そして、鶴見留美は   作:さすらいガードマン

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原作とは少しだけ違う世界。 留美視点で開幕です。


そして、鶴見留美は彼と出逢う 前編

 何がいけなかったんだろう、どうしてこんな事になっているんだろう……。

 

 気が付くと、私は一人だった。クラスの友人たちの中で孤立していた。

 千葉村(ちばむら)へと向かうバスの中、窓の外を流れていく、高速道路の単調な景色を、私は一人誰とも口を利かずにぼんやりと眺めているだけ。

 

 千葉村というのは、群馬県のみなかみ温泉から程近い所にある千葉市民のための保養施設で、正式な名称は「高原千葉村」という。

 私の学校では毎年六年生が夏休みのこの時期、いわゆる林間学校としてここを訪れるのが恒例となっている。この林間学校という行事自体は強制参加ではないんだけど、参加費も安く、六年生の各クラス担任らが全員引率に参加するということもあって、特別な用事のない限りほとんどの子が参加する。今年も全員参加との事だ。

 

 六年一組から三組まで、それぞれ三十人余りがクラスごと三台の大型バスに分乗。ここに、担任、副担任、校長先生、養護の先生等が別れて乗り込み、総数は百人を超える。

 

 五十人乗りの大型バスの座席にはかなり余裕がある。私は、少し疲れたふりをして自分の席を離れ、バス後方の窓際の席に一人でぽつんと座っていた。

 

 

 

 これは罰なのかな。あの日、あの子に声をかけてあげられなかったから、私は今、罰を受けているのかな……どうしてもそんな風に思ってしまう。

 

 五月の連休を過ぎた頃、だと思う。いつの間にか、クラスの女子の中心メンバーによる「その子」へのハブり行為が始まっていた。話しかけられても無視し、あからさまにその子に分かるように内緒話をしてはクスクスと嘲笑う。先生の見ている所では普通に話しているような振りをする。

 珍しい事じゃない。今までだって何度もあった。些細なことがきっかけでいつの間にか誰かがハブにされ、暫くするといつの間にか終わり、別の誰かにターゲットが移る。

 

 いつも、こういうの嫌だな、と思ってはいた。思っていたけれど、何もできなかった。しなかった。可哀想だけど、自然に終わるのを待つしか無い。そう、無理やり思い込もうとしていた。でも、この時の私は、どうしてもそう思い切る事ができなかった。

 

 だって、その子―― 「藤沢 泉(ふじさわ いずみ)」――泉ちゃんと私は……

 

 

 ザザッ、というようなノイズがバスの中に響き、私の思考を途切れさせる。

 ガイドさんがマイクのスイッチを入れたようだ。気が付くと、バスはいつの間にか高速道路を降りて一般道を走っている。木々の緑は深く、遠くには高い山。その山上に広がる空は澄んで青い。東京湾にほど近い都市部に暮らす私たちにとってはそれだけでも非日常の光景だ。

 

「皆さん、長らくのご乗車、お疲れ様でした。当バスはあと10分少々で本日の目的地、『高原千葉村』に到着します。駐車場にバスが停まりましたら、忘れ物の無いよう、慌てずに……」

 ガイドさんの決まりきった注意のあと、担任の桜井先生から、一度荷物を建物の中に置いてから玄関前の「集いの広場」に集合すること、そこでこの後の説明を受けた後、そのままオリエンテーリング開始になるので、林間学校のしおりや飲み物などの手荷物は持ってくること、集合時間は九時半であること、などの連絡事項が伝えられる。

 

 程なくバスは千葉村の駐車場に到着した。日差しは強いが、高原で、また、時刻も午前九時過ぎ、とやや早いこともあってか、八月とは言えそこまでの暑さは感じない。

 クラスメイト達はバスの運転手さんから順番に荷物を出してもらうと、友達同士で大騒ぎしながら少し離れた本館という建物へと向かう。

 

 

 私はこういう時も一人。気まずそうにちらちらとこっちを見てくる子も何人かいるけど、……周りの目を気にしてか、話しかけてはこない。仁美と由香が、こっちをちらっと見て、クスクスと嘲笑った様な気がした。

 

 胸の奥が鈍く痛む。学校で一人でいるのはもう大分慣れたし、元々一人でいる時間は嫌いじゃない。ただ、こういうイベント時にひとり、っていうのはやっぱりきつい。夏休みに入って、仁美達と顔を合わせることが無くなり、正直少しほっとしていたところで、本音を言えば林間学校にも来たくなかった。仮病を使って休んでしまおうかとも考えた。

 でも、そんな事をしたらお母さん達が心配する。ただでさえ、「今年はお友達と遊びに行かないの?」なんて聞かれてる。「受験する子がいたりして、今年はみんな忙しいみたい」とか言ってごまかしてるけど。……受験する子がいるってのも嘘じゃないし。

 

 それに……もしかしたら、もしかしたらだけど、

 

――休みを挟んだことで自然と状況が変わって、みんな夏休み前の事なんか忘れたみたいに普通に話せるんじゃないかな――

 

 なんて期待も、少しだけ、ほんの少しだけしていたんだ。

 

 だけど仁美たちの私に対する態度は相変わらずで、他のグループの子達の、わたしに対する距離は前よりも開いてしまった感じさえある。

 ただ、彼らからの悪意はあまり感じない。なんというか、「あまり関わりたくない」とか、「どの程度なら私と話しても自分が浮かないのか、距離感をつかめないでいる」みたいな感じ。

 仁美たちだって、最低限必要なことは普通に話しかけてくるし、話しかければ無視まではしない。連絡事項なんかの必要な話ならば普通に聞く。ただ、()()()()()。それ以外の話をしようとすると、他の子が勝手に違う話を始めて、まるでそこに「鶴見留美」が居ないかのように話が進む。私を、嘲笑う様な顔でチラチラ見て彼女たち同士で笑い合う。いたたまれなくなった私は、うつむいて一人距離を置く。その繰り返し。

 なんというか、私にとってはタイミングも悪かったと思う。この、「いじめのようなもの」のターゲットが私に移るのが、せめてこの林間学校の班決めよりも前であったなら、間違っても仁美たちと同じ班にはならなかっただろうから。

 

 

 

 ふと気が付くと、みんなから少し遅れて歩いている私を、立ち止まって待っている女の子がいる。

 

 ――泉ちゃん――

 目が合うと、彼女は落ち着き無く周りをキョロキョロと不安げに見回す。きっと、私に話しかける所を誰かに見咎められないか気にしているのだろう。

 

「……ぁ……留美ちゃ……」

 

 それでも私に声をかけてくれようとしている泉ちゃんを、小さく首を振って、大丈夫だからと目で制する。今私にかまったら、泉ちゃんがまた標的にされてしまうかもしれない。

 それに、私は()()()、泉ちゃんを見捨てた。その場の空気を読んだつもりになって、彼女を見捨てたんだ。きっと、他の子が無視されている時もそうだったんだろう。

「こんなの、すぐに終わる」そう言い訳して、みんなを見捨ててきたんだ。

 

 今更、自分だけ助けてもらうなんて……できないよ。

 

 だから、今はいい。私はまだ大丈夫。そう自分に言い聞かせて――言い訳して――足を動かす。

 

 集合場所である「集いの広場」には、屋根のない、けれどそれなりに大きな石造りのステージがあり、その正面に広い芝生のスペースが広がっている。

 その芝生の部分に、各班ごとにまとまって座り、全員の準備が出来るのを待っているのだが……。

 すごくうるさい。もう九時半を過ぎているのにみんな大声で好き勝手に話をしているし、向こうのクラスの男子なんかまだ走り回っている。ほんと馬っ鹿みたい。

 

 もう先生方はステージの上に並んでいるが、まだ何も言わずに私達を見ている。ステージの真ん中に立っている学年主任の小山先生はじっと腕時計を見ている。私の班の仁美たちもステージの様子には気づかずに話に夢中だ。

 そのうち先生方の様子にみんなが気づきはじめて、少しずつ静かになっていく。仁美達はまだ気づかない。仕方なく声をかける。

「仁美、ねえ仁美っ」

 トントンっと軽く肩をつつく。

 

「え、鶴見(・・)。……なんなの」

 

 冷たい声。由香や森ちゃんたちも珍しいものでも見るようにこっちを振り向く。

 私は無言でステージを指差す。それで始めて周りの様子に気付いた仁美達は、あわてて正面を向いて静かにする。

 『鶴見』……か、仲良くしてた頃は、『留美』『留美ちゃん』と呼んでくれていたクラスメイト達が、『鶴見』『鶴見さん』と呼び方を変えた。

 幼稚だ。馬鹿みたいだ。下らない。そう思う。思うけど、……でも、心が折れそうになる。惨めになる。

 

「はい、みんなが静かになるまでに三分かかりました」

 

 みんながようやく静かになると、小山先生のお説教が始まった……。

 

 

 

 お説教の後はこの施設の説明。それからこの後についての話。天候もいいので、当初の予定通りで、これからすぐオリエンテーリングにスタートし、ゴールした先で配られたお弁当で昼食。その後、自由時間と屋外レクリエーション。それから飯盒炊爨で班ごとにカレーライスを作って、それが早めの夕食、片付けの後、本館に戻って入浴、就寝という流れになる。

 

 

「では最後に、みなさんのお手伝いをしてくれる、お兄さんお姉さんを紹介します。まずは挨拶をしましょう。よろしくお願いします」

 

 先生に続いて生徒みんなで

 

「「よろしくおねがいしまーす」」

 

 と、お決まりのあいさつ。

 

 すると、段の端に並んでいた十人位の、高校生ぐらいの人たちが一斉に前に出て横に並んだ。先頭で出てきた、いかにもリーダーって感じの人が、更に一歩前に出て挨拶を始めた。

 

「これから三日間みんなのお手伝いをします。何かあったらいつでもぼくたちに言ってください。この林間学校で素敵な思い出をたくさん作っていってくださいね。よろしくお願いします」

 

 拍手が巻き起こる。女子たちはみんなキャーキャー言っている。挨拶をした高校生は、なんというか文句無しにイケメンだ。髪を明るい色に染めているものの、不良っぽくない清潔な印象を受ける。女子が騒ぐのも当然だろう。

 それに、彼だけでなく――

 

「あの髪の長い人すっげー美人じゃん」

「てゆーかきれいな人ばっかりじゃん。テンション上がってきた!」

「さっき挨拶したのって、総武高サッカー部の葉山さんじゃん!こないだチバテレビに出てた」

「あ、じゃああっちが戸部さんかー。あの二人で地区の得点ランキング一位二位なんだぜ、っすげーよなー」

「もう一人の男の人もカッコイイ……けど……あれ? なんか目が……寝不足?」

 

 どうやらボランティアらしい高校生たちは、それで選んだんじゃないかってくらい全員が美男美女だった。

 男子が三人。さっき挨拶してた葉山?っていう人。それから長髪のちょっとチャラそうだけどワイルドって感じでなかなかにハンサムな人。もう一人、背も高いし、整った顔立ちの一見文学青年って感じの人、なんだけど、ただ、この人の目が……ドヨンとしてて……。さっき誰かも言ってたけど、もしかして三日間ぐらい徹夜でもしてるのかもしれない。なんか疲れてるみたいに少し猫背気味だし。

 

 女子は六人。まず目を引くのが長い黒髪の線の細い、超美人。芸能人と言われてもおかしくないどころか、芸能人にもそうはいないレベルに見える。何者?

 それから長い髪を明るい色に染めたちょっと気の強そうな人。すごく綺麗で、スタイルも良い。モデルさんみたい。隣でその人と何か話しているのが、ふわふわの髪をピンクがかったブラウンに染めて、頭の横でお団子ヘアにしてる、こちらはスタイルバツグン()()の可愛らしい人。この人もモデルさんみたいで、二人とも服のセンスが凄く良い。二人が並ぶと本当に人の目を引きつける。

 あと、メガネがよく似合うボブカット、お洒落な麦わら帽子をお腹に抱え、他の人達に比べると少しおとなしそうに見える清楚そうな、文学少女っぽいひと。さっきの、目だけちょっと残念な男子の隣に並んだらちょっと絵になりそう。

 次に、可愛らしい顔で、グリーン系のジャージとクウォーターパンツをボーイッシュに着こなし、髪も短くていかにも運動部女子って感じの人。

 最後の一人は、他の人達に比べると小柄で、少し幼い印象の人。でも、元気いっぱいで、すごく可愛らしい。下級生かな。

 おまけに、その後紹介された総武高の先生が、びっくりする位キレイな女性で、背も高くスタイルも良い。総武高って、なんでこんなにレベル高いの? 進学校だよね?

 

 県立総武高等学校――私の小学校の学区内にあり、公立高校でありながら県内有数の進学校。制服のデザインもすごく可愛くて、ちょっと憧れる。ただ、通学途中ですれ違う生徒さん達は、あそこまで美形さんばかりでは無かったような気がするんだけど…………?

 

 

 そんな風に、自分の置かれている状況をしばし忘れて高校生たちを観察していると……、

 

「それではみなさん、立ってくださーい。忘れ物はありませんかー?」

 

 係の先生ががメガホンマイク片手に声をあげる。

 

「では、オリエンテーリング、スタート!」

 

 

 

 

 




林間学校編、そして物語全体のプロローグ。
留美が八幡と出逢う直前までのお話でした。

留美から見た八幡たちの感想は、文章的には不要かな、とも思ったのですが、まあ、原作読者さん向け、ということで。


さて、次回、いよいよ留美と八幡が出会います。

10月29日 一部修正しました。
同    誤字修正しました。

5月12日 誤字(仮名遣い)修正 報告ありがとうございます。

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