ノック   作:サノク

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第29話 心を動かさずに

 

 

 

 

 その日は、あっという間にやってきた。

 

 

 学校の屋上は見晴らしがいい。

 

 私は1つ1つ階段を踏みしめて、上に上がっていく。

 

 「あれ、高橋先輩?」

 

 数週間前に行われた入隊式で、この中学校にいるボーダー隊員は増えた。

 

 空閑くんとあと二人、二年生が入隊したからだ。

 

 「こんにちは、夏目ちゃん。私も一緒に食べてもいいかしら?」

 

 そう言って微笑むと、「もちろん! ですよねーメガネ先輩!」と夏目ちゃんーー新しいボーダー隊員の女の子ーーは三雲くんに言った。

 

 「え、あぁ、もちろん。」

 

 三雲くんが愛想よく言ってくれたので、私はお言葉に甘えて、三雲くんたちの向かい側に座る。

 

 「3人とも、入隊おめでとう。遊真くんのうわさは、すでにたくさん聞いてるの。

 今期新人王確実の、大型新人だって。」

 

 「新人王……?」

 

 意外にも大きなおにぎりを食べていた千佳ちゃんが不思議そうに言う。

 

 「その期に一番個人ポイントを獲得した隊員のことだ。」

 

 「つまりすごい人ってこと。」

 

 「なるほどなるほど。」

 

 私は、努めて明るい話題を出したが、しかしどうしても話の中心は大規模侵攻のことに移っていく。心臓が嫌な音を立て始める。

 

 「俺たちC級は、戦闘には加わらないけど、民間人の避難の誘導とかに訓練トリガーを使っていいことになった。修のおかげだな。」

 

 "俺"たち、ね。

 遊真くんの言葉に思わず反応する。私たちの前ではこう言ってるけど、上層部からみて黒トリガーの遊真くんという大きな戦力を遊ばせておく手はない。黒トリガーの適合者は彼以外判明しておらず、彼以外に使える人間はいないのだから。ならば、おそらく、実際遊真くんが大規模侵攻のさいに使用するのは訓練トリガーではないのだろう。もしかしたら、ブラックトリガーを使い逃げる私を追ってくることになるのかもしれない。そうなったら、きっともう私は終わりだ。鉢合わせにならないことを、願うしかない。

 

 そんなことを考えていると、千佳ちゃんが突然、何かに脅えるような目をして立ち上がった。

 

「千佳ちゃん?どうしたの?」

 

 私がそれに戸惑っていると、突然、耳をつんざくようなサイレンが鳴り響く。

 

 ただ目を大きく開けて、ボーダー本部の方角へ視線を移す。

 

 無数の闇にさえみえる、大きな丸く黒い門が次々と現れる。いつもとは明らかに違う。大規模侵攻が始まったのだ。

 

 ついに、来た。

 

 私はただ無感動に、それを見つめる。

 

 胸ポケットのブザーが鳴る。修くんと、私、2つのものだ。

 

 「緊急呼び出しだ。」

 

 私は修くんと視線を合わせて、頷きあう。

 

 「修くん、それに遊真くんは先に行って。私は地下通路から本部に向かうから。」

 

 「あぁ、分かった。」

 

 「サキ。」

 

 遊真くんにじっと見つめられる。そんな目で見ないでほしい。

 私は思った。何もかも見透かしそうな、その目で見つめられると私の胸はざわつく。彼のことは嫌いではないのに、むしろ勝手に親近感すら抱いているのに。ただただ嫌な予感がするのだ。そんな不思議な雰囲気を空閑遊真という人間はまとっていた。

 

 彼は私をじっと見つめる。

 

 「“またな”。」

 

 「うん、またね。」

 

 私が頷く。それを見た遊真くんはゆっくりと目を瞑った。それから遊真くんと修くんは一気に屋上から飛び降りる。トリガーを使うつもりなのだろう。トリオン体になれば、身体能力は桁違いに上がるから。

 

 千佳ちゃんが、上を見上げてつぶやく。

 「空が……。」

 

 あんなに晴れていた空は、今や怪しげな雲と、おびただしい量の門に覆い隠されている。

 

 それはまるで、私の行く先を表しているようで、私は目を細めた。

 

 

 

 「高橋サキ、オペレートを開始します。」

 

 地下通路をつたって、本部に無事到着した私は、茶野隊の作戦室にはいり、オペレーター席に座る。

 一切の表情を消して。心を動かさずに。

 

 茶野隊のお二人が現着する。

 まず、モールモッドに遭遇。難なく撃破するがそこで私のパソコンの画面に、命令が下った。

 

 それは新型との交戦情報だった。

 

 私は画面上にうつる電子の文字に目を通す。その文面を脳にインプットしながら、すぐに気づいた。あぁこれはーー"使える“な、と。

 

 「本部からの命令です。

 新型との交戦を優先しろ、とのことです。」

 

 「新型?」

 

 「はい。人型程度のトリオン兵とのことです。」

 

 「分かった!急ごう。」

 

  私は二人の視界におおよその目的地を表示させると、茶野先輩はすぐに動いた。

 

 そして私はまた一つ違和感に気づき、眉を上げる。

 言おうとしていた新型の詳しい情報やとるべき作戦の相談をしようとした口がとまる。二人は私が何も言わないままでいるとそのまま目的地に直行し始める。

 そして気づく。いつもなら、もっと茶野先輩は冷静なはずなのに。

 茶野先輩は私の隊長だけど、あまり彼がボーダーに入った経緯といった踏み込んだ質問をしたことをはない。私が知る必要があったのは彼が近界民に対してどういうスタンスをとっているか、の方だったからだ。茶野先輩が城戸派で近界民に対して強硬的な態度をボーダーがとることを支持していることは知っていたが、それをほのめかす言動を普段はしない人だから、不意を突かれたような気持ちになる。

 

 この大規模侵攻という、イレギュラーな状況が、先輩の感情的な側面を刺激しているのだろうか。

 私は二人が新型の方向へ向かうのを黙って見つめる。

 

 私が任務を遂行するためには、一人で動く必要があり、彼らのオペレートを外れている必要がある。大規模侵攻が長引けば彼らのオペレートを外れるチャンスは必ずくると信じていたが、トリオン体の仕様上一度緊急脱出した隊員はまたトリオン体を作り直し出撃するまでに時間的にラグができる。

 

 もし本当に二人が冷静さを失っているのならば、それは"好都合"かもしれない。

 私は薄く、口かどをあげた。

 




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