ノック   作:サノク

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第5話 好物

翌日、昨日や一昨日違って学校がある。重いカバンを背負って私は登校をした。

 

「おはよ、サキ。」

「おはよう。」

 

中学校三年生の4月という、クラス替えがあったとしてもほとんど人間関係が決まっているような時期に転校した私だが、お父さんが心配していたようなことはなく、順調にクラスに溶け込んでいた。

 

待ち合わせて一緒に登校した友人と、クラスに入るとすでに来ていた5、6人の視線が一斉にこちらに向く。

 

「サキ!ボーダー隊員だってほんと!?」

 

開口一番、同じグループの仲が良い友人が声をかけてきた。

「おはよう。ほんとだよ。オペレーターだけど。」

正式入隊してから2日。もうばれたのか、と思いながら返事を返すとみんなは口々に話し始めた。

 

「やっぱボーダー関係者だったんだ。」

「転校生だから、珍しいと思ったんだよね。」

 

「うちからボーダー隊員なんて、初じゃね?」

「三門市ギリギリまで校区だからな。」

 

そんな声を聞きながら、机にカバンを下す。「そういえば、」みんなの視線がこちらにむいた。

 

「なんでみんな分かったの?私がボーダー隊員だって。」

 

「高橋がボーダーの扉から出てきたの、見てたやつがいるんだよ。」背の高い男子が答えてくれる。"警告"があったのは昨日、ボーダーから家まで帰宅する間だ。私は顔を強張らせた。

 

「え、声かけてくれれば良かったのに。いつ?」

 

「たしか、一昨日?ツイッターで騒いでたから、みんな知ってるよ。たぶん、学校のやつはほとんど。」

一昨日か。なら、大丈夫か。私は「そうなんだ。」と答えながら密かに、胸をなでおろす。

 

周囲の目も気にした方がいいな、と自分を戒める。

 

「サキ、言ってくれれば良かったのに。」一緒に登校してきた友達が言った。

 

「最近のことだよ。そういえば、嵐山さんのファンなんだっけ?」

 

「そう!サキ、話したこととかあるの?」

 

彼の顔を思い浮かべながら、そのまさに嵐山さんと、話したことがあるどころか、一悶着あったことを思い出す。

 

「まさか。入隊式で見たことがあるぐらいだよ。」

 

「だよねー……。もし機会があったら、サインもらってきてよ!」

 

「機会があればね。」

 

「えー……。でも、サキすごいなぁ、可愛くて、勉強できて、その上ボーダーなんて。」

 

「だから、オペレーターだよ。」

 

「戦闘員にはならなかったの?」

 

「うん。私、運動苦手なの。」私は、彼女に軽く微笑んだ。

 

 

放課後になり、学校が終わった後はーーもちろん、部活などには入っていないのでーーボーダー本部に向かった。

 

ボーダーにつながる扉の前に立つ。

手の中に包まれた、オペレーターやエンジニアに与えられている、護身用のトリガーに目を落とす。

普段はボーダーへの鍵となり、万が一の時には武器などはないけど、トリオン体になれるものだという。

 

足りない。私は思った。こんなんじゃ、全然足りない。

 

 

 

呼び出されている集合場所へ向かうまでに、私は桜子と出会い一緒に向かっていた。

「昨日までは、体験入隊って感じだったけど……今日から仕事をするなんて緊張する……。」

 

私は、昨日雄弁にランク戦の実況解説を熱く語っていた(上層部に直訴する心算らしい)彼女がオペレーターの初仕事に緊張することが、なんだかおかしくて、口を緩ませた。

 

しかしそれにしても、今から私たちは何をするのだろう、そう思い桜子に尋ねる。

「桜子、何するか知ってる?」

 

「あれ、サキちゃん知らない?

今から基本的な作業を覚えるために、中央オペレーターとして働くんだよ。もう、どの部隊を担当するか決めてたり、約束している人もいるらしいけど、その後に部隊の担当オペレーターになるんだって。」

 

「……そんな話、いつされたの?」

 

「入隊式の後……。サキちゃん、もしかして……。」

 

顔をしかめる。もちろん、そんな話はされていない。

私を入隊式のあと連れて行った沢田さんが、言うのを忘れていたのだろうか。

そんなミスをするような女性には見えなかったけど。

 

 

 

 

 

 

「はじめまして、高橋さん。私はB級二宮隊の担当オペレーターをしている、氷見亜季です。」

 

そう言ってくれた、歳上であろう氷見さんに、しかし内心私はため息をついた。

 

「はじめまして。」

 

集合場所についた私と桜子だったが、彼女の言葉通り、新人オペレーターは中央オペレーターとしての仕事を今日から始めるようだった。ただ、氷見さんを担当指導官として当てられた私を除いて。

 

つまり、沢田さんは何も伝え忘れなどしていなくて、お上の計画通りだということだろう。私をすぐに中央オペレーターではなく、担当オペレーターにしたいということだろうか。

 

何はともあれ、仕事はしなければいけない。

氷見さんと私は二宮隊の隊室に向かっていた。

 

「えっと……ちょっと不思議かな?B級なのに、個別エンブレムがあること。」

 

道中、少し続いていた沈黙を破るように氷見さんが言った。そういった、氷見さんのスーツの上着には目立つところにエンブレムがついていた。

 

「そうですね。」確か個別エンブレムはA級の部隊に与えられるものだ。B級の二宮隊が持っているのは、少しそれにそぐわない。

 

「私たち、ちょっと前までA級だったから。

だから、隊員もみんな強いし、安心してね。」

 

ちょっと前までA級、ということは降格したということだろうか。

確か、A級への昇格はB級との入れ替わりだったはず。厳しい世界だな、と感じながら、私は氷見さんの話に頷いた。

 

 

隊室に入ると、すでに他の隊員は、3人全員揃っているようだった。彼らに目を走らせる。

 

スーツで揃えられた隊服をきた3人は、隊長の二宮さんをはじめーーみなさん、なんというか、タイプは違うが整った顔立ちをしている。

オペレーターの氷見さんをふくめ、ずいぶん華やかな部隊だ。しかし、なぜだろう、なにか影を帯びているというか、物静かというかーーはっきり言って雰囲気が暗い。

 

どの隊員も何か表情が硬く、退廃的な空気をにじませているものもいる。

椅子に座っている隊長の二宮さんはそんなことはなかったが、元々の性分か、威圧的な印象を受けた。

 

「隊長の二宮だ。話は聞いてる。……いい機会だ。噂が確かかどうか、今回で見させてもらう。」

 

「よろしくお願いします。」それだけ言葉をかわすと、二宮さんは椅子から立ち上がり、防衛任務に向かって行ってしまった。こちらに全く視線をくれなかった黒い髪をしたもう一人の戦闘員ーーたしか、辻さんーーも彼について行く。

 

明るい髪と目の犬飼さんはそれを眺めた後、私の方にやってきた。

 

「高橋さんだっけ?」

 

「はい。」

 

「うちの隊長と辻ちゃん、誰に対してもあんな感じだし、気にしなくて全然大丈夫。特に辻ちゃんとかは、女の子苦手なだけで、初めて会う高橋さんに緊張しているだけだな、あれは。」

 

気遣うような声色に、人がいいな、と思いながら言葉を告げる。

 

「はい、気にしてません。防衛任務、頑張ってくださいね。」

 

「お互いに、ね。」

 

そういって、犬飼さんは微笑んでから部屋を出て行く。

扉が閉まるその一瞬ーー彼の寒色系の目が薄く光った気がして、私は目を開く。

ーーなるほど、彼ら3人、全員難しそうだ。

 

 

オペレーター室から氷見さんの私を呼ぶ声がした。私はその声に返事を返したあと、ため息を吐く。

 

 

薄々、私の人事に上層部が何か意図を持って関与しているのは気がついていた。

一昨日は忍田派の沢田さん、昨日は玉狛支部の宇佐美さん。そして、今日の二宮隊はおそらく、城戸派だ。1番の違和感は、支部所属の宇佐美さんが本部にいたことだ。

バランスの調整、というところだろう。

 

しかし、上も何もわざわざ、この隊を当てなくてもいいだろうに、と。

 

オペレーター室へ向かいながら、私はそう思った。

 

 

 

 

オペレーターのために用意されている椅子に座り、私は時折氷見さんからレクチャーを受けながら、待機をしていた。

 

しばらく普通の防衛任務として、警戒区域をパトロールして二宮隊の様子を見ているだけだったのだが、突然画面にゲート発生を知らせる赤い文字が表示された。

 

「今防衛任務に当たっているのは、二宮隊だけよ。高橋さん。」

 

「はい。ゲートが発生しました。座標を送ります。現場に急行してください。」

 

了解、という声が聞こえた後、サイレンの音が聞こえた。

市民にネイバーの発生を知らせ、警戒区域内へ入らないように求めるものだ。

三門市に引っ越してきてから二ヶ月、もちろんサイレンを聞くのは初めてではない。

ただ、胸がざわついた。

 

 

「二宮隊現着。任務を開始する。」

「承知しました。」

 

 

予想に反して、と言えばいいのか、二宮隊の隊員は氷見さんが最初言っていた通りずいぶん優秀で、オペレートはむしろしやすく感じた。

 

シューターながらも完全に自分のスタイルを築き上げ、エースとして動く二宮さん。

腕はたしかで、攻撃力が高く、しかしそれを援護に生かす技量のある辻さん。

ガンナーとして(表面上とは違い)冷静に相手を分析し、恵まれた動体視力とそれを活かしたな貪欲な動きで相手を仕留める犬飼さん。

 

 

3人それぞれが、自分の仕事に徹した動きをする、とてもレベルの高い隊だ。

 

ただーー「二宮さん、斜め後ろ、右手の方向。バンダー……狙撃です。」

「チッ。」

 

舌打ち……。と思いながら、画面に表示されている彼らの動向に注視する。

 

たしかに、高いレベルでまとまった部隊だ。

それぞれが自分の担当を理解し、(一見そうとはとても見えないが)チームとして動いている。

 

完成された部隊のように思える。

 

だけど、違う。この部隊には何か大きな穴があるように思える。

それが何かはわからないが……例えるなら、パズルのピースが1、2個程度抜けているようなーー小さいように 思えるけど、完成には大きな障害がーーこの部隊にはある。

 

それぞれの仕事に徹しすぎている?いや、それとも、スタイルが少し噛み合っていないのか?頭の片隅でそんなことを考えていると、通信が入る。

 

「辻です。警戒区域内に民間人を発見。"保護"を要求します。」

「承知しました。」

 

そう返答しながら、氷見さんを横目で見る。保護……?なんのことだ。

 

私の視線に気づいた彼女があぁ、という。

「保護……っていうのは、そのままの意味でもあるけど、民間人に対する記憶消去措置のことでもあるわ。」

 

通信が相手に聞こえていないことを確認して、私はオウム返しをした。「記憶消去、ですか。」

「えぇ。ボーダーの機密を守ることを目的としたものよ。」

「なるほど、保護の要求はどこに?」

「一般対応の部があるから、そこに連絡をお願い。」

「承知しました。」

 

私はなんでもない顔でパソコンを操作しながらも、その実、"記憶消去"について頭がいっぱいだった。

 

記憶消去……そんなものをボーダーはすでに開発してる。

 

もし、私の潜入がバレたら……。

 

冷や汗が、背中を伝っていた。

 

 

 

 

民間人を無事保護し、ネイバーを撃退したことあとは特に何も起こらず、無事防衛任務は終了した。

 

「今日はありがとうございました。」

「いえいえ、お疲れ様。」

その間ずっと隣にいて私の講師をしてくれた氷見さんとお互いに礼をしあっていると、ドアが開いた音がした。

 

「たーだいま!」

 

犬飼くんの声だ。私たちはオペレーター室から出て、3人を迎える。

 

「氷見さん、高橋さんお疲れー。」

 

「お疲れ、犬飼くん。」「みなさんお疲れ様でした。」

 

相変わらず、犬飼さん以外はろくにしゃべんないな……と思いながら、声をかけた。

そして、「ではお疲れ様でした。」と言って帰ろうとした。ドアが開く。しかし、それはとめられた。足が動かない。頭を掴まれているのだ。

 

「おい、どこいくんだ。」二宮さんの声だ。

 

「……帰るつもりですが。」そう言ってから振り向く。身長差が憎かった。

 

威圧的、高慢的、プレッシャー……どう言い表せばいいかわからないが、二宮さんはそういうものをにじませ、こちらを見下し、口を開いた。

 

「焼肉行くぞ。」「は?」予想もし無かった言葉に思わず口に出た失言を、しかし撤回する気はまるで起きなかった。

 

「行くぞ。」

この人全く私の言葉を聞いてない。そして私の言葉を受け入れる気もない。

そう悟り周囲を見渡す。

 

にやけ顏の犬飼さん。苦笑いをする氷見さん。こちらを無表情で見て、私と目があった瞬間視線をそらした辻さん。

私の味方がいないのは火を見るよりも明らかだった。

作戦室の中なので、他には誰もいない。二宮さんから逃げられる気もしない。

 

「……野菜もあるところがいいです。」

「犬飼。」

「調べてまーす。」

 

私の微かな抵抗は、天然か故意か虚しく流され、結局今日の晩御飯は焼肉になった。

 

 


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