ノック   作:サノク

23 / 32
第22話 しがらみ

 なるほど、と耳から聞こえてくる声に私はひとり、家でつぶやいた。

 

 今ボーダーで行われているのであろう会議は重要な情報のオンパレードだった。まず三輪隊、そして次に三雲くんとS級隊員迅悠一が報告をしていく。内容は、旧弓手町駅で行われた三輪隊と……彼らの言葉を借りるなら、近界民(ネイバー)……三雲たちの言葉を借りるなら、空閑遊真ーーあの、白い髪をした転校生だーーとの交戦。

 うすうす、気づいてはいたような気がする。モールモッドが画面の液晶越しではなく、目の前で倒されたあの日に見た白い頭の少年。次の日に転校生してきた白髪(はくはつ)の男の子。その時点で何かの予感はしていた。ただ、わからなかった。ボーダーが唯一所持するトリガーでしかトリオン兵は倒せない。どうやって、モールモッドを倒したのか。

 その答えは耳元で何度も繰り返されている。

 

 黒トリガー(ブラックトリガー)。S級隊員たちが持つそれと同じものを遊真くんは持っているのだ。

 周囲の反応からしてそれが価値のある強力なトリガーということは確か。おそらくすでに報告している他の黒トリガーと同様手に入れるのは難しいだろう。奪えるものなら奪えたらいいけど……。そう考えていると、ふと頭の片隅に押しやった記憶がよぎった。

 

 "あの転校生、黒い指輪つけてない?"

 

 "なんか、親父の形見かなんからしいぜ。"

 

 ………………。

 

 そもそも、必要とされているのはトリガー。遊真くんが近界民である以上、こちらの技術で詳しくいじられるかは分からない。なら、ボーダーのトリガーを狙うのが一番だろう。上層部の一部がその価値のある黒トリガーだけではなく、遊真くん本人に、もっと言えばクガユウゴという人物と関わりがあるのも気になる。目標の変更はなくていいだろう。

 

 

 そうか。私は思った。遊真くんは近界民なのか。近界民というとトリオン兵のイメージがどうしても強いが、遊真くんの様子を見るにあちらの世界でも人がたくさんいるのだろう。よく考えたら当たり前だ。そうじゃなかったら遠征って、何しに行くんだって話になる。 

 

 近界民、なのか。……近界民ということはボーダーの敵になるのだろうか。いや、城戸司令が今の黒トリガー強奪姿勢を変えないなら、そうになるだろう。私と同じ、ボーダーの敵。……。ベットに寝転がる。…………。さっきのことを聞いた時、私は少しだけ、嬉しいと感じた。遊真くんがより身近な存在に思え、親しみを感じた。きっと、この全てがボーダーとつながっている世界の中で、私もその一人に擬態しようとしているなかで、仲間を見つけられたような気がしたのかもしれない。

 

 私は窓から見えるボーダーの基地を見つめた。

 

 まるで幼い時、闇の中で灯る星たちを見たような切なさが、胸を覆う。窓に反射する私の顔がこちらをじっと見つめている。

 

 

 

 また、耳に音が入る。私は目を開いた。

 

 

 まだ会議を続けているのか?いや、これはそうじゃない。

 

 会議を終わらせた後、城戸司令は自分の派閥が必ず黒トリガーを手に入れると発言していた。これは、その話し合いだろう。

 

 "私はB級を大量に動かすことには反対ですよ。その中にうちの部隊などがあって、市民に見つかりでもしたら大変な損失になりますからね。"

 

 根付さんの声だ。

 

 "では玉狛が黒トリガーを手に入れるのを、ただ手をこまねいて見ていろというのか!"

 

 "……唐沢くん。君の意見は?"

 

 城戸司令が唐沢外務・営業部長に問いかける。

 

 "私は兵隊の運営などは専門外ですが、"

 

 唐沢外野・営業部長はそういい、間を開ける。息を吐き出す音が聞こえる。

 

 ちょっと待って。今この人兵隊って言った??割と公然だけど触れてはいけないライン……いやもう依頼主もトリガーを兵器扱いしてるしいい……のか?……しまった、思わずツッコミをしてしまった。

 

 "そうですね。私なら今回の作戦には三輪隊に加え二宮隊の二宮くん、茶野隊の例の優秀なオペレーターを参加させ、時期を待ちます。"

 

 一転、体に緊張が走る。思わず息をのむ。自分の存在を暗に示す言葉が、この人から出てきたことに驚いたのだ。嫌な汗が流れる。しかし、そんな外野の私を放っておいたまま話は進む。

 

 "時期を待つ……遠征部隊か!"

 

 "なるほど。……B級の中からその二人を選んだ理由は?"

 

 "まず、どちらも我々にかなり寄っている隊員になりますし……二宮くんは単騎でも活き、オペレーターの彼女も優秀な実力がある。遊ばせておくにはもったいないのでは、と。"

 

 "二宮隊員のほうは分かった。しかし、高橋隊員ではなく、二宮隊のオペレーターでも構わないのではないか?"

 

 "情報保持の観点から、それはあまり良くないかと。隊をまたがせた方が、情報はかえって広がりにくいですし、あまり隊の中で機密を保持する隊員が増えると、その他に勘づくものがでる可能性がありますから。

 別に他人の目に触れるわけでもありませんし、いいですよね、根付さん?"

 

 ……嫌な人だ。断る言い訳を先に潰してから尋ねている。そう聞かれて、ダメだと言えるわけがない。

 

 "え、えぇ……。私は構いませんが。"

 

 "分かった。では、そうしよう。"

 

 今度こそイヤフォンから何も聞こえなくなる。

 

 耳からそれを外し、机の引き出しの中に入れた。

 

 ……ちょって待って、あの人、なんて言った?

 

 空閑 遊真からの黒トリガー強奪に二宮さんと私を参加させる?前後の文脈からしておそらく、二宮を私がオペレートすることになる、のはどうでもいい。

 問題はもっと別の所だ。

 無理やりにでも奪うのか、遊真くんから。

 父の形見だという、黒トリガーを。私が……?

 

 「大変なことになった……。」

 

 口から漏れ出たその言葉が、頭の中で何度も反響していた。

 

 

 

 

 

 

 その夜、私はなかなか眠りにつくことができなかった。遊真くんの顔が浮かんでは、また消える。お父さんの顔が、その代わりに現れる。

 

 重ねているのだ、と思った。

 

 三門市というこのある意味、玄界の近界のような奇妙で複雑な都市へ、住み慣れた場所からたった一人で来て、ボーダーと敵対しているという自分に似た経歴の遊真くんに、私自身を重ねている。もし彼が自分だったとしたら、と考えてしまっている。

 

 彼のお父さんがすでに亡くなっていると聞いて、私は動揺した。

 私のお父さんがもしそうだったら、という考えが頭をよぎったからだ。

 

 そんなくだらない情は捨てなければならない。理性はそうささやく。

 自分の任務のため、一切の思いを持たず、もし実際遊真くんから黒トリガーを奪えと命令されたなら……それに従わなければならない。

 

 だって、今までもそうやってきたじゃないか。

 

 あの時、犬飼さんに嘘をついて、頷いてみせたように。

 

 

 けれど、私の中の何かがそれの邪魔をする。それは、三雲くんに羨ましい、と告げた、私の本心。

 

 

 任務はもちろん成功させなければいけない。

 だけど、遊真くんからお父さんの形見を奪い取りたくもない。それが私の願望。

 

 頭では分かっている。どちらかを成功させるのは簡単で、どちらも成功させるのはリスクをとる必要があると。

 私の全ての優先順位の頂点は、任務の成功。それに危険をもたらすなら何だったとしても、排除しなければならない。……だけど、私は。

 

 

 

 ふと、三雲くんのことを思い出した。

 リスクをとって、なおも自分の気持ちに嘘をつかず、突き通した彼を思い出した。

 リスクをとって、自分の友人を上層部に報告しなかった彼を思い出した。

 

 

 

 羨ましい。私は、再び自身の感情を理解した。

 

 ただ、前、こう思ったのは自分にはそうできないと知っていたからだった。

 

 今私は……迷っている。

 

 

 ▲

 

 

 結局、一度も眠れなかった……。眠い目をこすりながら私はボーダーに入った。

 

 今日、私に言われるかもしれない指令のことを考えると、とてもまっすぐ作戦室に行く気にはなれず、回り道をして自動販売機の前にきた。

 

 とにかく、身体がカフェインを求めている。私は自動販売機の前で三段の飲み物の段に目をすべらせる。そして少し悩んでから、ある一点で目が止まる。

 

 朝のコーヒーにしようかな……そう決めて、お金を入れようとした手を、突然掴まれた。

 

 「コラ、中学生が夜更かしか?朝からコーヒーなんて飲むもんじゃないぞ。」

 

 驚いて振り返ると、大人びた顔の男性がこちらを優しくにらんで、咎めていた。

 

 見たことがない人だ。いや……あるのかもしれないけど、そんなに関わったことはないはず。

 

 そうそちらに目を奪われていると、流れるような動きで男性はお金を自販機に入れてピッとボタンを押した。ココア?甘いものが好きなのだろうか?と思っていると突然その缶を投げられて慌ててキャッチする。

 

 「中坊にはそれで十分だろ。この後は防衛任務か?」

 

 「い、いえ。今日は特に。」

 

 答えると相手が驚いたのが分かった。

 

 「防衛任務がないのにボーダーに来たのか?オペレーターだよな。……よし、今日はもう帰れ。そして寝ろ。」

 

 「そういうわけにもいかないので。」

 

 押し問答だ。これが続くかと思われたが、はぁ、と男性がため息を吐いて奥の部屋を指差した。

 

 「あっちに仮眠室を兼ねた休憩室がある。ほら、行くぞ。」

 

 「でも、」

 

 「変なことなんてしないよ。」

 

 「いえ、そういうつもりで言ったんじゃ、」

 

 「ならいいだろ。」

 

 そう言われて自然に背中を押されると、歩き出さないことはできなかった。……ずるい大人だ。だけど、悔しくはなかった。この人の話し方に、暖かさが滲み出てるからだろうか。(二宮さんならこうはいかない。)

 

 休憩室で横になる私から少し離れて、男性が椅子に座る。彼は口を開く。

 

 「悩み、あるなら聞こうか?」

 

 「なんでわかるんですか?」

 少し迷ってこう返した。

 

 「ひどい隈だ。そんなんじゃ、今日のテレビ仕事はできないだろうな。」

 

 「嘘、トリオン体ですよ。」

 

 男性の軽口にのせられて、私は思わず笑った。それを見て男性も微笑む。

 

 「見ず知らずのおっさんに話したほうが、楽なこともあるだろ?」

 

 「もっとずっと若いでしょう?それに、あなたは私のことを知ってるのに。」

 

 「20代なんてお前らから見たらおっさんだよ。

 だけど、そうだな。確かに俺ばかり相手のことを知っているのもアンフェアだ。」

 

 

 「俺の名前は東春秋。B級東隊の隊長をしているよ。さ、これでイーブンだな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




>>>満を持して元A級1位部隊隊長東さん登場<<<

迷える若者にぶつけるワールドトリガーのおっさん(20代)といえば東さんしかいない!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。