いつも読んで頂いてる方、お気に入り、評価等付けてくださる方、本当に有難うございます。
誤字報告も有難うございます。毎回、チェックはしてるつもりなんですが……。
さて、林間学校編は今回がラスト。肝試し編です。原作での八幡の暗躍の裏で、留美は何を思っていたのか?
いつもよりちょっとだけ長めです。
八月にもなると、夏至の頃に比べて随分日が沈むのが早くなる。ここは、周囲を山に囲まれている分、いっそう暗くなるのが早いのかもしれない。
私達が夕食を終えた頃には、外はもうだいぶ暗くなってきていた。空にはまだ明るさが残っているものの、木々の姿は暗い影となり、窓から見える街灯の
「だいぶ暗くなってきましたね~。もう少し暗くなったら、いよいよ肝試し、開始ですっ。それじゃあ、待ってる間、こちらにちゅうもーく」
可愛らしい猫のコスチュームを着た、あの一番小柄な高校生が、マイクを持って声を上げる。尻尾が二本あるし、マイクを持ってない方の手には長い爪の付いた手袋をしているので、一応、「
ホールの照明が消されて、明かりは常夜灯と、外から差し込む街灯の光だけになった。
正面のテレビから不気味な音楽が流れ出す。どうやら何かのビデオを流すようだ。
始まったのは、『本○にあった怖い話 ~夏の特別編~』というタイトル。
周りが暗いこともあってか、みんな結構夢中になって見ている。短めの話が何本も続くんだけど、その内容が、「ふざけて肝試しに出かけたら本当に霊に襲われた」 「海水浴をしていたら突然足首を捉まれて海にひきずりこまれた」 「山でキャンプをしていたら、いつの間にか人数が一人増えている」 といった、わりとよくある話。
ただ、これからまさにキャンプ場で肝試しに出発しようとしている私達をどきりとさせるには十分だった。
ビデオが終わると、ステージの真ん中の明かりだけがぽつんとついた。
「さあ、いよいよ肝試し、始めるよー。みんなは、班ごとに、だいたい二分おきに出発してもらいます」
口調も服装も変わらないのに、この暗さと、さっきのビデオのせいか、なんだか司会の猫又さんがちょっと不気味に見えてくる。
「ここを出たら、コースに沿って進んで、途中にある古い
そう言って彼女は、長い爪の付いた手で、赤黒く
「途中、分かれ道にはこの、赤い三角コーンが置かれています。こっちの道には行ってはいけません。……もし行ったら……、二度と帰って来れないかもしれませんよ」
猫又さんは急に声を低くしてそう言う。他のクラスの女子が小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。
「さあ、いよいよスタートです。出発する順番は、私がバラバラに指定するよ。いつ呼ばれるかわからない。ドキドキタイムだぁー。 最初はどの班にしようかなー?」
そう言われて、みんながザワッとする。目をそらす子、手を挙げて自分たちを指差してる男子とか、反応は色々だ。
「じゃあ、最初にスタートするのは、この班だー!」
そう言って猫又さんが、長い爪の付いた手袋の指先で、一組の男子班を、「ビシッ」とばかりに指差す。さっき自分たちが行きたいとアピールしていた男子たちだ。
「よっしゃー」
「マジかよ~。ちゃっちゃと行くかー」
などと、歓声を上げながら彼らはスタートして行った。
私達の班では、友ちゃんが、とりあえず一番をのがれて、
「あーよかった こわかったよー」
と言って森ちゃんのかげに隠れるようにしていたけど、後のみんなは、
「えー、早いほうが良くない?」
「別にどっちでもー」
などと言いながら、さっき見たビデオの話なんかをしている。私は四人のすぐ近くにいるものの、相変わらず会話には入れず、他の班の様子なんかを眺めていた。
今朝、彼女たちの話を立ち聞きしてしまったせいなのか、みんなの視線が怖い。
森ちゃんが、仁美が、ちらっと私のことを見る度に、惨めに泣いていた私を嘲笑っているように感じてしまう。由香が、友ちゃんが、顔を見合わせて何か言ってるのを見る度に、みんなを馬鹿にした私を非難しているように感じてしまう……。
あるいは、彼女たちの態度には、私が考えている様な深い意味など無いのかもしれない。でも……私は、彼女たちを真っすぐ見ることさえ出来ずにいた。
そんな事をしているうちに、みんな、次から次へと出発していく。私達の班は、半分を過ぎてもまだ呼ばれない。
照明を落とすぐらいまではホールの中にいた居た八幡たちはいつの間にか居なくなっていた。いわゆる、「脅かし役」をやりに行ったのかもしれないな、なんて考える。
結局、私達は最後の班になってしまった。薄暗い中で、一班だけぽつんと残されると、それはそれで別の怖さがある。
「おっ待たせしました~。 最後にスタートするのは、こぉの班だー!」
猫又さんは、最後だからなのか、ひときわ大きく腕を振って、「ビシィーっ」という感じで私たちに長い爪を突きつけた。
「よりによって最後とか、無いよね~」
「ホント、超待ったっつーの」
「でもぉ、やっぱり怖いねー」
友ちゃんは森ちゃんの袖にぎゅうっとくっついたままビクビクしている。
「大丈夫だって。別にお墓とかじゃないし」
本館の建物を出ると、もう空は真っ暗になっている。林道の中にぽつんぽつんと立っている照明の小さい明かりを頼りにコースを進んでいく。
風が吹く度に、ざわざわと木々が揺れる。遠くでホウホウと、
不意に、私達のすぐ頭の上を、バサバサッと大きな音を立てて何かが飛び去った。
「キャっ」「ヒィっ」「……っ」「んっ……」「…………」
思わずみんなでしゃがみ込む。黙り込むこと数秒。
「…………っはぁーー」
「あー、マジビビったぁ~」
「何かの鳥、だよね。フクロウとか?」
「怖えー。幽霊とかより、鳥のが怖い」
さすがに今のはちょっと怖かった。友ちゃんなんか涙目になってる。仁美が、無理やりにでも気分を盛り上げよう、と言う感じで、
「はいはい、ただの鳥、鳥。 ちゃっちゃと行こー!」
そう声を上げて歩きだす。その後は、四人は不安を吹き飛ばそうとするように少し大きな声で話しながら道を進んでいった。
私も、あまり離れるのは怖いので、なるべく四人にくっつくように歩いて行く。すると仁美が、ちらっとうっとうしそうな目で私を見た。……私は目をそらして、唇を噛む。
三つ目の分かれ道。三角コーンで塞がれていない左手の道を進んでいくと、街灯も遠くなり、周囲の闇は一層深くなる。風がざわざわと森を揺らし、何となくみんなの口数が少なくなってきた。
緩やかな曲がり角を右に曲がると、急に目の前に人影が見えた。
一瞬、みんなビクッとしたものの、よく見ればボランティアの高校生達三人だった。あの葉山さんと、モデルみたいなお姉さん、それから派手でワイルド系のお兄さん、名前は、確か三浦さんと戸部さんだったかな。お化け役にしては、ごく普通な服装をしている。
「あー、葉山さんたちだぁー」
「超フツーの格好してる~」
怖い思いをしていた所に、昨日たくさん話をしてくれた高校生達が現れたことに少しホッとしたんだろう、仁美と由香が声を上げて彼らに駆け寄っていく。森ちゃんもそれに続き、友ちゃんは森ちゃんの袖を握ったまま付いて行く。
「なんか、こんなんじゃ全然怖くないよー」
と、どこか小馬鹿にしたように森ちゃんが言う。
「高校生なのに頭わるーい!」
由香が言い、仁美がそれに乗って、
「そうそう、もっとやる気出してよねー」
そう言いながら戸部さんのパーカーの裾をクイクイとひっぱった。
すると戸部さんが仁美の手を乱暴に振り払うと、
「あ? お前、何タメグチ聞いてんだよ?」
そう言って仁美を睨みつけた。
「あ、……え……」
仁美はびっくりして固まってしまい、他のみんなも一瞬で静まり返る。
「ちょっと、あんたらチョーシ乗ってんじゃないの? 別にあーしら、あんたたちの友達じゃぁないんだけど?」
三浦さんの声が険しい。すごく怒ってるみたいだ。
「あ、あのっ……」
「つーかさぁ、なんかさっきあーしらのこと超馬鹿にしてたヤツいたよねー? あれ言ったの誰?」
私達に何も言わせず、端から順番に私達の顔を
「誰が言ったかって聞いてんの。答えらんないわけ? あんたらの誰かが言ったじゃん。誰? 早く言いなっての」
三浦さんの声が段々イライラしてくるのが分かる。
「ごめんなさい……」
仁美が小さい声で謝る。
「何? 聞こえないんだけど」
「…………」
「舐めてんのか? あぁ」
戸部さんが一歩前に出て私達を上から見下ろす。思わず私達が後ずさりすると、いつの間にか葉山さんが回り込んでいる。気が付くと私達は、大きな木を背にして、三人に取り囲まれる形になっていた。。
「戸部、やっちゃえやっちゃえ。ここで礼儀ってのを教えとくのもあーしらの仕事? みたいな」
怖い。どうしよう、どうしよう? 頭がうまく働かない。
戸部さんがぱちんと指を鳴らして、
「葉山さーん。こいつら、やっちゃっていいっすか? ボコっちゃっていいっすかぁ?」
そう、私達の背後にいる葉山さんに声をかけながら、まるでボクサーのような格好で両腕をあげて
だけど葉山さんは、そのどこか作り物のようなきれいな顔を
「五人……か。こうしよう。二人は見逃してやる。三人、ここに残れ。誰が残るか、自分たちで決めていいぞ」
ぞっとするような冷たい声でそう言った。
皆で顔を見合わせる。一様にその顔に浮かんでいるのは、恐怖と
森ちゃんは、葉山さんたちに
「……すみませんでした」
震える声でそう言った。
けれど葉山さんは、
「謝ってほしいんじゃない。三人残れって言ったんだ。 ……選べよ」
さっきより強い口調。また、みんなで顔を見合わせる。
「ねぇ、あんたら聞こえないの? それとも聞こえててシカトしてんの?」
「早くしろよ。誰が残んだって聞いてんだろ? お前か? おい」
三浦さんと戸部さんが脅すように言う。戸部さんが地面を蹴りつけた。私達の足元に砂が飛んでくる。みんなビクンとして、五人、くっつくように小さくかたまる。
「鶴見、あんた残りなよ……」
「……そう、そうだよ」
森ちゃんと仁美にそう言われる。 ……ああ、やっぱりそうなっちゃうのかぁ……。ショックもあったけど、私の胸に浮かぶのは、どこか
その様子をじっと見ていた葉山さんが、少し顔を
「一人決まったか。 ……あと二人だ。早くしろ」
「……由香があんなこと言わなければ……」
ぽつり、と仁美が言葉をもらす。その言葉に押されたように、
「由香のせいじゃん」
「そ、そうだよね……」
森ちゃんと友ちゃんも次々に言う。
「違う! 仁美だって森ちゃんだって言ってたじゃん。あたしのせいじゃない」
「それは……、森ちゃんの言い方が悪かったの! 森ちゃんいつもそう。先生とかにもそうだし」
「はぁ? 私? 先生とか今関係ないでしょ? 私、普通のことしか言ってない。
森ちゃんが仁美の肩を手で突いて声を荒げる。
「もうやめようよぉ。みんなで謝ろうよぉ……」
ついに友ちゃんがぼろぼろと泣き出した。釣られるように、他のみんなも涙目になっている。
パチン、と携帯電話を閉じる音が鋭く響く。今まで不機嫌そうに携帯をいじっていた三浦さんが、
「あーし、泣けばいいと思ってる女が一番嫌いだから。隼人、どーする? まだグズグズ言ってるけど」
そう言って泣いてる友ちゃんを睨む。
「あと二人って言っただろ。 ……早く選べ」
葉山さんの感情のこもっていない、機械みたいな声が怖い。戸部さんが、ボクシングのように鋭く拳をふりまわしながら言う。
「葉山さん、もう、全員ボコったほうが早いんじゃねーの?」
「そうだな…… じゃあ三十秒だけ待ってやる」
そう言って葉山さんはパーカーの袖をまくり、腕時計を見た。
「
森ちゃんが小声で言ったのを戸部さんが聞き
「あぁ? チクったらどうなっか分かってんべ? お前らの顔覚えたかんな」
また、みんなの動きが止まる。
「残り二十秒」
葉山さんの冷たい声が響く。
「……やっぱ由香だよ」
「由香残んなよ」
仁美と森ちゃんがそう言って、嫌がる由香を私の方へ押し出そうとする。由香は目を見開いて、何か言いたげに口を動かしながら、
さっきから涙を止めることが出来ずにいる友ちゃんは、一瞬ビクッとした後、由香から目をそらして、
「……ごめん……でも、しょうがない、から」
小さくそう言った。
由香はそれで力が抜けたようになり、押し出されるままにフラフラと私の方へやって来た。
「あと一人」
葉山さんはそれだけ言ってまたカウントを始めた。
仁美も森ちゃんも涙声でなにか言ってもみ合っている。友ちゃんの泣き声が大きくなる。
多数決。「みんなが言うからしょうがない」「みんなやってる事」だから、みんなが正しいと、そういう空気に行動を強制される私の周りの世界。
「十、九、八……」
そんな世界が当たり前だと、だから「しょうがない」とそう何かを諦めていた。だけど、私は、「私」は……。
――自分と違う他人をちゃんと認めてやり、他人と違う自分もちゃんと認めてやる――
八幡の決意にも似た言葉が、胸の中に響く……。「私」は、胸にぶら下げているデジカメを握りしめた。
「五、四、三……」
「あの……」
私はそう言って左手を上げた。カメラを
葉山さんのカウントが止まる。
「な、に……!!」
彼が何か言いかけた瞬間、真っ白になる視界。
高校生三人が私の方を向いたのを見て、私はカメラを彼らの顔の方に向かって突き出し、連続でシャッターを切った。フラッシュが強烈な光を放つ。 ……二回、三回。
その場にいる全員の動きが止まる。
「走るよ? こっち。急いで」
私は仁美たちに向かってそう言い、まだ
三浦さんの横をすり抜け、遠くに微かに明るく光っている本館の方向を目指してとにかく逃げる。
木々の間を駆け抜け、ようやく街灯のある、少し開けた場所にたどり着いた。後ろを振り返って見る。幸い、彼らは追って来てはいないようだ。
少しだけホッとして、私達は後ろを気にしつつも、歩を
みんな息が上がっている。友ちゃんはまだぐすぐすとべそをかいているし、他のみんなも涙目だ。多分、私も。
お互い、顔を見合わせるものの、誰も何も言わない。
……違う。あんな事があった後で、何をどう話せばいいのか分からないんだ。
一言の会話も無いまま、少し歩くと、古ぼけた祠の前にでた。祠の前に木製の、和風のテーブルみたいなのが有り、その上に出発前に見たのと同じ御札が置いてある。どうやらいつの間にか肝試しのコースに戻っていたらしい。
御札を取ろうと手を伸ばすと、
「
と、祠の裏からいきなり長い髪の毛を振り乱した
仁美が悲鳴を上げ、みんなが転がるように後ろに飛び
「え、ありゃ? そんなに怖かったかな?」
見ると、彼女は、あの、眼鏡の高校生で、たしか「ひな」とか呼ばれてた人だ。長い髪は
ただ、葉山さん達と一緒にいた人だ。どうしたって怖いと思ってしまう。
「ごめんごめん。脅かし過ぎたかな~ はい、御札」
彼女は台の上の御札を取り、私たちに差し出してくれた。私がおっかなびっくりそれを受け取ると、
「もう少しでゴールだから頑張ってねー」
そう言って、にっこり笑った。多分、さっきのことなんか何も知らないのだろう。
「……ありがとうございます」
それだけ言って、またゴールを目指す。お互い、一言も話さず、視線も合わせないままで。
また、目の前を大きな鳥がバサバサと羽音を立てて飛び去る。今度は、誰も悲鳴を上げなかった。
********************
キャンプファイヤーがまだ赤々と燃え続けている。
炎を囲んでの、歌やフォークダンスを終えた私達は、就寝時刻までの自由時間を思い思いに過ごしていた。
……あの後結局、私達は予定と大して変わらない時間にゴールすることが出来た。ただ、泣きはらしたような顔をクラスメイトたちに見られ、
「えー? たいして怖くなかったじゃ~ん」
なんてからかわれた森ちゃんは、
「いやー、なんか、すごい大っきな鳥がさー、もうここ、すぐ頭の上でばさばさーって。もう、超ビビったー」
そんなふうに
友ちゃんだけは森ちゃんの隣にくっついているものの、由香も、仁美も、違うグループの子とばかり一緒にいて、意識してお互いを無視してるみたいだった、私もそのまま、四人の誰かと話をすることもなく時間は過ぎていく。
自由時間に入ると、早々に自分たちの部屋に帰るグループもあれば、クラスも男女もバラバラの友達同士でホールへと移動し、カードゲームとかをする人達もいるようだ。
それに、まだ燃えているキャンプファイヤーを眺めながら何かを話している子たちもいる。
私は、一人で芝生に座り、大きな炎を見上げて物思いに
今日は本当に最悪の日だった。昼間は置いてけぼりにされたし。肝試しでは、本当に怖い思いをした。ほんと、最悪……。 最悪だったはず、なんだけど……。
目の前の
今まで気付かなかったけど、私林間学校に来てから、もしかしたら、その前から……あの日からずっと、呼吸が浅くなってたみたい。
「空気が美味しい」なんて感じたのは本当に久しぶりだ。
****************
フォークダンスの途中から、変化があった。
最初、私と手をつなぐ時、相手の子は少し緊張して、仁美や森ちゃんの方へ視線を送る。いままでなら、彼女たちから冷たい目で嘲笑われ、なんだかギクシャクしてしまうんだけど、今日は何の反応もない。段々緊張は解け、普通に話しかけてくれる子が出てくる。
それでも仁美たちは何もいわない。それを見ていた別の子が、私を、思い切って『留美ちゃん』と呼んでくれた。それでも、クラスの中心であるはずの彼女たちは何も言わない。
……それで終わり。
フォークダンスと歌が終わる頃には、私をハブるというクラスの空気はあっさりと消えてしまっていた。
多分、彼らもきっと、終わりにするきっかけを探してくれていたんだろう。一人ひとりのクラスメイト達は、ただ、みんなと違う事をして、「次の標的」にされるのが怖かっただけなのだ。
だから、「みんなと違う自分」を認めず、常にみんなと同じであろうとするのだろう。……もしかすると仁美や森ちゃん達も、自分が標的になる事を怖がって、常に自分たち以外の
さっき、なぜ彼女たちと一緒に逃げたのか、自分でも正直良くわかんない。あれだけ酷いことをされていて、普通に考えたら一人で逃げたって良かったはずだ。
でも、気がついたら、由香の手を取ってた。気がついたら、仁美たちに声をかけてた。なら、それが「私」なのだろう。変だとは思うけど、「私」が認めてあげなくちゃ、みんなとは違う自分を、ただそのままに。
色々と壊れてしまったものは多いけれど。今夜、私は何かから開放された。それは多分、クラス内での嫌がらせなんていうちっぽけなものじゃなく、もっとずっと大きな何かだ。
****************
キャンプファイヤーを囲む輪の、私のちょうど向かいあたりに八幡を見つけた。本館へ向かう通路の横の、背もたれのないベンチに腰掛け、ぼうっと炎を見ているみたいだ。すぐ近くで、雪ノ下さん、由比ヶ浜さん、それにジャージに着替えたさっきの猫又さんが三人で立ち話をしている。葉山さん達はもう居ないようだ。何となく安心する。
気が付くと、かなりの数の生徒が本館の方へと引き上げていた。残っているのは二〇人位だろうか。仁美たち四人も、いつの間にか居なくなっている。
そうだ、火が消える前にキャンプファイヤーの写真を撮っておこう。フォークダンスの頃に比べると、だいぶ火は小さくなってきてるけれど、ここから撮影すれば、炎の
たしか、「夜景モード」とか、「花火モード」とか言うのがあったはず。どうやるんだっけ? デジカメのダイヤル型のスイッチをくるくる回していたら、変な所を押してしまったらしい。保存フォルダが開いて、最後に撮影した画像が表示される……。
―― 一人ひとりがバラバラになっても自分自身と向き合えるなら、無理して誰かと仲良しごっこする必要もないし、大勢で群れて、群から外れた一人を攻撃する事も無い。
――
―― 肝試し、楽しいといいな。
あの時、とにかく相手の目を
葉山さん達の後ろで、木の陰に隠れている八幡達がはっきりと写っていた。八幡は、「ドッキリ」なんて書いてあるボードを胸の前で持ち、今まさに飛び出そうとしているように見える。
……あんな
そして、その八幡達の無茶のおかげで、私がどれほど救われたかも……。
ショックとか感謝とか、自分でもわけの分からない怒りの様な想いとか、そんな感情がごちゃごちゃになって胸をいっぱいにする。
今、すごく八幡と話したい。だけど、なんて言おう。「ありがとう」っていうの? それとも、「こんな無茶なことしないで」って文句をいうの? どっちも違う気がする。
それに、私がホントのことに気がついた事を、八幡は多分喜ばない。
それでも私は立ち上がって、ゆっくりと八幡たちに向かって歩く。歩きながら、どう声をかけようか考える。けど、考えがまとまらないまま、八幡達の目の前まで来てしまった。一瞬、八幡と目が合う。思わず目をそらしてしまった。そのまま前を通り過ぎて……数歩。
私は足を止め、彼に向かって振り返る。
「ね、八幡」
「お、おう。どした?」
彼はびっくりしたように応じる。
「写真」
「……写真?」
「私と、一緒に写真撮って。……その、『ボランティアの高校生たちと仲良くなった』って言えば、お母さん、喜ぶと思うし」
きっとこれが、今の私の精一杯だ。お礼も、文句も言わない……言えない、まだ。
八幡は表情を
「そうか」
と一言。
「うん」
と私。
すると、
「いーねいーねー。ね、留美ちゃん。私達とも一緒に撮ってくれる? ほら、ゆきのんもー」
「わ、私は別に……」
「えぇー、いーじゃーん……」
話を聞いていた由比ヶ浜さんが、雪ノ下さんをグイグイ引っ張ってくる。
「あの、もし嫌じゃなかったら、みんなで撮りたいんだけど……」
「そう……あなたがそう言うならご一緒するわ」
雪ノ下さんの笑みが優しい。
「おぉっ、お兄ちゃんが美少女三人と一緒に写真!! いいですねぇ~。小町撮りますよー、ほら、そこ並んで下さい」
猫又さん……小町さん? って、八幡の妹さんだったんだ……。言われてみれば結構似てるかも。その、「目」以外は。
ベンチの真ん中に私が座り、私の左に八幡、右に雪ノ下さんが座る。私と雪ノ下さんの間から顔を出すように由比ヶ浜さんが中腰で立つ。
「ほら、お兄ちゃん何やってんの。もっとちゃんとくっついてよ!」
「いや、でもな」
「い・い・か・ら」
八幡は、頭をガシガシと
「じゃ、撮りま~す。 ……はい、ちーずっ」
フラッシュが光る。すぐ画像を確認した小町さんは渋い顔で、
「お兄ちゃん…… キョドりすぎて顔が変。新しい顔と取り替えて?」
「小町ちゃん……、お兄ちゃん、どっかのお子様向けヒーローじゃないからね?」
見せてもらった八幡の顔は、確かに、あさっての方に目が泳いでて変だった。
「これは、……これを見せたら、
雪ノ下さんがサラリと酷いことを言う。
「悪かったな……」
八幡がぼやいていると、
「あ、
何故か水の入ったバケツを運んでいた戸塚さんに、由比ヶ浜さんが声をかける。
「え、それ、僕も入れてもらっていいのかな……?」
「あ、えと、いい、かな?」
由比ヶ浜さんが聞いてきたので、私はこくんと
「じゃあ、今度は戸塚と小町が入れよ。小町、カメラ貸し……」
そう言って立ち上がろうとした八幡の袖に、思わずぎゅっと
「あ……」
何やってるの私?
「えーと……留美?」
疑問半分、照れ半分、という感じで八幡が戸惑っている。
その、なんというか、くっついてた八幡の体温が離れちゃうと思ったら、急に寂しくなっちゃったんだもの。うぅ……。
八幡の方を見れない。自分でも顔が赤くなってるのが分かる。
「あはは。……八幡、先に僕がカメラマンやるよ。みんな、交代で撮ろ。いいよね、ええと、鶴見さん?」
戸塚さんが優しく言ってくれる。
「小町、いーこと思いつきましたっ」
小町さんはそう言って、戸塚さんにカメラを渡し、その耳元で何かぼそぼそ言うと、私と八幡の間から顔を出すように、由比ヶ浜さんの隣に立った。
「それじゃあ、撮るよ。 さん、にー、いち……」
その瞬間、小町さんが私の肩を八幡の方にギュッと押し付けた。
また、フラッシュが光る。
「おい、小町何してんの?」
見ると、小町さんは左手で八幡の両目を
「目さえ
「いや、ポイント高くないから。普通にお兄ちゃんのことディスってるからね?」
「まぁまぁ、見てくださいよぉ」
みんなで画像確認。……ほんとに、ハンサムさんに小町さんがじゃれついているように見える。八幡とくっついてる私は恥ずかしそうで、でも嬉しそうな顔。……私、今、こんな顔してたんだ。
「でも……本当にこれだけで随分と
雪ノ下さんは、少し照れたようにそう言う。
それから、カメラマンを交代しながら、自由時間ギリギリまで撮影会? は続いた。
就寝前、廊下の端にある洗面所で歯磨きをしていると、やはり歯磨きをしに来たらしい由香と一緒になった。
二人とも無言。歯ブラシの音と、水音だけが響く。
先に歯磨きを終えた由香が、正面を向いたまま話しかけてきた。
「……る、留美」
「……何?」
意外。正直声をかけてくるとは思わなかった。由香は最後までこっちを向かずに、
「さっき、さ、その……ありがとう。 ……それだけ」
本当にそれだけ言ってくるりと振り向くと、早足で部屋へと戻って行ってしまった。
色々なことが、少しずつ変わっていく。……新しい出会いもあれば、
それでも、この、今日という一日を、私は生涯忘れることはないだろう。
**************
玄関を入ると、エアコンのひんやりとした空気が身体を包んだ。外との温度差に、背中のあたりがぞわぞわっとする。夕方になっても、こっちはまだまだ暑い。
「お母さん、ただいま」
「おかえり、留美」
私は大きいバッグと、ショルダーを並べて床に置き、ぽすっとお母さんに抱きついた
「二日ぶりー」
「はいはい。 ……んー、ちょっと日に焼けたかしら? 楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。……疲れたけど」
「一緒の子たちに迷惑かけなかった?」
「迷惑はかけてない、と思うけど……」
言いながらソファに移動し、くてんとその上に
「あら、何かあったの?」
「いやー、ちょっとだけ仁美たちとケンカしちゃってさ」
意識して、何でもない事のように明るく言う。
「え、どうして?」
お母さんの顔が曇る。
「大したことじゃないって。『子供同士の
「留美……、それ、子供本人が言う
「それにね、代わりに、ってわけじゃないけど、ボランティアで来てくれてた高校生たちに、すごく仲良くしてもらえた。でね、すごいの。そこの総武高の生徒さんなんだけど、全員イケメンときれいな娘ばっかり。ついてきた先生まですごい美人なの!!」
私はソファからがばと起き上がって力説する。
「あら、すごいじゃない。お母さんも見てみたかったわ」
「全員、じゃないけど一緒に写真撮ってもらったから、あとでプリントするよ……。あ、そうだ。お母さんにお礼言わなきゃ」
「お礼? 何のこと?」
「あのね、やっぱりお母さんの言うとおり、カメラ持ってってよかったよ。ありがとね」
そう言って、もう一度ソファに寝っ転がった私は、お守りのように首から下げていたデジカメを優しく両手で包む。
お母さんに聞こえないように小さい声で「ありがとう」と
これにて林間学校編、完結です。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
原作と少しだけ違う世界、いかがだったでしょうか? 自分としては、まあまあうまくまとめたつもりなんですが。
前半から結構しつこくカメラの描写をしていたので、途中でこのオチに気付いた方もいたかもしれませんね。
次回は、一応、過去編②の予定です。オリキャラ話ですが、若干、今回のエピローグ的な要素も入る……はずです。
ご意見、ご感想などお待ちしています。
リアクションがあると、次を書く励みになりますので、よろしくおねがいします。
11月19日 誤字等修正しました。 報告感謝です。
同 行間等一部修正しました。
5月1日 誤字修正。不死蓬莱さん、報告ありがとうございます。