そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

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 ** 御  20話到達 & お気に入り800突破  礼 **

 いつも読んでくださる方、お気に入り付けてくださってる方、本当にありがとうございます。
 更新ペースの非常にゆっくりなこのお話が20話に到達。お気に入り数はなんと800を超えました!
 このような地味な作品を沢山の方に読んでいただき、あらためて感謝、感謝です。


 さて、物語は一つの山へ。留美は無事に本命チョコを渡せるのでしょうか。




鶴見留美は想いを贈りたい② 伝えたい気持ちは

 

 

「もし留美ちゃんが良かったらなんだけどさ……今夜、うちにお泊まりしない?」

 

「えぇっ!」「ひゃぁー……ってマズ……」

 

 小町さんの言葉に驚きの声を上げたのは私だけじゃ無かった。

 私が()()()()()声の方を振り返ると、衝立を挟んだ、ちょうど私の真後ろに当たる席に…………。

 

「……絢香、ここで何してるの?」

 

「えーと? さ、三時のおやつ?」

 

 いつの間にか高校生風の私服を着て、伊達メガネまでかけた絢香が座ってる。……というかこの人最初からいたじゃん。全然気付かなかった。

 ……腹が立つことに、大人っぽい格好がよく似合ってるんだよね。

 

 

 そう、ここは絢香のお家(おうち)、『御菓子司 あやせ屋』美浜店。

 

「『一番奥の席に案内するように言っておくね。大丈夫、邪魔なんかしないから』だっけ?」

 

「いやその、邪魔はしてない……ような?」

 

「あのね……」

 

 私は一つ溜息をつき、小町さんの方に振り向き、

 

「あの、友達がごめんなさい」

 

 見れば、小町さんは大笑いしてる。

 

「……あはは、びっくりした~。……えーと、絢香ちゃん、だっけ? 全然小学生に見えないや……。 よく留美ちゃんのメールには出てくるけど、会うのはクリスマスの時以来かな」

 

「はいっ。ご無沙汰してまーす」

 

 絢香がぴしっと敬礼すると、何故か小町さんも敬礼で返す。…………もういいや。

 それより、

 

「あの、小町さん……さっきの……」

 

「ああうん。お兄ちゃん、ご飯は食べてくけど、そんなに遅くはならない、みたいなこと言ってたからさ。じゃあ家で待っててもらえば今日中に直接渡せるなって思って」

 

「で、でもそんなのご迷惑じゃ…………」

 

「いやいや、うちは全然。どうせ今日も両親は遅いし、お兄ちゃん出かけてるから小町とカーくんだけだし」

 

「かーくん?」

 

「あ、うちの猫。カマクラってゆーの。可愛いよ~、会いにおいでよ~」

 

 う、それはちょっと会いたい……かも。

 

「それに、せっかく受験終わったのに、打ち上げ一人じゃ寂しいじゃん。ね、留美ちゃん」

 

「でも、お母さんがなんて言うか……」

 

 よく知らない人の家にお泊りなんて……。

 

「うん、そだね。親御さんの許可はちゃんと取らなきゃ! 留美ちゃん家、ここから近いんだよね。歩いて何分くらい?」

 

「あ、七、八分です……けど」

 

「よし! じゃあ一緒にごあいさつに行こう! そうすればお泊りの準備も出来るし」

 

 

 そう言って小町さんはさっと席から立ち上がり、店員さんに声をかける。

 

「すいませーん。これ、包んでもらっていいですか? あと……これとこれ、お土産用に……」

 

 ……なんか、小町さんてすごい。あの、めんどくさがりの八幡の妹さんとは思えないなあ……。

 

 

「さ、行こう、留美ちゃん。……絢香ちゃんはまた今度ゆっくりね」

 

 会計を終えた小町さんが、私と一緒にお店を出ようとすると、

 

「あ、あの……小町さんっ」

 

 絢香が彼女を呼び止めた。

 

「これ。比企谷さん……お兄さんに渡してもらっていいですか?」

 

 そう言って小町さんに、このお店のバレンタイン用デザインのペーパーバッグを預ける。

 

「絢香?」

 

「ちょ、留美、変な顔しないでよ。あたしもクリスマスの時とかけっこうお世話になったし、まあ、菓子屋の娘として、せっかく来てくださるんならと用意してただけで」

 

 そう言ってちょっと居心地悪そうに言う。

 

「一応、お兄さん宛にはなってますけど、宜しければ皆さんで食べてくださいね」

 

「……うん、ありがとう。……()()()()()()()()()()渡すね」

 

 小町さんは絢香の目をじっと見て、大事そうにその袋を受け取る。

 

「……その、よろしくお願いします」

 

 そう言ってもう一度頭を下げる絢香は、ほんの少しだけ頬を染めているようにも見えた。

 

 

 

 

 **********

 

 

 それからはあっという間。私を連れて鶴見家に乗り込んだ小町さんはすぐにお母さんと仲良くなり、お互い電話番号やら住所やらを交換し、私の着替えなんかを準備して…………。

 

 

「それじゃあ、娘のこと、よろしくお願いします。留美もご迷惑おかけしないようにね」

 

「はい、おまかせください。留美ちゃんはしっかりしてるから大丈夫ですよ」

 

「うん、行ってきます」

 

「はい、行ってらっしゃい、頑張って!」

 

 

 ……と、あやせ屋を出てからここまでわずか30分。

 

 その後電車に揺られること数駅。最寄り駅から徒歩5~6分。

 

 まだ雪はチラチラと舞っていて、歩道のあちこちに雪は残っている。

 けれど道中特に大きな混雑もなく、私たちは、5時前には比企谷兄妹のお家の前に無事到着することが出来た。

 2階建てのきれいなお家。エントランスのところに、今やすっかり見慣れた八幡の自転車が止められている。 ……へえ、ここが、八幡のお家、かぁ。

 

 3時頃お店に入るまでは全く思ってもいなかったような展開……。

 

 

 ――今日、私は八幡の家にお泊りする。

 

 

 って、あらためて言葉にすると、えぇ~って感じだよ。……はあ、またなんか緊張してきちゃった。 

 

 

 

「ただいま~」

 

 私なんかの緊張をよそに、小町さんはさっさと鍵を回しドアを開ける。……まあ、自宅なんだから当たり前なんだけどさ。

 

「留美ちゃんどうぞ~。ささ、入って入って」

 

 小町さんに手招きされて玄関をくぐる。

 

「比企谷家へようこそー」

 

 小町さんの声に合わせるように、玄関で待ち構えていたらしい灰縞の猫が「みー」と鳴いた。小町さんが、

 

「ただいまカーくん、いい子にしてたぁ?」

 

 と声をかけ、その頭を軽くワシワシっと撫でる。

 

 この子がカマクラくんかぁ。思ったより大きいけど、どこか愛嬌のある顔……うん、カワイイ。撫でようと右手を伸ばすと、彼の方からその手に頭をすり寄せてきた。

 首から背中にかけてのあたりをさすさすと優しく撫でてあげたら、「にゃー」でも「ミー」でもなく、

「ヘッヘッ」と声を上げて目をほそめる。…………あったかい……それに……手触りも、こう、ちくちくさらさらしてて、なんとも気持ちがいい。

 

「ををっ、カーくんも留美ちゃんのこと気に入ったみたいだねー」

 

 小町さんはそう言いながらちらっと時計を見る。

 

「5時、かぁ。 ……お兄ちゃんはご飯食べてくるみたいだし、わたし達も食べちゃおーか」

 

 

 

 

 それから、作り置きしてあったらしいシチューを温めて夕食をいただく。

 

 二人で食事をしながら、それぞれの学校の話とか、友達の話、あと、小町さんの受験の話なんかもした。小町さんは、

 

「まあ、全部終わったしね、 ……あとはもう、受かるときは受かるし落ちるときは落ちるっ」

 

 なんて、半分開き直ったように言ってる…………。

 

 もちろん、絶対、ぜったい合格してほしいけど……ただ、話によると小町さんは第二志望の私立にはもう合格していて――ここだってレベルは低くない――まあ、それを考えればこれ以上気を揉んでも仕方がないのかも。

 

 

 

 

 洗い物を始めた小町さんに追い払われたカマクラくんが、「しょうがないからこっちと遊んでやるか」みたいな顔で私のところへやってくる。

 ヨイショと抱き上げ、膝の上に乗せて、喉のあたりを指でさすってあげると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。ふふ、かわいいなぁ。

 ……けどこれ、けっこう重い……。ずーっとこのままだったら、足がしびれて立てなくなっちゃうかも。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 時計が午後7時を回ったころ、小町さんの携帯が着信音を奏でる。

 

「もしも~し。 ……お兄ちゃん、今どこ? …………うん、……うん、小町ももう食べたよ……………」

 

 八幡から、だ。

 

「…………特に無い、かなぁ。寒いし、早く帰っておいでよ。 …………うん、気をつけてね」

 

 

  通話を切った小町さんは、私の方を振り向き、

 

「お兄ちゃん、今駅だって。 ……留美ちゃん、どうする? 玄関でサプライズするなら、小町たち奥にいるよ」

 

 どうしよう…………。 うん、やっぱり、できれば早く渡したい、かな。

 

「じゃ、じゃあ、それでお、お願いしましゅ」

 

 う、緊張して噛んじゃった…………。

 

 小町さんは優しく微笑って、

 

「よし。じゃあ、小町は自分の部屋にいるね。留美ちゃん、後で声かけて」

 

 

 

 小町さんはカマクラくんに、

 

「カーくんも行くよ~」

 

 と声をかけて二階に上がっていく。

 カマクラくんは小町さんの声に応え、するすると器用に階段を登って彼女について行った。ぴょん、ぴょん、ってジャンプするみたいに登るわけじゃ無いんだなぁ……などと、変なところに感心してしまう。

 

 

 そして私は、きれいにラッピングされた小箱を手に、一人玄関で八幡を待つ。

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

「ただいま」

 

 玄関のドアを開け、ややテンション低めで帰ってきた八幡を、

 

「お帰りなさい♪ 八幡」

 

 と、私にできる精一杯の可愛い声でお出迎えする。

 

「うおっ、 ……………え……何? …………留美…………?」

 

 うふふ、混乱してる混乱してる。サプライズ成功。

 

 八幡は、じいっと私を見て、

 

「…………小町が化けてるわけじゃないよな……」

 

 なんて馬鹿なこと言ってる。

 

「そんなわけ無いでしょ……」

 

 もう、相変わらず発想がひねくれてるなぁ。

 

 

「いやでも……何で……?」

 

「……あのね、八幡、……これ。 今日、バレンタイン……だから」

 

 そう言って私は、彼のために、思いをいっぱい詰め込んで準備した小箱を、両手で八幡に差し出す。

 

 彼は一瞬固まって、……それから、戸惑うような、少し照れたような顔をすると、壊れものでも触るようにそれを優しく受け取ってくれた。

 

「まあその、何だ、ありがとな、留美。……義理でもやっぱうれしいな、こういうのは」

 

 はあ……。やっぱり義理とか言うんだ。 …………こんなに丁寧にラッピングしてあって、義理なわけ無いでしょ。

 

「あのね、八幡……」

 

「ん……?」

 

「……それ、義理じゃ無いから。 本め…………」

 

 本命だから、と言おうとして顔を上げた時、

 

 

 

 ――見てしまった。……目に入ってしまった。

 

 八幡が、大事そうに大事そうに抱えている2つの小さな紙袋を。

 

 ――ピンクとオレンジが可愛らしい花柄の袋。

 

 ――光沢のある純白に、細く真っ赤なリボンが一筋鮮やかな袋。

 

 それは見るだけで()()()()を思い起こさせる…………。

 

 

 

「…………ほ、本気の、感謝チョコ、だから」

 

 思わず怯んで、変なことを言ってしまった。 

 

「感謝チョコ? ……今はそんなのがあるのか。……いや、友チョコとか聞くけど、違いがよく分からん……」

 

「その、ね……」

 

 どうしよう。……とっさに言ってしまっただけの言葉に意味なんて無い――けど、そこで思ったんだ。

 『本気の感謝チョコ』って変な言葉だけど、でも、もしかしたら私の気持ちとしてぴったりかもって。

 

 もちろん、八幡のことは好き。 ……その、男の人……として。だからこそ本命って言おうとしたんだし。

 

 けどさ、私は彼に好意を伝えて……どうしたいのかな。 ……付き合って欲しい、とか?

 

 ――小学生の女の子が、高校生の男の子に「好きです、付き合って下さい」と言いました――

 

 ……うん、なんていうか、OKしてもらえる未来がまったく見えない。むしろOKされたらこっちが引くかも。 …………はぁ、5歳の差って、やっぱり大きいなぁ。

 

 だから、林間学校の時のこと、泉ちゃんとのこと……。

 

 私がどれだけそのことを感謝しているか。 ……今は、それを八幡に伝えよう。

 

 

 

 

「留美?」

 

 私が黙ってしまったのを、どうやら待ってくれていたらしい八幡が心配そうに声をかけてくれる。

 

「これはその……義理なんかじゃなくて、私の……感謝の気持ち」

 

「感謝って……」

 

「林間学校のときも、泉ちゃんのときも、いつも私を助けてくれてありがとう」

 

 戸惑ったままの八幡に、私はもう一度頭を下げる。

 

「いや、俺は感謝されるようなことは……。それに、林間学校の時のは前にも言ったように葉山たちが…………」

 

「そうじゃないの、八幡」

 

 彼は言葉を切り、黙って私を見つめる。

 

「もちろん、ハブにされてるのを無くしてくれた事にも、もちろん感謝してるけど、それより……私の、何ていうのかな、「世界の見え方」みたいなのを変えてくれた、から」

 

「あん? 世界の見え方……? どういう…………」

 

 彼は、心底わからない、という風に首を傾げる。

 

「ふふ、『正しいぼっち』の事だよ」

 

「ゴホッ。な、お前な……」

 

 私が言うと八幡は噴き出し、

 

「…………それ、忘れてくれ…………」

 

 なんて言う。 …………あれ、私にとってはけっこう大事な思い出なんだけど、八幡にはそうじゃないのかな。

 

 

 

 私がシュンとしているのを見た彼は少し慌てたように言う。

 

「いや、あの時のこと全部忘れろって話じゃなくて、今の、『正しいぼっち』って言い方な?」

 

 何だ……少しだけほっとする。

 

「あの後、雪ノ下に、

 

『いいかしら比企谷くん。せっかく普段よりちょっとはましな事を言っているのだから、もう少し言葉のセンスにも気を遣った方が良いわね。

 いくら目とか顔とか心とかが腐っているからと言って、言葉まで腐らせる必要は無いのよ?』

 

 とか言われてな……」

 

 うわ、雪乃さん、容赦ないなぁ。……でも、八幡の、雪ノ下さんのモノマネが妙に雰囲気を掴んでいて、なんだか笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 その後、小町さんも一緒に三人でリビングの炬燵を囲み、お茶の時間。

 

「はい、お兄ちゃん……これは小町から」

 

 そう言って彼女は八幡に小さな包を渡す。

 

「え……、でもお前、今年は受験だから無いって…………」

 

「まあ、一応。さすがに手作りじゃないけど、お兄ちゃんが喜ぶ顔も見たいしね。あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「……あんがとな」

 

「どういたしましてだよ、お兄ちゃん」

 

 なんだか二人とも嬉しそう……こういうのが、『千葉の兄妹』なのかな、ふふ。

 

「あと、せっかく留美ちゃんからもらったんだから…………食べて感想言ってあげなくちゃ!」

 

「え、」

 

 そんな急に……こ、心の準備が…………。

 小町さんは私にいたずらっぽい笑みを向ける。

 

 

 

「開ける、ぞ?」

 

 八幡は私をちらっと見て、それから丁寧に包装をはがしていく。やがて箱の蓋が開き…………。

 

「これは……クッキーサンド? いや、なんかやたら軽いな」

 

 八幡は箱いっぱいに詰められている()()を一つつまみ、不思議そうに見つめる。

 

「じゃあその、食べて良いか……?」

 

「う、うん。 ……どうぞっ」

 

 うぅ…………目の前で食べてもらえるなんて思ってなかったから、うれしいけどなんだかドキドキする。

 八幡は八幡で、小町さんと私の二人に両側から注目されてちょっと食べにくそう……。

 

 

 

 八幡が私のお菓子をゆっくりと口の中へ…………。

 

「……お、融ける! それにこの味……もしかしてマッ缶、か?」

 

「うん!」

 

 やった。成功!!

 

「……うん……なんかじゅわっと融けて……すげぇ美味い。これ何だ……」

 

「これね、ダックワーズっていうの。生地に少しだけコーヒー混ぜて、かける砂糖少なめにして、コーヒーと練乳で作ったクリーム挟んでみたの……八幡の好きなあの味みたいでしょ。…………どう、かな?」

 

「いや、ほんとうまいぞこれ。な、小町にもやっていいか」

 

「うん、小町さんにも食べてみて欲しい。……あ、あと、その下の方にある黒っぽいクリームのやつはチョコ味だから。……バレンタインだしね」

 

「じゃあ、小町もいただくね。チョコのとコーヒーの一つずつ……」

 

 小町さんは小さめのダックワーズを二つ手のひらに載せると、まずチョコ味の方を口の中へ。

 

「ホントだ、融けるみたい。美味しいねぇ……チョコと……これ、バタークリーム混ぜた?」

 

「はい、生クリームより生地に合うって本に書いてあって……」

 

「へえ……うん、チョコの方も美味いぞ。まあ、俺はマッ缶味のが好きだが」

 

「ふふ、それは八幡のために作ったんだもん」

 

 そう言うと八幡は、

 

「そう面と向かって言われると照れるっつーか……その、ありがとな、留美。スゲー美味かった」

 

「うん」

 

 良かった。八幡が美味しいって言ってくれた。…………絢香、泉ちゃん、やったよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 バレンタインデー数日前。

 

 私は絢香と泉ちゃんに、八幡にあげる予定の『マックスコーヒー味のダックワーズ』の試食をしてもらっていた。

 

 

「……でね、こっちのお皿が例のコーヒー味のやつで、こっちがチョコクリームなんだけど……。とりあえず食べてみて」

 

「ほいほーい。いただきまーす。どれどれ~ …………ん、サラサラ溶ける。美味しい美味しい」

 

 絢香が言えば、

 

「うん、美味しいね、このとける感じ、ほんとマカロンみたい」

 

 泉ちゃんの反応も上々。

 

「あ、でもなんでマカロンにしなかったの?」

 

「う……」

 

 絢香の一言に一瞬固まる私。

 

「? どうしたの留美ちゃん……」

 

 

 と、ちょうどそのタイミングでキッチンにお母さんが入ってくる。

 

「お、頑張ってるわね~。 少し休憩してお茶にしたら?」

 

 そう言って私たちの分も紅茶を淹れてくれる。

 

「ありがとうございます」「いただきまーす」

 

 お母さんはお皿の試作品をちらっと見て、

 

「あ、留美……八幡くんにあげるの、結局『失敗マカロン』にしたんだ」

 

「へ、『失敗マカロン』?」

 

 絢香たちがびっくりしてる。

 

「ちょっとお母さん、今回は失敗じゃないの! ちゃんと最初から、『ダックワーズ』のレシピで作ったんだから」

 

「あはは、ごめんごめん……」

 

 

 

 そう……実は、私は最初、表面ツルツルで可愛い『マカロン』に挑戦したんだけど――見事に失敗。ひび割れだらけの残念なマカロンになっちゃったんだ。……生地の乾燥とかすごく時間かかったのに……。

 

 ただ、見た目はともかく食べてみればそれはとても美味しくて…………まあそれで色々調べて、ほぼ同じ材料で手早く作れるダックワーズ……お母さん言うところの『失敗マカロン』を作ることにしたんだ。……お小遣いでたくさん買ったアーモンド・プードルを無駄にしなくてすむし。

 

 それにお母さんには『失敗』なんて言われてるけど、悪いことばかりでもない。このダックワーズ、見た目の華やかさではマカロンに及ばないものの、生地の風味や、大きさ、形の自由さはこっちのほうが応用が効くし、それに生地の泡を潰したり乾燥させたりといった手間もかからないから、味を変えて何度も作り直ししたり出来るし、数も作りやすい。

 そんなこともあって、私は八幡が喜んでくれそうな、例のコーヒー味のダックワーズを作ってみることにしたんだ。

 

「こう、融けるみたいな感じだから、このくらいの小さめのほうが良いんじゃないかなぁ。一口でお口に入るし」

 

「比企谷さんならこっちのコーヒー味でしょ。こっち多めにして……あと、箱に詰める時一番上の段は全部コーヒーのやつにするといいよ。そうすれば間違いなく最初の一口にインパクトある」

 

 そんな、彼女たちの協力のおかげで…………。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 私が工夫して一生懸命作ったお菓子を、八幡が美味しい美味しいと食べてくれる……何とも言えない幸せに浸っていると、

 

「あと、お兄ちゃん、これは絢香ちゃんから。後でちゃんとお礼言ってね」

 

 そう言って小町さんは、絢香から預かっていた袋を八幡に渡す。

 

「綾瀬が? 俺に?」

 

 八幡が不思議そうにしながら炬燵のテーブルの上に中身を取り出すと、細長い紙の箱と、封筒に入っていない、二つに折られただけの便箋。

 

 彼が箱の蓋を開けると、色鮮やかでお洒落な練切菓子が三つ。

 あ、この前見たピンクのハートと白い矢がモチーフの、和菓子っぽくないデザインのものも入ってる。でも、どこか少し違うような……。

 

 八幡は便箋を開き……、

 

「えーと、『これは……  」

 

「ちょっとお兄ちゃん! 女の子からの手紙を声に出して読むとか……」

 

 ポイント低いよー、と小町さんが非難の目を向けると、

 

「いやでも、大したことは書いてないぞ、ほら」

 

 そう言って八幡は、私たちの方に向けて便箋を広げて見せてくれた。

 

 これは……確かに手紙というよりは走り書きのような感じで、多分絢香がこれを小町さんに預ける直前に書いたんだろう。

 

『比企谷さんへ

 これは私が練習もかねて作ったものなので形はあれですが、餡はちゃんと父が練ったものなので味は保証します。どうぞ、皆さんで食べて下さいね。

 あーちゃんより』

 

 あらためて絢香のお菓子を見る。……確かにプロが作ったのに比べれば拙いかもしれないけど、細かい細工を、手を抜かず丁寧に丁寧にやっているのがわかる。

 きっと、食べてくれる人のことを想って。…………絢香……。

 

 

 

 八幡は、

 

「小町、留美、先に好きなの取っていいぞ」

 

 なんて言ってるけど……。私は小町さんと目を見合わせる。

 

「お兄ちゃん……。これは、お兄ちゃんが全部食べたほうが良いと思う」

 

「うん……」

 

 私たちの反応に八幡は、「?」という感じで、

 

「いやでも、みなさんでって書いてあるし……」

 

 なんて言うので、

 

「じゃあ、一口だけ味見させて貰うから」

 

 私はそう言い、お菓子の端っこをほんの少しだけ切り取って口に運ぶ。

 それは、この前食べた同じお菓子より優しい味がするような気がした。

 

 

 

 

 **********

 

 

 小町さんが、

 

「留美ちゃんの布団とか、さっき広げておいたんだ。今からちょっと敷いてくるね」

 

 と言って二階に上がって行き、リビングに残されるのは八幡と私の二人だけ。

 

 

 

「八幡、なんか元気無い?」

 

 ソファーの下の部分を背もたれ代わりにしてぐてっと座っている八幡に声をかける。

 

「いや、少し疲れてるだけだ。 ……なにせ、ぼっちの引きこもりが休日に出かけるとか、それだけで半分ぐらいライフが減るわ。あと……少し考え事してただけで、別に調子悪いとかじゃあない」

 

「そう? でも、なんだか悩んでるみたい。……あの、クリスマスイベントの……会議ばっかりやってた時みたいな顔してる」

 

「え、そんなに、か」

 

「ね、私に話してみない?」

 

「いやそれは……」

 

「話せることだけ。……前に、八幡も私の話聞いてくれたでしょ。……ヒドイことされたけどね」

 

「うぐ、……あれは……悪かった」

 

 泉ちゃんの時のことをチクチクつついてあげると、八幡は渋い顔をして謝った。

 

「じゃあ……ねっ」

 

 

「……少しだけな」

 

 八幡は天井の照明を見上げ、少し眩しそうに目を眇めて話し出した。

 

「まあ……俺の理想みたいなもんとして……他人の意見とか、今の状況とか、人間関係のしがらみとかに一切影響されずに、本心から思った通りの行動をとりたい……みたいな気持ちがあったわけだ」

 

 八幡は、一言一言、言葉を選ぶかのように訥々(とつとつ)と話す。

 

「うん」

 

「だけど俺は……逃げた」

 

「逃げた?」

 

「今の関係とか、状況とかを壊すのが怖くなって――選ぶことから、自分の本心と向き合うことから逃げて、今の状況を、関係を守ろうとしちまった。

 ……だから、本当にこれでよかったのか、これは欺瞞じゃないのか、なんて……今んなってグダグダと色々考えちまって…………ま、そんな感じだ」

 

 そこで八幡は、部屋の角にそっと置いたままになっている二つの紙袋に目をやり、小さく溜め息をこぼす。

 

「その……悪かったな、心配かけて」

 

 八幡は、これで終わり、と言うように話を切ろうとする。

 

 

 

「ねえ、八幡?」

 

「おう、どした?」

 

「さっき、ありがとね」

 

「ちょっと待て分からん……何が?」

 

 ふふ、この流れでいきなり言われても分からないよね。

 

「お菓子、美味しいって言ってくれて」

 

「ああ。いやお礼いうのはこっちだろ。別にお世辞言ったわけじゃないしな。……その、ほんとに美味かったぞ。特にマッ缶味のやつとか」

 

「ふふ、良かった。でも、やっぱりありがとう、なんだよ」

 

「?」

 

「八幡が私の作ったお菓子を、美味しいって言ってくれた。ほんとに美味しそうに食べてくれた。……それがね、涙出そうになるくらいうれしかったの」

 

「そう、か」

 

「だからあらためて思ったんだ。私、八幡のこと大好きなんだって」

 

「おう…………って、え?」

 

 さすがにびっくりしてる。急に何言い出すんだこいつ、みたいな顔。

 ……でもね、私にとっては急に、じゃないんだよ。

 

「さっき八幡が帰ってきたときさ、私、『感謝チョコだよ』みたいなこと言ったでしょ」

 

「ああ、いやでも……」

 

「いいから聞いて?」

 

「おう……」

 

「あれ、とっさに思いついて言っただけなの。……そのね、あの時……八幡が持ってたあの紙袋見て急になんだか怖くなっちゃって」

 

「紙袋……」

 

 八幡はもう一度部屋の角に視線を送る。

 

「ふふ、今の八幡の話もだけど、雪乃さんと結衣さん、でしょ?」

 

 そう。私の想いが、彼女たちの想いに到底届かないことなんか最初からわかってるのに……ただ、怖かった。

 

 

 八幡はどう言えば良いのかと一瞬迷ったような表情を見せ、そして、

 

「……まあ、な」

 

 そう言って八幡は少し切なそうな顔をする。……その表情にどんな思いが隠れているのか、八幡じゃない私にはわからない。

 

「私……欺瞞、なんて難しいことよくわかんないけど…………。八幡はさ、逃げたんじゃなくって、今の関係をそれだけ大切に思ってるってことなんじゃないかな。無くしたくないほど大事に思ってるってことなんじゃないかな」

 

「留美……」

 

「だから、『逃げた』なんて言い方したら、八幡が守ろうとしたものに……失礼だと思う」

 

「…………」

 

「逃げてたのは、私なの」

 

 そう、八幡には雪乃さんと結衣さんがいるってわかってて、そのくせ、八幡が二人から貰ったであろう紙袋を見ただけで、「本命」って言えなくなって、「感謝チョコ」とか変な言い訳して……。

 さっきの『感謝』って言葉も、嘘を言ったつもりはない。

 

 けど、私が八幡に()()()()()()()()()()()は…………。

 

 

 

「だから、今度はちゃんと言うね――

 

 私は……八幡が好き。八幡から見たら私なんてまだ子供かもしれないけど……でも、ちゃんと一人の女の子として、八幡に恋してる、の。

 

 ――だから、これは本命チョコ。 ……まあ、あんまりチョコレートは使って無いんだけどね」

 

 ようやく想いを告げた私は、中身を半分ほどに減らしたダックワーズの小箱にそっと手を添え、まっすぐに八幡を見つめる。

 

 

 

「留美お前……」

 

 八幡の顔に浮かぶのは困惑の表情。

 

「別に、今私と付き合って、とかそんな無茶言わないから。ただ私が言いたかった……だけ、だから」

 

「…………その、本気、か?」

 

「うん」

 

「けど、そのなんだ……恋、ってのは……たぶん勘違いだ。たまたま苦しい時、悲しい時に俺がちょっと手を貸したってだけで、――別に俺じゃなくてもそうしただろうし……だから、やっぱりさっきの感謝チョコっていうので合ってるんじゃねえのか?」

 

「…………あのさ、八幡」

 

 まったく……。八幡は、そんな言い方をするんだね。

 

「おう……って留美、なんで笑顏で怒ってんだよ」

 

「はぁ。……八幡って、面倒くさいね。それに馬鹿みたい」

 

「馬鹿って……」

 

「……本当に……本当に辛くて苦しい時に助けてもらって、どれだけ感謝していいかわからない位で……この人のこともっと知りたいなって思って、

 それから、その人が今度は、ずっとギクシャクしてた大好きな友達と仲直り……ううん、もう一度友だちになるのを手伝ってくれて……やっぱりただ感謝するってだけじゃ足りなくて、そして沢山話すうちに、どんどん、どんどん好きになって……」

 

「いやだから、それが勘ちが……」

 

「勝手に私の気持ちを決めつけないで! じゃあ聞くけど、これが勘違いなら、勘違いじゃない恋って、ほんとに好きになるってどういうこと?

 感謝から始まる気持ちが勘違いで、話をしていくうちに相手を知って好きになるのも勘違いなら、どうやって好きになるのが本当なの? 顔とか見た目? それともお金持ちかどうかとか?」

 

 いくら八幡でも、この気持ちを勘違いって言われるのは許せない。

 

「――八幡は、私の気持ちが、恋じゃない、勘違いだって言えるぐらい、女の子の気持ちがなんでもわかるって言うのっ?」

 

「それ……は……」

 

 八幡は、私の思わぬ反撃にたじろいだように言葉をつまらせる。

 

「ねえ、私は……私を助けてくれた八幡にいっぱい感謝して、色々話してるうちに八幡のこと少しずつわかってきて……それでますます好きになったの。……ね、自然なことでしょ ……それにね」

 

「それに……?」

 

「私、これからも八幡のこともっと見ていたい。……近くに……居たい、の」

 

「…………」

 

「それで、万が一八幡の言うとおりただの勘違いだったら…………」

 

「おう……」

 

「その時はちゃんと『やっぱりやーめたっ』って言うから! だから……それまでは八幡のこと好きでいてあげる」

 

 私は強気に笑って胸を張る。

 

 

 

「ふ、おま、どんだけ上からなんだよ」

 

 文句を言いながらも八幡はようやく愉しそうに……優しい目で笑ってくれた。

 

「だから逃げないでね? 私は、八幡に助けてもらって嬉しくて、そして好きになった――この気持ちが勘違いなんかじゃないって、ちゃんと()()だって証明してあげるんだから!」

 

「!! 留美おまえ、……『本物』って……」

 

 八幡が何かに驚いたような表情(かお)をする。

 

「ん、どうしたの? 八幡」

 

 何か変なこと言っちゃったかな?

 

「いや……、なんでもねえよ。 …………しかし参ったな」

 

 八幡はガシガシと頭を掻いて、ちょっと困ったように天井を見上げる。

 

「なあ、留美……」

 

「うん」

 

「その、悪かった。一方的に『勘違い』なんて言っちまって」

 

「うん……」

 

「まあなんだ、留美の気持ちはうれしい。けど、俺はなんにも応えらんねーぞ?」

 

「ふふ、『うれしい』って思ってくれたんなら……いーよ。さっき言ったでしょ、私が言いたかっただけだって」

 

 これは本当。さすがに()、彼が私を恋愛対象に見てくれるなんて思ってない。

 

「おう……」

 

「だから、私が八幡を好きってことだけ、覚えておいてくれればいいの。あとは今まで通りで……いいよ。……あとね、八幡」

 

「お、おう」

 

「お願いだから、私のこと避けたりしないでね。…………そんなことされたら……泣く」

 

「脅しかよ……ったく、わかったわかった。これで留美を泣かせたりしたら、小町になんて言われるか分からんしな。……だから、お前がちゃんと『勘違いだった』って気がつくまでは……いつでも相手してやるから」

 

 彼は、なんだか諦めたみたいに笑い、

 

「だからまあなんだ、その、よろしくな」

 

 と言って、八幡は()()私の頭を、ポン、ポンと撫でる。

 

 ……ふふ、自分の顔がにやけてるのがわかる。

 ロマンチックでもなんでもなくなっちゃったけど、でも、伝えた。伝えられた……私の気持ち。

 

「うん、ふつつか者ですが、これからもよろしくお願いします」

 

 私がカーペットの上で正座して、手をついてペコリと頭を下げると、

 

「いや、そのあいさつ違うだろ……」

 

 そう言って八幡はちょっと照れたようにそっぽを向いた。

 

 

 

 そこで私はようやく少し落ち着く。冷静に考えるとずいぶん恥ずかしいことを沢山言ってしまったような…………あぅ……。

 もちろん八幡といっしょにいられて嫌なわけ無いんだけど、今の告白直後のこの状況で二人というのは……気まずいというかむず痒いというか…………。

 

 そこに階段を降りてきた小町さんから救いの声がかかる。

 

「留美ちゃ~ん、お風呂いっしょに入ろー」

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 清潔そうなバスルーム。白い湯気。

 私と向かい合って湯船に浸かっている、どこにも無駄なお肉がついてない裸身。

 

 

 

 

 私は今、小町さんと一緒にお風呂に入ってる。

 小町さんて、普段は全然そんなこと意識させないけど、こう、目の当たりにしてしまうと結構スタイル良いんだよね……。スレンダーだけど、ちゃんと女の子らしい丸みを帯びたライン。胸だって小さくはないし。

 

 でも……八幡だって男の子だし、やっぱり大きい方がいいのかな?

 私は…………、まだそのっ、ふ、ふくらみ始めたばっかりだし、お母さんはスタイルいいし、こ、これからだもん!

 

 

 

「いやー、うちで誰かと一緒にお風呂はいるなんて何年ぶりかなー?」

 

 小町さんはなんだかすごく嬉しそうに言う。

 

「……小学校卒業する頃までは、たまにお兄ちゃんと一緒に入ったりしてたんだけどねー」

 

「そーなんですか」

 

 その言葉にちょっとだけドキッとする。

 だって、小学校卒業する頃って、つまり今の私ぐらいって事で……八幡と一緒にお風呂……。

 

「うん? お兄ちゃんと一緒に入ってみたい? 呼ぼか?」

 

「えぇっ! ちょ、そのあの……」

 

 私が体を抱きしめるようにして縮こまると、

 

「あはは、冗談だよ。さすがに一緒にお風呂って年じゃ……。あ、そだ。……留美ちゃん」

 

「はい?」

 

「髪、洗ってあげる」

 

 

 

 

 

 

 小町さんの指が、さわさわと私の髪をすくようにしてシャンプーの泡を馴染ませていく。誰かに髪を洗ってもらうのって、髪を伸ばしてからは初めてかも。

 軽く指が通る度にシャンプーの花の香りが広がって、ほんの僅かだけ髪を引っ張られるような感じがなんだか気持ちいい。

 

「うーん、留美ちゃんの髪、真っ直ぐで綺麗だよねー。ストレートロング、ちょっと羨ましい」

 

 小町さんは手を止めないまま、私の後ろから正面の鏡越しに声をかけてくる。

 

「小町さんは髪、伸ばさないんですか」

 

「小さい頃はけっこう長かったんだけどね。でも、こんなには伸ばしたことはないなぁ。小町、ちょっと癖っ毛だし」

 

「小町さん、髪長いのも似合うと思いますよ」

 

「うーん、高校入ったら伸ばそうかな~。さっきの話じゃないけど、もうお兄ちゃんとお風呂はいるわけじゃないし」

 

「八幡と?」

 

 それと髪を伸ばすの話がどう繋がるのかよくわかんないけど……。

 

「小町ね、小さい頃はその長い髪が上手く洗えなくて、お兄ちゃんに洗ってもらってたんだー。

 ほら、うちは両親とも忙しくってさ。お母さん帰ってくるの待ってると、お風呂入るの遅くなっちゃうから」

 

 なるほどね。八幡と小町さんが仲いいのって、きっとこういう事情もあるんだろうな。

 

「いくつぐらいまで伸ばしてたんですか?」

 

「小学校二年生、かな? そのころから、お風呂入るのいつも一緒ってわけじゃなくなってきたし、自分でやるとなると洗うのも乾かすのも大変でさ。

 お兄ちゃんは、頼めば文句言いながらちゃんとやってくれるんだけど、毎回頼むのも悪いなって思うようになって」

 

「私は逆で、そのくらいから伸ばし始めました」

 

「ふうん、なんかきっかけでもあるの?」

 

「……大した理由じゃないです。聞いたら笑っちゃうような……」

 

「別に笑ったり……と。留美ちゃん、流すから目、閉じててね」

 

「あ、はい。……………ふわぁ」

 

 上からシャワーのお湯が優しくかけられ、小町さんの手が撫でるように、バラのような甘い香りの泡をすすいでいく。時折、泡を流してくれるように背中やお腹に当てられる温かいシャワーがちょっぴりくすぐったい。

 

「ほい、もう目を開けて大丈夫だよ」

 

 小町さんは私の髪をサッと拭いて水をきると、もう一枚乾いた大きめのタオルを取って巻くようにまとめてくれた。

 

「完成っ」

 

「あの、ありがとうございます」

 

「へへっ。どういたしましてっ。……小町、こういう『お姉ちゃん』ぽいことやってみたかったんだよね~ ずっと妹欲しかったし」

 

 そう言って小町さんは楽しそうに、いたずらっぽくクスクス笑う。

 

「ね、留美ちゃん、小町の妹にならない? ……あれ、でももし留美ちゃんがお兄ちゃんのお嫁さんになったら、留美ちゃんがお義姉ちゃんで小町が義妹(いもうと)……。それはなんかヤダなー。そこはあえて『小町お姉ちゃん』って呼んでくんないかな」

 

「お、お嫁さんって…………あう」

 

 こ、小町さんてば急になんてこと言うの! ……そりゃあ、考えないわけじゃないけど、女の子だし。この前なんか、妄想の中で八幡を、『あなた』なんて呼んじゃったりしてたけど……。

 

 

 

「ごめんごめん冗談。でも…………へへ。その、ありがとね、あんなお兄ちゃんを好きになってくれて」

 

「……小町さん……やっぱり、聞こえてました?」

 

 いきなり「お嫁さん」とか言うって事は……恥ずかしいなぁもう。

 

「まあ、うちは別に防音でも何でもないし、ドアも開けっ放しだったし。……あは、『ふつつか者ですが』だもんね……。でも、留美ちゃんの気持ちに気がついたのはお菓子屋さんで会った時だよ」

 

 え、あやせ屋で……?

 

「実はさ、小町、あの時まで留美ちゃんをお泊りに誘おうとまでは思ってなかったんだよね」

 

「え? その……」

 

 じゃあ、なんで……。

 

「とりあえず湯船浸かろ。身体冷えちゃう」

 

 小町さんはそう言ってにぱっと笑った。

 

 

 

 

 

 

「ふう、あったか~い。ね、留美ちゃん」

 

「はい」 

 

 髪を洗ってもらっている間にけっこう体は冷えてしまっていたようで、湯船のお湯がやや熱めに感じられた。ただ、その熱さがむしろ気持良く体の奥に沁みていく。

 

「さっきの話だけどさ、今日お兄ちゃんから携帯に連絡あったのってちょうど受験終わったぐらいの時間でさ。多分こっちに影響ないようにって気を使ってくれたんだろうけど……」

 

 そう言って小町さんはまた申し訳無さそうな顔をする。

 

「で、もう連絡間に合わないと思ったから、小町は、留美ちゃんに謝って、『明日か明後日には必ずお兄ちゃんのこと引っ張ってくるから』って言って、その予定を決めようと思ってたんだ」

 

「! そうだったんですか? あ、でも、だったらどうして急に……」

 

「あのね、留美ちゃんさ――すっごい悲しそうな顔したんだよ、小町が、『お兄ちゃんが来れない』って言った時。 ……もう、『この世の終わり』みたいな」

 

「な、そそ、そこまでじゃ…………」

 

 無い、と言える自信はない。だって会えるの楽しみにしてたぶん、会えないのが……お菓子渡せないって思った時、すごいショックだったから……。

 

「だからね、その顔を見て……今日じゃなきゃダメだって思ったの。留美ちゃんのこと、今日中にお兄ちゃんに会わせてあげなくちゃって」

 

「…………」

 

「まあ、まさかあんな告白するとは思わなかったけどねー」

 

「あ、あれは勢いもあって……その……」

 

 全部聞かれてたかと思うと、このままブクブクと湯船に沈んでいきたくなる。

 

「でもさ、気持ち……伝わったんじゃないかな。 ……お兄ちゃん、もう少し自分に自信が持てるようになるんじゃないかな」

 

 小町さんはまっすぐ私を見る。

 

「だから、今日留美ちゃんを連れてきてほんとに良かった。……ありがとね」

 

 立ち込める湯気の中、そう言って優しく笑う小町さんの顔は、何故かとても大人びて見えた。

 

 

 

 

 




 
 八幡たち三人のデート。選んだ答えは原作とは少し違うようですね。

 そして、ついに留美が想いを伝えました。ここから、二人の意識が変わり始めます。


 今回出てくる小町は原作と雰囲気が少し違いますが、これは意識してそのようにしています。
 原作、八幡視点の小町は、八幡に全力で甘えてきますが、中学校で生徒会役員をしている事や、大志との接し方などを見るに、同世代~年下から見た小町は、しっかりしていて頼れる存在に見えるんじゃないでしょうか。


 さて、話は山を越え、次回は今回ほどドタバタはしない話になる予定です。

 ご意見・ご感想お待ちしています。


――どうでもいい追記――

 今回、お気に入り800突破のサービスとして、本来小町の寝室で寝る前にするはずだった会話シーンをバスルームに移動させました。……本当にどうでもいいな……



6月18日 かな⇔漢字修正

  同  誤字修正 報告ありがとうございます。

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