ノック   作:サノク

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第25話 引火

 刹那の攻防に思わず言葉をなくす。

 

 あちら側の動揺が私に伝わってくるようだった。見えていないはずの攻撃までを視きり、防いだことへの衝撃。それは攻撃の失敗という結果よりも、大きな事実として彼らに襲い掛かり、そこに隙が生まれる。

 

 菊地原さんはすぐさま間合いをとるため、退き、肩の先の断面を押さえたが、出水さんやスナイパーたちの物量攻撃が一瞬、すべて止んだ。

 

 迅悠一はその一瞬を見逃さず、何も制限されていない自由な動きで太刀川さんに斬りかかる。

 菊地原さんが前に言っていたように、とんでもなく軽く、とんでもなく固い風刃の特性を生かした素早く、柔軟な剣筋は太刀川さんに細やかな傷をつけていく。

 

 しかし、反応の違いから劣勢になった太刀川さんを擁護するように、スナイパーたちの攻撃が入る。

  さらに、形勢が入れ替わった斬り合いに、新たな参入をしてきたのはスナイパーたちだけではない。菊地原さんが俊敏な動きで斬りかかる。スコーピオンを中心に穴をあけることで細長く変形させているようだ。

 

 「ゲッ、こうなったら俺らシューターは迂闊に攻撃できなくないっすか。風間さんたちコッチ持ってきた方が良かったんじゃ?」

 

 「確かにあの連携攻撃を持ってこれなかったのは痛手だが、菊地原も分をわきまえた攻撃ができている。問題ない。

 それに、戦闘が行われているのは"こちら"だけではないからな。」

 

 二宮さんの言葉を裏付けるかのように、エメラルドグリーンの光が、彼らの頭上を飛んでいく。

 

 「おわっ、ベイルアウト……。」

 

 私は通信を入れながら解析をする。

 

 「緊急脱出(ベイルアウト)したのは嵐山隊の時枝さんのようです。」

 

 「あちらは人数で言えば4対5。スナイパーを差し引けば3対4。数の有利があるだけではなく、風間さんのような攻撃手2位(強者)もいる。足止め以上の効果が期待できるだろう。

 ただ……。」

 

 「ただ?」

 

 二宮さんと私は同時につぶやいた。

 

 「その分、こちらはそんなに簡単にいかない。」

 

 

 いや、いかせはしない。絶対に。

 

 

 

 

 

 

 形勢を見守っている二宮さんと出水さんだったが、機密通信がはいる。

 

 〈おい出水、お前撃ってこいよ。 〉

 

 太刀川さんの声だ。視覚共有された映像には、普通そんなことができるほどの余裕がある斬り合いにはとても見えないが、そこはさすがといったところだ。

 

 〈無理ですって。太刀川さんと菊地原殺しちゃいますよ。〉

 

 〈お前の十八番、バイパーはどうした。二宮も、ある程度はハウンドでできるだろーが。〉

 

 〈ハウンドは普通でも慣れたら読みきられる。相手が迅悠一ならなおさらだ。〉

 

 ほら見ろ、とばかりに二宮さんはトリオンを分割し、ハウンドを上に向けて発射する。

 その弾は放射線状に動き、弾の雨として攻撃手たちに降り注ぐ。予告のない攻撃に、菊地原さんや太刀川さんたちさえ若干被弾したにも関わらず、迅悠一は素早い動きで避けていった。同時に西へ西へと後退していき、それを追っていく。

 

 〈未来視のサイドエフェクトか……出水、お前は?〉

 

 〈できなくはないっすけど、ここまで微妙に動かれると……。那須さんとか見ててわかると思いますけど、俺の十八番(アレ)は周りに空間があるとか、包み込みができるぐらいかがベストです。〉

 

 〈……で、その心は?〉

 

 〈あれ、バレました? いやー、ちょっと全攻撃(フルアタック)使いすぎて無駄撃ちに回せるほど余裕ないっていうか。〉

 

 出水さんはそう言って肩をすくめた。

 

 私はあれ、と思った。確か出水さんはボーダー内でも屈指のトリオンモンスターとして知られていたはずだ。そんな出水さんがそこまで言うほど消耗していたとは……と思い、回想すると、シューターとスナイパーたちの物量作戦のとき、確かかなり連発していた様子だった。

 シューターはスナイパーとは違い、一つ一つの攻撃でトリオンを大量に消費する。(ゆえにトリオン量に余裕がある人がなる傾向にある。)出水さんはフルアタックをしていたのでそのせいだろう。

 そして、出水さんがそうならば、消耗しているのは彼だけではない。

 合成弾もフルアタック同様、大量のトリオンを消費する。それを何発も撃っていた二宮さんも、ボーダー1のトリオン量を誇るとはいえ、減るものは減っているはずだ。

 あとはアタッカーとはいえ、腕を斬られた菊地原さんもか。

 

 それに対して、迅悠一は未だ無傷。そしてここでいったん攻防が止み、距離をとる。迅悠一はなおもじりじりと後退していく。

 さて、ここからどうするべきかと考えていると、「またベイルアウトか。」という声が聞こえた。あちら側はずいぶんと、混戦のようだ。

 

 「一気に2人?」

 

 「誰がベイルアウトした?」

 

 「……これは、三輪隊の米屋さんと風間隊の歌川さんですね。」

 

 共通点はどちらもアタッカーだということか。これで戦況は3対3。それぞれの隊長がまだ残っているのがキーポイントになりそうだ。

 

 〈あっちもまだ戦闘が続くだろうし、このままじゃかなり時間が掛かりそうだな。〉

 

 〈どうするんですか?〉

 

 〈迅の思うがままになってる感じがうざい。一気に攻めるぞ。

 まず、風刃の最大の特徴は斬撃による遠隔攻撃だ。今は距離を詰めてるから大丈夫だが、一番警戒すべきはそこだ。

 それ以外は、確かに菊地原の言う通り、風刃本体はアホみたいな固さと軽さだが、言ってしまえばただのブレード。今やっているみたいにちゃんと対処ができる。〉

 

 〈……それで、近距離戦に持ち込むつもりか? だがそれにしてもさっきと同じ結果になるぞ。〉

 

 〈あぁ。だから風刃の残弾切れを狙う。風刃の弾は11本、一回出し切った後は再補充(リロード)が必要だ。〉

 

 〈さっきの攻防で1本減って残り10本。あっちも温存している感じがしますけど。〉

 

 〈迅が何の基準で何本出すかは知らん。だから最大限出さざるをえないように動く。風刃の弱点が接近戦であること、本数を出させることに重点を置く。〉

 

 〈チッ、もったいぶるな。さっさと説明しろ。〉

 

 〈つまり時期が来れば俺がまずあいつを攻める。それでいけるなら一番いいが、俺が風刃の斬撃を最大限引き出させてから、菊地原が攻撃しろ。それでダメなら、出水と二宮、奈良坂と古寺の総攻撃(フルアタック)で仕留めろ。俺らに当てても構わない。〉

 

 なるほど。太刀川さんが考案したのは二重の囮作戦だ。しかも囮がそれだけではなく、風刃の斬撃を引き出すという役割も兼ねている。

 これに反対するのは怪しく思われるだろう。なんとか迅悠一にしのぎ切ってもらうしかない。

 

 戦闘が再び始まる。

 だいぶ空いた距離を太刀川さんが一気に跳び、詰めていく。

 

 空から落ちてくる太刀川さんを狙うように迅悠一が風刃を振るった。

 

 ーー斬撃!

 太刀川さんは体を少し動かす。斬撃が肩を斬った。おそらく致命傷を避けたのだろう。

 

 「さすがだ、迅。

 

 だが、遠くから攻撃できるのは……お前だけじゃないぞ。『旋空弧月』」

 

 太刀川さんが腰にかけた二本の刃をひき抜いた。

 

 その距離、15m。それより長くとも、短くともないそれはまさに、驚異的な感覚と言って過言ではなかった。経験か、それとも彼をランク戦No.1たらしめている強さそのものか。いずれかの才をもってして、それはここに顕現する。

 

 その奇跡を発動させようとしたその時、迅悠一は笑った。

 

 「よく風刃を研究してるね、太刀川さん。

 

 ーーでも、相手を研究してるのは、太刀川さんだけじゃないんだよ。」

 

 今この瞬間のみ、それを可能にしたのは、サイドエフェクトではなかった。

 絶対的な先読み能力、未来視。しかしたとえそんなものがなくとも、迅悠一はおそらくその攻撃を読み切ったであろう。

 

 なぜなら、彼らはライバルだったからだ。

 

 

 迅悠一は太刀川の攻撃を前に、風刃を、振るった。

 

 

 

 風刃、残り7本。

 

 

 

 「そんな……。」

 

 「……うろたえるな、古寺。集中しろ。」

 

 「でも、奈良坂さん……俺初めて見ましたよ。

 

 弧月が折れるところなんて。」

 

 

 一瞬、息が止まった。

 

 旋空弧月は確かに弧月のブレードを伸び縮みさせ、攻撃する技だ。その長さと伸びる時間は反比例の関係にあるために、0.2秒で40mも伸ばす人もいる。

 太刀川さんの伸ばした距離は、おそらく平均的な15m。しかし、それですらその発動時間はたったの1秒なのだ。ほんの、まばたきより短いその時間。これが起こったとは信じられなかった。

 

 太刀川さんは着地し、"一本"の弧月を手に迅悠一に斬りかかる。迅悠一はそれを受け止めた。

 

 「はは、ほんとお前最高だ!迅!」

 

 「太刀川さんもね!」

 

 太刀川さんが旋空弧月を発動させたその瞬間、迅悠一は風刃を振るった。二本の斬撃。それが伸び縮みする瞬間の、"もっとも脆い弧月"を狙ったものだと理解した太刀川さんはすぐさま右手の弧月の設定を変え、一瞬で伸び縮みさせた。そしてそれに斬撃をくらわせ、多少被弾はしたものの、もう一本の弧月は守りきり、迅悠一の腹に傷を入れた。

 

 「つーかどっちも変態じゃねーか!」

 

 「チッ……。残り7本。追い詰めるぞ。

 『メテオラ』+『ハウンド』

 

 『サラマンダー』」

 

 広範囲の攻撃が迅悠一を追跡し、襲いかかる。煙幕が立ち上った。

 その際に太刀川さんは迅悠一から距離をとり、もう一本の弧月を生成する。

 

 少し離れた場所でガラスの割れる音が聞こえた。私はレーダーを視界に表示させる。

 

 「民家に入ったか。

 

 一気に詰めるぞ。これで終わらせる。」

 

 しかし、その言葉とは裏腹に、太刀川さんの瞳には確かに情熱の炎が宿っていたのであった。

 

 

 

 




情熱の炎(七輪) 次で決着です。

ところで、合成弾の名前って誰が決めたんでしょうか。カクテルからとられているというオサレ具合からして師弟時代、

出水「これがアステロイド+アステロイドです。」
二宮「待て。」
出水「?」
二宮「『ギムレット』と呼ぶことにしよう。」
出水「!!!(マジか!ちょーかっけえ!)」

太刀川「シューターってこんなのばっかかよ!」
迅さん(黒コートの人に言われてもなぁ)ボンチ揚げボリボリ

こうですか?分かりません

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