ノック   作:サノク

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第6話 土産

二宮隊をオペレートしてから一週間が過ぎ、わたしは玉狛支部を訪れていた。

 

「いらっしゃい。」にっこりと笑顔で出迎えてくれた宇佐美さんに、袋を押し付ける。

 

「菓子と、修学旅行のお土産です。」

 

「あーー!サキちゃん中学三年生だもんね、そんな時期かー。」そういい受け取った宇佐美さんに続いて、中に入る。スリッパを履いた。

 

「どうりで本部に行った時いないと思った。生意気なやつには会うのに。」

 

ぼやきながらも宇佐美さんの頬は緩んでいたので、生意気なやつ、というのは気心の知れた相手なんだろうなと容易に推測できた

 

「友人でもいるんですか、本部に。」

 

「そうそう。私、ちょっと前までは本部のオペレーターだったんだよね。」

 

「……そうなんですか。」少し悩んで、相槌をうつ。

なぜ宇佐美さんが本部から玉狛支部に移ったのか。もっと言えば、派閥を変えたのかが気にならないといえば、嘘になった。

でも、それを気安く聞けるほど、関係を築けていないという思いが尋ねることを躊躇させる。

それに、私は思った。この人との関係に、まだ傷をつけるわけにはいかないのだ。

 

「そういえば、見たよー。サキちゃんが担当した防衛任務の記録。」

 

そう考えているときに不意をつかれ、「あぁ……先週二宮さんのところを担当したときの。」とだけ返した。 自分でもずいぶん間が空き、簡潔すぎた、つまりは変な返事だと思ったが、宇佐美さんは気にした様子もなく優しい表情でこちらを見た。

 

「そうそう、それ。初めてとは思えないオペレートぶりだったよ。トリオン兵は短時間で全滅……隊員に負傷もなかったしね。」

 

「全て。」私は反抗するように、強い口調で返す。「二宮隊が優秀だったからですよ。」

 

「そう。二宮隊と、サキちゃんが優秀だったからだよね。」

 

だめだ、ぜんぜん効いてない。にこにこと笑う宇佐美さんを見て、そう悟ったが、瞬間自分は何をしているのだとはっとした。

こんな反抗するような態度をして、得ることなんて何もない。

でも、私は言い訳をするように思った。この人が前にいると、自然とそう言いたくなってしまうのだと。

 

痴態をさらす自分に耐えられず、けれど自分の率直な感情を処理することもできず、黙っていると宇佐美さんがポツリと言う。

 

「二宮さん、たぶん、気に入っているとおもうよ。」コーヒーをスプーンでかき混ぜながら続ける。「サキちゃんのこと。」

 

「……そうは思えませんけど。」

先週の二宮さんの態度を思い出し、思わず顔をしかめた。

私の意見は結局、二宮さんが決めた焼肉という範囲内でのみ聞き入れられた。逆を言うならば、帰るという意見は認められなかった以前に無視されたということである。

我が道を行くというか……王様みたいな人だ。大人なんだから、もっと寛容になってほしい。……もちろん、オペレーターとしてそのボーダー隊員としての腕は認めざるを得ないが。いや……逆に、ボーダー隊員としての腕があるからこそ、王様みたいな人になったのかもしれない。

 

「いや、絶対そう。出会って初日で焼肉連れて行ってもらったの、サキちゃんだけだし。」

 

なんなんだ、その焼肉評価は。と、いうか逆に出会って初日で焼肉に連れて行くって色々と無理があるんじゃないだろうか。特に二宮さんみたいなタイプは。

あの人、絶対コミュニケーション能力高くない。

そんなことは宇佐美さんにも二宮さんにも、口が裂けたとして絶対にいえないので、そう言葉にする代わりにココアを口に含む。

 

「そもそも、サキちゃんは二宮のタイプど真ん中だからね。」

 

一瞬でむせた。カップを机の上におき、口に含んだココアがこぼれないように手を口に当てる。

そして、どういう意味なんですか。それは。と目で宇佐美さんに訴える。

 

私の様子を見て、メガネの縁を触りながら宇佐美さんは弁解した。

 

「あ、そういう意味じゃなくて、なんというか……二宮さんが好意を寄せやすいというかそういう……恋愛的な意味じゃなくてね。」

 

「分かりました……。二宮さんが、極端な年下趣味を持っているわけじゃないってことは分かりました。」

 

「そうそう、二宮さんは年齢関係なく才能がある人が好きだから。」

 

また誤解を孕みそうな表現だ……。と思いながら、ココアを飲み直す。

 

「サキちゃんがボーダー内で、すごい新人オペレーターがいる、って噂になったものだから……それに、実際そうだったから、二宮さんが気に入った、っていうのは分からなくもないよ。」

 

宇佐美さんは自分自身で頷きながら言う。

 

そうなんですか、と相槌をうちながら、私は自分の中で二宮さんへの印象が確かに変わったことを、はっきりと自覚していた。

 

 

ココアがちょうどなくなり、食器を宇佐美さんが片付けようとすると、ドタドタと大きな足音を立てて誰かがドアを開いた。

 

「ねぇねぇ!置いてあったお菓子、食べていいの?……あれ、お客さん?」

 

音の正体は長い髪が印象的な女の子だった。年上だろう大人びた容姿をしている。玉狛支部の隊員だろう。

 

「そう。こなみ。この子、私の妹なの。」宇佐美さんが隣に座って言った。心なしか、表情がニヤついている。

もちろん、そんな事実は全く存在しないし、私と宇佐美さんの共通点は髪の色ぐらいだ。顔立ちの系統も違えば、メガネだってかけていない。そんな明らかな嘘をつくなんて。

 

しかし、そういう抗議をこめてこぼれた「は?」という言葉は「えええ!」という"こなみ"さんの言葉のかき消される。

 

「確かに……言われてみれば、似てる。」

納得を込めた呟きに、私は信じられないような目で"こなみ"さんを見る。

 

「あんた、名前は?」

 

「高橋サキです。」

 

「え?」

 

「高橋サキです。宇佐美さんとは、"全く"血縁関係がありません。」

 

ギギギ……という音でもでそうな、不自然なぐらいゆっくりと"こなみ"さんは宇佐美さんの方に顔を向ける。

 

 

「また騙したなーー!」

 

「いやー!だって、こなみ前に私の妹とあったことあるし、さすがに騙されないかなぁって。」

 

そう言い訳をする宇佐美さんに嘘つけ、と思いながら、どうやら騙されやすい人間らしい彼女が宇佐美さんをぽこぽこ叩くのを見る。

 

「サキちゃん、この子は小南桐絵だよ。見ての通りの子。あ、でもこう見えて強いよ。」

 

「はぁ。」

 

その小南さんは、騙されて怒り心頭の様子ですけど。と思いながら眺めていると、「お菓子全部食べていいから許してー。」と宇佐美さんが言う。

そして小南さんはあっさり許した。この人……だから騙されるんじゃ。という言葉はココアを飲もうとして封じ込める。

ただ、もうそこにココアはなかった。

 

 

 

「で、結局あんたなに?」

 

口いっぱいにお菓子をほうばりながら、向かいに座る小南さんは言った。

 

「本部のオペレーターです。」

 

「最近、本部とオペレーターの間で有名な、優秀ルーキーちゃん。」

 

「ふうん……。……んん?本部?」

 

本部所属なのに、玉狛支部にいることが不思議なのか、小南さんは首を傾げる。

 

「私の後輩でもあるよ。」すかさず宇佐美さんが口を出す。

 

「不本意ながら。」そして私もすかさず口に出した。

 

 

「こいつーー。」

「痛いです。」

ぐりぐりとしてくる宇佐美さんに、文句を伝える。

「そういう関係なワケね。」小南さんが納得したようにつぶやいた。

 

 

玉狛支部ではご飯は当番制らしい。あの後、しばらくなんでもない世間話をしてから、その準備をしに行った小南さんに、もうこんな時間かと時計を見た。そろそろ、帰る時間だ。

 

彼女が出て行ったことで私たちはまた二人になる。

宇佐美さんは私が渡した袋の中身を取り出した。

 

私が土産に選んだのは、水色のガラスで作られた風鈴だった。ガラスの中で金魚が揺れるように描かれたそれを選んだのに、特に理由はない。ただ、なんとなくもうすぐで夏だと、そう思ったからだ。

土産を買おうと思ったのも、帰ってきてから玉狛支部を訪れることになっていたということをたまたま思い出したからだし、そこに深い意味も感情もなかった。

 

宇佐美さんは風鈴を大事そうに取り出し、持ち上げる。

そして、光に照らすように天井に向けて掲げた。

 

「きれいな風鈴……。京都にいったの?」

 

「はい。」

 

まただ。また、この人はこの瞳をする。何かを愛おしむような穏やかな目。

メガネで隔たれてさえなおもそれは、はっきりとその存在を主張していた。

優しく、落ち着いた、目。

 

私はそれをずっと見ていた。

 

それを見ながら、私は思った。

もしかしたら、その目が見たくて、風鈴を買おうと思ったのかもしれない、と。

 

だけど、心の片隅ではその理由さえもこじつけであることを、どこかで知っていた。

 


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