今回、ついにあの二人が参戦してきます。
コミュニティーセンターの窓の外には冬独特の澄んだ青空が広がっている。晴れて風が無いせいだろうか、日中はコートが必要ないくらいの暖かさだった。中途半端な飾り付けのままでエントランスの端に置かれている大きなクリスマスツリーは、その大きさ故にか、やけに青々として見えている。
ここに来るのは二日ぶり。昨日は他の行事でセンターのエントランスが使われていたため作業が出来なかったのだ。
私たち小学生は、ある程度人数が揃ったところでツリーの飾りつけの準備を始めていた。高校生たちは、今日は先に会議があるとのことで、ドアをくぐると、私たちに挨拶だけして階段を登り二階の講習室へと向かって行く。時間割の関係だろうか、今現在来ているのは海浜総合の生徒さんたちばかりで、八幡たち総武高の面々はまだ姿を見せていない。
「どうする、もう始めちゃおっか?」
「箱だけ持ってきて準備しておいて……高い所の飾りは高校生来てくれてから、かな」
今日のようにエントランスで作業がある日は、センターの職員さんがこの場所にも暖房を入れてくれるので寒くはない。私たちは一度講習室に行って上着を置き、オーナメントや、私達自身が作った飾りの入ったダンボール箱を持って、またエントランスに戻ってくる。
「あ」
ちょうど玄関口の扉から八幡が入ってくるところだった。いつものようにコンビニ袋を手に下げ、隣には一色会長さん。
「はちま……」
声を掛けようとして、二人の後に続いて入って来る人影に気付いた。
「あら」
あちらは雪ノ下さんが最初に気付いたようだ。
「こんにちは。……鶴見留美さん、だったわよね」
そう言って雪ノ下さんは微笑んだ。なんだか……夏より笑顔が優しくなったような気がする。
「はい。こんにちは。雪ノ下さん、由比ヶ浜さん」
「やっはろ~、留美ちゃん。久しぶり~」
私が返事をすると、隣の由比ヶ浜さんも片手を大きく上げて挨拶してくれ……た?
「? やっは? ろー……?」
聞き間違えかな? 『やっほー?』、『ハロー?』
「由比ヶ浜、日本語で話せ。そんなんじゃ小学生に笑われるぞ」
「ヒッキーひどい。ちゃ、ちゃんと日本語だし!」
八幡に言われ、由比ヶ浜さんはアワアワとしながらも言い返す。……正直どう考えても日本語では無いような……。
「大丈夫よ由比ヶ浜さん」
雪ノ下さんが優しく言う。
「ゆきのん……」
「……宇宙は広いもの。あなたの挨拶を分かってくれる人たちもきっとどこかに居るはずよ」
「フォローの規模が大きすぎる!?」
……あんまり優しくなかった。……でも、本当に仲が良いんだなって事は三人のそばに立っているだけで伝わってくる。これは、夏には感じなかった、三人に漂う和やかな空気感。
「まあ、なんだ。今日からこの二人にも手伝って貰うことになったから。その、よろしくな」
八幡がそう説明し、私たちは改めて挨拶を交わす。
「あ、はい。……よろしくお願いします」
「うん。こちらこそよろしくね~」
「あの男に何かされたら、すぐに私たちに言うのよ」
「おい、そこ。世間の皆様が聞いたら誤解すんだろーが……」
そんなやりとりをしていると、一色さんが時計をみて言う。
「あ、先輩、すいません。そろそろ会議、始まるんで……」
「……おう。じゃあ行くか」
『会議』と聞いて一瞬だけ顔を曇らせた八幡が、他の三人にそう言う。
「留美ちゃんもゴメン。また後でね」
一色さんが最後にそう言い、八幡たち四人は二階への階段を登って行ってしまった。……もう少し、八幡たちと話したかったな……。
四人の姿が見えなくなると、少し遠巻きに私たちの様子を見ていた小学生たちが一斉に寄ってくる。
「ね、鶴見さん。今の人たち誰? すっごいキレイな人たちだね!」
「わたし、見たことある。うちの林間学校に来てくれてた人たちだよね。……鶴見さんと知り合いだったんだぁ」
「林間学校?」
「うちの学校で、夏に千葉村に行った時にさ…………ボランティアで…………」
「へぇー、うちも千葉村行ったけど、ボランティアとか無かったなー」
そんな雑談をしながら作業を進めていく。これだって、あと二日もすれば終わってしまう。今日こそイベントの内容が決まれば良いけど……。
一時間ほどして、今日の会議は終わったらしい。高校生たちの何人かがこちらに降りてきて作業を手伝ってくれる。
少し遅れて、八幡たちも降りてきた。みんな、すごく疲れたような顔をしてはいる。けれど、八幡の顔はどこか今までとは違い、俯いたまま溜息をついたりはしない。雪ノ下さん、由比ヶ浜さんと小声で言葉を交わしながら、次の
「八幡、」
駆け寄って声をかけると、
「あ、留美。悪い、俺たちこれからちょっとうちの学校行ってくるから」
「学校って、……総武に?」
「おう。ま、ちょっと相談があってな」
そう言い、皆少し早足でセンターを出て行く。……八幡、雪ノ下さん、由比ヶ浜さん。三人が本当に自然に、横に並ぶのが当たり前のように歩いて行く後ろ姿を見ていると……何故か胸の奥がもやもやする。
何故か、なんて、理由はもう何となくわかってる。私にとって八幡は、林間学校の時から「特別」な人だけど、私は別に八幡の「特別」ってわけじゃないから。
八幡にとっての「特別」は、きっと雪ノ下さんと由比ヶ浜さんだ。……うん、三人のこの様子を見てれば誰にだってわかる……お互いがお互いを「特別」に想っている、三角形の閉じた世界。……そこに私なんかが入る隙間は見つけられなくて……。
ふと、隣を見ると、一色さんが前を歩く三人に、はっとさせるような切ない視線を向けているのに気が付いた。……もしかすると、私も今彼女と同じ表情をしていたのかもしれない。
一色さんは一度
「せんぱ~い、待って下さーい。置いてくなんてひどいですよぅ」
「おう、あんまりあざとすぎて、うっかり忘れてたわ」
「あざとくないですっ。……だいたい、あざといから忘れるとか意味わかりません! ホント、私の扱いがひどすぎませんかぁ」
「あはは。ごめんねいろはちゃん…………」
「…………」
八幡たちに追いつき、並んで歩いて行く一色さん。……ただ見送るだけの私……。
その日、結局八幡たちは、私たち小学生が帰される時間までにはセンターに戻って来なかった。
**********
土日の休みを挟み、月曜日。先週までは土・日・月は、小学生の作業はお休みだったのだが、今週と来週は、コミュニティーセンターの利用が多い日曜日以外は作業が出来るようになったとの事。
私が着いた時にはもう高校生たちの会議が始まっていて、私はまだ八幡の顔も見れていない……。
「鶴見さ~ん、この星、どっち向きにしよっかー」
少しぼうっとしていたようだ。気付くと、頭の上から声がする。見上げると、綾瀬さんが手すり付きの脚立の上で、きらきらとミラーボールのように光る大きな星型の飾りを抱えている。これは、クリスマスツリーの一番上に、ペンにキャップを被せるようにして取り付ける物だ。これを取り付ければいよいよ飾り付けも完成だ。
ツリーはステージを降りた所、右端の方に置く予定だから……。
「正面から見て、一番きれいに見えるのってどの向きかな?」
近くで作業している子達に聞くと、
「こっちじゃない?」
「この向きも綺麗に見えるよ」
と、意見はバラバラ。みんなでツリーの周りをぐるぐる回って、一番左右のバランスが良く見える向きがいいと言うことになった。
私はその方向から綾瀬さんを見上げ、
「こっちが正面になるように取り付けてー」
と声を掛ける。綾瀬さんは、星を一度くるんとひっくり返して表裏を確認すると、両手で慎重に星を被せていった。……少しだけ角度を調整して、ゆっくりと手を離す。
――完成。その場にいるみんなから、自然に拍手が湧き上がる。
「一度ライト当てて見ようか」
作業を手伝ってくれていたセンターの職員さんが、下から当てるタイプの投光器をセットしてくれる。イベント本番でもこれでライトアップするらしい。
「じゃあいくよ。……スイッチ・オン!」
ワッと歓声が上がる。……すごく綺麗……。私と八幡で作った雪の結晶も、キラキラと白銀色の粒のような光を反射して、折り紙とは思えないくらい……。思わず見惚れてしまった。……小学生みんなに広がる、なんとも言えない満足感。ちょっと目をうるうるさせている女の子もいる。
ずっと見ていたい位だったけど、残念ながらライトは数分で消されてしまった。八幡たち高校生にも見てほしかったな……。
私たち小学生は、ツリーが完成してちょうど区切りが良いので今日の作業は終わりにしよう、という事になった。
みんなで道具なんかの片付けをしていると、二階から総武高の書記さんが降りてくる。
「お疲れ様ー。……ツリー、すごくきれいだねぇ」
「さっき、ライトアップして、もっともっとキレイだったんですよ」
誰かが言うと、彼女は、
「ほんと? 私も見たかったなぁ」
そう言って少し残念そうに笑う。
「あ、鶴見さんもお疲れ様。……ね、会議、ようやく決まったよ」
ホッとしたような顔をして私に言う。
「やっとですか……」
「会長と……それに雪ノ下先輩と比企谷先輩がすごく頑張ってくれてね……。具体的な話は明日になるけど、一応、うちは演劇、海浜さんはコンサートをやることになったの」
「雪ノ下さんと、八幡……」
「……うん。あの人達、本当にすごいね。それに、由比ヶ浜先輩も。高校ごとに別れてやるって事になった時、なんだか雰囲気悪くなっちゃったんだけど、それも由比ヶ浜先輩がうまくまとめてくれて……。私生徒会なのに、あんまり役に立たなかったなぁ……」
「そんなこと……」
でも、やっぱりあの三人……か。そうだ、会議終わってるなら、様子見に行こうかな。……少しだけでも何か話したいし。
帰り支度をしているみんなに「お疲れ様」と声をかけ、二階の講習室へと向かう。
「……ほんと、雰囲気最悪ですよー。このイベント無くなるかと思ったじゃないですか~」
講習室のドアからそっと中を覗くと、何故か八幡と雪ノ下さんが一色さんに怒られていた。一色さんはぷくっと頬を膨らませ、眉をひそめてかなりのお怒りモードだ。
あれっ、書記さんは、「二人が頑張ったおかげで会議が終わった」みたいなこと言ってたはずなんだけどな……。
「私は、間違ったことを言ったつもりは無いけれど」
雪ノ下さんがそう言って拗ねたように目をそらすと、一色さんはちょっと頭にきたらしく、少しだけ声を荒げる。
「正論かもしれないですけど、もっと空気を読むっていうか、こう、いろいろあるじゃないですかー」
言われた雪ノ下さんは、ちょっとだけ八幡の方を向いて、
「その男に空気を読め、なんて言っても無駄よ。部室でも文字列しか読んでいないし」
八幡からは見えないかもしれないが、少しいたずらっぽい表情でそう言う。
「生憎だが俺クラスの読書家ともなれば、きっちり行間を読むぐらいのことはする。……だいたい、今怒られてたのお前じゃないの?」
雪ノ下さんは不思議そうに小首を傾げ、
「一色さんは、今正論だと認めたじゃない。だったら怒られる
「あー、それそれ、そういうとこ怒られてんだよ。ちゃんと人の話聞け、話」
まるで喧嘩しているようなやりとりだけれど、その声音はとても穏やかで……。会議が決着して、八幡がどれだけホッとしているのかが伝わってくる。
「あのー、私の話聞いてますかー。二人に言ってるんですよー。二人に!」
「ま、まぁまぁ、丸く収まったんだし……その、イベントも無くならなかったんだし、良かったじゃん。ね?」
一色さんの怒りを由比ヶ浜さんがとりなし、八幡たちの方に視線を送る。すると、八幡と雪ノ下さんは一瞬目を合わせ、すぐにぷい、と二人、反対方向にそっぽを向いてしまった。由比ヶ浜さんはそんな二人を見て「あはは」と苦笑いしながら頬をコリコリと掻いている……。
――私のほうが……先、だったのにな……――
八幡とは年齢も違うし、当たり前だけど学校も違う。あの二人と違って、いつでも一緒に居られるわけじゃ無いのはわかってる。……でも、このクリスマスイベントに限っては、私のほうが先に八幡と一緒に居て……。たくさん話をして、一緒に飾り作りをして、それに二人だけで私の作った鶏の揚げ焼きも食べて……。
――それでも、どこか追い詰められていたような八幡を助けたのは――
……あーあ。結局、あの二人、かぁ……。
八幡も雪ノ下さんも、別に優しい言葉なんか言わないし、態度もなんだかそっけない。けれど、会話の
だから、これはきっと三人にとっては普通のこと。……なのに私は、「ずるい」と思ってしまう。雪ノ下さんのことも由比ヶ浜さんのことも嫌いじゃないのに、感謝だってしてるのに、……後から参加してきて、当たり前のように八幡の隣にいる二人を、「ずるい」「羨ましい」と思ってしまう……。
やだなぁ……。何より、そんなことを考えてしまう自分が本当に嫌だ。
私は彼らに声をかけるきっかけが掴めず、そのまま踵を返して講習室を後にした。
あの二人が来てから、あんまり八幡と話せてないな……。そんな事を思いながらの帰り道。風も無く、先週よりは随分と暖かいはずなのに……クリスマスのイルミネーションで鮮やかに彩られた街の風景は、しかしひどく寒々しく感じられた。
**********
翌日。
私は今、講習室の隅っこで、天使の羽根、というか、翼を作っている。
工作用の白くて薄いダンボールを、翼・背中部分・翼、が繋がった形に切り抜き、翼部分に淡い青色のペンで羽根の模様を描く。それから翼部分を背中のほうに折り曲げ、背中部分に幅の広いゴム紐を輪のように二つ取り付け、ランドセルみたいに背中に背負えるようにして完成。
ただ、このゴム紐、針と糸で取り付ける、というのが少し面倒くさい。ホチキスや安全ピンだと、保育園児に付けさせるには怪我が心配、ということらしい。
それでまあ、そのゴム紐をつける作業は裁縫にある程度慣れていないと少し難しい、ということで、他の子の作った翼も、全部ではないけれど結構たくさん私の所へ回ってくる。結果として、私の目の前にはかなりの数の「ダンボールでできた翼」が積み上がっている、という状況になってしまった。
他の子たちは天使の輪を作ったり、会場の飾り付けの足りない部分を作ったりしている。
今、高校生たちがそれぞれの高校の席に集まって細かい内容を決めているところなので、その内容次第で、その後の作業は変わってくるのだろう。
しばらく一人で作業を進めていると、総武高の方の話は終わったのか、八幡がやって来た。この前と同じように私の隣に座ると、私の作業を見ながら裁縫箱の方に手を伸ばしてきた。
ああ、やっぱり手伝ってくれるつもりなんだな……。でも、
「八幡、いい。いらない」
ふーんだ。雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが来てから、ずっと、ずーっとべったりで、私の事なんかかまってくれなかったくせに……。
「一人でできる」
私が八幡の顔も見ずにそう言うと、
「いや、できるつってもお前……」
だって、結構寂しかったんだから。簡単には
「いい」
そう言って私は首を振る。
「……そうか、一人でできる、か」
八幡はそう言うと、がたんと椅子を引いて立ち上がった。
あ……。思わず八幡を見上げる。……言い過ぎちゃったかな、また向こうに行っちゃうのかな……。引っ込みがつかない私は、何も言えないまま下を向くだけ……。
すると八幡は、ちょっと大袈裟に胸を張り、トントンと自分の胸の真ん中あたりをたたく。
「でもな、俺のほうがもっと一人でできる」
そう言って「にぃっ」と笑った。
ぷ、何カッコつけてんの?
「……なにそれ、……ばっかみたい」
わたしと八幡は顔を見合わせて笑ってしまった。
もう一度座り直した八幡は、裁縫箱から針と糸を取り出す。もう、私も止めない。
二人して針仕事。意外なことに、と言ったら失礼かもしれないけれど、八幡は結構上手に縫い針を使う。ダンボールに糸を通す時も中指にはめた指ぬきを器用に使っているし。男の人って、あんまりこういう事しないものだと思ってたけど……。
ふふ。やっぱり八幡は私に優しい。……だけど、それはどこか、「外に向けた」優しさで、彼が雪ノ下さんや由比ヶ浜さんに見せる、遠慮のない優しさとは違っている。
優しくされるのは嬉しいけれど、同時にその優しさの
……だって、八幡が、彼女たちと並んで歩む世界を見せつけられると、「私もそこに行きたい」という、叶うはずのない願いを抱いてしまうから……。
「八幡」
「ん?」
「……良かったね。……その、雪ノ下さんたち、来てくれて」
「おう。まあ今回は特に……あいつらには感謝してる。……それから、留美にもな」
「え、私? 何で?」
「まあアレだ……お前と、あと平塚先生にも随分と心配かけてな。それで、色々と背中を押してもらったというか、」
「八幡……」
「その、唐揚げも旨かったしな。……だからその、あんがと、な」
そう言って八幡は私の方に手を伸ばし、軽くクシャッとするように私の頭を撫でてくれる。
もう……。一番ずるいのは八幡だ。私、さっきまで結構本気で拗ねてたのに。この何日か、雪ノ下さんや由比ヶ浜さんのことでずっともやもやしてたのに。……これだけで、この、八幡の手の暖かさだけで、私の中の嫌な感情がゆっくりと溶けていく。
だからいいや。「特別」じゃないかもしれないけど、でも、八幡の中には私の場所がちゃんとある……そう、触れている手の温もりが伝えてくるから。
私を撫でていた八幡の手の動きが止まる。どうしたんだろう……。八幡の方を見上げると、彼は私をじっと見て何かを考えているみたいだった。
「どうしたの、八幡?」
すると八幡は私が思ってもみなかったことを口にする。
「なあ、留美。 ……お前、うちの演劇出てみないか?」
留美のヤキモチ回。
留美は、八幡にとって十分「特別」だと思うんですが……。まあ、現時点であの二人と比べるのは無理がありますね。なにしろ時系列的に、『本物』の直後なわけですから、そりゃあ絆も堅いってもんですよ。
原作・アニメでは、会議が決着するまでがメイン、後はエピローグのような扱いでしたが、留美にとってのイベントはこれからが本番です。
ご意見・ご感想お待ちしています。 では、また次回。
2月3日 誤字等細部修正
2月22日 誤字修正 報告ありがとうございます
5月3日 誤字修正。不死蓬莱さん報告ありがとうございます。