ノック   作:サノク

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あらすじ

トリガーを持ち帰ることを目的にボーダーにスパイとして潜入したサキは、数奇な運命で二宮隊にオペレーターとして入隊する。しかし、二宮隊が遠征試験に落ちた後、サキは鳩原の行動に違和感を覚え始める。


番外編
IF もし、サキが鳩原の事件以前に入隊していたのなら


  鳩原先輩のことに気づいたのは、ほとんど勘だといってよかった。

 

 

 最初に違和感を覚えたのは、先輩がやけに端末を持ち歩くようになったということ。携帯電話なのに携帯しなくてどうするの、といつも犬飼先輩に言われていた先輩が、注意深く、細かく連絡をチェックしている様子に、何かを感じたのだ。

 

 

 次の違和感は、防衛任務中。私は二宮隊のオペレートをしながら、鳩原先輩の端末を探し、電源を入れた。例の違和感は、その画面にロックがかかっていたことだ。あの、何に対しても害のないように振る舞い、そして相手もそうすると確信でもしているかのように無用心な先輩が、ロックをかけている。今までは、確かやっていなかったはずだ。

 

 

 この二つの違和感は、些細で、ともすれば見すごしてしまいそうで、果たして見つけたとしても、普通、そんなに強く確信を持てないだろう。

 

 しかし、この時の私は何か、超常的なものに突き動かされたかのように、ロックの画面をスライドした。

 画面に表示されたのは4つの空白と数字。典型的な4桁パスワードのものだ。

 

 とりあえず、1234と入れてみるが、開かない。そして表示された文面は、あと五回間違えれば、携帯のデータは消去される、というものだった。

 

 そこで私の違和感はさらに深まった。簡単なパスワードで開かない鍵。そして、厳重なセキリュティ。これが意味するのは、この携帯にはおそらく、鳩原先輩が隠したい何かがはいっている、ということではないのだろうか。

 私はしばらく考えて、鳩原先輩の誕生日を入れた。0、1、1、4。……ダメだ、開かない。

 鍵を開けるチャンスは、あと四回。オペレートを通常通り行いながら、その一方、私の頭はパスワードのことでいっぱいだった。

 

 しかし、それはすぐに解決することになった。私はまた超常的な何かにつき動かされた。

 ふと、脳裏に浮かんだ二宮さんの表情。私はチャンスは限られているのにもかかわらず、何の気もなしに、二宮さんの誕生日を入力した。まるで、自分の端末を開けるような手軽さで。1、0、2、7。

 

 そして、私は扉をノックした。

 扉は開け放たれた。手の中に収まる小さな、小さなその端末は、私に驚きの情報をもたらした。

 

 片っ端からメールを開いていき、画面をスクロールする。ごくり、と思わず息を飲んだ。

 

 近界への密航。そしてそれに伴う協力者たちと、彼らにトリガーを渡す。

 大まかにこういうことが書かれていた。

 

 それを見て全てを理解した私の中には、二つの感情が渦巻いた。

 何をしているんですか、鳩原先輩。近界に密航するってことが、どういうことか分かってるんですか?トリガーを横流しするという行為が、何を意味しているか、分かっているんですか、という私個人の想い。

 そして、もう一つ。

 ーーこれは、使える。そう冷淡なまでに判断する、スパイとしての理性だった。

 

 

 一瞬。様々な光景が脳裏によぎった。

 ボーダーでの生活。学校の友人。鳩原先輩、犬飼先輩、辻先輩。

 そして、二宮さんの、顔。

 

 祈るように私は目を閉じた。

 

 脳裏に浮かんだ、大切なものを打ち消すように、お父さんの表情を思い浮かべる。

 

 "大丈夫だ、お前ならやれる。なぜならお前は、俺の子どもだからだ。"

 

 それが全てだった。

 私の、今ここにいる私の、全てだった。

否定なんてできはしなかった。

 なぜなら、それを否定することは、今まで作り上げてきた私という存在全ての、否定だったからだ。

 私は今までの自分、そしてこれからの、浅井サキのために、高橋サキを平然と殺した。

 

 

 端末に再び手を触れて、今までとこれからのメールを全て私の端末にコピーして送れるように設定する。

 それから電源を落として、布で指紋をとり、何事もなかったかのように、私は防衛任務を続けた。

 

 

 運命の決行日。鳩原先輩がトリガーを盗み、近界へ密航する混乱に生じて、トリガーを盗むことは難しくなかった。懸念されていたトリガー反応という、擬似GPS機能は想定通りバッグワームの使用で防げた。 (結果的に彼らをスケープゴートにする形にはなったので、彼らの罪が一つ増えてしまったが)

 

 私は見事、誰にも知られずにトリガーを持ち帰ることに成功した。そしてその成果を認められ、継続的にボーダーの情報を得るためにスパイとして潜り続けることを指示された。

 

 私はその任務を受けた。しかし、これ以上二宮隊にいるつもりはなかった。……いや、いられなかった。罪悪感と恐ろしさに押しつぶされそうだった。

 幸いといっていいのか、二宮さん以外の二宮隊はその事件のあと、自宅での謹慎処分が下された。

 

 私は家にボーダー隊員として訪ねてきた東さんに、転属したいということ伝えた。

 

 彼は私の目を見て頷いた。謹慎処分が解かれると同時に私は氷見さんに職務を委譲し、正式に二宮隊から脱退した。二宮さんにも、犬飼さんにも、辻さんにも、なにも相談せず。

 

 ボーダーでは、私はつねに哀れみの視線を受けた。

 みんな、鳩原先輩がいなくなったショックで二宮隊を離れたと思っているのだ。本当は、事実は全く違うのに。

 

 現実の醜さ(みにくさ)に立ち眩み(たちくらみ)がしそうだった。

 

 そういう風に不用意にボーダーを歩いていたせいか、曲がり角で人とぶつかってしまう。

 私はとっさに「すみません。」と謝って顔を上げる。

 

 心臓が凍った。

 

 スーツの隊服姿である二宮さんが驚いた顔でこちらを見つめ返していた。その後ろには、辻さんと犬飼さん、そして氷見さんもいるようだった。氷見さんの気遣うような視線が痛い。

 

 「こちらもすまなかった。」

 

 「いえ、前を見ずに歩いていたのはこちらなので。」

 

 まるで他人のように、私たちは言葉を交わした。辻さんが「体調がすぐれないの?」と声をかけてくれる。女の子は苦手なくせに。その優しさに涙がでそうだった。

 

 「いいえ。……いえ、あまり眠れていないのでそのせいかもしれません。」

 

 「寝てないのか?休んだほうがいいんじゃないか?」

 

 「いえ、大丈夫です。重ね重ねすみません。では。」

 

 私は彼らの隣をすり抜けて、先に行こうとする。自分のせいだけど、今は彼らと会いたくない。だから、1メートルほど彼らから離れたところでホッとした。そんな時だった。

 

 突然、キュ、という背後から靴の向きを変えたような音が聞こえた。

 

 「順調みたいで羨ましいよ!新しい隊の居心地はどう?裏切りものの高橋ちゃん!」

 

 感情が抑えられないような犬飼さんの叫びに、今度こそ心臓が止まるかと思った。

 私は思わず足を止める。

 

 「犬飼!」

 

 「なんで止めるんですか!?二宮さん!」

 

 その通りだ。私は思った。

 私は本当は、そう糾弾されなければいけないのだ。そうされて当たり前の人間なのだ。

 腕が震える。その震えを止めようと、もう一つの腕でそれを抑え込もうとする。

 

 「高橋ちゃん、」

 

 背後から、心配するような辻さんの声が聞こえる。もしかしたら、こちらに手を伸ばしているのかもしれなかった。

 しかし、それを見ることはない。

 

 「サキ?どうした!」

 

 「嵐山さん……。」

 

 向かいから嵐山さんが歩いてきた。尋常ではない私と、二宮隊の様子を見て大体を察したようだ。

 

 「嵐山、高橋を連れて行ってくれ。こいつはこっちで抑える。」

 

 「分かりました。」

 

 嵐山さんに腕をひかれ、私は歩き出した。後ろを振り向く勇気はない。

 腕の震えは、いつまでたってもおさまる様子を見せなかった。




結論

主人公がクソチートなので(鳩原さんたちをスケープゴートに)任務が簡単になりすぎる!遊真たちがセリフすら出てこない!
→一ページで終わってしまうのでボツになった案

このルートは多分本編では今影がうすい嵐山さんがでしゃばってくる

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