どもども。こちらの、「そして~」のみ読んでくださってる方には約一ヶ月ぶりの更新になります。お待たせしました。
今回から新章、原作成分の少ないオリジナル編になります。……というか、この先はオリジナルにするしかありませんね。12巻……いつ出るんですかねぇ……。
2月。恋する女の子に、あのイベントの季節がやって来ます。
もうすぐあのドアが開いて八幡が入ってくる。
私を見てびっくりするかな? ふふ、……小町さんじゃなくて私が「お帰りなさい」って言ったらきっと驚くよね。
八幡から小町さんに、『駅に着いた。なんか買ってく物あるか?』って電話があってからもう五分以上経ってる。
小町さんは『何も無いよ、早く帰っておいで』と返事をしてたし、ここまでゆっくり歩いても十分はかからない――だから、もうすぐ八幡に会える。
そして私はこの、綺麗にラッピングした小箱を渡し、想いを告げる。
たぶん八幡は……まあやっぱり最初は驚いて……それから……ちょっとは嬉しいって思ってくれるのかな。――それとも、迷惑って思うかな。
胸のあたりが苦しくなる。……あーあ、やっぱりやめようかなぁ。
ううん、今日まで何回も何回も考えた。まだ子供だって思われてるのは解ってる。けど、私が……
――だから、伝えるんだ。
ドアの外で、トントンと、靴に付いた雪を落としてるような音がする。帰ってきた!
どうしよう、偉そうなこと考えてたくせに急にドキドキしてきちゃった。
……そして、ドアノブがガチャリと音を立てて回り、ゆっくりドアが開く……。
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『で、どうなの? やっぱり手作り?』
「なんであげるの前提なのよ」
『あげないの?』
「それは……あげるつもり、だけど……」
『へへっ、それでそれで?』
「うん、実は、さ……」
『…………』
「…………」
『なるほどね~ ね、留美、明日、留美ん家行ってもいい?』
2月に入り、寒さはいっそう厳しさを増している気がする、そんなとある土曜日、一応、「バレンタインデーの相談」という名目で、絢香が私の家に遊びに来ている。
十二月のイベントを通じて仲良くなった私たち。話してみたら、意外とお互いの家が近いということがわかった。……まあ、この春からは同じ中学校に通うわけだし、それほど遠くないんだろうなってのはなんとなく思ってたけど……絢香の家、私が知ってるお店だったの!
駅前、やや千葉寄りの方にある、『御菓子司 あやせ屋』という地元ではけっこう有名な和菓子屋さん。ちょっと高級めなお店で、
絢香の家はお祖父さんの代に暖簾分けされた美浜店で、本店は千葉城の近くにある大きなお店。そこは絢香のお父さんの従兄のお店で、江戸時代から続く銘店だそうだ。
「う~ん、要するに、インパクトが欲しいってことだよね? なんてーの、『差別化』とかいうやつ?」
腕組みのポーズで、大袈裟に頷きながら絢香が言う。
「……うん。普通に作って普通に渡しても印象に残んないかなって」
「ふむふむ。じゃあ、いっそのこと、手作り和菓子なんかどう? ほら、これとかカワイイでしょ」
そう言って絢香は、今日家からお土産に持ってきてくれたお菓子のうちの一つを指差す。
「……それ、ちゃんと作れるようになるのに何年かかるのよ……」
「えーと、満足いく生地が練れるようになるまで五年、修行は一生とかおとーさん言ってた」
「はいはい却下」
「いやだから、うちでお買い上げいただいてですね~、そんでもってラッピングだけぱぱっと変えて、
『これ、あなたの為に一生懸命作ったの♪』
と、やれば……」
はあ。私はがっくりと小さくため息をつく。
「あのねぇ……。それって一番やっちゃダメなやつでしょ!」
「ごめん、半分冗談だってば」
半分は本気なのね……。
「それに……こういうの初めてだし、やっぱりちゃんと自分だけで作ったお菓子がいいかなって……」
「ほうほう、乙女ですなぁ」
「からかうなら、相談するのやめるっ」
「ごめんごめん。……でもさ、贈るものが決まってるなら、それこそ相談って?」
「……昨日電話でも言ったけど、八幡って、
…………それに、
「そもそもこのままじゃ、二人だけで面と向かって渡せるチャンスとか無いし……」
「留美あんた、仮にも自分が好きな男子を『あんな』って。 ……あーでも……そうねー。比企谷さんにチョコあげそうな子かぁ…………ひとり、ふたり…………」
そう言いながら絢香は指折り数え……って、え、両手? 片手で収まらないの?
「そ、そんなにいるかな……」
私が地味にショックを受けていると、絢香は、
「まあ、少しでも本命チョコの可能性がある人みんなってことで。恋のバトルは、可能性があるライバルを全部あぶり出して、それから一つずつ潰し……対策を練っていくのが基本だからねー」
……今、なんか怖い発言があったような気がしたけど……?
彼女はそう言うと、今度は声に出してもう一度数え始めた。
「まず、雪乃さん、結衣さん、いろはさんは本命チョコ確定。留美も当然そうだよね? 義理か本命か微妙なのは沙希さんとけーちゃんに……あとあたしとか……」
「けーちゃんも?」
「うん。あとはねぇ……戸塚さん、小町さん」
「……戸塚さんは……なんというかまあ……。でも、小町さんが『本命チョコ』ってことはないでしょ?」
「甘いっ 甘すぎるよ留美! 千葉の兄妹の仲の良さを舐めちゃいけないよ!」
「……その『千葉の兄妹』って、八幡もたまに言うけど、何なの?」
「まあそれはこっち側のネタみたいなもんだけど、でも……仲いいんでしょ、比企谷さんと小町さん」
「まあ、普通よりは……かなり……相当?」
言われてみれば……うん、本命チョコもひょっとしたらありそうなくらい……? まさかね。
「いい? ここからが重要よ」
急に真剣な表情になった絢香の言葉に、私はゴクリとつばを飲む。
「さっきの本命云々はともかく、比企谷さんが何かを考える時、小町さんの意見が大きく影響するってのは間違いないと思うの」
「!! それは……うん、そうかも」
「だから、まずは小町さんに味方になってもらおう」
そう言って彼女は自分でうんうんと頷く。……でも、なんだかすごく納得できる。たしかに小町さんに嫌われでもしたら、八幡、会ってもくれなくなっちゃうかもね。
「ただ…………小町さん受験生だし、そこは上手くやらないとね~」
「うん」
もちろんそうだ。2月14日は受験当日だし、しすこん?の八幡もバレンタインどころじゃないかもしれない。
そう考えると……別な日にしようかなぁ……当日渡せないのは残念だけど。
「それから、もう一つ」
絢香は、言葉を止め、一瞬言い淀んでから続ける。
「小町さん……最終的には、雪乃さんと結衣さんの味方をするだろうから、そこは覚悟しておくこと」
「…………うん、わかってるよ」
うん。……きっと小町さんは、
もちろん、私が八幡にチョコ渡したいって言ったら、協力はしてくれると思う。
…………でも、もしも私が、 ……その、「本気で八幡の恋人になりたい」って言ったら――雪乃さんや結衣さんのライバルになりたいと思ってるって言ったら――きっと小町さんは雪乃さんたちの側についてしまうだろう。
でも――今は無理でも、いつか……いつかは小町さんも、みんなも、私が八幡の隣にいても変じゃないって認めてくれる日がくるんだろうか。そんな日が来たらいいなぁ。…………それで、『おにいちゃんと留美ちゃんはお似合いだね』なんて言ってもらえたりして…………。
はぁ。改めて思う…………道は険しいなって。
「で、小町さんの――総武高の受験って何時くらいに終わりになるのかな」
ぼんやり考え込んでしまっていた私に絢香が聞いてくる。
「えと、千葉県の公立校はみんな13日が学科試験で、14日は面接とか小論文とか
だから……2時か3時位だと思うけど」
「ふむふむ。当日に渡すなら……そこが狙い目かもね」
「え、でも、小町さんの受験当日に……」
「だから、終わった後だよ。比企谷さんて、小町さんの受験、まして会場が総武高って事なら、普通に付き添いでついてきたり、そうじゃなくても、迎えに来るぐらいはしそうでしょ」
まあ、無いとはいえないけど……。
「というか、そこは迎えに来てもらって、駅前かどっかで比企谷さん兄妹と合流。んで、留美はめでたくチョコを渡せる……と。うん! 完璧!」
グッと、ガッツポーズを決める絢香。
「そんなに上手く行かないよ……それに、小町さんになんて説明するの? そ、その……『本命チョコ渡したいから手伝って下さい』とか、言えないよ……」
「ううん……そこはほら、あんまり重くなんないように…………そうだね~…………」
彼女はまた腕を組んで目を閉じると、今度は体をコミカルに左右にくねくねさせながら、顔だけは真剣な表情で考えてくれる。
すぐにぱっと目を開けて彼女は言う。
「じゃあ、こんなのどう? 『日頃の感謝の気持ちを贈りたい』から、受験終わった後時間があれば機会を作ってください、ってメールで頼んでみるの」
「へえ、なんだか格好いい言葉だね……。でもどこかで見たような……」
「うん、うちの店に張ってあるポスターに書いてあった。ま、ベタっちゃベタな言葉だけどね」
…………でも、悪くないかも。「私が八幡に感謝の気持ちを贈る」なら、小町さんも、雪乃さんや結衣さんだって変に思わないだろうし。
それに、八幡だってその理由なら自然に受け取ってくれそうな気がする。
「じゃあ、それでお願いだけしてみようかな。……それで都合悪ければ、別の日でも仕方ないし」
「そうそう、まずは連絡してみてから悩めばいいんじゃない?」
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20xx/02/xx 18:32
宛先1:小町さん
宛先2:
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件名:バレンタインのことで
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本文:
こんばんは 受験前の忙しい時にすいません
実は、八幡さんに日頃の感謝の気持ちをこめてお菓子を贈りたいと思っているのですが、受験が終わった後、少しだけ協力してもらえませんか
お忙しいようでしたら、このメールはスルーしてください
受験、頑張ってくださいね
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20xx/02/xx 18:45
送信元:小町さん
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件名:返信:バレンタインのことで
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本文:
こんばんは留美ちゃん メールありがとう
ちょうど息抜きしてたところなので大丈夫だよ
まずは愚兄めにバレンタインの贈り物をいただける件ほんとに感謝ですよ!
お兄ちゃんも泣いて喜ぶことでしょう
でも、協力ってどうすればいいのかな?
小町もこういう話なら大歓迎だから、遠慮しないでまたメールしてね
小町にできることなら手伝うよ
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20xx/02/xx 20:07
宛先1:小町さん
宛先2:
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件名:ありがとうございます
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本文:
すぐに返信いただいてありがとうございます
パソコンは着信にすぐに気が付かないことがあるのでちょっと不便ですね
来月にはケータイを買ってもらえることになっているので、そしたらすぐ返信できるようになります
さっきの協力のお話ですが、私の希望としては、2月14日当日に八幡さんに直接手渡ししたいです
ですので、小町さんの受験終わった後、八幡さんが小町さんを迎えに来るようなら、その時少しだけお時間もらえないかなぁ、と
もちろん無理にとは言いません
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20xx/02/xx 20:38
送信元:小町さん
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件名:今のところ
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本文:
さっきお兄ちゃんに14日の予定を聞いてみました
もちろん、留美ちゃんのメールのことはナイショにしてるから安心してね
今のところお兄ちゃんは、朝から小町のために一日中神様にお祈りしてるって。
それで、小論文の試験が終わるころ小町を迎えに来てくれるか聞いたら、何の予定も無いから構わんって言ってました
バレンタインだってのになんだろうねこのがっかりな兄は……
ただ、まだ先の話なので、これから予定が入るかもしれません
また、日にちが近くなったらあらためて予定決めようね
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その後、何度か小町さんとメールのやりとりをし、待ち合わせは駅前の和菓子屋さんの茶寮コーナー、いわゆるイートインみたいなところで午後3時ということになった。
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――2月14日当日――
「泉ちゃん、ほんとありがとっ。次、ちゃんと交代するからね」
「いいよいいよ~」
泉ちゃんはニコニコした顔で手を左右に振り、それから、
「でもでも、あとからお話きかせてね」
小声でそう付け加え、うふふと微笑った。
帰りのホームルームが終わり、泉ちゃんに日直の仕事を交代してもらった私は急いで教室を飛び出した。彼女以外には家の用事ということにしてある。
今日は五時間目までしか無い日だし、これから家に帰っても3時には十分間に合うはず。……なんだけど、どうしても気持ちが急いてしまう。
だって、今日は千葉では非常に珍しいことに雪が降っているのだ。
昨夜から降り出した雪は、家々の屋根や木々にうっすらと積もり、辺りを一面真っ白に変えた。幸い、道路の積雪はそれほどでもなくて、交通機関の乱れも僅かだったようだ。それでも、
「小町さん、大丈夫だったかな……」
受験当日の雪。私との待ち合わせのことはひとまずおくとしても、肝心の受験自体、多少の日程変更とかはあったかもしれない。何かあれば、メールで連絡が入っていたりするかも。
そう思って数百メートルばかりの家路を急ぐ。
「ただいまー」
「留美お帰りー」
家に着くなりパソコンを起ち上げメールのチェック。
小町さんからは……うん、昨日、日時の確認した後のメールは入っていない。
現在時刻は午後2時40分。
私はランドセルを置き、昨日準備しておいた小ぶりのトートバッグの取っ手を握るとすぐまた、さっき入ってきたばかりの玄関へ取って返す。
「いってきまーす」
と、お母さんに声をかけると、
「慌ただしいわねー。 でも、頑張っておいで!」
そう言ってお母さんは、胸の前で腕を斜めにするようなポーズでぴっと親指を立てる。
……格好いいけど、エプロン着けたままやるポーズでは無いと思うよ……。
クリスマスの後、八幡と私は、学校帰りとかに偶然会えば話くらいはするようになった。だけど、そうは言ってもせいぜいちょっとした立ち話程度だ。
あと……何回かはファミレスとかに入ったこともあるけど、そういう時は八幡だけじゃなく、奉仕部の二人だったり、いろはさんだったりが一緒で、私が八幡に甘えてもいい、みたいな雰囲気にはちっともならない…………。
だから、今回みたいに時間をとって話せるのは、本当に久しぶり。小町さんも、
『チョコ渡す時には、ちゃんと席外してあげるようにするから大丈夫だよ』
と言ってくれてるし……。
一瞬、風が吹いて私の髪をファサッと跳ね上げる。
「あ」
髪の毛、もう一回
服は……襟とか、肩のあたりを少し引っ張って整える。それから、ちょっとだけ笑顏の練習。
…………うん、おーけー。ちゃんと可愛い、と、思う。
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待ち合わせのお店の前で立ち止まり、一つ深呼吸してから自動ドアを潜る。
「いらっしゃいませ~」
店員さんに声をかけられ、
「あ、奥で待ち合わせです」
私がそう言うと、「どうぞ」と促されて私は奥の茶寮コーナーへ。お客さんはまばらで……その一番奥の席。
小町さんがもう席に着いていて、テーブルの上には、黒い漆塗りの小盆に並べられた色とりどりの綺麗な干菓子とお茶。
あれ、八幡は? ……お手洗い、かな。
「あ、留美ちゃん久しぶりー」
私に気付いた小町さんが小さく手を振ってくれる。
「こんにちは、小町さん、受験お疲れ様でした」
私がそう挨拶しながら、落ち着き無くあちこち視線を泳がせているのを見て、小町さんはなぜか申し訳無さそうな顔になる。
「あのね、お兄ちゃん、今日になって急に出かける事になったからって連絡来て……帰ってくるの、夕方……夜になるんだって」
「そんな……」
かくんと膝の力が抜け、思わずテーブルに手をつく。
「留美ちゃん、大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。…………だ、大丈夫です」
ちっとも大丈夫じゃないように見えたんだろう――小町さんは慌てて立ち上がり、私を支えるようにしてそっと椅子に座らせてくれた。
…………色々と決心してきたのにな。今日のためのお菓子だってすっごく頑張って作ったんだけどな……。
一人でドキドキして、お母さんにニヤニヤしてて気持ち悪いって言われて、絢香にからかわれて怒って、泉ちゃんにキラキラの目で励まされて…………。
…………楽しみに、してたんだけどなぁ。
あーあ。このお菓子、小町さんに預けて八幡に渡してもらおう。……ホントは直接顔見て手渡ししたかったけど、そんな風に言ったらせっかくここに来てくれた小町さんに申し訳ない。
じわっと滲んできてしまった涙を、なんとかこぼさないように我慢していると、
「留美ちゃん」
小町さんが私の顔を覗き込むようにして声をかけてくれる。
「は、はい」
「明日、休みだよね」
「はい……あの?」
確かに今日は金曜で……明日、明後日とは特に学校行事なんかの予定も無いけど……。
「もし留美ちゃんが良かったらなんだけどさ……今夜、うちにお泊まりしない?」
傷心の留美は、小町にお持ち帰りされてしまうのか! ゆりゆりなのかっ!
……そういう話ではありませんね。次回は「るーちゃんドキドキ! 八幡さんのご自宅訪問回」です。
ご意見、ご感想お待ちしています。
―― 追記 ――
こちらを更新しなかった一ヶ月の間に、ここでもう一つ書いていた「小町ポイント クリスマスキャンペーン」を完結させました。
リンク機能を使用した、ちょっと変わったお話です。「俺ガイル」が好きで、パロディネタが嫌いでなければ読んでみて下さいね。
以上、宣伝でした。
ではでは~