そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

16 / 41
 いつも読んでくださってるみなさん、感想を書いてくださるみなさん、お気に入りを付けてくださったみなさん、誤字報告をくださったみなさん、全てに感謝を。

 クリスマスイベント編、最終話。 いつもより少し長めです。






鶴見留美は聖夜に願う⑨ 私が聖夜に願うもの 後編

『以上で、海浜総合高校・総武高校合同クリスマスイベントのステージは終了となります。まだお時間はございますので、総武高校が誇るパティシエのケーキとお菓子をお供に、ごゆるりとご歓談下さい。

 尚、施設の都合上、会場の使用は午後四時までとさせていただきますので、ご協力をよろしくお願いしま~す』

 

 ぷ、すごくしっかりした挨拶だったのに、最後だけなんだか一色さんっぽい……。それにパティシエって。

 

 

 

 **********

 

 

 

 無事に舞台を終え、控え室に降りて衣装から私服に着替えた私たちは、そこでお母さん達と少しだけ話をすることができた。

 

「ほんと、かっこよかったわよ。留美」

 

「ふふ、ありがとうお母さん」

 

「あの、髪を切ったところってどういうふうにやったの?」

 

「それはね…………」

 

 そんな事を話していたら、お母さんが、

 

「あ、そういえば、さっき八幡くんたちに挨拶してきたわよ」

 

 突然とんでもない事を言い出す。

 

「なっ……。何してんのっ? 変なこと言ってない?」

 

 私が詰め寄るようにしてそう聞くと、お母さんは、えへらえへらと笑って、

 

「大丈夫よぉ~。ただ、留美がお世話になってますってだけ」

 

「そう……なら、いいけどさ」

 

 ほんとかなぁ……なんだかニヤニヤしてるみたいなのが気になるけど。

 

 

 その後、私たちはホールの自分たちのテーブルに戻り、雪ノ下さんたちがここの調理室で仕上げたというケーキとクッキー、それになんだか高級そうな紅茶で優雅なおやつタイムを過ごしている。

 

「いやー、でもさ留美、このケーキほんと美味しいよね。……雪ノ下さんって、マジで何者? あんだけ美人で仕事もできて、こんなケーキも作っちゃうとか……」

 

 絢香の感想はもっともだと思う。こんな完璧超人が身近にいるなんて信じられないくらいだ。何でも出来るっていうのはうちのクラスの森ちゃんなんかもそうなんだけど、雪ノ下さんは何でも「完璧に」出来る。

 このケーキだって、普通のいちごのショートケーキだからこそ余計に質の高さがはっきりと分かる。こんなに美味しいの、お店でだって食べたこと無い。

 八幡もなんだか彼女には弱いんだよね……。雪ノ下さんって、弱点とか無いのかな?

 

 

 

「……はい、どうぞ」

 

「ありがとうね」

 

「いえいえ、そちらも、お茶のおかわりいかがですか?」

 

 制服に洒落たエプロンを着けた給仕係が、優雅にお年寄りのカップにお茶を注いでいく。その正体は……。

 玉縄さん……ギャルソン姿が妙にさまになってるなぁ。相変わらずアクション大きいけど、かえってそれがよく似合う。

 

 いま、お年寄りや家族のお茶くみなどを担当しているのは、海浜高の高校生たち。数人ずつが交代でホールを担当しているようだ。ケーキやクッキーの準備は総武高校側が主体で行ったので、こっちは逆に海浜高が中心で、ということらしい。

 

 

 そんな様子を眺めながら、私がテーブルを立つタイミングを図っていると、

 

「留美ちゃ~ん、お疲れ様ー」

 

「小町さん!?」

 

 まさかの小町さん。いつ来たんだろう。劇の時には分からなかったけど……。

 

 絢香が「ね、留美、誰?」と肘をつつきながら小声で聞いてくる。

 

「あ、八幡……さんの妹さんで、小町さん。こっちはジム役の綾瀬絢香さん。小学校は違うけど、友達です」

 

「こんにちはー」

 

「へへー、こんにちは。モニター越しで、作業しながらしか見れなかったけど、劇、すごく良かったよー。後でもう一回家でゆっくり見せてもらうねっ」

 

 小町さんはそう言うけど……

 

「え、モニター? カメラなんて……」

 

 私がキョロキョロとあたりを見回すと、

 

「ん? ちゅうにさんが撮ってるよ、ほら、あそこ。さっき、ちゃんとケーキとお菓子も届けてきたよ」

 

 そう言って小町さんは、ホールの後方、天井からせり出しているガラス張りの部屋を指差す。確か、コントロールルームとか制御室とかいう部屋。劇の時の照明とか、背景のプロジェクターや効果音もここで操作してたはず。

 

「あ、ホントだ」

 

 ガラスの向こうが薄暗くて少し見づらいけど、よく見ればその中で材木座さんが大きめのカメラを操作しているのが見える。他にも何人かいるみたい。……そういえば、戸塚さんたちのテーブルに居なかったな。すっかり忘れてた。

 

「雪乃さんたちと、その映像見ながらタイミング見てケーキのカットしたりしてたんだ」

 

「そうだったんですか……でも、小町さん、受験だから来れないかもってはちま……お兄さんが」

 

「ふふっ、いいよ、あんなの、『はちまん』で」

 

「でも……」

 

 さすがに本人がいない時に小町さんの前ではなんだか呼びにくい。絢香だけならもう平気なんだけど。

 

「まあなんでもいいけどさ。……お兄ちゃんには、息抜きに来れたらおいでって言われてたんだ。だから、今日の雪乃さんのお手伝いだけ。……ホントはもっと手伝えたら良かったんだけどね」

 

「そんな……でも、今日会えて嬉しいです。……そうだ、なかなか言えないから……受験、がんばってくださいね」

 

「うん。だから、今日はもう、これ食べたら帰ってまた勉強するよ。留美ちゃんたちは打ち上げ出られるの?」

 

「あ、はい、一応。絢香も行くって言ってるから……」

 

「えぇ~~、るーちゃんはぁ、あたしが行かなくてもはーちゃんが行けばホイホイ付いて行くんじゃないの~?」

 

「んん? はーちゃん?」

 

「ちょっと絢香!! な、なんでも無いです」

 

 そう言って私は絢香を睨むけど、彼女はぺろっと舌を出して平気な顔……もう。

 

「じゃあ、私はそろそろ帰るねー」

 

「はい、また今度」

 

 小町さんが席を立ち、八幡たちが座ってる席に向かったので、私もひと呼吸置いて立ち上がる。

 

「留美、どしたの?」

 

「あ、ちょっとだけ知り合いに挨拶してくる」

 

 絢香の質問にそれだけ答え、私はホール一番奥の席へ向かった。

 総武高生のテーブルのうちの一つ。私は少しだけ離れたところで一度立ち止まり、ゆっくりと深呼吸。それから真っすぐ前を向いて進む。……私を変えるために、私が変わるための一歩として。

 

 

 

 私が彼らの席に近付くと、最初に葉山さんが気づき、ちょっとだけ怪訝な顔をする。

 

「ん? 隼人?……って、アンタ……」

 

 三浦さんも気が付き、さすがにちょっと驚いた顔をする。

 

「こんにちは、あ、あの……」

 

 勇気を出してここまで来たはいいけど、どうしよう。いきなりお礼を言うのってさすがに変だよね……。周りがみんな注目してくるのでさらに話しにくい……。

 

 すると海老名さんが、

 

「ね、大岡くん、大和くん、飲み物取りに行きたいんだけど、ちょっと付き合ってくんない?」

 

 立ち上がって、私の知らない二人にそう声をかけた。

 

「え、でも、」

 

 二人はちらっと戸部さんを見る。その戸部さんは、葉山さんと一瞬目を合わせると、

 

「あー、わりぃけど、俺の分も頼むわー」

 

 そう言って拝むように両手を合わせる。

 

 二人は、ちらっと私を見てそれから葉山さんの方を向く。葉山さんが小さく頷くと、

 

 「うし。じゃぁ、ゆっくり行ってくるか」 

 

 大和さん? の方が言い、海老名さんと三人で席を外してくれた。

 テーブルに残ったのは、私の他に、葉山さん、三浦さん、戸部さん……あの肝試しの夜に、私たちを囲んだ人たち。……もちろん、あれは演技だったんだってもう解ってるんだけど……それでもさすがに緊張はする。……でも。

 

「……林間学校の時、その……私のために嫌な思いさせてごめんなさい。……いろいろありがとうございました」

 

 私は一息にそう言って頭を下げる。

 三人は顔を見合わせてはいるけど、特に驚いてるという様子がない。予想してた……のかな。

 

「……あーしらは、別に。あーゆーのムカついて、勝手にやっただけだし、……それに嫌な思いしたのって、アンタもでしょ」

 

 三浦さんはケータイを弄りながら独り言みたいに言った。

 

「……それでも……」もう一感謝の言葉を口にしようとすると、

 

「感謝とかいーから。それでさ……あのあと…… どうなん? その、ハブりとか?」

 

 三浦さんがちらちらとこちらの様子を気にしながら聞いてくる。

 

「あ、はい。その……みなさんのおかげで、クラスからそういうの、無くなりました。……まだちょっとだけギクシャクはしてるけど、でも……大丈夫です」

 

「そ。……なら、良かったじゃん」

 

 彼女は横を向いたままそう言って「フッ」となんだか楽しそうに笑った。

 

「そーだべ。まー、なんつーの。前より良くなったんならオッケー、みたいな」

 

 戸部さんが、親指をたてて言う。

 葉山さんはそんな二人に目をやると、

 

「二人もこう言ってるし、こっちは気にしてないよ」

 

 そう言って爽やかに微笑った。

 

「ほんとに、ありがとうございました」

 

 私はホッとしながらもう一度お礼を言った。

 すると葉山さんが小声で、

 

「あと……これは黙ってろって言われてたんだが……」

 

「……?」

 

「さっき比企谷が俺に声をかけてきてね。何かと思ったら、『もし林間学校の時の子が俺達の所に来たら、何も言わずに話を聞いてやってほしい』と、そう言って頭を下げてきたんだ。……あいつが俺に頭を下げるなんて意外でね……。ずいぶん君のことを心配してるみたいだったよ」

 

 八幡……。鼻腔の奥がツンとして目頭が熱くなる。……ちゃんと自分で言うって言ったのに……、ばか。……でも……ありがと……。

 

 両手で口元を抑える私を見て、葉山さんは、

 

「比企谷には内緒な」

 

 口元に人差し指を立て、そう言って笑った。

 

 

 

 そして私は、心が暖かくなって自分の席に戻った…………はずなんだけど。

 何故か私はまた葉山さんたちのグループのテーブルに戻ってきている。

 

 

 

 **********

 

 

 

 私が自分の席に戻ると、

 

「ね、留美。あのイケメン集団と知り合い?」

 

「あ、うん、あの人達も林間学校で……」

 

「なにそれ……。その、林間学校の時のメンバーって顔で選んだの? 雪ノ下さんとか由比ヶ浜さんもそうなんでしょ」

 

「うん……あ、あと、戸塚さんと、それから小町さんも」

 

「……ちなみにあの材木さんは?」

 

「い、居なかった」

 

 名前間違ってるけどね……。

 

「ふむ、ますます顔で選んだ疑惑が……ってまあそれはいいや」

 

「いいの?」

 

「うん、それよりあたし達のことも紹介してよ~」

 

 絢香がガシッと私の手を掴んで揺さぶる。

 

「あ、じゃあ私も」

 

「それなら俺も」

 

 中原さんやほかのみんなまでノリで騒ぎ出す。

 

「え、やだよ、紹介とか……」

 

 だって、さっきみたいな話をした後にもう一回って……なんだか恥ずかしいし。

 

「えー、留美には比企谷さんがいるんだからいーじゃん。独り占めはんた~い」

 

「別にそんなんじゃ……」

 

「特にあの、髪長いおねーさんとお話してみたい」

 

 え、三浦さん? そっちなの? 葉山さんじゃなくて?

 

「へへ、きれいで格好いいじゃん。あーゆうの、やっぱあこがれるよね」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 **********

 

 

 

 私はみんなの圧力に負け、恥ずかしながら葉山さんたちにもう一度頭を下げ、小学生たちとお話してもらうことになった。

 

 ただ、けーちゃんが、すぐ隣のテーブルのお姉さんの所に来ていたのでちょっと心強い。

 

 でも、……けーちゃんに頼る私って……。

 

 そういえば、けーちゃん、なぜかまだ天使姿のままだけど……。お姉さん……確か沙希さん、が顔をほころばせて写真を撮りまくってるからこれでいいのかな。……うん、歩く度にぴこぴこ揺れる天使の羽根と輪っかがとってもかわいい。これで、

 

「るーちゃ~ん」

 

 なんて、可愛い声でピトッと抱きつかれたりすると……もう……なんかね……。

 

 そんな事を思いながらけーちゃんと遊んだりしていると、少し離れたテーブルで紅茶を飲んでいる八幡を見つけた。彼は、由比ヶ浜さんや雪ノ下さんたちと優しい目で話をしている。

 彼が何かの拍子にこちらを向き、私と目が合う……。彼は少しだけ驚いたような顔をした後、目を細めて柔らかい表情を浮かべた。……なんとなくだけど、その目は私に、「よかったな」と言ってくれているように思えた。

 

 

 

 **********

 

 

 

 老人ホームのお年寄りも、保育園の子たちも帰り、今は会場などの片付けが始まっている。

 とりあえず今日は色々と細かいものはじゃまにならない所に寄せて置き、運び出しは明日、という物も多いということだ。準備の時とちがって締切りみたいなものがないからか、騒がしいながらもどこか弛緩した、のんびりとした空気が流れている。

 

 夕方から簡単な打ち上げ、「お疲れ様会」とかいうのがあるので今日はそれまでのんびり作業という感じ。

 それに、クリスマスイブということもあり、小学生たちは片付けも打ち上げも強制ではないんだけれど……なんだか名残惜しいのは私だけでは無いらしく、結構な人数が残っているようだ。

 

 

 絢香たちと一緒に講習室の荷物を一通り後ろの壁際に寄せ、今日各学校に返還したりするものはエントランスに下ろしてまとめて、と。

 うん、だいたいの決まりはついた、かな。

 

「ね、ちょっとだけぐるっと見てきていい?」

 

 そう絢香に言うと、なんだかニヤニヤしながら、

 

「いーよいーよ。ほらほら行っといで。集合時間まで帰ってこなくていいから」

 

「あー、比企谷さんならさっき控え室に居たよ。多分ホールの荷物をそっちに下ろしてるんじゃないかな」

 

 中原さんまで()()()()()そんな事を言う。

 絢香たちの話だと、小学生のメンバー……特に演劇班で一緒にいた子たちは私のことを応援してくれているらしい。……応援って何よ? 

 いやまあ……その、気持ちは嬉しいけどやっぱり恥ずかしいというか……。

 

 でも、反論するのも変だし、「ありがと」とだけ言い、みんなの言葉に甘えて講習室を出た。

 「ぐるっと回ってくる」なんて言ったくせに、私は自然と早足になって控え室の方に向かった。そこに八幡が居なかったらそのままホールに上がってみよう。

 

 

 

 

 

 控え室の方には結構な数のダンボール箱が積まれている。入り口から覗くと、八幡と副会長さんが何かの数をチェックしているところだった。

 

「ま、ここはこんなところか……」

 

 八幡がチェックに使っていた、クリップボードをぽんと机の上に置く。

 

「比企谷」

 

「ん? どうした本牧……」

 

 私に気付いた副会長さんが私の方を指差すと、八幡は私を見つけ、入ってこいと手招きする。

 私は副会長さんにペコリとおじぎをしながら控え室に入った。

 

「留美か……。お疲れさん。……そっちは手、空いたか?」

 

「八幡たちもお疲れ様。講習室はだいたい終わりかな……。すごい荷物だね、これ、どうするの?」

 

「平塚先生が明日ワンボックス借りてきてくれるから、それで運ぶ。三、四回ぐらい往復すれば終わるだろ……近いしな」

 

 うん、ここから総武高は、車なら五分もかからないだろう。……それで、全部終わっちゃう……かぁ……。ただの感傷かもしれないけど、やっぱり寂しいなぁ……。

 

 そんな風に思っていると、

 

「そういや、さっきお前の母さんこっちに挨拶に来たぞ」

 

 ああ、そういえばそんなこと言ってた。

 

「何か変なこと言ってなかった?」

 

「……いや、なんだ、『お世話になってます』『こちらこそ』みたいな感じだったけど……。それにしても、すごいな、留美の母さん」

 

「え、なにが?」

 

「いや、俺の目を見ても全然平気そうだったぞ。……いや、大人だから、見ても知らんぷりで目をそらすってのはあると思うが……そういうのは何となく分かるからな」

 

 八幡は少しだけ寂しそうに言う。

 

「うん……」

 

「けど、ほんと自然に話すんだよ、ジロジロ見るわけでもなければ目をそらしもしない……。そういえば、留美も最初からそうだったな……?」

 

「お母さんはまあ……慣れてるんじゃないかな、そういうの」

 

「慣れって……、ああなんかマスコミ関係みたいなこと言ってたな。取材なんかで、いちいち人の外見気にしてる場合じゃないってやつか、なるほどな……」

 

 八幡が一人で勝手に納得してる……ふふ、慣れてるってそういう意味じゃないんだけど……まあいいや。

 

 八幡が時計を見て、

 

「まだけっこう時間あるな……。留美、大丈夫なら、少し『話』するか?」

 

 八幡はこっちを見ないまま、「話」を強調するように言った。……だからこれは、あの時の「話」の続きのこと……私と泉ちゃんの事。……どうする?

 少しだけ迷ったけど、話そう。……前に進まなきゃ、変わらなきゃって、そう決めたんだし。

 

「うん。私、八幡には聞いて欲しいこと……あるし」

 

「おう……あ、じゃあちょっとここで待っててくれ。二、三分……いや、五分以内で戻る」

 

「え、八幡……?」

 

 彼は返事も聞かずにさっと出ていってしまった。結果、私は副会長さんと二人で取り残される……。

 

 う……ちょっとだけ気まずい。実は副会長さんとはあんまり話したことないんだよね……。林間学校でお世話になった人たち以外では、書記の藤沢さんか、後は一色会長さんとばかり話してるから……。

 

 

 

「あ、その、鶴見さん」

 

「は、はい」

 

 間が持たないのは彼も同じようで、ちょっとぎこちなくだけど向こうから話しかけてきてくれた。

 

「その、今回はありがとう。……正直最初は小学生と一緒にやるのって大変なんじゃないかって思ってたんだ。でも、実際やってみたら、君たちのおかげで大成功だった」

 

「そんな……みんな頑張ったからですよ」

 

 そう私が応えると、彼は何かに納得したように言う。

 

「うん、そう……そうだね。じゃあ、『お疲れ様』かな」

 

「はい、『お疲れ様』です。ふふ」

 

 その後は少し緊張が解け、あの場面はうまくいった、とか、キャンドルサービスの時に転びそうになった子がいて焦った、とかそんな話になった。そうこうしているうちに八幡が戻ってくる。

 

「悪い、待たせたな、留美。 ……上でいいよな?」

 

「うん、大丈夫。……じゃあ、失礼します」

 

「お疲れ様。比企谷も後でな」

 

「おう」

 

 

 

 副会長さんに挨拶して、「上」へ……いつもの、遠い方の階段の二階と三階の間の踊り場へ。ふふ、なんとなくここは、「八幡と私の場所」って感じがする。そう思ってるのは私だけなのかもしれないけど。

 

 いつもならがらんとしていて、ベンチ以外なにもないような所だけど、今はここにも大きなダンボール箱がいくつか、端に寄せて積み上げられている。

 

 八幡はベンチの端にどかっと腰を下ろすと、

 

「なあ、留美。……無理に話さなくてもいいんだぞ」

 

「……ううん」

 

 私も八幡の隣に少しだけ間を空けて座る。くっつきはしないけれど、でも体温を感じることが出来るいつもの距離。

 

 私は、ゆっくりと話し始めた……。

 

 

 

 三年生の時、泉ちゃんと、隣の席で偶然同じ本を読んでるのに気付いて仲良くなったこと。藤澤誠司先生の絵画展を見に行って、先生とお話したこと、泉ちゃんと仲良くしてくれって言われたこと。

 友達が泉ちゃんをハブにした時、雰囲気に流されて距離を置いてしまったこと。

 

 そして……先生がご病気で亡くなる直前に、そうとは知らずに、「絵には興味ない」なんて言って泉ちゃんをひどく傷つけたこと。

 そのことで友達に八つ当たりして、自分がハブられるようになったこと。その時、泉ちゃんに避けられて、ショックだったこと……。

 

 ……今は、一緒に話していても心から笑えないこと。

 

 

 

 そこまで話したところで、八幡がぽつんと言った。

 

「で、どうしたいんだよ、留美は?」

 

「それは……また、前と同じように仲良くなりたいの」

 

「だったら、前みたいに話してればいいんじゃないのか? 見たところ、ギクシャクはしてても、向こうからは普通に話しかけてきてるんだろ。そうすればそのうち……」

 

「うん、わかってるんだけど、でも私……怖いんだ、泉ちゃんと話してて。……特に絵の話とかになると……その、この前も勝手に涙が出てきちゃって……」

 

「ああ、トラウマみたいなもんか。だったら藤沢とは一切絵の話はしないとか……」

 

「そんなの……無理だよ。……あの「背景」の絵、見たら分かるでしょ。泉ちゃんって言ったら、やっぱり「絵」なんだから」

 

「ま、そりゃそうだ」

 

 八幡は一つ溜息をつき、

 

「だいたい、怖いって()()怖いんだ?」

 

「それは……あの時みたいに、私がなにか言ってまた泉ちゃんを傷つけるんじゃないかって。……もう、あんな顔は見たくないんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

「違う、な」

 

 八幡の雰囲気が急に変わった。……なに……なんか、恐い。

 

「八幡……?」

 

「違う。それだけじゃ、無いだろ」

 

「え……」

 

「お前が何かを言うことで藤沢を傷付けるのが怖いって話なら、留美自身が気をつける問題だ。……昔それだけ痛い思いしてんなら、もう絶対に彼女を傷つけるようなことは言わないだろ」

 

「…………」

 

「だから、留美が怖いのは自分だけではどうにもならないこと……藤沢に、何か言われたり、拒否されたりするのが怖いんじゃないのか」

 

 八幡の言葉にどきりとさせられ、胸が詰まる。……そう、か。そうかも。私が怖いのは……でも……。私は八幡の顔を見上げて逡巡する。

 

「……いいから言っとけ。言いにくいことでも、誰かに吐き出せば楽になるってこともあるしな」

 

「うん……」

 

「どうせこのベンチに座ってんのは留美と俺だけだ。……俺はぼっちだから、誰かに喋るって心配もないぞ」

 

 またそんなこと言ってる……。でも、八幡になら、私の嫌なとこ、知られてもいいかな。……そう、八幡だけになら……。

 

 そして私は、今まで言えなかった、閉じ込めていた、忘れていた想いを打ち明ける。

 

「私……ね、あの時、泉ちゃんに、「鶴見さん」って呼ばれて、すごく、すごくショックだったの。いやだったの……。私……泉ちゃんのために仁美たちとケンカして、ハブられて……。わかってるの、自分が悪いんだってこと。けど……それでも――いやだったのっ」

 

 いつの間にか涙がこぼれ、声が枯れていく。それでも、八幡はただ静かに私の話を聞いてくれている。

 

「あの後私、トイレで吐いたんだよっ。……いくら吐いても気持ち悪いのが収まらなくって。泉ちゃんのために怒ったのにどうしてって、悲しくって……辛くって……」

 

 そう、私はあの時拒絶された恐怖から抜け出せてないんだ……もう、ずいぶん前の事なのに……でも、苦しいよう……八幡……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だとさ、もう出てきていいぞ、藤沢」

 

 一瞬、八幡の言葉が理解出来なかった。

 

 

 

「え……なに。……なんて言った……の? 八、幡……?」

 

 私の問いに答えず、八幡はすっと立ち上がると、踊り場の端に積み上がっているダンボールを軽々とどかしていく。……中身、空っぽだ……。

 そして、その箱に隠された角のスペースに、涙で顔をぐちゃぐちゃにして座り込んでいる――泉ちゃんが、居た。

 

「あ……」

 

 嘘……、私の嫌な所、みんな……聞かれてた……の? 泉ちゃんに?

 

 私は思わず立ち上がり、八幡を睨んで、

 

「どうして……どうしてこんな酷いこと、するのっ!」

 

 そう涙声で叫ぶ。

 けれど八幡は平気な顔で、

 

「あー、言っとくが藤沢は悪くないぞ。……俺がいいって言うまで、何があっても出てくるな。声も出すなって言われてたんだからな」

 

「ここにいるの、八幡だけって言ったじゃない……」

 

 だから、……八幡だから私はっ……。

 

「この『ベンチに座ってんのは』二人だけって言ったんだ……別に嘘は言ってねーよ。……夏のドッキリは失敗したけど、今回はうまく…………」

 

 

 パシッ、と、びっくりするほど鋭い音が響く……。

 

 私は無意識に八幡の頬を殴っていた…………。

 

「あ……う……うぅ~……」

 

 痛い、……手のひらが熱くて……。心が痛い。痛いよ、八幡……。

 

 涙が止められない。声も絞り出すようにしか出ない……。

 私に殴られた八幡は、何も言わずに私を見つめ、ただ静かに立っている……。

 

 私はこの場にいる事に耐えられなくなって、顔を伏せ、八幡を見ないように走り出そうとして……。

 

 

 

 後ろから泉ちゃんに抱きしめられた。

 

「ごめんなさいっ……。比企谷さんが悪いんじゃ無いの……。わたしが、何もできなかった……から」

 

 なに……分かんない……よ。

 

 混乱している私に、泉ちゃんは言葉を続ける。

 

「あのね、わ……わたしも、やだったの。……留美ちゃんが『絵なんて興味ない』って言ったの。……お祖父ちゃんの絵を一緒に見た留美ちゃんにだけはそんな事言ってほしくなかったのっ」

 

 泉ちゃんが泣きながらそう訴える一言一言が私の胸に刺さる。

 

「あの時……、お祖父ちゃん死んじゃって……、わたし、心がぐちゃぐちゃで……留美ちゃんにひどいことしちゃって……。ずっと謝りたかったのに、なかなかうまく行かなくって……ただ笑ってごまかして……」

 

 あぁ……同じ、だったんだ。泉ちゃんも私も、ちゃんと言わなきゃいけないこと、……言えないでいたんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、留美、藤沢……」

 

 ずっと黙っていた八幡が口を開く。さっきとはまるで違う、温かい声。

 

「八幡……?」

 

「無理に、元通りにしよう、前と同じにしよう、って考えるから怖くなるんだ。前と違うことが不安になるんだ。……今、お互い、言いたかったこと言っただろ。言い足りなければもっと言っとけばいい」

 

「…………」

 

 八幡がほんの僅かに笑みを浮かべる

 

「もう留美も藤沢も前とは違うんだ。……それで、嫌なとこもわかって、ちゃんと覚悟して……それでも友達やりたいなら――また最初から始めれば良いんじゃねーのか? ……相性がよけりゃうまくいくし、壊れるもんは壊れる。……けど、一から……ゼロから始める関係なら、前と同じかどうかなんてそもそも気にする意味がない。……なら、何も怖いことなんかねぇだろ」

 

 彼はそう言うと私たちに背を向け、

 

「……ま、俺はそんな面倒くさいの御免だけどな」

 

 一言余計なことを言い、八幡は、そのまま下に降りて行ってしまった。

 

 

 

 踊り場には、放り出されたように私と泉ちゃんが残される。……でも、なんだか不思議な開放感。

 

 ふりむくと、泉ちゃんと目が合った。ふふ、ひどい顔。……きっと私はもっとひどい顔してる。

 泉ちゃんの目を見ていると、私の中にまだ不安が残ってるのを感じる……だけど。

 

 

 

 また、今から始めるんだ。……だから、きっと怖くない。

 

 

 

「泉ちゃん……」

 

「うん……」

 

「私と、また友達になって」

 

「うん……うんっ」

 

 私はそのまま泉ちゃんに抱きつく。……再び溢れる涙。けれどその涙は、暖かく、しょっぱくて……ほんの少しだけ甘い――心地良い涙だった。

 

 

 

 **********

 

 

 

 二人でひとしきり泣き、少し落ち着いた私たちは、洗面所で顔を洗ってから講習室に戻ってきた。「お疲れ様会」までは、二十分以上あるけど、もうテーブルの準備とかは始めているようだ。……八幡は中にいるのかな? 

 

 そのまま入ることがなんだか恥ずかしくて、そっと入り口から中を覗くと……何故か八幡が絢香の頭をぽん、ぽんと撫でているところだった。……どういうこと?

 八幡と目が合う……、彼は絢香からすっと手を離すと彼女に一言何か言って、素早く何処かへ行ってしまう。あ……逃げた。絢香の方はまだ私に気付かない。

 ……私は泉ちゃんをその場に押しとどめ、

 

「あーやかっ」

 

 そっと近付き、真後ろから声をかける。

 

「ひゃっ!」

 

 彼女はビクンとして振り向く。

 

「あ、な、なに? 留美」

 

 え……絢香、なんだか顔赤いみたいだし、目が泳いでる……まさか……。

 

「大丈夫、ちゃんと見てたから……。今の何?」

 

 う……思った以上に棘のある声が出てしまった事に自分自身でびっくりする。

 

「ちょ、留美怖っ……」

 

 絢香もぎょっとしたようだが、

 

「へへー……いやぁ~、年上男子に頭撫でてもらうっていいもんだねぇ。ほら、私背ぇ高いからさ、同級生とかだとちょっとさ……」

 

 急にくねくねしながら変なことを言い出した……何かごまかそうとしてる……?

 私がそのまま、じ~~っと見ていると、彼女は諦めたように言う、

 

「あはは。……いや、そのね、留美のこと頼まれてたんだよね……比企谷さんから」

 

「な……」

 

「あんたと泉ちゃんがさ、色々複雑みたいだから、『それとなく気をつけてやってくれ、頼む』って感じに……」

 

 いつの間にそんな……。

 

「あー……実はさっき、泉ちゃんを階段のとこに連れ出したり、段ボール箱積むの手伝ったりしたりしてましたっ。あは。……で、今のは、『うまくいったから、ありがとな』みたいな……。留美?」

 

 振り向いて泉ちゃんを見れば、ちょっとバツが悪そうに、右のおでこのあたりをこりこり掻いて苦笑いしてる。……ほんと、八幡にはかなわない……なぁ……。

 

「ごめん。絢香、泉ちゃん、またあとでっ」

 

「はいはい、いってら~」

 

 絢香のなんだか嬉しそうな声に送られて、私は八幡を探しに講習室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 誰もいないエントランス。隅っこにある自販機コーナーのベンチに腰掛けて、八幡はいつものアレを飲んでいた。

 

「八幡」

 

 私は声をかけ、八幡の隣りに座る。

 彼は、

 

「おう」

 

 と、こっちを見ないまま一言だけ。

 

「さっきは……ごめんなさい。……叩いちゃって」

 

「いや、叩かれるようなことしたしな。……で、もう大丈夫なのか?」

 

 八幡は、私の様子を伺うようにそう聞いてきた。

 

「……うん。ほんとに、ありがとう」

 

「そか」

 

 八幡はそう言って、ふっ、と小さく笑った。

 

 

 

 無言だけど満たされた時間が過ぎていく。時折八幡がコーヒーを啜る音がかすかにするだけ。

 ……あ、やっぱり八幡の頬、片方だけちょっと赤い。

 

「ねぇ、ちょっとほっぺ見せて」

 

「いや、んなもん見てどうすんだよ」

 

「いいから」

 

 私はベンチの上で膝立ちになり、八幡の肩に寄りかかるようにすると、嫌がる八幡の手をどけて無理やり覗き込んだ。……まだ結構赤い。腫れたりはしてないみたいだけど。

 

「ごめんね、痛かったでしょ……」

 

「あー……まぁ、少しだけな」

 

 私は、赤くなっている所を指先で優しく撫でる……。

 

 

 

 

 

 

 

 そして……そこにそっと私の唇を押し当てた。

 

 

 

「なんっ……!?」

 

 八幡は一瞬固まった後、びっくりして飛び退く。

 

「る……おま、何してんの?」

 

 いつもどこか余裕のある八幡も、さすがに赤くなって慌ててる。……けど私の方もいっぱいいっぱいだ。

 

 ……これ、思ってたよりずっと恥ずかしいよ~。

 

「お……おまじない。おまじないだからっ。……早く治るようにって」

 

 どうにかそれだけ言って、今度は私が逃げ出した。……唇が熱い。心臓が鼓動を刻む度に、その熱が全身に波紋のように拡がって行く……。

 

 

 

 ……私、八幡のこと好きだ……。

 

 今までだって自覚はあった。ううん、そうじゃない。自覚してるって勘違いしてただけだ。

 ――八幡と目が合うと心が暖かくなる。八幡と話すのがうれしい。彼の近くで体温を感じると安心する。八幡が他の女の子と仲良さそうにしてるともやもやする――()()()好き?

 

 そんなんじゃない。それは、もう好きになってるからそう感じるってだけ。

 

 ……今気付いた。初めて知った……本当に人を好きになるってこと。

 

 

 ――八幡が、この世界に居てくれることに、……私を、比企谷八幡という、少しひねくれてるけど誰より優しい男の子と巡りあわせてくれた奇蹟に「ありがとう」って言いたい。ずっとこの奇蹟が続きますようにって心から願いたい――

 

 世界とか奇蹟とか――大袈裟かもしれないけど、そう素直に思える、それが私の好きの気持ち。

 

 ふふ、でも……誰に感謝したりお願いしたりしたらいいのかなぁ……神様? それとも仏様とか? 八幡のご両親……は違う、かな……。

 

 

 

 そうだ。だったらイエス様にお願いしよう。きっと願いを叶えてくれる――だって私は「賢者デラ」そして今夜はクリスマス・イブだもの。

 

 

 

 

 

 *********

 

 

 

 イベントから二日。昨日まではテレビでも「クリスマス」の話題で持ちきりだったのに、一夜明ければクリスマスの「ク」の字も出てこない。今年を振り返って、とか、来年は、とかの話題ばかり……。

 

「はあ」

 

「どうしたの、溜め息なんかついて……。クリスマスイベント終わって気が抜けちゃった?」

 

 リビングのソファにもたれて、一つ大きなため息をついた私にお母さんがそう声をかけてくる。

 

「そんな事無いけど……」

 

 

 

 誰かを心から好きになる、それはとっても素敵なこと。

 だけど……自覚してしまった恋の現実はなかなかに厳しくて……。

 

 何と言っても恋のライバル……と言っていいのかな? 八幡の近くにいる女の子は魅力的な人たちばかりで……。

 

 その中でも――多分だけど――今、八幡の心を一番占めているのは雪乃さん。八幡を好きになったから、見ているから分かる。あの、漫才みたいなやりとりをしてる時、真面目に仕事をしてる時、二人が並んで立つ姿がとっても自然で……なんというか、根っこのところで深く信頼しあっているのを感じる。

 それに……二人の間にあるのはただの信頼だけじゃ無い。……それが何なのかは、彼ら二人にしかわからないことなんだろう。

 

 それから、結衣さんが八幡のこと好きなのは間違いないし、いろはさんも……もしかしたらだけど沙希さんもなんだか八幡のこと気にしてるっぽいんだよね。

 ほんと、全くどこがぼっちなのよ。

 

 そして、決定的なのは、彼女たちが八幡と同じ高校生なのに、私はまだ小学生であること。

 高校生の八幡にとって、五つも年下の小学生である私が恋愛対象になるとはとても思えないし。……はぁ。

 

 

 

 また溜息をこぼす私に、お母さんが、

 

「ね、留美、これやってみない?」

 

 そう言ってお母さんがタブレットPCの画面を開く。

 

「ん? 何」

 

「うちの雑誌の新年号のウェブ版限定でやってる来年の運勢。干支と星座と血液型の組み合わせで576通りの結果が出るって。

 

「へぇー」

 

 576通りって……さすがウェブ版。それだけで本が一冊出来ちゃうよ。

 

「じゃあ、お母さんから」

 

 母が自分の干支と星座、最後に血液型を入力すると、「健康運」「金運」「仕事・学業運」「恋愛運」なんかが、棒グラフで表示され、その下に簡単なコメントが表示される。

 

「うーん、金運は良いけど、恋愛運はイマイチね」

 

 ……お母さん……恋愛運って……。

 

「あ、相性占いもあるわ。……お父さんは五つ上だから干支は○年で、星座は△。血液型はBっと」

 

 え、五つ上。

 

「ね、お母さん。お父さんとお母さんって、五歳差ってこと?」

 

「急にどうしたの? そうね、お母さんのほうが誕生日早いから、差は四歳半位だけど、学年では五つお父さんの方が上よ」

 

 両親の年の差なんて意識したことなかったけど――五歳差……私と八幡と同じ。

 だから何、って言われれば何もない。わかってる。……でもちょっとだけ……ううん、すごく嬉しい。

 

 頭の中で、大人になった私が八幡に向かって、「おかえりなさい、あなた」なんて言ってる場面を想像してしまった。何だこれ……私、おかしい……。

 

「……留美? 溜め息ついたり真っ赤になったり忙しいわね……」

 

 お母さんが何か言ってるけど聞こえない。

 

 そうか、大人になれば……結婚するぐらいの年齢になれば、五歳の差なんて大したことじゃないんだ。……叶わない恋かもしれないけど、今、無理に諦める必要なんて無い。そう考えることが出来るだけでもこんなにも心が躍る。

 ……やばいなぁ……これ。自分で思ってたより私、ずっと本気みたい。ふふ、なんだか楽しくなってきちゃった。

 

「おーい、留美……大丈夫? 今度は何で笑ってるの? 話聞いてる~?」

 

 私の恋はきっと前途多難――それでも私は前を向く。いつか、自然に八幡の隣に立っていられる未来を夢見て。

 

 

 

 

 鶴見留美は聖夜に願う  完

 

 

 

 

 




 どもども。 おかげさまでクリスマスイベント編「鶴見留美は聖夜に願う」無事完結です。なんとかタイトル通りのお話になりました。


 途中年末・年度末を挟み、だいぶ更新のペースが落ちてしまいましたが、どうにかここまでたどり着いたのも、飽きずに読んでくださったみなさんのおかげです。本当にありがとうございました!!


 さて、次回は「幕間」です。 クリスマスイベントに関係する話をちょこっと書きたいと思っています。



 ご意見、ご感想お待ちしています。
 
 今回だけでなく、「聖夜に願う」全体に対しての意見・感想ももしありましたらぜひ。

 ではでは~。



4月8日 誤字修正 報告ありがとうございました。

5月3日 誤字修正。不死蓬莱さん報告ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。