ノック   作:サノク

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第26話 閉幕

 視覚共有された戦闘の様子を目に入れながら、私は情報を整理する。

 

 そうしていると、画面に表示されたマップからあることに気づいた。

 

 「これは……。」

 

 一瞬、頭の中に不思議な映像が流れ込む。

 

 私は覚悟を決めて、画面に向き直った。

 

 

 ▲

 

 

 戦闘はがぜん、激しさを増しながらも大詰めを迎えようとしていた。

 

 これで終わらせる、という太刀川さんの言葉に呼応し、出水さん、菊地原さんが頷く。おそらく、スナイパーたちもこれまで以上に集中しているだろう。

 だが、その中のあって二宮さんだけは彼らよりはいささかさめたように冷静に大局を見渡そうとしているようだった。

 

 しかし、時が過ぎるのを止める手段はない。

 

 太刀川さんが走り出すのに、二宮さんも従うようだった。

 

 前に言っていた作戦の実行には絶好のタイミングだからだろう。

 太刀川さんが攻撃し、囮になり、菊地原さんが隙をつき、それでもダメなら、彼ら2人の犠牲を覚悟した総攻撃。

 これを実行するのに適した時間はこれ以上ないのだ。

 

 「国近、建物のマップをくれ。」

 

 太刀川さんがそう言ったのに合わせて、私も二宮さんの視界に迅悠一が入ったビルの内部図を表示させる。

 高さからして、ただっぴろい、会議室として使われていた部屋に入ったようだった。

 

 「奈良坂、配置につきました。」

 

 「古寺、配置につきました。」

 

 「了解。じゃ、始めるぞ。」

 

 太刀川さんが窓を壊して建物の内部に入った。

 

 中で迅悠一が風刃を手にし、こちらを見据えている。

 

 太刀川さんは勢いそのままに飛びかかる。速い!

 

 「袋の鼠だな?迅。」

 

 風刃のブレードでなんとか攻撃をしのいだ迅悠一は、太刀川さんの剣を受け流して目を開いた。

 

 「袋の鼠は、どっちかな!」

 

 その瞬間、太刀川さんのトリオン体は四方から斬り刻まれていた。部屋に仕込まれていた風刃の斬撃が直撃したのだ。狭い部屋ではその攻撃は決して避けられない最強の矛となっていた。

 だが、もちろんそんなことに気づいていない太刀川さんではない。

 

 

 〈残り、3本だ!〉

 

 囮も兼ねていた太刀川さんの役割の一つは、風刃の弾の数を減らすこと。わざと相手にとって有利な環境にすることで、攻撃を誘ったのだ。

 

 〈行きます。〉

 

 カメレオンで潜伏していた菊地原さんがここぞとばかりに仕掛ける。

 

 姿を現した菊地原さんに一本の斬撃が襲う。腰に直撃したそれを感じさせない勢いで、菊地原さんはそのまま襲いかかった。

 真ん中が空いたスコーピオンに迅悠一は風刃のブレードを差し込み薙ぎはらう。太刀川さんが膝をついたまま刃を抜いた。

 旋空弧月で引き伸ばされた攻撃を迅悠一はうけきり、太刀川さんにもう一本、斬撃を入れる。

 

 〈あと1本、もういいでしょ!〉

 

 〈あぁ、頼んだぞ。〉

 

 風刃の斬撃は充分削り取った。あと1本しかなく、そのあとはリロードに時間がかかる。

 

 このチャンスを逃す手はない。一気に出水さんと二宮さんが戦場に侵入し、双方が全攻(フルアタック)を仕掛ける。

 

 「バイパー + メテオラ

 

ーー変化炸裂弾(トマホーク)!」

 

 「アステロイド」

 

 大量のまばゆい光の弾丸が迅悠一を襲う。意図的に散乱させられたトマホークの一部が、着弾し、爆発音のような音とともに風圧が窓ガラスを全て割った。

 それに乗じるかのようにして、迅悠一は、後ろ向きで部屋から飛び降りる。

 

 それに素早く反応したのは出水さんと菊地原さんだった。位置取りの関係か、その若さゆえか、そのまま迅悠一を追撃を行おうと追いかける。

 

 視覚共有された二宮さんの視界から、その2人の姿を目にいれた私の口は弧を描き、つぶやいた。

 

 

 「()()()。」とーー。

 

 

 太刀川さんが、何かに気づいたかのように「待て!出水!菊地原!」と叫んだのはそれと同時だった。

 

 二宮さんは部屋の奥にかけより、窓辺から下を見下ろす。

 

 そこで二宮さんが見たのは、ほぼ同じタイミングで銃弾が撃ち込まれた出水さんと菊地原さん、そして、青い目を見開き「予測確定。」とつぶやく迅悠一だった。

 

 

 ▲

 

 

 くそ!

 

 出水は悔しさに顔を思わず歪めた。

 

 任務が遂行できないことへの心残り、罠にはまったことへの後悔。様々な感情が心の中で渦を巻く。

 その一方で、頭は冷静に今の状況を分析していた。

 

 

 今この戦場において、同じタイミングに狙撃が撃ち込まれるというのは通常ありえない。

 

 なぜならば、狙撃に使う銃は普通一つであり、そうであるならば2人のスナイパーが同時にそれぞれの標的を撃つ必要があるからだ。

 それがありえないのは、相手側にはスナイパーが1人しかいないから。ならば、同時に2人への狙撃ができるわけがない。

 

 そう、普通ならば。

 

 だが、相手側のスナイパーは、普通ではなかった。

 

 「戦闘体活動限界、ベイルアウト。」

 

 隣の菊地原が、もともとトリオンを多量に失っていたからか、早めに限界がきたらしくベイルアウトしていく。

 

 出水はトリオンをかなり使っていたが、生来のトリオンの豊富さのせいか、まだ時間が残っているようだ。だが、もう何かできるトリオンは残っていない。

 

 「覚えとけよ佐鳥。」

 

 合間に戦闘が終われば自分の技術を自慢してくるであろう相手を思い浮かべ、恨み言を吐く。

 ツインスナイプとか、やっぱうちのスナイパーは変態ばっかだな。

 

 「戦闘体活動限界、ベイルアウト。」

 

 ▲

 

 「二宮!」

 

 「チッ。」

 

 二宮さんがいらだたしげにハウンドを展開し、佐鳥さんに向かって放つ。

 トリオンの多さはその強さに直結する。

 弾が佐鳥さんのシールドを突っ切った。

 それを防ごうとするように斬撃が二宮さんの肩を貫いた。建物の壁を伝ってきたのだ。

 

 しかしそれは遅かったようだ。佐鳥さんがベイルアウトしたのを確認する。

 

 だが、この攻防の間にも太刀川さんのトリオンは限界を迎えていたようだ。

 

 「最悪だな……。」

 

 「戦闘体活動限界、ベイルアウト。」

 

 後ろの太刀川さんがベイルアウトしたのを二宮さんは一瞥した。

 

 「……これで終わりだな。」

 

 

 ▲

 

 ーーーー時は、先ほどの攻防、すなわち佐鳥たちのベイルアウトから数分遡る。

 

 嵐山と木虎、三輪と風間は公園で戦闘を行っていた。

 そこにいる全員がかなりの実力者ではあるが、この近距離戦で有利な立場にあったのはやはり、攻撃手第2位である風間を擁する城戸派の側だった。嵐山と木虎、特に木虎はすでにかなり消耗しており、右足には三輪が当てた鉛弾(レッドバレット)の重石が存在を示し、かなり機動力も落ちている状況に追い込まれていた。

 

 そこで重要になったのは佐鳥、当真というそれぞれのスナイパーたちだ。

 接近戦はこのままいけば城戸派が勝つのは見えていたが、彼ら次第では戦況が大きく変わることも予想される。

 

 そういうわけで当真は本来の機動力を失った木虎を撃つのは難しくなかったが、佐鳥の方を警戒し、居場所を探っていた。

 

 その腹の探り合いで、先に動いたのは佐鳥の方だった。

 しかし、それは風間や三輪に対する狙撃ではなく、いつの間にかこちらに近づいてきていた、二分したはずのもう一つの戦場にいた菊地原と出水に対する狙撃だった。

 

 予想を超えたあちら側の作戦に嵌められたことを悟り、舌打ちをしたがこれで相手の場所は分かった。

 

 あとは当てるだけだーー。そんなことは当真にとっては造作もないことった。

 

 なぜならば、当真はボーダーが誇るNo.1スナイパーであり、その狙撃技術の正確さは誰もが知っていた。彼は外す弾は撃たない主義であり、逆に言えば、打つ弾は必ず当てた。

 

 そう、当真は弾を外さない。

 

 木虎はそれを分かっていた。

 もはやあまり時間は残されていないだろう、自分の状態も。

 

 佐鳥の居場所が割れたその瞬間、木虎は決断した。

 

 それは一種の判断であった。それが、勝敗を分けた。

 

 木虎は持っていたスコーピオンを上に投げたのだ。佐鳥の方向へ。

 

 この時点で当真の居場所は大体にしかわかっていなかった。だから、これは賭けだった。

 

 そして、木虎はその賭けに見事に勝利したのだ。

 

 

 「おいおい、木虎それはないだろ。」

 

 スコープに捉えた佐鳥への狙撃が、スコーピオンを撃ち抜いたことを当真は理解した。

 

 その直後、二発の銃声が当真の耳に届く。

 

 一発目は、同じくスコーピオンに。

 二発目は、当真を。

 

 それぞれに、見事に命中させた相手への賛辞の代わりに、当真はこう吐き捨てた。

 

 「やっぱ、外れると分かって撃つ弾なんて、ろくなもんじゃねぇな。」

 

 「戦闘体活動限界、ベイルアウト。」

 

 その数秒後、二宮のハウンドにより佐鳥が、トリオン切れにより木虎もまたベイルアウトすることになる。

 

 ▲

 

 「三輪、撤退だ。」

 

 「っ……ですが風間さん!」

 

 「迅の方に回った奴らは二宮とスナイパー2人以外全員ベイルアウト、こちら側も残ったのは俺たちだけだ。これ以上続けても意味はない。」

 

 風間は冷静にそう告げた。

 彼の言葉が正しいとはわかってはいても、それが納得できるわけではない。

 

 「嵐山さん、あなたは絶対に迅(あいつ)に味方したことを後悔する。

 あいつはわかっていない。近界民に大切な人を殺された人間が、奪われた人間がどう感じているのかを!」

 

 「それは絶対にないな。」

 

 嵐山は穏やかな口調でありながらも、強い言葉で三輪の主張を否定する。

 風間は意外に思いながらそれに耳を傾けた。

 

 「迅は昔、近界民に母親を殺されている。

 五年前には師匠の最上さんもな。それに。」

 

 嵐山はそこで少し迷いを見せ、言葉を区切る。風間は顔を上げ、口を出した。

 

 「……それに、なんだ嵐山。」

 

 「……これは俺のことですが、俺も四年前、大切な人をなくしました。

 かなりショックを受けて、落ち込んだことを覚えています。

 そのとき、俺に一番寄り添ってくれたのが迅でした。

 それはおそらく……。」

 

 嵐山は言葉を区切ったが、その場にいる全員がその後に続くのは何か分かっていた。

 

 傷心の嵐山に迅が寄り添えたのは"迅が失った側の痛みを知っているから。"だ。

 

 母親を、師匠を亡くした迅はその痛みを、受けてきたのだ。

 

 そこまで嵐山の言いたいことを理解した三輪は憎悪に顔を歪ませる。

 

 「だから。だから嫌いなんだ。」

 

 かすかに身体を震わせ、やり場のない怒りに拳を握り締める。

 風間はその姿にありし日の自分を幻視し、そっと目を閉じた。

 

 

 

 





サキちゃん勝利エンド。迅さん大勝利エンドでもあります。

二度と戦闘シーンは書きたくない……。


そういえば本文とは全く関係ありませんが、個人サイトを作りました。
ハーメルンではできないアンケートや番外編、リクエストなどを書いていく予定です。

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