そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

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 どもども。 相変わらずのゆっくり更新ですみません。
 毎回更新前に小説情報のページを確認するんですが……今回、なんとお気に入りが1000を突破。UA100000 PVも300000を越えました!! どんどんパフパフ~!

 もちろん人気作品には比べるべくも無い数字ではありますが、二年も新刊が出ていない作品の、さらに決してメインではないヒロインが主人公の地味なお話をこれだけ沢山の方に読んでいただけていること、本当に感謝感謝です。
 引き続きゆっくりですが丁寧に書いていきたいと思いますので、今後もよろしくお願いします。

 では、デート回、スタートです。





鶴見留美はふわふわと落ち着かない② 二人の時間

 

 

「うん。いい感じ……だよね?」

 

 そう、黒っぽいガラスに映った自分自身に問いかけた。

 

 

 ここは南船○駅を北口側に出て、すぐ左の階段を下りた所。駅舎の大きな明り取りのウインドウを姿見替わりにして、今日の服装にどこかおかしなところがないかチェック中。

 

 

 

 なんだか落ち着かない表情の私は、いつもより少しだけ大人っぽい装いをしている。

 

 ゆったりとしたハイネックの白いニットの上に、春らしく明るい茶色のノースリーブで膝丈のAラインワンピース。足元はわざと短めにした白いソックスに、今まであまり履く機会のなかったヒールの高いスウェード調の黒い革靴。

 頭にはワンピースと同じ色のベレー帽(元々ワンピースとセット)を浅めにかぶる。髪は左右に分けて肩のあたりをゴムで括り、前に垂らすようにしてみた。あとはその髪を留めた所に小さな小さな赤いリボンでアクセントを付けている。

 

 右肩にかけられたあまり大きくない焦げ茶のバッグ。これは前にお母さんのお友達からいただいたものだ。元は絵本の主人公であるツリ目で愛嬌のある猫の顔が焼印のように加工されているところが可愛くてお気に入り。

 

 そして――唇にはほんの少しだけ淡いピンクのグロス。

 

 うん、高校生の……八幡のとなりを歩いてもおかしくない位には大人っぽくしよう、っていう目標は一応クリアしてる――と、自己採点。

 

 

 

 …………ただ、八幡の目にはどう映るだろうか? 

 

 ――大人っぽいって褒めてくれるかな?

 

 ――似合いもしないのに背伸びしてるって馬鹿にされるかな?

 

 

 ……なんて。ふふ、実はなんとなく予想はついてるんだ。だって、八幡と出会って半年以上。いつも一緒にいられるわけじゃ無いけど、彼の人となりに触れる機会は決して少なくなかったから。

 

 だから分かる。八幡は私から「どう?」って聞かなければきっと何も言ってくれない。そして、私がそう聞いたら、必ず「よく似合う」って言ってくれるんだろう。

 彼のその言葉が本心なのか、はたまた相手を傷つけまいとする気遣いなのかは――その時々の八幡の表情を見てこっちで判断するしか無い。

 

 全く、本当に面倒くさいよね。 ……けれど、彼との付き合いに慣れてくるとこれが癖になってくる。

 私の言葉や態度で八幡が動揺したり、嬉しいと思ってくれたりするのが僅かに彼の表情に出るんだけど……そのなんとも言えない照れたような表情が……その、たまらなく愛おしくなってくるんだ。

 

 以前絢香にそんな話をしたら、

 

「え、そこまで? 単に留美の、なんてゆーか、『惚れた弱み』みたいなもんじゃないの? 思ってることをきちんと言ってくれない男子って、あたし的にはどっちかと言えばイラッとくるけど……」

 

 なんて言われてしまった。 ……惚れた弱み……まあ否定しきれない、ような気も、しないでもない? う~ん。

 まあその後絢香も、「それが比企谷さんらしいっちゃらしいんだけどね~」とか言って笑ってたけど。

 

 

 

 そんな風に頭のなかで色んな思いを巡らせていたら、次の電車が到着したらしい。駅の北口から次から次へと掃き出されるように出て来る人の中に……八幡を見つけた。

 あれ? スマホで時間を確認すると、待ち合わせの時刻までまだ30分以上ある。

 

 随分早く来るんだな……って、私も人のこと言えないか。ふふ、だって今日八幡と出かけるの楽しみすぎて家で時間まで待っていられなかったから。

 もしかしたら八幡も、私とのデー……お出かけ、ちょっとは楽しみにしてくれてるのかなぁ――なんて、私に都合のいい事を妄想してしまう。

 

 その八幡だけど、どうやら私が先に着いているとはあまり考えなかったらしい。階段を下りきったところでまわりを一度ぐるっと見回しただけで、すぐに歩道を仕切る柵みたいなものに寄りかかると、ポケットからスマートフォンを取り出して弄り始めてしまった。

 

 でも今、一瞬だけ私と目が合ったような気がしたんだけどなぁ……?

 

 こちらに気が付かなかった八幡。改めて観察してみれば中々にお洒落な格好。

 グレーのパーカーにカーキグリーンのジャケット。下は黒いスキニーパンツ、同じく黒のスニーカー。ネイビーブルーの地にベルトが茶のワンショルダーバッグ。

 

 ……カッコイイ。えへへ、あれって一応私と出かけるために着てきてくれたんだよね。思わず顔がにやける。

 でも八幡、やっぱり猫背だなぁ。背筋伸ばせばもっと素敵に見えるはずなのにに勿体無い。

 

 私は私服の八幡を一通り観察して満足すると、ゆっくりと彼に近付いて行く。一メートル位の所まで寄ってもまだ八幡は顔を上げない。

 少しいたずらしたくなって、私は声をかけないままさらに彼の方に一歩踏み込んだ。

 

 私と八幡の距離は50センチ。さすがに今度は彼も顔を上げて私を一瞥すると、また視線を外しかけて…………驚いたように私の顔を二度見した。

 

「留美……か?」

 

「八幡……何で疑問形なのよ?」

 

 いくらなんでも顔見て分からないってこと無いでしょ。

 

「いやだってなお前……それに背もなんか……」

 

 そう言いながら彼は確認するかのように、視線を私の頭から足先まで移動させる。

 そして私の足元、靴の踵の高さに気づいたらしい彼は、「納得した」というように一つ頷き……改めて私に目を向けた。

 

 

 私は両腕を軽く開くようにして、

 

「どう? 似合わない……かな?」

 

 ちょっと震えてしまった声で例の質問をぶつけ、じぃっと見上げるようにして八幡の表情の変化に意識を集中する。

 彼は一瞬戸惑ったような表情を見せた後、

 

「あー……上手く言えん。まあなんだ、今までのイメージとは違うが……これはこれで似合ってると思うぞ。 ……正直驚いた」

 

「驚いた……?」

 

 八幡はなんだか落ち着かない様子で……やがてわずかに照れたような――私の大好きな表情で次の言葉を紡ぐ。

 

「その、そういう大人っぽい格好もするんだなって」

 

 やった! ちゃんと本気で褒めてくれてる。

 

 八幡から見た私はきっとものすごく嬉しそうな表情をしたんだろう。彼は自分自身の言葉に照れたのか、なんだか恥ずかしそうにぷいと目をそらす。ちょっと顔を赤くしててカワイイ……けど、手で顔をパタパタ扇ぐのはなんだかオジサンくさい。

 

「えへ、ありがと。八幡も格好いいね。私服……あんまり見たこと無いから新鮮……かも」

 

「おう。まあこれは全部小町に着せられた。正直俺にはダメ出しされたやつとの違いが分からん……」

 

 ぷ。別に服だけ褒めたわけじゃないよ。――でも、服装に気を使わなそうな八幡にしては决まってるな、とは思ったけど――これ小町さんチョイスかぁ、なるほどね~。 ……ん? 「着せられた」って、そのままの意味じゃないよね? 小町さんが手取り足取り八幡を着替えさせている姿を想像してしまった……。ありえないとは思うけど、八幡と小町さんの仲の良さを知ってる身としては一概にそう言いきれないのが怖い。

 そもそも高校生位の兄妹で、兄のワードローブを妹が管理してるって時点で……。

 

「どした?」

 

「んーん、なんでもない。じゃあ行こ、八幡」

 

 私はそう言って彼の手を引く。

 

「お……おう?」

 

 京葉線の高架下を線路と平行に通っている、高架の谷間みたいな歩道を、私たちは並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩道橋を渡って、そのまま店舗二階の入り口に到着! 本日の目的地は、私の家や総武高の最寄り駅からたったの四駅、千葉県民のお買い物の聖地――ららぽーとTOKYO-BAY!

 

 なんてね。「千葉県民の~」とか言っちゃってるあたり、私にも八幡が感染っちゃったかな。

 でも、ほんとにそうなんだよね。ららぽって京葉線と京成線に挟まれたみたいな所に在って、どちらの沿線の人も利用しやすいし、駐車場だって結構たくさんある。その上映画館とかの遊ぶ施設もいろいろある。千葉県全部っていうのは大袈裟にしても、少なくともこの沿線に住んでる人たちは「買物」といえばまずここを思い浮かべるんじゃないだろうか。

広さだけならイオ○の方が大きいかもだけど……こっちのほうがオシャレでカワイイ店が多い気がする。

 お母さんに言わせると、「外で着るもの中心なら、ららぽの方がバリエーション豊富」「家で着るもの中心ならイ○ンの方が安い」ということらしい。

 

 まあそんなふうだから、私も子供の頃から、お母さんと一緒の買物だったり友達と甘いもの食べに来たり、と数え切れないくらいここには来てるけど…………ふふ、こんなにドキドキわくわくしながらこの入口をくぐるのは初めてだ。

 

 八幡はお店に入ってすぐ、コーヒーショップの手前あたりで立ち止まり、店内の人混みを見て少しだけめんどくさそうな顔を見せた。

 

「なあ、留美」

 

「なに? 八幡」

 

「欲しい物だいたい決めてきたか?」

 

「ううん。だってそれを一緒に選んで貰うために今日来たんでしょ?」

 

「いやまあ、それはそうなんだけどな……」

 

 彼は右手で頭をガシガシと掻くと、

 

「まあ、アレだ。とりあえず帰るか」

 

「ちょ、なんで来たばっかりで帰る話してるのよ!」

 

 ほんと、信じられない。そんな思いを込めて八幡を睨むと、

 

「……なら、とりあえずその手を離してくれませんかね」

 

 逆に軽く睨み返された。

 

 う……私はさっきから――駅前からずっと彼の左手を握り続けている右手にむしろ力を込めてしまった。

 

「お前みたいのと手を繋いで歩くとか……色々とハードル高すぎんだろ」

 

 ……ブツブツ言ってる八幡。「お前みたいの」って何よ? せっかく二人で来たんだし、手をつなぐぐらい……。

 

「えーと……その、八幡が迷子になったら困るでしょ」

 

「いやそれ言い方おかしくない? 俺が迷子になっちゃうの? まあ確かにこのままだと下手すると俺の人生が迷子になっちゃうかもしれんが……」

 

 相変わらずだなぁ。でも、ただ手を離しちゃうのはつまんないし……。

 

「あ、じゃあこうしよっか?」

 

 そう言って私は繋いでいた手を一度離し、今度は彼の服の袖口をちょこんと握る。

 

「これなら良いよね」

 

「……それ、あんまり変わらなくねーか?」

 

「じゃあ……やっぱり手、つなぐ? それとも腕組むとか……」

 

「…………このままでおねがいします」

 

 私に握られた袖をしばし見ていた彼は、「選択肢がおかしい……」とかぼやきつつあきれたように一つ息をつくと、

 

「とりあえず……何か良いのが見つかるまで、ぐるっと周ってみるか」

 

 何か諦めたようにそう言った。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 

「この辺のやつとかどうだ」

 

「うーん、これならさっきのお店で見たののほうがいいかな」

 

「じゃあ…………」

 

 

 洋服屋さん、アクセサリーショップ、小物屋さん……。八幡と二人で巡るテナントの数々はとても色鮮やかに映る。

 なーんて、まあ実はららぽに入ってるお店って元々、やたらと色彩豊か過ぎ、みたいな意匠のお店にしてるとこが多いんだよね。去年仁美たちと一緒に来た、スイーツ食べ放題のお店なんてもう、それこそ店内全部パステルカラーで、「超カラフル」みたいな感じだし。

 

 

 それでも――やっぱり違う。八幡と二人だと、いつもと同じ風景が違って見える。これが誰かを好きになるって事なのかな。隣を歩く――高い踵のおかげでほんの少しだけ近くなった――彼の横顔をちらっと見上げながらそんな事を思う。

 

 八幡の方は……慣れてしまえば平気、ということなのか、最初の頃こそ落ち着かない様子を見せていた彼も、今は私に袖を握られている状況でも自然に話をしてくれてる。

 そのことをちらっと聞いたら、

 

「思い出させるなよ……まあ、意識しなけりゃ俺にとっては手首に重りぶら下げてるみたいな感じがするだけだしな」

 

「重りって……」

 

 相変わらず女の子に失礼なこと言うなあ。ふふ、でもね、一度目を合わせてからすぐにプイッとそらす仕草で、これは照れ隠しに言ってるんだって解るよ? それに小町さんや奉仕部の二人のおかげか、私と二人で並んで歩いてること自体には案外それほど抵抗無さそうにしてるんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……まだ同じ柄のやつ売ってんだな……」

 

 八幡が立ち止まったのはファンシーなキッチン雑貨のお店の前。彼が気にしてるのは……エプロン? 前にこのお店で買い物したことあるのかな。イメージ的にはあんまり似合わないような気もするけど……でも本気かどうだか、「俺は専業主夫志望だ」とか言ってるくらいだから、そういう意味では別におかしくない……のかも。

 

「どうしたの、 八幡。何か買うものあった?」

 

「いや、前にちょっとな」

 

 そう言って八幡は何かを懐かしむように笑う。

 

 エプロンかぁ。デザインは好きなのもあるけど、いま四枚持ってるんだよね。さすがにこれ以上あっても使わないかな。

 だったらむしろ調理器具。この、鮮やかなオレンジ色で内側に目盛りのついてるお玉とかカワイイ……あ、商品名が「レードル」になってる。さすがはオシャレ雑貨のお店。同じシリーズ、へらは「スパテラ」フライ返しは「ターナー」菜箸(さいばし)は……さすがに「菜箸」のままだった。

 

 このあたりのコーナーにはアイデア器具みたいのもいろいろあって、八幡もけっこう興味深そうに見てる。

 今は、スイッチを押すと10センチぐらい離れたところから鍋の中の油やフライパンの表面の温度を測れるセンサー式の料理用温度計のサンプル品を手にとってなんだか感心してるみたい。

 

 ん? 今頭の上でピッという音がした。 

 

「…………ちょっと」

 

 私が抗議の声を上げると、 

 

「悪い。いや、ついな」

 

 八幡は少しバツが悪そうな顔をして謝る。

 

 「つい」って……全く……人の頭の温度なんか勝手に測らないでほしい。

 

 

 

 

 うーん、今まで色々見た中ではここのオレンジのお玉(商品名はレードルだけど)が一番心にヒットしてる。

 けど、入学祝いに調理器具、それもお玉をプレゼントしてもらうってどうなんだろう……しかも高校生の男の子から。

 うん、無いな、無い。これは日を改めて自分で買いに来よう。

 

 

 

 

 そんな風にお店を見てまわる。エスカレーターを下りて一階のお店も。

 

 

 

「なあ、留美。腹減らないか?」

 

 一階に下りて暫く経った頃、これまで私に引っ張られるままについてきてくれていた八幡がそう聞いてくる。

 色々と見て回る事に夢中になっていたらしい。気がつけばお昼をかなり過ぎてしまっていて……それなりにお腹も空いてきているみたい。

 おまけに足もなんだか痛くなってきてる……慣れない靴でけっこう歩いたからかなぁ。

 でも、まずはこんなに引っ張り回したこと謝らなきゃ。

 

「ごめんね、八幡。なんだか夢中になっちゃって……」

 

 あなたと一緒だったから……とは言わない。あんまり好き好き言い過ぎるときっと八幡は逃げちゃうし。 ……ホントはちょっと言ってみたいけど。

 

「いや、俺もぐるっと見て回るのは久しぶりでけっこう面白かった」

 

 どうやら気を悪くしてるわけでは無さそうなのでほっとした。

 

 

 

「んじゃ、メシにするか。 ……留美、なんか食いたいもんあるか?」

 

「私はなんでも良いけど……八幡は?」

 

「『何でもいい』……そこに罠が……いや、留美に限ってはそれは無い……か?」

 

 八幡はなぜか変な顔して悩んでる。

 

「どうしたの八幡? ほんとになんでも……あ、なら、」

 

 私たちは、二階から一階へと縦にUターンするようにグルっと回って、だいぶ駅方面の入り口の近くまで戻ってきている。ここまで来てるなら……。

 

「ねえ、八幡。だったらサイゼリヤにしようよ。すぐそこだし」

 

「サイゼ……」

 

 八幡がピクンと動きを止める。

 

「あれ? ダメかな。八幡、前にサイゼ好きだとか言ってなかったっけ?」

 

「いや大歓迎だ。むしろ俺一人ならサイゼ以外のファミレスが全て閉店しても構わないまである」

 

「全部閉店って……。でもだったらなんで?」

 

「いや、留美はいいのかよ」

 

「何が? サイゼリヤ、安くって美味しいよ……って知ってるよね。八幡だし」

 

 そう、サイゼリアは小学生のおサイフにも優しいのだ。友達と遊びにきて、ちょっとお小遣いがピンチの時でも、一番安めのドリアやスパゲティ、ハンバーグ、あとピザだって299円とか399円。小学生ならプラス110円でドリンクバーが付いちゃう!

 もちろんちゃんと美味しいし、女の子ならそれで十分お腹いっぱいになれる。

 

 ――あ、そういえば私はもうすぐ中学生。キッズドリンクバーとは今日でお別れかなあ。

 

 私が変なところで寂しくなってるのはひとまず置いて、と。

 あらためて、首を傾げるようにして「どうしようか」という視線を八幡に送ると、

 

「じゃあ、サイゼにするか」

 

 彼はなんだかとっても嬉しそうな声でそう言った。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

「お待たせしました~ こちら、ミラノ風ドリアとミートソースボロニア風、辛味チキンとシーフードサラダになりますー」

 

 

 

 八幡と向い合せで座る窓際の席。時間がだいぶ遅めだからか、そこそこお客さんが入ってはいるものの、私たち二人は特に待つことも無くすぐ席に通される。

 

 注文を済ませ、私たちがドリンクバーで飲み物を取ってくると、さほど時間を置かず料理が運ばれてきた。

 八幡の前に置かれた、ふつふつとまだ音をたてているドリアの香ばしい香りが鼻をくすぐる。

 

「そっちも美味しそうだねー」

 

 私がサラダをボールからお皿に取り分けながらそう言うと、

 

「ん。サイゼのメニューはだいたい食ったが……やっぱりこれが最強だな。これが299円で食えるとか……やはり千葉は神に愛された地ということか……」

 

「サイゼリヤは別に千葉だけじゃぁないでしょ……八幡の好きなマックスコーヒーならそうかもだけど」

 

「フッ、甘いな留美。マッ缶は、利根(とね)コカ・コーラの管轄する地域で発売してる。だから千葉だけじゃなく茨城県でも普通に買えるぞ」

 

 彼は得意気にそう言ったあと、

 

「まあ、茨城って俺ほとんど行かないけどな……」

 

 そう言って窓の外に視線を移した。

 あんなに甘いコーヒー飲むの、千葉県の人たちだけじゃ無いんだ……。

 

 

 

 サイゼリアのららぽーと店は、私たちが入ってきた入り口近くの一階にあり、そこだけビルから半円状に飛び出して半分独立した建物のようになっている。

 半円の外周部分にぐるっと席が配置され、窓が大きくてとっても明るい。現在その席のうちの一つ、四人がけのボックス席で私と八幡がお食事中なわけだけど……結構長時間窓のない建物の中に居たせいか、大きな窓から外を眺めていると少しだけほっと出来る。

 

 

 

「ね、ドリア一口もらってもいい? こっちも一口あげるから」

 

「ん……」

 

 私と彼は各々のトレーを一度入れ替える。

 

 では一口……はふっ、まだ熱っ……ふふ、でも美味しい。

 

 

 

 最近の八幡と私。いわゆる「あーんして」は、さすがに恥ずかしいらしく嫌がるけど、私と食べ物をシェアしたり、同じペットボトルの飲み物を飲んだりするのをあまり気にしなくなった。

 でもそれは、彼氏彼女みたいな感じじゃなくって……なんていうか「兄妹」と似たような距離感に落ち着いたって事なのかな。

 

 一応は私の想いを知ってるはずの八幡のこの態度は、私の恋にとっては進展なのか後退なのか……正直わからないけど、でもずっとドキドキしっぱなしでいるよりこの方がなんだか居心地は良い。

 

 

「えへ、やっぱりドリアも美味しいね!」

 

「おう、こっちも美味い……。 まあ、ミラドリの王座は揺るがんが」

 

「ぷ。王座って何よ」

 

 私たちはまた、トレーを今度は元通りに交換する。

 

「あ、デザートとかも頼んでいいぞ。ちゃんと俺が出すから」

 

「え、でも……」

 

「なんかうちの親……特にお袋が留美のこと気に入ったらしくて……()()()入学祝いの話をしたらいくらか軍資金が出た。だから遠慮するな」

 

 お母さまに気に入ってもらえた……って、もしかしてあの時の第一印象作戦が効いたのかな?

 

「ふふ、優しそうで格好いいお父さんとお母さんだよね」

 

 私がそう言うと、

 

「は、優しそう? 何言ってんのお前?」

 

 と、彼は心底驚いたように言う。

 

「え、だって前にお邪魔した時にはさ……」

 

「いやあれは、お前っていうお客さんが居たからカッコつけてただけだっての」

 

 八幡は一つため息をついてさらに続ける。

 

「休みの日の朝なんか、俺と小町がちょっと騒ぐと、

『うるさい、バカ兄妹。くたばれ。こっちはたまの休みに寝てるんだから静かにしてろ!』

だぜ……」

 

「へえ……優しそうなお父さまって感じなのに……」

 

「……残念ながら『お母さま』のセリフなんだなこれが…………ちなみに親父はちょっとやそっと騒いだぐらいじゃ目を覚まさないでぐーすか寝てるし、小町に()()()とことん甘い」

 

 八幡は、「悲しいけど、これ現実なのよね……」と独り言のように付け加える。

 

「お、お母さま……なんかすごいね……」

 

 うん……嫌われないように気をつけよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 食事が一段落し、何杯めかのドリンクバーのカップの中身は、八幡がコーヒー、私が紅茶になっている。

 

「……ねえ、八幡」

 

「ん、どした」

 

「あのね、入学祝い……これでいいよ」

 

「? いやまだ何も買ってないだろ。さすがにサイゼで食事奢るだけじゃ……」

 

「んーん、そういう意味じゃなくってさ……。私ね、八幡と二人でお店回って、ご飯食べて……すっごく楽しかった。嬉しかった。だから、今日の『二人でお出かけ』がお祝いって事で……ね?」

 

 そう言って私はまっすぐ彼に目を向ける。

 

「お、おう。そうか……いや、でもな……」

 

 私の好きな、ちょっと照れたような彼の表情。今日はたくさん見れた。ふふ、普段なかなか一緒に居られない私にとって、今日の「デート?」はやっぱり最高のプレゼントだったと思う。

 

 

 

「じゃあ、さ。もう一つだけお願い……いい?」

 

「お願い……? まあ、俺に出来るやつならいいぞ。さすがにメシだけってのもな」

 

「ホント!?」

 

 私は思わず立ち上がる。ふふ……八幡、今「いい」って言ったよね。

 

「お、おう?」

 

 私は一つ深呼吸をして、もう一度八幡の目を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私ね、八幡との『思い出』が欲しいの」

 

 

 

 

 

 

 




 

『思い出』って何ですかね。やっぱり二人がぴったりくっつかないと出来ないアレですかね?

デートは()()()()()順調にきてますねぇ。このまま無事に終わると良いのですが……てな感じで、次回も引き続き二人のデートの続きです。

 そういえば、今回の登場人物、留美と八幡だけという……。強いて挙げればサイゼのウエイトレスさん?

 ご意見、ご感想お待ちしています。


― 蛇足 ―
留美がファッションについて細かく見るのは母親の影響でそういう仕事に関心があるから。ちなみに彼女のバッグは革工房わちふぃーるどのショルダーバッグのイメージです。


9月19日 誤字修正 報告ありがとうございます。
 

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