ノック   作:サノク

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第21話 闘争

 

 大規模なラッド捕獲作戦後、イレギュラーゲート騒動は無事おさまった。それから近くなにも起こることはなく……いや、ランク戦の結果、私たちの隊が中位に昇格することが決定した。

 

 胸ポケットから"T"と書かれた缶バッジを取り出して、太陽に透かすようかかげる。

 

 これは、中位昇格祝いに茶野先輩がくれた缶バッジだ。趣味で作っているらしいそれには茶野先輩にはC、藤沢先輩にはFの文字が綺麗に入っていた。

 私には、もはやランク戦で勝ち上がることにメリットはない。すでに会議を盗聴していることで当初の目的は果たしたからだ。

 だがそれでも、もらった時には苦労して勝ち上がったこと、協力した思い出が溢れ出した。

 

 嬉しかった。

 

 だけど……本当は、T(高橋)じゃなくて……。

 

 そんな思いを隠すように、私はまた、缶バッジを胸ポケットに入れた。そして、廊下を曲がる。

 

 「君は……。」

 

 顔を上げると、そこには見知った眼鏡の同級生がいた。

 

 

  ▲

 

 「なぁなぁ、修。サキって、どんな奴なんだ?」

 

 「高橋さん?そうだな……。一言で言うと、高嶺の花みたいな人じゃないか?」

 

 「タカネノハナ?」

 

 「おいそれと声をかけにくいってことさ。

 えっと……高橋さんはかなりテレビにも出ているボーダー隊員だし、勉強もできるし、すごく可愛いし、性格もいいから。なんていうか、別世界の人なんだよ。」

 

 「ふうん……性格がいいねぇ……。なぁ、修。」

 

 「なんだ?」

 

 「日本では、性格がいいやつは"ウソをつく"ものなのか?」

 

 「え?」

 

 

 

 

 三雲修にとって、高橋サキという少女はまさに羨望や尊敬の的だった。とは言っても、好き、というわけではない。修のクラスメイトの中には、彼女にそう言って感情を抱いているものもいたが、修にとってはそうではなかった。

 高橋サキは同じボーダー隊員だった。同級生だった。そしてそのどちらでも、一歩も二歩も先に歩いているような少女だった。修がこうなりたい、と憧れるような、自分が思う理想像そのものだった。

 

 同級生の彼女にさん付けをしていたのも、修にとって彼女はどちらかといえば、芸能人のような存在だったからだ。雲の上の人。

 

 「B級昇格おめでとう、三雲くん。」

 

 だからこそ、先日、遊真の戦功分でB級昇格したことを祝福されて複雑な気持ちになった。

 

 「ありがとう。」

 

 できることなら……彼女には、自分が自力でB級隊員になったのを祝福されたかったのだ。

 

 微笑む彼女をじっと見つめる。遊真の言葉が、修には気にかかっていた。

 

 "日本では、性格がいい奴はウソをつくものなのか?"

 

 話の流れからして、あれが高橋サキのことを指していたのは明白だ。

 

 

 

 

 「高橋さんが、嘘をついていた?」

 

 「うん、なんか初めて話した時。だけど、なんかおかしいんだよね。」

 

 「俺、だいたいどのぐらい嘘をついてるのか、どこが嘘なのかは分かるんだけど、サキは全然わからなかった。短い言葉だったし、俺を害そうってわけじゃなさそうだったのに……。」

 

 遊真は口を尖らせて拗ねたように言う。

 

 修は高橋サキに遊真を紹介した時のことを思い出した。

 

 

 

 「三雲くん、お疲れ様。」

 

 「高橋さん、お疲れ様。

 あっ、こいつは空閑遊真。転校生なんだ。」

 

 僕は高橋さんにそう言った後、今度は空閑に声をかけた。

 

 「空閑、彼女は高橋サキ。ボーダー隊員だ。」

 

 「よろしくね、空閑くん。」

 

 高橋さんは愛想よく、空閑に微笑みかける。やっぱり、相変わらず綺麗な顔だ。クラスメイトたちが見たら騒ぎ立てるような笑顔だった。

 だが空閑はそんな様子をちらりとも見せず、高橋さんを観察するように見た。

 

 「遊真でいいよ、俺もサキって呼ぶから。」

 

 「じゃあ、遊真くんで。」

 

 空閑は高橋さんの声を聞いて、「ふうん……。」と呟く。

 僕が知っている空閑より、なんだが警戒心が強く思った。

 

 「どうしたんだ?空閑。」

 

 僕はそう尋ねたが、空閑は「ちょっとね。」と言った。高橋さんがいる前では言いづらいのかと思い、一応納得した。

 

 

 

 これがおそらく、遊真と高橋サキの初対面のはずだ。今思い返せば、遊真の態度はサイドエフェクトで感じ取った、高橋サキの"ウソ"への不信から来たものだったのだろう。

 

 だけど、確かに変だ。

 

 なぜなら、高橋サキはこの短時間で、当たり障りのないような、あまりにも普通のことしか話していない。

 

 (いったい、どこで嘘をついていたっていうんだ……?)

 

 かすかなモヤモヤが、修の胸に生まれる。目の前の人並み外れた美しい少女が、天使のように微笑む。それだけで学校の生徒や先生、ボーダー隊員の彼女を応援するファン、三門市の市民は誰もが皆、彼女が清廉潔白だと信じきっていた。彼女はボーダーに信頼をもたらしてきた。

 

 だが。修は思った。

 

 遊真の言う"ウソをつく高橋サキ"と自分が見てきた"理想像としての高橋サキ"。

 

 この二つは決して重ならない。

 

 どちらが本物で、どちらが正しく、どちらが彼女なのか。

 

 もしも、遊真の言う彼女が正しいのであれば?

 今までの彼女が全て虚栄なのであれば……?

 

 それは、なんだか、すごく恐ろしく、とんでもないことで、そしてとても、とても寂しいことのように思えた。

 

 「三雲くん。」

 

 そんな風に考えていたからか、そう目の前の少女に声をかけられて修は驚いた。

 

 「ど、どうしたんだ?」

 

 「私ね、あなたが羨ましいの。」

 

 美しい少女は少しかかとを上げて、靴箱から靴を取り出しながらそう言った。

 

 「羨ましい……?」

 

 修は最初、その言葉の意味が分からなかった。羨ましい? どういう意味だ?

 なぜなら、その言葉は今まで、修自身が彼女に向けてきた言葉だったからだ。

 

 「うん。」

 

 なおも状況を飲み込めない修を置いて、少女ははっきりとこちらを見据えた。上質なミルクティに似た、大きな大きな薄い茶色の瞳に、吸い込まれそうになる。

 

 「私も、あなたのように戦いたかった。」

 

 高橋サキはそう言うと、ふわりとスカートを翻して昇降口を出て行った。修はそれを追えなかった。柔らかい赤みをおびた夕焼けを背景に去っていく少女の姿は、言葉にできないほど美しかった。圧倒されてしまった。

 

 しばらくして、修は自分が"本当の彼女の一端"に確かに触れたことに、ようやく気付いた。

 

 あれは、どういう意味なんだろう。少し考えて、修は自分なりの答えを出した。

 

 少女はオペレーターだ。隊を補佐する重要な役割ではあるが、実際に自分で戦えはしない。また、彼女は学校でイレギュラーゲートが開いた時、(本当はそうではないが)トリオン兵を倒した修を見ていたはずだ。そこまで考えて、結論を出す。

 おそらく、彼女なオペレーターより、戦闘員になりたかったのではないか?と。

 しかしなんらかの理由で、そうはなれなかった。だから自分が羨ましいと言ったのではないか?戦える自分が、羨ましいと。

 その結論は修にとってすごく受け入れやすいものだった。修には、トリオン能力という自分にはどうしようもできない要因で戦闘員に落ちた経験があった。彼女と自分を重ねたのだ。

 

 残念ながら、修のその考えは合っていない。

 だが、誰も彼が高橋サキの真実の一端に触れたにもかかわらず、その本質を見抜けなかったことを責めることはできないだろう。

 誰が想像できるのであろうか?

 

 ーー憧れてきた同級生の少女が、スパイであることを。

 

 

 ▲

 

 レプリケーター作戦。意味は、複製起点。

 テロメアというコードネームを持つスパイに与えられた任務は、この作戦を成功させることだ。

 約四年半前、突如三門市を襲った無数の近界民。その侵略を食い止めた謎の組織、界境防衛組織"ボーダー"。

 その未知のエネルギー、技術には多くの価値が存在する。

 

 だが、それだけではない。レプリケーター作戦に込められた意味は、そんなものではない。

 かつて、アメリカは1945年8月に原爆投下を行い、その強大な技術を世界に示した。

 もっぱらアメリカがその力を誇示したのは、社会主義と資本主義という価値観の違いからすでに予測されていたソ連との対決のためだ。

 ソ連はもともとアメリカに大きく技術で遅れていた。さらに駄目押しするかのような形で見せた兵器の凶悪さは語るべくもない。そしてその兵器が科学の英知の結晶ということも。当時、 アメリカの科学者や情報分析の専門家はソ連は1960年代になるまで原爆を開発できないだろうと予測していたほどだ。

 しかし、それは違った。1949年9月3日、米軍の長距離気象偵察機が異常に高レベルな放射線量を示す空気のサンプルをロシア上空で採取した。それがソ連による核実験の証拠であることはすぐに明らかになった。

 なぜ、ソ連は当初の予想を大幅に覆し、たった数年で科学の英知を、凶悪な兵器を手に入れるに至ったのか?

 

 ソ連はベルリンを落とした。その際、ドイツの(凶悪な実験を行っていた)優秀な科学者を大量に得ている。来たるべき冷戦に備えて。(なお、アメリカも同様のことをしているのでこの善悪は議論しない。)そういったことでソ連は技術力を上げていった。しかし、それだけではない。

 

 例えば、あなたがもし、ソ連の立場ならどうするだろう?

 強大な力を持つアメリカと対立し、しかもその国は地球すら破滅させてしまうような強大な兵器を持っている。目下、その兵器こそが我が国の脅威だ。

 なんとしてでもこちらもこの兵器を手に入れたい。作るための技術は補った。あとはその兵器の情報さえ知れればいい。

 

 ソ連がどうやってアメリカの技術を手に入れたか。答えは簡単だ。

 

 優秀なスパイから、その情報を手に入れたのだ。

 

 かくして、それぞれの国はお互いの国を10回ほど破滅させてなお余るほどの核兵器を手にし、地球全体を巻き込む冷戦へと突入していった。

 

 

 ボーダーの持つトリオン技術は、これに似ている。

 

 近界民には、科学の力が全く通じない。それは彼らがトリオンを元にする技術で作られているからであり、トリオンにはトリオンしか通じないからだ。だから唯一トリオン技術を使って対抗できるボーダーの存在が許された。

 逆に言えば、今現在、ボーダーに対抗できる組織は地球上どこを探してもいない。トリオン技術はボーダーの機密情報であり、どこにも流出していないからだ。ボーダーがここまで巨大な組織に発達したゆえんでもある。他との圧倒的な違いがそこにはあるからだ。

 

 すなわち、持つものと持たざるもの。

 

 例えば、核兵器を持つ国が1カ国しかなかったならばどうなるだろうか。

 他国はその国に怯える毎日を送るだろう。

 自らを守るため、核兵器を禁止にしようと躍起になりそれができなければ……自分たちもその兵器を手に入れようとする。

 技術が広がる始まり、それがレプリケーター。

 

 これは、それとなんら変わりはしない。

 レプリケーター作戦はある先進国がたてた、トリオン技術の獲得を目的とした作戦だ。

 そこに善悪はない。

 

 テロメアはその引き金を引く、作戦の最重要人物だ。

 

 引き金、それはつまり、ボーダーからのトリガー奪略と本国への送還。

 

 世界の運命の分岐は、もう、一か月を切っている。

 

 

 


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