ノック   作:サノク

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第3話 苦手

あの嵐山さん(だと思われる人物)に人間違いされたことを少し考えながら、私はメールの下書きを作り始めた。

 

内容は無事ボーダーに入隊したこと。私のブリーフィングファイルのこと。忍田派という存在があること。

 

1日目だからほとんど有益な情報はない。しかし、こういった地道なものは必ず全て繋がっている。一見直接任務に結びつかないことはしかしだからこそ確実に、最終的な任務遂行に役立つ。

……と、いうのがお父さんからの受け売りだ。

 

無料メールを使ったEmailを描き終わり、私は消去ボタンを押さないように気をつけながら、下書きで保存する。

この連絡方法の最も大事なことは送信ボタンを、間違っても押さないことだ。

いったんネットに流れてしまえば、エシュロンという解析コンピューターの餌食になってしまう。

下書きに保存することで、ネットには流さず、IDとパスワードを共有した相手だけが見れるようになる。私たちが使う連絡方法の一つだ。

 

時計を見てから、きちんと時間通りにできたことを確認し、私はこれからのことを考えた。

 

とりあえず、まずは、忍田派が何かということを探ることだ。

本部長と対立している勢力があるということは、ボーダーにも見解の分かれがあるということだろう。それを詳しく探れば何かが見えてくるかもしれない。

 

そして、ついさっき起こったこと思いを馳せた。

「雫さんか……私とそんなに似ているのかな。」

 

そう、一ボーダー隊員としてもスパイとしても彼の誤解を解く必要があるだろう。

 

もちろん、彼の人間違いはまったくの誤解だが、何かの間違いが起こって人事部や上層部にそれが伝わり、私のことを調べられても困るのだ。

何しろ、高橋サキは存在しない架空の人物なのだから。

 

それに、任務に関係なく人間的なトラブルは私だってできれば避けたい。

 

「雫さん、か。」

 

驚くほど、私には馴染まない名前だと、漠然と思う。

 

翌日は日曜日だったが、私はボーダーに行くことにした。

 

 

 

 

「おや、キミは……。」

 

私はボーダーの入り口に何か縁があるのだろうか?一瞬そう思ってしまったのも仕方ないだろう。

今回は入った瞬間に、メガネの女性に捕まった。見たところ、面識はなさそうだ。

 

「ふむ……巨乳、黒髪、可愛い、150センチ(低身長)……。

噂の新人オペレーターちゃんか。」

 

ホントに噂がよく出回っている組織だな、ちょっとしたことが見られて命取りになる可能性がある。そう思い……また前半につぶやかれた判断基準には何があっても、どんなことがあっても突っ込まないと固く決意して、私は「昨日正式入隊した、高橋サキです。」と述べた。

 

「サッちゃんか、ちなみにメガネをかける気はない?伊達眼鏡でも可。」

 

「……?予定はありませんが、」

 

「なるほど、分かった。行こう。」

 

「は。」という思わず私の口から零れた言葉にお構いなく、そして迷うことなくメガネの女性は私の手を掴み、どこかへと連行し始めた。

 

「メガネはいい。」「はぁ。」「伊達眼鏡、読書メガネ、PCメガネ、オシャレメガネ、実用メガネ。すべてのメガネは等しく素晴らしい。」「あの、一つ被ってませんでしたか。」「私は顔面的偏差値を特に気にするつもりはないが、しかしその相乗効果は否定できない。」「はぁ。」「何が言いたいかというと、」

 

 

どこかの部屋の扉が開き、彼女はこちらを振り返る。

 

「私はボーダーメガネ人間協会名誉会長、宇佐美栞。玉狛支部所属のオペレーターで、サッちゃんの先輩。つまり、 なんでも聞いてくれってことだよ。

あ、メガネ人口を増やすつもりになったらいつでも言ってくれたまえ。」

 

メガネのふちをカチリと上げた宇佐美さんはそういいながら笑う。

くそ、かっこいい。と思ったことは、絶対に言わないけれどきっとこの人にはお見通しなのだ。これがさらに悔しい。

せめてもの抵抗に「……きっとそんな時は来ないと思います。」と返す。

 

「そっか、気が変わったらいつでもきていいからね?サッちゃん。」宇佐美さんはニコニコしながら返してくる。やれやれとでもいうような、慈愛を孕む優しい態度ーー母親のようなそれにやりにくいと感じた私は、もう黙って何も言わなかった。

宇佐美さんはそんな私を見てから、部屋の中を進み始める。それについていきながら、辺りを見回していると、大きな画面が目に入る。

 

「ここはランク戦のロビー室、特にC級のね。」

「ランク戦?」

「各隊及び個人がランクの昇格をかけて戦うシステムのこと。

C級の場合は個人戦で、ポイントを獲得することでB級隊員になるってわけ。

一方、B級のランク戦はオペレーター一人と戦闘員一人から四人の団体戦。

結果的に、本格的に隊員がオペレーターを必要とするのはB級から。だけど、必要なのは隊を結成するとき……または前のオペレーターがやめちゃった時。私の言いたいこと、サッちゃん分かる?」

「今C級隊員の人とチームを組む可能性が高いってことですか?」

「ピンポーン!」

 

理屈はだいたいわかった。 なるほど、面白いシステムだ。隊員に対して、オペレーターの人数が少ないのにも納得がいく。オペレーターは自動的に、B級以上の隊に所属するのだ。

 

「オペレーターは部隊から選ばれてなる、っていうのは聞いたかな?」

「はい。……あの、それって選ばれなかった時はどうなるんですか。」

「ん〜保留の扱いかなぁ。多分。だけど、大丈夫大丈夫、サッちゃんかわいいから。」

「理由になってませんよ……。」

「いや、そうでもない……」そう言いかけて、ごほん、ごほん、と宇佐美さん咳払いをした。」

「ともかく、オペレーターは絶対数が少ないし、サッちゃんは優秀らしいから、よほどーー今訓練やってるサッちゃんの同期とか、C級隊員が不作でないかぎり、そんなことはないよ。ま、私としてはサッちゃんにうちの支部に来て欲しいけどね。」

 

冗談めかした一言をいう宇佐美さんに私は問いかける。「宇佐美さんの支部っていうと、玉狛支部でしたっけ。」

「そう、いわゆる玉狛支部派だね、私たちは。」

 

早速きた。支部とかそういう派生機関は、組織内対立に密接してる場合が多いので、宇佐美さんにいってもらえなかった時は、私から探ろうと思っていたのだけど……これはラッキーだ。

 

「玉狛支部派……ですか?」

「あ、まだ知らないんだっけ、サッちゃん。」

そうかそうか、と呟きながら、宇佐美さんはソファに座る。私もその隣に腰掛けた。

 

「いわゆる、派閥ってやつだね。」「派閥。」

「うん。もちろん、ネイバーから市民を守る、っていう目的はみんな同じなんだけど……その中で、ネイバーに対する意見の違いってやつがあってね。

まず、"ネイバー絶対許さないぞ"の城戸最高司令率いる城戸派。」

 

最高司令というと、ボーダーのトップだ。組織の頭は中立的なイメージがあったので、そんな人物すら、こういった派閥に属していることに私は驚いた。

 

「サッちゃんは三門市出身?」

「いえ、もっと西から来ました。」

「そっか……。いや、ボーダーには三門市の出身が多くてね。ま、そういう人たちはネイバーとかと何かある人たちが大半だ。そういうことで、ボーダー本部にいる人たちの2/3がここの所属、最大派閥だよ。

次に、"街の安全が第一"の本部長忍田さん率いる忍田派、中立派とも言えるかな。

有名どころでは嵐山隊とかがここの所属。」

 

嵐山隊というと……あの、赤いジャージの人たちだろう。本当に街でもよく見かける。彼らのイメージにも最も合っていると感じた。

 

「そして、私たち"ネイバー友好派"こと玉狛支部派。名前の通り、玉狛支部の人間がここ所属。他にも派閥を気にしない主義の自由派とかもいるけど、だいたいこの三つの派閥かな。」

 

宇佐美さんはさらっと述べたが、一つの支部だけで派閥を張るなんて、玉狛支部はだいぶ強いんじゃないだろうか……。

何はともあれ、これで派閥について知ることができた。言われたことを頭の中で反復しながら、私は宇佐美さんにお礼をいう。

 

「なるほど、ありがとうございます。」

「うん、どういたしまして。さっきも言った通り、もちろんサッちゃんがうちに来てくれるのが1番嬉しいけど、あんまり派閥にとらわれないでね。隊のカラーとして主義を決めてるとこもあるけど、その隊ですら、個人の主義の濃さは色々だし。

うん、何が言いたいかっていうと、どこに所属したって、サッちゃんはサッちゃんで、私は私だからこれまで通り仲良くしようね。」

 

……これだから、この人はやりにくい。大人で、優しくて。私にはいない、お姉ちゃんとかお母さんの存在を、連想させられてしまう。

 

「当たり前ですよ。」

 

大人で、優しくて、年上の女性は苦手だ。私は心でそう呟きながら、返事を返す。

 

 

「ありがとう。」

 

そう笑った宇佐美さんに、やっぱり、やりにくい、と感じた。

その感覚をごまかすように、私は「いいえ。」と返してから、モニターに自身を集中させた。

 

 

目指すのは、A級。そして、入るべきは城戸派だ。

 

 

 

 

 

 




「あ、あの可愛いオペレーター、栞といるな。」
ランク戦をしようとやってきた米屋が、二人の姿を見かけて言う。
「高橋ちゃん、今日は玉狛支部派が担当なんじゃねーの。」
「そうか?栞のことだから、単純に世話焼いてるだけじゃね?」
「いや。昨日は沢村さんと一緒にいたから多分確定。近づいたら追い返されたし。」
「それはお前が悪い。なるほど。じゃあ明日はうちか。
つっても城戸派から誰を出すんだか。」
「声でけーよ。間違っても三輪隊はない。」
「ほんとそれ。」

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