ノック   作:サノク

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第4話 太陽

C級隊員のランク戦の様子を見て、あらかた目星をつけた後私は宇佐美さんと別れた。

 

そして昨日の約束通り、嵐山隊の部屋を訪れていた。

 

「あの時は本当に取り乱していて……すまなかった。」

 

嵐山さんは開口一番にそう言い、頭を下げる。一瞬見惚れてしまうほどの綺麗なお辞儀だったので、あっけにとられたが慌てて顔を上げてください、という。

そこにどんな過程があったとしてもーーそして私の視点ではそんなもの存在しないのでーー礼儀とは軽んじられるべきものではない。嵐山さんのほうが年上で、ボーダーにおいてはエリートであるA級部隊の隊長だ。そんな相手に頭を下げられる、というのはいただけないシチュエーションである。

 

「いや……昨日は入隊初日だっただろ?」

 

「は、はい。」

 

そういえば嵐山さんたちは入隊式にいたな、と思いながら肯定を返す。

 

「そんな日にあんなことはやるべきじゃなかった。反省したよ。ほんとうにすまなかった。

……正直、もうボーダーに来ないんじゃないかと思って……。」

 

嵐山さんは後半、言葉に詰まりながらも真摯な表情で、こちらに向き合ってくれる。

 

あぁ、いい人だなぁ。と振る舞いから見て取れる。

昨日報告のためにちょっと苛立った印象を持っていた私でさえ、こう思うのだから本当にいい人なのだろう。

黄緑の目が太陽のように輝いている。

 

彼はその目を伏せた。そして呟くように、懇願の色をのせながら言う。

 

「……確認なんだが、ほんとうに、雫じゃないのか?」

 

「すみません……本当に違うんです。」

 

そんな彼だからこそ、私はこうも自然に謝罪の言葉を口にすることができるのだろうと私は自身を推察した。そして、彼を不憫に思い、哀れむことができる。同情することができる。

私はこうとさえ思った。雫さんも、何か事情があったにせよ、嵐山さんには一言ぐらい言ってもよかっただろうに、と。

 

 

「そうか……。」

 

 

その声からは窺いにくかったが、今までの流れから考えて、嵐山さんが落胆していることは明白だった。

 

部屋を、沈黙が覆う。

 

 

とても居心地が悪いが、かといって帰れる空気でもない。

嵐山さんを窺い見れば、何かを考えているようだった。

 

 

と、そこで隊室のドアが開く。

 

 

「お疲れ様です。」そう言いながら入ってきたのは、ショートカットの女の子だった。

赤いジャージから見て、嵐山隊なのは間違いない。

そうすると、おそらく彼女はーー

 

そこまで考えたところで、相手はこの部屋の空気に気がついたようだった。

 

そして、私のことを頭の先から流すように見つめたあと、問う。

 

「あなたは?……嵐山さんの知り合い?」

 

「高橋サキです。……えぇ、少し昨日。」

 

「そう、知ってると思うけど、私はA級嵐山隊所持の木虎藍よ。」

……嵐山先輩、先週の防衛任務で……

ーー嵐山先輩?」

 

「あ、ああ木虎か……。」

 

木虎さんはいぶかしんだ様子で、考え込んでいた嵐山さんを見る。

 

そろそろかな、と私は腕時計をちらりと見て思った。

 

「すみません、私はそろそろ失礼します。嵐山さん、木虎さんお疲れ様です。」

 

そういったあと、私は嵐山隊の隊室を出た。

 

これからまだ時間がある、どうしようかと考えているとふとあることに気づく。

 

そういえば、嵐山さんから一度も名前を聞かれなかったな、と。

 

私の名前をすでに知っていたのかもしれない、とテキトウな結論を下し、私は食堂に向かった。

 

 

ちょうどお昼時だったので、食堂はとても混んでいた。しかし、運良く誰かが席を立つところに遭遇し、座ることができた。

 

 

コロッケを口にしながら、私は思ったよりずっと早く欲しかった情報が得られたので、漠然と次にすることを考えた。

 

さっきも決めた通り、入るべきなのは城戸派の部隊だ。

理由は単純で、本部の2/3を占める最大派閥でありボーダーのトップが所属する城戸派にはいれば、動きやすくなるだろうし、情報収集も楽になるだろうと考えたからだ。

隊員も探しやすいというメリットもある。

 

私のーー高橋サキのーー西からきたという設定、つまり三門市出身ではない、という点において少し不自然という短所はあるが、最高派閥である以上そんな細かいことはほとんど気にされないだろう。

少なくとも、街に被害を与えているネイバーを敵だというのは何も不自然なことではないはずだ。

 

幸運にも、ボーダー内の派閥関係を把握したところで、少し気になるのは玉狛支部派及び玉狛支部のことだ。

 

明らかにこの支部は異端だ。そもそも支部というのは、学業や仕事を優先したい隊員が行くところだという説明を入隊前に受けた。

ならば必然的に組織内でその力は弱くなるはずだ。

しかし、玉狛支部は入隊前に説明を受けた通常の支部と異なるだけではなく、ボーダー内で一派閥を築いている。

その派閥内容が"ネイバー殲滅過激派"とかであるならともかく、"ネイバー友好派"である。実際に人数は少ないようだ。しかし、その戦力はボーダー内でも一目を置かれている。

 

玉狛支部は、支部であっても、ボーダーであっても明らかに浮いているのだ。

何かがこの支部にあるのは確定だろう。情報を得るために、宇佐美さんと会う機会を持つことが必要だ。もしこの読みが外れていても、宇佐美さんと繋がっておくことはマイナスにならない。

 

 

結局、玉狛支部のことを外から探りながら、ボーダー全体のことをつかむのが今後の方針だな。と結論づけた。

 

さて、考えが終わったところで目の前の昼食を食べてしまおうと、箸をコロッケに伸ばした時、声がかかる。

 

「すみません!相席いいですか?」

「どうぞ。」

 

そう返事を返しながら顔を上げると、オペレーターの制服をきた女の子がいた。

 

「武富桜子です!一応同期なんですけど……。」

 

明らかにだれ、という顔をしていたのだろう。武富さんがそう名乗ってくれる。

「ちなみに、同い年です。」と補足もしてくれたので敬語はいらないことを伝えた。

 

 

話しているとすぐに私は彼女が、実はそこそこ興奮していることに気づいた。

なにやら、ランク戦のーーそれも特にB級やA級のーーシステムにいたく感動したらしかった。

そしてランク戦の実況を行うということを考えつき、これから上層部にそのことを訴えるため企画書をつくるつもりのようだ。

 

聞いたところ、オペレーターとしてはほとんど私と同じ状態ーーつまり、担当する隊もメンバーもなにも決まっていないらしいが、今はそちらの方に力を注ぐことに決めたらしい。

 

……一瞬、彼女は本当にオペレーターなのだろうか、という疑問が頭によぎったが、たぶん、制服をきているのだからきっとそうなのだろう。

 

「そういえば、私のことを知っているの?」と、聞いたのだが、もうすでに噂は私の同期にも伝わっているようだった。ただ、それだけではなく桜子は個人のことにやたらと詳しい。もちろん、機会さえあればだれもが知れる、ランク戦や戦い方の情報というものが中心だったが。

 

 

昼食を食べ終わってからも、少し彼女と話をし連絡先を交換する。

 

 

個性的で楽しい人物との出会いに心を少し、弾ませながら、私はボーダーを出た。

 

 

 

 

 

 

 

三門市に入ってくる……つまり、移住してくる人間は少ない。

それに比べたら出て行く人間の方が圧倒的に多いがーーその人数も、ボーダーへの信頼か否か、普通推測するよりもずいぶん少ない。

少なくとも以前のようなーー地方都市の一角として、多くの学校や施設を抱え、人口を保ち、機能をしている。

そのせいか否かは不明だがーー私のように三門市に移住してくる人間は、少ないけれども、三門市にやってくる人間は案外少なくなかったりする。

彼らはなぜ、ここ三門市を訪れるのだろうか。

観光を目的とした人たちだからだろうか。冷やかしや、野次馬目的できた人たちだからだろうか。研究目的の人だからだろうか、報道機関の人間だからだろうか、

 

 

ーーそれとも諜報機関の人間だからだろうか。

 

 

私は昨日と同じ道を歩く。中心の道路から少し離れたこの道は、人通りが少なく、私の他には、向かい側から歩いてくる女性しかいない。

 

女性を、誰もがすれ違う人にするように、ちらりを見る。お互いを私たちは認識する。

 

そして、すれ違う。

 

「唐沢。」

女性の口がかすかに動いた。

 

私は何事もなかったかのように歩いていく。

 

 

高橋サキはすれ違う。何の関係もない、赤の他人と。これから起こることは、ただそれだけのことだ。

 

スーツの中年サラリーマン、メガネをかけた制服の青年、ポップでヒップな感じのダンサー、夜を匂わせるオトナの女性、子供を連れた主婦、リュックサックを背負った大学生。

 

 

高橋サキと何の面識も、設定もない彼らとひたすらにすれ違う、すれ違う。

 

「上層部。」

「外務。」

「営業。」

「担当。」

「部長。」

「危険。」

 

 

もう少しで家につく。そう思った時に角ですれ違った最後の他人、白いシャツを着た彼は私に「探るな。」と囁いた。

 

 

これは、お父さんからの警告だ。


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