ノック   作:サノク

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第20話 先に行くよ

 城戸司令と三輪先輩の二人と別れたあと、私は作戦室のベッドの上でイヤフォンから聞こえる会議室の様子を窺っていた。はたから見れば音楽を聴いているように見えるかもしれない。

 

 議題の内容は、C級であるのにもかかわらず基地外でトリガーを使用した三雲くんの処分とイレギュラーゲートの対策。

 

おそらく会議室にいるのは上層部と三雲くん……そして、

 

 "どーも、実力派エリートです。命令に従い、ただいま参上しました。"

 

 玉狛支部所属ーーS級隊員、迅悠一。

 

 おそらく彼が呼ばれたのはイレギュラーゲート対策だろうが、万が一私と鉢合わせすればまずい。今日は作戦室にこもっておいたほうがいいだろう。

 

 そう 考える私をよそに、会議は進んでいく。

 議題は一度、三雲くんの処分の話に戻る。

 どうやら、開発部の鬼怒田さんを筆頭として、城戸派はルールに従って処罰すべきと考えているようだ。

 しかし、そこに忍田本部長が反対する。三雲くんは市民を救ったのだと。本部長らしい意見だ。

 それに対し声が大きく聞こえてくる。これは、根付さんのものか。

 

  "ネイバーを倒したのは木虎くんでしょう?"

 

 "その木虎が、三雲くんの救助活動の功績が大きいと報告している。"

 

 ……これは予想外だ。学校で見た木虎さんは、嵐山さんの対応に納得していなかったみたいだから、てっきり処分には賛成だと思ったのだけど。救助活動というぐらいだから、ここ数時間で開いたイレギュラーゲートのことだろうか。

 続けて忍田本部長は、嵐山隊からの三門第三中学校での三雲くんの功績を挙げた。

 

 "それに"忍田本部長はさらに続ける。"あなたのところの部下も、三雲くんに命を救われたと言っているようだが?"

 私の報告書のことだ。三雲くんの学校での隊務規定違反は私と嵐山隊が、おそらく二度目の違反は木虎さんが、それぞれ庇った形になった。

 今更だけど派閥を超えて庇ったのはまずかったかな……私が忍田派や中立派に近いと思われたかもしれない。城戸派がここまで三雲くんの処分に傾くのは予想外だった。

 

 そして城戸司令が、本部長の意見を受け入れた上で、三雲くんに問う。

 

 もし、今回と同じようなことがまた起きたらどうする、と。

 

 その返答は"目の前で人が襲われていたら、やっぱりまた助けると思う。"だった。

 

 「バカな人だ……。」

 私は思わずそう呟き、顔をしかめた。

 そういえば、処分されるとわかっていて、なぜそんなことが言えるのか。

 私なら……私なら、そんなことは絶対に言わない。たとえ、そう行動すると思っていても、口ではボーダーの規定に従い、また助けられるようにB級隊員への昇格をいち早く目指すと……いや、違う!

 私は、そもそもそんなことはしない。学校でトリガーを使用することを躊躇したように、目の前の命と自分の保身を天秤にかけたように……私は、隊務規定違反など犯さないだろう。そして、トリガーを使わない。目の前の命を、救わない。

 

 それを自覚した瞬間、何かが胸に湧き上がった。

 

 黒く、醜く、おどろおどろしく、そして汚い感情が。

 

 私はこれを知っている。私は、これを知っている。

 

  例えば、絶対強くなると宣言し、私に頭を下げた茶野先輩と藤沢先輩を見たとき。

 いなくなった鳩原さんという人物のことを調べるため、無理をしてでも調査し続ける二宮さんを見たとき。

 そして、そんな二宮さんのことを心配する犬飼さんの話を聞いたとき。

 

 今、自分が処分されると分かっていてもーー答えを、口にした、三雲くんの声を聞いた、その時。

 

 湧き上がるこの感情はーー嫉妬。

 

 私は、羨ましいのだ。彼らが、迷いもなくそう口にし、行動できることが。誰かのため、そう正直に言える彼らがーー嘘も、疑いもなく、真正面からそう向かっていける彼らを、心のどこかで羨ましいと思っている。

 

 そんなこと、私にはできはしないから。

 私はスパイだ。人を疑って生きてきた。人に嘘をついて生きてきた。人に疑われて生きてきた。人に嘘をつかれて生きてきた。

 そしてその分私は汚れた。

 だからこそ、彼らが羨ましい。

 

 会議の内容はすでにイレギュラーゲートにうつっていた。

 耳から耳へ通り抜けるその音に、有用と思えるものはない。

 

 

 作戦室の扉が開く音がした。私はそちらを向く。

 

 「茶野先輩……。」

 

 先輩は私を見て驚いたように目を見張る。

 

 「サキ?お前……泣いてるのか? 」

 

 私は自分の頬に手を当てる。冷たい水が、私の手を濡らした。

 

 

 ▲

 

 

 翌日、気遣うようにこちらを見る茶野先輩に気付かないフリをして、私は作戦室を出た。そして基地の外へ出る。

 そこから少し歩いて駅前に行き、その広場に向かうと、ベンチに二宮さんが座っているのが見えた。

 いつものスーツ姿とは違い、私服だ。……ちょっと意外だが、シンプルで良い装いだと思う。

 

 「二宮さん。」

 

 近寄って声をかけると、二宮さんは立ち上がり、私を上から下まで眺めるように見た後、「遅い。」と言った。

 ……私は待ち合わせ時間より五分ほど早く着いたはずなので、おそらくこれは日本語に直すと「こんにちは。」だろう。

 

 そう考えていると、不意に二宮さんはポケットから手を出して、私の手をとって歩いていく。

 

 「……は? 」

 

 そのまま歩いていく二宮さんに、慌ててついていくと同時に声を出す。

 

 「二宮さん!? 」

 

 「なんだ?」

 億劫そうに振り向かれ、さも、当たり前で何もおかしいことなんてなにもない、という風に言われたので、一瞬これは自分がおかしいのか?と考えて言葉に詰まったが、それでも控えめに聞いた。

 

 「いや、あの……なんで、手を繋いでいるんですか? 」

 

 「寒かったからだ。」

 

 二宮さんはなんでもないようにいった。そしてこちらを見て続ける。

 

 「お前もだろう? 」

 

 そう言われれば、私に返す言葉はなにもない。変に意識しているのだという風になってしまうからだ。

 

 ……大人って、ずるい。

 

 

 

 

 

 そのままカフェに入っていき、遅めの昼食をとりながら二宮と私は話していた。

 

 「お前、どこの高校にいくつもりだ。」

 

 そう聞かれて、「……まだ考え中です。」と返す。

 実際、これは頭の痛い問題だった。学校からも早く進路希望を出すように言われているのだが、学校名を書く空白は埋まらない。先生からは「高橋さんならどこにでもいけると思うけど、早く出してね。」とせっつかれていた。

 

 そんなものだから、てっきり二宮さんには呆れられるかと思ったのだが、予想に反して二宮さんは真面目な顔である高校の名前を口にする。

 

 六頴館高等学校。

 

 確か、そこはボーダー提携の進学校だ。

 

 「え? 」

 

 「だから、そこにしろ。」

 

 二宮さんはジンジャーエールに口付けてから続ける。

 

 「うちの隊の犬飼、辻、氷見は全員そこだ。確かお前の隊の奴らもそこなはずだ。」

 

 「元が進学校だから"どうしようもないやつ"を除いて全員卒業できるが、ボーダー提携校だから出席や成績、テストへの融通は他とは段違いだ。」

 

 「お前の進路は知らないが、秀次のようにボーダーに決めているわけじゃないのであれば、高校の質で進路の選択の幅は大きく変わる。市にボーダー提携校は二校あるが、こちらの方がはるかに良い。」

 

 そうその高校の良さを言われるが、私は高校の勉強は数Ⅲ以外は終わらせていたし、進路もほとんど決まっているようなものだった。任務のことを考え、そしてその後のことを考えるのであればボーダー提携の普通校、あるいはボーダー提携していない学校の方が良いように思われるのだが、そんなことを二宮さんに言うわけにもいかない。

 そして、ある不自然さに気づいた。

 

 「なぜそんなに"私に"その高校を推すんですか? 」

 

 二宮さんの動きが一瞬止まる。

 

 そして呟くように言われた言葉は、

 

 「そこは俺の母校だ。」

 

 であった。

 

 そしてようやっと今日、私は二宮さんに反撃できたのであった。

 

 

 ▲

 

 同刻。

 

 遊真はS級隊員、迅悠一と出会い、迅が自身のサイドエフェクトを説明し、また遊真に害を及ぼす気もないと説明してからイレギュラーゲートの解決に協力を求めた。

 

 そして、遊真がイレギュラーゲートの原因を差し出す。

 

 「これは……トリオン兵?」

 

 「そうだ。隠密偵察用小型トリオン兵、ラッド。

 攻撃力はないが、その分大量に生産できるのが特徴だ。」

 

 レプリカが迅に挨拶してから説明を加える。

 

 「これはゲート発生装置を付け加えた改造種だ。

 近くを通る人間から少しずつトリオンを集め、ゲートを発生させる。」

 

 「じゃあ……初めに起きた7件のうち6件に"近くにボーダー隊員がいた"のは……。」

 

 「なるほどね。ボーダー隊員はトリオン能力が高い奴が多い。

  近くにいたのはたまたま、とか偶然、じゃなくてつまり逆なんだな。」

 

 迅が納得したように言う。

 

 「そうだ。近くにボーダー隊員がいた"から"ゲートが発生した。そういうことだ。」

 

 「じゃあ、残りの一件は? 」

 

 遊真がそう質問すると、レプリカは「ふむ……。」と言う。

 

 「おそらく、大量の人物から集めたのではないか?"塵も積もれば山となる"。三門第三中学校のように多くの人が集まる所ではその分個人個人のトリオン能力が低くとも集まりやすくなる。」

 

 「そこを開いたのは優秀なラッドってわけだ。」

 

 「何はともあれ、これで原因はわかった。

 感謝するぜ、レプリカ先生、遊真。

 こっからはボーダーの仕事だな。」

 

 

 そして、大規模な作戦が始まった。

 

 

 

 ▲

 

 二宮さんと話していると、端末の音が二重に鳴った。

 

 どうやら私たちのものらしい。顔を合わせてから端末を見ると、それぞれに出動命令が下っていた。

 

 「……害虫駆除だと? 」

 

 命令に付け加えられていた写真を見ながら二宮さんは呟いた。見るからに不機嫌になっている。

 

 「全隊員に向けてのものですね……私もオペレーターとして出動するように、と。」

 

 そう言いながら立ち上がると、「チッ。」と大きな舌打ちをしながら二宮さんも立ち上がった。

 

 「お前は本部基地に戻る必要があるだろう。先に行け。」

 

 「えっでも、会計が……。」

 

 「お前に払わせると思っていたのか?早くしろ。」

 

 言葉を重ねれば重ねるほど二宮さんを不機嫌にさせる気がしたので、お言葉に甘え私は本部へ走ることにした。

 

 端末で茶野先輩、藤沢先輩からすぐに出動するとメッセージが来た。

 そして同時にまた新たな着信が入る。

 二宮さんからだ。

 

 "この埋め合わせはいつかしろ。"

 

 ……これは普通わたしが言うべき立場ではないだろうか……。やっぱり二宮さんはズレていると確信しながら本部への道を走った。

 

 

 

 

 

 




 こんなことを言うと自分の首を絞めそうで怖いんですが、付き合ってないし付き合う気がない、または付き合うと色々と都合が悪い相手とデートしていて、相手に自分たちは付き合ってるのか聞かれたら間髪入れずに「付き合ってない。」と言いましょう。そして「じゃあなんで手繋いでるの?」と聞かれたら「寒いから。」と答えましょう。そして「君もそうでしょ?」と続けて言えば相手はなにも言えません、これで大丈夫です。
内緒ですよ。


 

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