どうにかこうにか3月中に二回目の更新出来ましたっ(ぎりぎりじゃん……)
ついにクリスマスイベント当日のお話です! では、どうぞ。
「八・幡っ!!!、盟友たる汝の檄に応え、剣・豪・将・軍っ、ここに推さ……ん……?」
コミュニティーセンターのエントランス。自動ドアが開くと、いきなり大声で名乗りを上げる不審人物。何やら両肩に大きなクーラーボックスをぶら下げている。
ちょうどクリスマスツリーを三階のホールに移動させるための準備をしていた、私たち小学生十数人の警戒するような視線にさらされ、彼の声は急速にしぼんでいった。
「何、あの人……」
「あ、総武の制服なんか着てる。……なんか怖い」
「ね、ケーサツ呼んだほうがいいんじゃ……」
遠巻きにしているみんながそんな事を言い始めると、総武高の制服に無理やり体を詰め込んだような小太り体型、銀縁の眼鏡をかけた彼は急にオロオロし始めた。
「いや、け、警察とかそんな……」
たまたまその時入り口の近くにいた絢香が、距離を保ったままで、
「……あのー、な、何かご用ですか?」
おっかなびっくり、という感じでそう尋ねた。
すると、
「わ、我は八幡の前世からの盟友にして剣豪……」
ボソボソと言いかけたところで、周りの視線が更に厳しくなるのを感じたらしく、彼は一度言葉を切り、口調を変えて言い直す。
「あ、その……わ、僕は比企谷くんの友達の材木座という者です。本日はイベントのお手伝いをという話でですね…………」
彼の声がどんどんとしぼんでいき、聞き取れなくなりそうになったところで、
「ふう~~、疲れたぁ。……あ、材木座くん、どこに運ぶかもう聞いた?」
やはり両肩でクーラーボックスを担いだ、ジャージ姿の爽やかスポーツ女子……にしか見えない戸塚さんが、自動ドアを開いてエントランスに入ってきた。
「と、戸塚氏~」
「? どうしたの材木座くん。……って、あれ? 八幡は?」
「そ、それが……」
材木座さん? が情けない声を出す。
そこで戸塚さんが私に気付いた。
「あ、鶴見さん! 久しぶり~。僕たち学校から、八幡に頼まれたもの運んで来たんだけど……。エントランスで待ってるからって」
なるほど、中身はきっとケーキとクッキーの生地だ。……そういえば八幡が、昨日一日がかりで総武高の調理室で仕込みをやったとか言ってた。
ちなみに、昨日は祝日で、別のイベントがあったためここの調理室は使えなかったらしい。
「こんにちは、戸塚さん。……八幡なら、今隣の保育園に打ち合わせに行ってます。「そんなに時間かかんない」って言ってましたけど……」
私が言い終わる前にエントランスの入口が三度開き、八幡と一色会長さんが並んで入って来た。一色さんは、八幡と二言三言言葉を交わすと、戸塚さんにペコリとお辞儀だけしてそのまま早足で二階に上がっていった。
「おお、もう着いてたか。遅くなってスマン。……その、悪いな戸塚、こんなこと頼んじまって」
「何言ってるのさ、八幡。僕から手伝いたいって言ったんじゃないか」
「まあ、な。でも、重かっただろ。……こんなの、材木座に全部持たせればいいのに」
「ひどいなぁ。それに、そんな事したら僕の仕事が無くなっちゃうよ」
「何を言う! 戸塚は俺の近くで笑っていてくれればそれでいいんだ!」
八幡は拳をぎゅっと握って力強く宣言する。
「あはは。八幡は冗談が上手いなぁ。それに大丈夫。僕、こう見えて体力あるんだよ。ちゃんと運動部の部長やれてるんだから。……それにほら、腕の筋肉だって結構有るんだからね……」
戸塚さんは八幡の手をとると、自分の二の腕の当たりを触らせて、「キラッ」という効果音が聞こえるような顔で爽やかに微笑った。
「お、おう……」
戸塚さんの腕を掴まされた八幡は、遠慮がちにその腕を揉み、何故か頬を赤くしている。
「ね、ね、留美。あの娘やばいんじゃないの? 比企谷さん、すごいデレデレしてるよっ。あっちが本命なんじゃないの?」
絢香が私の肩を掴んで揺さぶるようにしながら言う。あっちが本命って、じゃあどっちが本命じゃないのよ……。でもまあ、あれは勘違いしちゃうよね……。
「あー、大丈夫、って言うのかな? こういう場合。 ……あの人、戸塚さんていうんだけど、男の子だから」
「あのね留美っ、冗談言ってる場合じゃ無いよ。もしかしたら雪ノ下さんたちより強力なライバルが…………」
彼らの様子と私を交互に見ていた絢香が言葉を止めて黙り込む。
「…………マジ?」
「……うん」
「えぇ~~、し、信じらんない。けど、言われてみれば確かに……僕っ娘なんか現実にはそうそう居るもんじゃないし……。でも、これって違う意味でもっとやばいんじゃ……」
なんだか絢香が一人でブツブツいい出した。絢香って、たまにこう、ちょっとおかしくなる時があるなぁ……。
「は、八幡よ」
今まで完全に放置されていたさっきの不審人物、もとい材木座さんがようやく八幡に声をかける。
「ん、なんだ居たのか材木座」
「な、ひどいではないかっ。だいたいお主がエントランスで待っているなどと言うから……、我は今危うく通報されるところだったのだぞ」
八幡は小首を傾げるようにして、
「話が見えん。……留美、こいつなんかやったのか?」
そう私に聞いてくる。
「別に何かってわけじゃないけど……。入ってくるなりおっきな声で、『けんごーなんとか』って名乗ってた」
八幡は額に手を当ててがっくりすると、ゆっくり材木座さんのほうを振り返り、
「なあ、材木座」
「う、うむ」
ジトッと材木座さんを睨んで一呼吸置くと、
「馬鹿か。全部お前が悪い」
「ぐはっっ」
……とどめを刺した。
「まあ、冗談はともかく、材木座もサンキューな。これで全部か?」
「うむ、ボックス4つにどうにか収まった」
「足りない食器なんかは後で平塚先生が届けてくれるって。もし、早めに必要なら、僕がもう一回行ってくるよ」
そう戸塚さんが言うと、
「……いや、うちの演劇は後半だし、食器を使うのは最後の最後だ。先生もイベント開始前には来るって言ってたんだから大丈夫だろ」
そう言って八幡は、戸塚さんと材木座さんが持ってきたクーラーボックスを一個ずつ両肩にかけ、
「じゃあ、二人とも調理室まで頼むわ。ついて来てくれ」
そう言って、二人を連れてエレベーターに向かって行った。
私たちもクリスマスツリー移動の準備を再開する。一度、ツリーの上から三分の一あたりにあるジョイント部分を外し、二つの部分に分けてエレベーターに乗せるのだが、その作業にじゃまになる飾りは一度取り外し、また三階のホールにツリーを設置してからもう一回飾り付ける、という流れになる。
今回のイベントの準備を進めていく中で、私たち小学生が中心になって作り、いつもこのエントランスにあったツリー。それが今日で見納めになる……。
八幡と私で作った雪の結晶の飾りもいくつか外す。そうして、後はホールに運ばれるのを待つばかりとなった。
一部だけ飾りを外された、大きな大きなクリスマスツリーは、枝を垂らしてどこか寂しそうに見えた。
**********
時刻は一時五十三分。
午後の一時にイベントが始まり、もうすぐ一時間が経つ。海浜高のコンサートは二部構成で、前半は海浜高ブラスバンド部と小学生(音楽チーム)のジョイント演奏。話題のコマーシャルの曲や、流行りのドラマの主題歌などを織り交ぜた、みんなが楽しめるようによく考えられた曲ばかりだった。
そして今は後半、プロの弦楽四重奏カルテットによるミニコンサートが行われており、最後の曲が演奏されているところだ。
バイオリンの音色が長くたなびくように響き、余韻を残して曲が終わる。四人の奏者が立ち上がり、そろって会場に向かって一礼をすると、会場からは割れんばかりの拍手。さすがに、プロの演奏は迫力があった。
こんなすごい人達が、忙しい時期にも関わらずこのイベントに出演してくれたのは、なんでも、メンバーのうちの一人が海浜高のOB、正確には、海浜総合高校が三校から統合される前の、その内の一つの高校のOBだからだという話だ。
これで、間もなく海浜高校側のミニコンサートは終わりを迎え、休憩を挟んで、いよいよ総武高の演劇、『賢者の贈り物』の幕が上がる。
さっきまで海浜高のバンドと一緒に演奏していた、私たちの中で「音楽班」とか「音楽チーム」とか呼ばれている子たちも、もう自分たちのテーブルに戻ってきていた。彼らは一様にホッとしたような、けれどとても満足気な表情を浮かべている。
……私たち「演劇チーム」も、舞台が終わったらこういう顔で笑えるように頑張ろう。そして……私は客席最後列右奥のテーブルを見る。そこには、葉山さん・三浦さん・戸部さん・海老名さん……と、知らない男子生徒が二人。すぐ隣のテーブルには、けーちゃんのお姉さんと戸塚さん達が座っている。そういえば、八幡が同じクラスだとか言ってたっけ。
うん。劇が無事に終わったら……。私は、願掛けをするような気持ちである決意を固め、未だアンコールを求める拍手が続く中、劇の準備のためにそっと席から立ち上がった。
**********
『二十ドルだね。それで良ければ買わせてもらうよ』
女主人役の中原さんがデラの髪を一撫でして言った。
……デラが髪を売る場面。『賢者の贈り物』の舞台は今のところ順調に進んできている。――でも、ここからだ。
『その値段で構いません。どうぞ髪を切って下さい』
私がそう言うと、スッと舞台の照明が落ち、幕が降りる。リハーサルで私が失敗した場面……今度は大丈夫、と思っていても全員に緊張が走るのを感じる。
舞台上では幕から光がもれないように小さな明かりが灯され、会場には髪を切る音の演出が流されている。
――一本、二本、三本――髪留めのピンを全て抜き、ロングのウイッグを外す…………。今度はきれいに外れた!
ショートカットのウイッグは、幕が降りると同時に舞台袖から飛び出した絢香が持ってきてくれている。それを素早くかぶり向きを微調整。前のピンは中原さんが、後ろは絢香が留めてくれた。……そしてロングの方のウイッグを抱えた絢香が急いで舞台袖に引っ込む……。時間は?
舞台袖の八幡がこちらに両手を突き出し、九、八、七……と指を折りながら「よし!」と私たちに合図を送るように深く頷く。彼に右手のVサインで合図を返した私は、中原さんと顔を見合わせて笑みを浮かべ、音を立てないようにちょんと小さくハイタッチ。
また一度照明が消され、スルスルと何事もなかったかのように幕が上がる。
『どうだい、短い髪もなかなか似合ってるじゃないかね』
女主人のセリフに一拍遅らせて、私にピンスポットが当たると、会場が大きくざわめく……。反応は上々、やった……大成功だ。
『ほら、約束のお金だよ』
デラは女主人からお金を受け取って礼を言うと、ジムへのプレゼントを探しに街へ飛び出していく……。
舞台は進み、場面はデラがジムの帰りを待っているところへ。
デラである私は姿見の前に立ち、短くなってしまった髪をいじりながら、
『ずいぶんみすぼらしくなっちゃったわね。……ジム、怒ったりしないかしら?』
そう言って大きなため息をつく。
『デラは、ジムが彼女の事を嫌いになってしまったらどうしよう。と、どんどん不安になってきてしまいました。だって、ジムはいつも、彼女の流れるように美しい髪をとても褒めてくれて、一番の自慢のように言ってくれていたんですから』
ナレーションの後、カラン、とドアベルが揺れる音がしてジムが仕事から帰ってくる。
『ただいま。デラ、ねえこれを……』
少し興奮気味に早足で入ってきた「ジム」絢香は、デラの顔を見るなりショックで固まってしまう。……何かを取り出そうとするように懐に手を入れたままで。
『おかえりなさい、あなた。今、お鍋を火に掛けるから、少し座って待っていて』
そう言っても絢香は目を見開いたままピクリとも動かない。……そういえば、彼女は、この「動かない」演技が一番きついって言ってた。
『そんな顔しないで。……髪は、切って、売っちゃったの』
『髪を……切っちゃったって?』
ようやく口を開いたジムは、
『そうよ、だって、どうしてもあなたにプレゼントをしたかったんだもの』
『……髪を……切った……』
絢香は、まるで魂が抜けた人形みたいにおなじような言葉を繰り返す。
私は絢香の目を下から覗き込むようにして訴える。
『お願い、ジム。私のことを嫌いにならないでちょうだい。……髪は短くなってしまったけれど、ちゃんとお洒落もしたし、いつもよりちょっとだけ上等のお肉も用意したのよ。……それにワインだってあるわ』
絢香は、信じられないとでも言うように首を振り、がっくりと俯く。
『お願いよ……ジム。今日はクリスマス・イブなのよ……』
その今にも泣き出しそうなデラの声にハッとして、ジムはデラをぎゅっと抱きしめる。
絢香の肩にもたれかかり、抱きしめてくる彼女の背に私も腕をまわす。
やっぱり、背が高いって言っても、八幡とはずいぶん肩の高さが違うんだな。それになんだか絢香は少し甘い匂いがする。こんな時なのに、練習の時の八幡の胸の暖かさと鼓動を思い出してなんだかドキドキしてきちゃった。
絢香の肩越しに舞台袖の八幡とたまたま目が合ってしまった。彼はなんだかちょっとバツが悪そうにぷいと目をそらす。ふふ……って、いけない。集中、集中。
『ジム?』
おそらく赤くなってしまっているだろう顔でそうセリフを言い、ジムを……絢香の目を見上げる。彼女はそれを見てさらにきつく私を抱きしめる……ちょっときつ過ぎ、絢香痛いってば。
彼女は片方の手を緩めると、懐からプレゼントの箱を取り出し、そっとテーブルの上に置いた。
『デラ、僕のことを勘違いしないでおくれ。 髪型とか化粧とかシャンプーが変わったとか、そんなもので僕のかわいい奥さんを嫌いになったりするもんかい。 でもね、その君へのプレゼントを開けたら、 さっき、しばらくの間どうして僕があんな風におかしかったか解ってくれると思うよ』
ふふ。絢香って演技上手いなぁ……八幡の棒読みとは大違い。デラのことを好きって心がすごく伝わってくる。
私はプレゼントの包みを開く。
『そこには、素晴らしい物が入っていました。もう半年も前にブロードウェイのお店で見つけてからずっと、素敵だなぁ、綺麗だなあと思って、店の前を通る度に眺めていた、高価なべっ甲の飾り櫛のセットだったのです。きっとデラの美しい髪によく似合うことでしょう』
『これって……なんて素敵なの!! 私、すぐに…………』
そう言って私は後頭部に手を回し……唖然としたように動きを止める。
『そこでデラは気付いたのです、その高価で素敵な櫛が飾るはずだった、自慢の美しい髪がもうそこにはないことを』
『あぁ……なんてことなの……』
ナレーションに続き、私はがっくりと項垂れてそのまま座り込む。
『デラ……』
絢香ジムが、座り込んでいる私の肩に背後から両手をのせる。私はのろのろと立ち上がり、櫛を胸にだいたまま、ジムに向き直って気丈に言う。
『ねえ、聞いてジム。……私の髪はとっても早く伸びるのよ!!』
ここ、台本に「ドヤ顔で」って書いてあったのを思い出して、つい笑いそうになってしまった…………。
『……世界中で贈り物をやり取りする人々の中で、この若い二人のような者たちが最も賢い行いをしたのです』
……そして、物語は終りを迎える。私が鍋を火にかけると、スクリーンには美味しそうな肉料理の絵が映し出され、それから舞台もスクリーンもゆっくりとフェードアウトするように真っ暗になっていく。
ナレーションが続ける。
『こういう者こそが最高の賢者と呼ばれるのです』
『……だから、私達から彼ら若い二人に』
『そしてみなさんに、心ばかりの贈り物を』
『『メリー・クリスマス』』
劇の間消されていたクリスマスツリーのライトアップ照明が灯され、暗いホールの中でキラキラと煌く。雪の結晶が綺麗に光っているのを見るとなんだか嬉しくなった。
次に、舞台袖に一筋のスポットライトが当たる。小さな小さなホールケーキの載ったお皿を抱えた可愛らしい天使姿のけーちゃんが、てててっと舞台中央に進み出て、ライトもそれを追いかける。
彼女は、
『めりー・くりすま~す』
と、元気な声で言い、にこぱっ、ととびっきりの笑顔。
その声に合わせてホールの照明が点き、
「「「メリー・クリスマ~ス」」」
八幡と副会長さんがホール横の扉を開くと、ケーキのお皿を胸に抱えた大勢の小さな天使たちが一斉に入ってきて、お年寄りにケーキを配っていく。その可愛らしさにお年寄りたちはもうメロメロだ。
園児たちの後ろから、沢山のケーキやクッキーの小皿、それからガラス製の、花の形をした文鎮のような物が載せられたワゴンがいくつか、小学生と書記さんたちに押されてゆっくりと入ってくる。ちなみにこちらのケーキはきれいにカットされたショートケーキだ。
可愛い天使ちゃんたちは、自分の持っていた分のケーキを配り終えるとワゴンの所にもどり、まだ配っていないお年寄りへ、会場奥の家族や高校生たちの席へ、それから自分たちの席へも、次から次へとケーキやお菓子を届けていく。そのちょこちょこと可愛らしい姿に、会場は何とも言えない幸せな空気に包まれた。
その間に、サンタ帽子をかぶった小学生たちが、ガラスのオブジェをテーブル一つに一つづつセットしていく。
私と絢香と、それからけーちゃんは、舞台が暗転している間に私たちのすぐ横に置かれたテーブルにケーキをのせると、舞台横の階段を降り、キャンドルサービスの準備をする。私と絢香は、銀のトーチ――に見立てた、アルミ箔できれいに巻いた着火マ○――を二人で手をつなぐ用にして持ち、けーちゃんは緑・赤・白のクリスマスカラーの紙紐で編まれた可愛らしいカゴをちょこんと腕にかけた。このカゴの中には金銀ラメ入りの、ドリルみたいな形の、いわゆるクリスマスキャンドルが何本も入っている。
……雪ノ下さんは、保育園の子たちが転んだりした時のことを心配して、ケーキ等はだいぶ余分に作っていたみたいだった。実際、練習の時は張り切りすぎて転んだ子も居たんだけど……。うん。どうやら本番では何事もなく無事にケーキやお菓子を配り終えることが出来たようだ。少しホッとする。
私の視界の端にいた八幡がインカムに何か言うと、ホール全体の明かりが絞られ、少しだけ暗くなった。
「るーちゃん、けーちゃん、行こう」
絢香が小さな声でそう言って一つウインク。
「「うん」」
私たちはゆっくりとお年寄りたちのテーブルを回り始めた。
まず、私たちの前を歩くけーちゃんが、カゴからキャンドルを一本ずつ取り出し、『めり~・くりすま~す』と言いながら、例のガラスのオブジェに開いている穴に差し込んでいく。そう、これはキャンドルスタンド。実は、このスタンドもキャンドルもカゴも、ついでに着火○ンも、ダ○ソーで全部百円。だけど、こう演出されると不思議に豪華なものに見えてくる。
絢香と私は、けーちゃんのセットしたキャンドルに、結婚式の新郎新婦のように二人で一緒に銀のトーチもどきを持ち、やはり『メリー・クリスマス』と声をかけながら順番に火を灯していく。キャンドルに火が灯るとお年寄りたちは本当に嬉しそうに喜んでくれた。
一方、ホールの、ステージから離れたテーブルでは、サンタ帽子をかぶった小学生スタッフたちと保育園の天使たちが私たちと同じようにキャンドルをセットし、順番に火を点けていった……。
そして、全てのキャンドルに火が灯され、私たち三人は再び舞台の上へ。けーちゃんが先程のテーブルの上に置いてある、これ一つだけ取っ手のあるガラスのキャンドルスタンドにろうそくをセットし、それを掲げるように持って私と絢香の方を向く。
私たちがそうっと火をつけると、微かに揺れる炎を見て、けーちゃんは「えへへっ」と笑い、小さい――けれど眩い光を放つキャンドルをそっとケーキの横に置いた。
その瞬間、ホールの照明はさらに暗くなり、沢山の炎が幻想的に揺らめく…………。
そして数秒の間を置き、はっとさせられる程きれいに通る声がホールに響く。一度聞いたら強く印象に残る、雪ノ下さんの涼やかな声。
『大切な人のことを心から思うことが出来る者こそが本当の賢者。……あなたの大切な人は、誰ですか? ……ここにいらっしゃる全ての賢者のみなさんに、メリー・クリスマス』
彼女の凛と透き通った声が、言葉が、みんなの心に染みていく。
メッセージが終わると同時に会場が明るくなり、スピーカーからは「ジングル・ベル」が流れ出す。
私たちは、けーちゃんを真ん中にして三人で手をつなぎ、深々と客席に向かってお辞儀をする。
ワッと、会場からは大きな歓声と沢山の拍手。さっきの、プロの音楽家の人たちにも負けないくらいの拍手をもらえている。
左の舞台袖から中原さんとサンタ帽小学生チーム、右の舞台袖から園児の天使ちゃんたちが舞台に上がってきて、みんなで手をつなぎもう一度深く一礼。……再び会場から大きな拍手が巻き起こる。
―― あなたの大切な人は、誰ですか? ――
歓声と拍手とクリスマスソングに包まれながら、私はさっきの雪ノ下さんの言葉を思い返していた。……大切な……人。
―― 後ろの方のテーブルから大きな拍手を送ってくれているお母さん。
―― 今、一緒に舞台に立ち、一緒に笑ってくれる絢香。
―― なんだか泣きながら拍手してくれてる泉ちゃん……。
―― お年寄りたちに忙しそうにお茶を注いで回っている八幡。……って、そこは私の方を見て、よくやったって頷いてくれるところじゃないの?……ふふ。
つい、その四人にちらちらと目が行ってしまう……。こんな風に、すぐ近くに大切な人が居ると思える自分はきっととても幸せなのだろう。だけど……。
うん……泉ちゃんのことは……大好きなのに、前と同じように笑いたいのに……いつかは元通りに自然に笑える日がくるのかなぁ――もう、半年も経っちゃったよ。ホント、自分の臆病さが嫌になる。
それに、八幡とは――そか、このイベントが終わっちゃったら、もう当たり前みたいには会えなくなっちゃうのか。……やだなぁ。終わりたくないなぁ……。
だったら――だったら、私は…………。
そうして、ゆっくりとステージの幕は下りていった。
ついに演劇本番! ……ですが、このお話的にはつなぎの回かもしれません。留美と八幡があんまり絡まないし。
むしろ次回、アフターの方が色々ありそうです。
クリスマス編も残り1~2話+おまけ、というところまで来ました。次回は、こんなに間を開けずに更新できると思い……ます。……多分。
P.S. この話を書いてて知った衝撃の事実。……デラって金髪ストレートじゃ無かったなのん。
参考にさせていただいた和訳に「滝のような茶色の髪」とあったので、あれ?と思って他の訳や原文まで調べました。……間違ってない……というか、そのまま訳せば、「波打って輝く、まるで滝のように垂れて膝まで届く長さの茶色の髪が、服のように彼女を覆っている」っておいおいスゲーな。
訳し方は色々でしょうが、ブラウンでウエーブがかかっている、というのは間違いないようです。
「常識だろ」と言われたら、返す言葉もありませんが……。
ご意見・ご感想お待ちしています。いやほんとに。一言でも書いてくれたら嬉しいです。
4月1日 誤字修正。いつも報告ありがとうございます。
5月3日 誤字修正。不死蓬莱さん報告ありがとうございます。