中腹にある貯水池から伸びた排水管、斜面に開いたその排水口からサメが飛び出してきて、一息ついていた州兵の首に喰らいつく。
「ぎゃぁぁああああ!」
仲間が不意討ちで血塗られた牙の餌食となるのを目の当たりにした州兵は恐怖に後ずさりし、背中を背後に鎮座していた古い枯れた大木にぶつける。すると、その大木の腐敗し脆くなった幹がパカリと内側から割れ、彼は中から顔を出したサメによって引きずりこまれてしまった! 腐食によって空洞化した幹の中に潜んでいたのだ!
「どこに行ってもサメばかりね!」
「これは……もしかして、人為的に俺たちを排除するために何者かがサメを送り込んできているんじゃないのか、クレア?」
「ああ、おれもそれを考えていた。この山に今回の事件の黒幕がいるなら、何ら不自然ではないことだ」
既に幾人もの仲間を失って、俺たちが状況の異常性に更なる作為を感じていた、その時である。
山道の脇にそびえていたコンクリート・ブロックの壁が突如として決壊し、鉄砲水が噴出した。当然の如く、サメを含んでいる。
「うわっ⁉ キャサリン、ダニー、そっちは大丈夫か⁉」
「ええ、何とか! ライアンたちは⁉」
「何とか無事だ。仲間とはぐれて心細さで死にそうなこと以外はな」
その鉄砲水は俺たちを、先頭を歩いていた俺とクレアのペアと、後ろを歩いていたキャサリンとダニー、そして生き残った州兵二人のグループに二分してしまった。鉄砲水は未だ止まる気配を見せない。サメもどんどん吐き出しているこの中に飛び込むのは、無謀というほか無いだろう。
「仕方ない、ここは二手に別れよう! 分散した方が敵を攪乱できるし機動的に動けるかもしれない」
「そうね、後で落ち合いましょう!」
かくて俺たちは、不安の中、別行動を取ることを余儀なくされることとなってしまった。
そして、俺がクレアと二人になるのは、数えてはいないがもう何年ぶりかでもあった。