深雪が予想以上に可愛いのが悪いのじゃぁ!
午後八時、遠征から帰投した俺と深雪は執務室で山本に遠征結果を報告していた。
まあ練習航海で会敵も無かったので言うほど報告することがある訳でもないんだけど。
そんなこんなで仕事の報告は終えたので本題に移るとしましょう。
「ねぇ司令官、少し聞きたい事があるんだけど良いかい?」
「おー、どうした響ぃ?」
「明日の休みに合わせて今から外出許可を貰う事って可能だったりするのかい?」
「外出許可?あ、ははぁ~ん……」
俺の一言で山本は何かに気付いたらしく顎に手を当ててニヤリとしながらこっちを見ている。
別に悟られないようにしていたつもりはないから山本のノリに水を差すつもりは無いが普通に表情がムカつくので正直殴りたい。
そんな俺の苦悩もいざ知らず、山本は突然こっちを指さすと突拍子もない事を言い出した。
「なぁんだっ!デートがしたかったのなら素直に言ってくれればいいのにー」
「…………は?」
「いやいや、照れ屋さんなのは解るけど俺じゃなかったらそのアプローチは気付けなかったよー?」
んん……?こいつは一体何を言ってるんだっ!?
俺は外出許可を取ろうとしただけなのに何がどうしたらデートのお誘いになるんだ……
「司令官、私はただ──」
「分かってる分かってる!外出許可もデートコースもこの山本徹に任せなっ!」
……よし、殴ろう。
覚悟を決めた次の瞬間っ、
「……ぐふっ……良い……」
「落ち着いたかい?それとその発言は良くないと思うよ」
「すまん……取り乱しすぎた。さて、外出許可……だっけ?」
「そうなんだ、可能かな?」
「そのことなら心配しなくていい。有事に備えて鎮守府付近のみだけど休暇と共に前もって取ってある」
そういって山本はファイルから申請書を取り出した。
その申請書を見ると申請日には半月ほど前の日付が書かれていた。
「おぉーっ!やるじゃん司令官!」
「お!深雪もそう思うか?」
「ありがとう司令官、もう少し早く見せて貰えていたら司令官を殴らずに済んだかな」
「それは誠にかたじけない……」
「冗談さ。スパスィーバ、司令官」
項垂れる山本の頭に手を置いてそっと呟き、手を放して深雪を連れるとその場を後にした。
普段ならこんな事絶対にしないだろう。だが、急ぎの任務が終わり二連休となり更に付近だけとはいえ外出が出来るのだから少しくらいしないような事をしたって罰は当たらん筈だ。
まあ問題があるとすればあの申請書の中に当然ながらザラと龍田の名前が無かったことだろうか。
二人の対応は…………きっと山本が上手くやってくれるだろう(投槍
俺は電ちゃんを呼んで三人でショッピングに行くという使命に帯びているんだっ、アディオスッ!!
──翌日、朝七時──
「「……………………」」
罰は当たらんとか言った奴出てこいっ!あ、俺ですねええ当たりましたとも罰。
流石に私もこんな事になるなんて思わなかったんですよ。
電ちゃんは那珂ちゃんと一緒に行動するからと断られたのはまだいいとしよう。
先約だったんでしょうし?内面も同性同士の方が気が楽ですし仕方ないですよ。
ただ、ねぇ…………
「おー響に深雪、おっはよーさん!」
「響ぃーっ!深雪ぃーっ!俺と一緒に
「響ちゃ〜ん、お~はよ〜?」
「……龍田お姉様に近付かないでっ」
「これは…………」
山本と
だが何故ザラと龍田さんまで待ってるんですかねぇ?
ザラの視線が死ぬ程痛いんでお二人で行って頂きたいのですが。
「響
当然俺以外は気付いていない、だがあれはただの嫌味や囃し立てでないのだ。
隣でモジモジしてる深雪は確かに可愛いが返事を間違えてはいけない。
そして浮気もしてはいけない。
「ははは、皆で出掛けるのも吝かでは無いさ」
龍田に心臓を握られてる以上、本心を出す訳にも行かないが余り強く否定しては深雪に失礼だし。
みんな仲良くの精神でやるしかないのだ。
二人で出掛けられる方法は無かったのかって?
そんなものが有ったら教えろくださいってんだははははは…………はぁ、誰か助けて。
「そ〜お?それなら行きましょうねぇ〜」
こうして俺の休まりそうに無い休みが始まりを告げたのであった。
「二人とも俺の肩に乗るかい?」
「乗らない」
意気揚々としゃがみこむ
何故か山本が勝ち誇っているが別に深い意味がある訳では無い。
単純に聞きたい事があったのとあの四人の中で一番安全だからである。
本当なら深雪と二人で歩きたい所だがそれだと
俺はあったかも知れない未来に頭痛を覚えながらも山本に一つ尋ねる事にした。
「ねぇ司令官。今日のこれは司令官が企画したのかい?」
「ん?これって?」
「四人が門の前に待っていた事だよ」
「あ〜……実はあの後な、直接聞きに来た響達と那珂ちゃん達以外を呼んで外出に関して同じ説明をしたんだがな?その時龍田に響はどうしたかと聞かれたからそれに答えたらこうなったわけだ!」
山本は胸を張ってそう言った。
それにしても
龍田は何故俺がいない事を気にして更にこうして待ち伏せていたのかも何もかも不明だ。
まさかザラを使って俺を精神的に追い詰めようとっ!?
……ってそんな馬鹿な……だったら俺の秘密を暴露した方が効果的だ。
というかそれやられたら海に身投げするか鎮守府を脱走するかもしれない。
まあ、あの龍田に限ってそんな事は無いだろうし今は気にせずこの休日を皆で楽しむとしよう。
と気持ちを切り替え向かったのは付近で一番栄えている商店街。
……の筈なのだが店の殆どがシャッターを閉じていて栄えてる様子など微塵も感じられない。
「随分と静かな所ね〜」
「ま、まだ八時過ぎだしこんなもんだろう」
山本の一言ではっと気付いた。
商店街はおろか大抵の店は開店前のこんな時間から出発するなんて俺は一体何を考えていたんだろうか……。
自分の失態を一人恥じていると山本が何かを見つけたらしく皆を呼び寄せた。
「まだ時間も早いしあそこの珈琲屋で時間でも潰して行こーぜ」
山本が見つけたのはド〇ールやス〇バの様なチェーン店では無いが落ち着いた雰囲気が印象深い個人経営の店舗であった。
「珈琲屋ねぇ……入った事ねぇな」
「俺もチェーン店とかしか入った事無いから興味があるんだよ」
「中々お洒落なお店でいいじゃな〜い?」
「お姉様が入るのならっ!」
山本達をよそに俺は深雪に意見を伺ってみる。
「深雪はどうだい?珈琲は嫌いかい?ケーキもあるかも知れないけど」
「こーひー?けーき?」
おっと、なんだこの小首を傾げる可愛らしい生き物は?
反射的に頭の方に手が伸びてしまう所だった。
べ、別にこれは浮気じゃないんですからねっ!
っと、それよりもどうやら深雪は珈琲もケーキも何なのか知らないらしい。
俺も知らない風に装うべきだったか?
うーん、こうして考えると別人を演じてる方が楽だったかも知れないな……まあ今更だな。
「そっか、深雪は知らなかったか」
「へ?あ、あれだろっ!けーきってあの私らも海上で良く見てるよなっ!?」
海上でケーキ?…………あ、計器の事か。
というか何で突然知ってる振りを始めたんだ?
ん〜……知らないと悪いとでも考えてるのだろうか。
「そのけいきとは違うかな……つっても別に知らない事は悪い事じゃないさ。ほら、これから入るみたいだし体験してみようよ。珈琲とケーキをさ?」
「……おうっ!分かった!」
俺は深雪の手を取り山本達の後へ続き珈琲屋へと入ると思いもよらぬ人が先に入店していた。
「おや、休日に皆さんと出会うなんて奇遇ですね?」
「あ、あれ?白雪?どうして此処に……」
俺がつい口にしてしまった質問に、白雪は一瞬ムッとするがすぐに顔の力を抜いて答えた。
「なにって、私も休日なので一人で珈琲を飲みながらこの後どうするかを考えていただけですが?」
何故か白雪の言葉に棘がある気がするのは気のせいだろうか。
此処は余り刺激しないようにしないとと考えているところに龍田が口を挟んだ。
「あら~、もしかして誰かさんにほっとかれて拗ねてるのかしらぁ?」
「なっ!そ、そんなんじゃありませんっ。此処に居たら偶然あなた達がやって来ただけですから……」
顔を赤らめながら珈琲を口につける白雪を見て俺は一人納得していた。
しかし、龍田の追撃はまだ止まらない。
「そうなのぉ?私達ここで時間を潰したら商店街を見て回るつもりだけど一緒にこないのねぇ?」
「そ、そうですか……勝手にすればいいじゃないですか」
白雪はそう言って更に顔を紅くしながらそっぽを向いてしまった。
俺は白雪を落ち着かせる為に龍田を席に呼んで注文を取った。
「私はアイスコーヒーでいいわよぉ〜?」
「解った、それとあんまり白雪を虐めないでやってくれないか?」
「分かってるわよ〜。ちょっと素直になって貰うだ〜け」
そう言ってまた龍田は白雪の方へ歩いていった。
俺はお店の人にアイスコーヒー六つとチーズケーキとショートケーキを注文すると頂いたお冷を一口飲んで白雪達を眺めながらゆっくりしていた。
「龍田お姉様とあんな仲良さげに話してぇぇぇぇ……」
そんな俺の後ろの席でザラは今度は白雪に対して嫉妬の炎を燃やしていた。
んー……龍田に頼まれたってのもあるが何よりもこのままではザラ自身が皆と馴染めなくなってしまうしなぁ。
ザラは気にしなくても出撃とかに支障が出てきそうだし。
という事でザラを説得する為に話し掛けて見る事にした。
「ねぇ、ザラさん。遠くから見てるだけじゃなくてさ、白雪や司令官や他の皆ともう少し歩み寄ってみたらまた今とは違った視点で見れるんじゃないかな?」
ザラはきっと他の人の事を知らないから龍田が誰かに取られてしまうんじゃないかと不安だからああやって威嚇する事で龍田に人を近付かせないようにしてるんじゃ無いだろうか……と、言うのはただの思い込みかも知れないけど。
どちらにせよ仲良く出来ない事は無いと思うんだけどな。
だが、今現在俺がそれを成し遂げるのは無理があった様だ。
「自分の事を棚に上げてよくもそんな事が言えますわねっ」
ザラはこっちを睨みつけ、吐き捨てる様に言うとまた龍田の方を向いてしまった。
自分を棚に上げている?俺が皆に歩み寄って居ないって事か?
いや、そんな事は無い…………はず。
確かに元男だとバレないようにある程度一線は引いているが別に避けてるつもりは無い。
それなら何故ザラは俺にあんな事を?
うーん……疑問ばかりが増えていく。
そんな解けない問題に頭を悩ませていると──
「ほれっ」
「ひゃっ!?」
突如襲いくる冷感に思わず背筋を伸ばす。
「アイスコーヒー来たぜ?」
「あ、ありがとう……」
俺は山本から手渡されたアイスコーヒーを一口飲み込む。
喉を通り抜ける冷たさと口の中に広がる芳醇な香りに少しばかり冷静さを取り戻した。
疑問が解けた訳では無いがそれはそれとして今は折角の休日だ、楽しまなければ損というものである。
チラリと右に座る深雪を見やる。
初めての珈琲は口に合わなかったらしく舌を出して苦そうにしている。
まあ、初めてがブラックだったらそうなるよな。
俺は深雪にガムシロップとミルクを差しだす
「はい、ガムシロップとミルク。これを入れて飲むと良いよ」
「ガムシロップ?」
「砂糖を溶かした様なものさ。蓋を剥がしたら珈琲の中に入れて混ぜるんだ」
「こ、これで良いのか?」
「ああ、そしたら飲んでみて?さっきより苦味は和らいでる筈だから」
俺に促され深雪は恐る恐るコップに口を付け、そして一口飲み込んだ。
「おぉぉぉ!美味しいっ!これなら私でも飲めるぜ!」
二口、三口と美味しそうに飲んでいく深雪を眺め、一人和んでいると遂に待ちに待ったケーキがやって来た。
「お待たせ致しました。こちらがショートケーキでございます」
「あ、はいこっちです」
俺はお店の人から受け取るとそのまま深雪の前に置いた。
「おおっ!?これがケーキっ……!」
深雪は初めて見るケーキに興味津々な様で暫く眺めていたが、やがて恐る恐るフォークで一欠片切り分けるとゆっくりと口の中へ運び入れた。
ってなにまじまじと見てんだ俺はっ!?
冷静になれ!俺が好きなのは電ちゃんなんだ!
そりゃあこっち来てから深雪を意識してはいるが……。
あくまでも深雪は保護者的な視点で見ているだけであって──
「んんぅっ!美味しいなぁケーキ!!幾らでも食べられそうだぜっ」
…………まぁ、いいか。
カワイイハセイギ。イロンハミトメナイ。
結局俺は深雪が食べ終えるまでの間ずっと深雪を見守っていたのであった。
まだまだ休みは始まったばかりだぜ!
この作品で初めての五千文字超えがまさか日常?パートだとは……