ノック   作:サノク

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第16話 見つめた鍋と

9月に入り、学校が始まった。今学期初めての登校をすると早速始まるのはテストだ。

その終わりを知らせる喜びの鐘がなると、挨拶もそこそこに、私は走ってボーダーに向かった。

 

入り口の前に立つと、オペレーター用のトリガーを掲げ、中に入る。

 

エレベーターのドアが開く。予想通り、ボーダーの中はガランとしていて人の気配があまり感じられなかった。

 

ボーダーの大部分を占めるのは学生だ。もちろん、エンジニアや上層部といった管理側に回る人たちといった成人済みの人いるが、それでも本部の廊下を埋め尽くすのは学生たちである。なんでも、トリオン器官の成長は成人程度でストップしてしまうかららしい。噂によると、沢村さんなどは学生の時は普通の隊員でそういった理由であとに上層部になった人物にあたる。そしてその中でも多いのは高校生だ。大学生はボーダーを学生が占める理由と同じ訳で少なく(まぁその分一線で活躍している人強いひとたちばかりだ)、私たち中学生も幼いからだろうか?割合的には少ない。

そのボーダーの中核とも言える高校生たちはというと、今日は1、2年生の隊員はもっとテストの時間が長く、3年生はそれ以上受けるのに時間がかかるので少し来るのが遅れる。先ほども言ったように大学生や中学生の隊員は少ない。また、会議もないので上層部の人たちがこの時間いないのも確認済み。ということで、今本部にいるのはほとんどが一般の職員だけだ。

 

私は迷わず静まり返った廊下を歩いていく。かすかに靴の音が反響する。監視カメラを気にしながらも奥へ、さらに奥へと足を進めると、だんだんと蛍光灯が少なくなり薄暗くなってきた。この辺にくると、近寄るひとさえいない。

 

ある部屋の前に来る。

金属のプレートには倉庫と書かれていた。

重い扉を手をかけて開くとすぐに中に入り、音を立てずに少しだけ隙間を開けるように内側へ動かす。

 

ここは本部の使われていないトリガーが収納されている場所だ。

ハンカチをつけてそこらへんのトリガーを一つ、手に取ってみる。まぎれもない正規の隊員用トリガーだ。地べたには今月入隊する人たち用なのだろう、訓練トリガーがダンボールに入れられている。

奥に目を移すとやけに古びたトリガーがあるのに気づく。

所々色が落ちていて、使い古された感じだった。

 

しかしそれらに目を奪われている暇などない。時間との勝負なのだ。瞬時に思考を切り替え、ドライバーで真新しい正規トリガーの蓋を開ける。

入っていたトリガーを全て取り出して、中に持ってきたトリガーを入れていく。同じことをもう一つのトリガーにもしてから、ドライバーで側面に傷をつける。

 

そして奥の古いトリガー入れの1番上に置いた。

腕時計を見て、十分も経っていないことを確認した。扉の隙間の手を入れて廊下に出る。

誰もいない。監視カメラの向きを確認し、扉をきちんとしめる。ゆっくりと、音を立てずに、丁寧に。

終わると私は何食わぬ顔をして、エントランスに向かった。

 

高校生たちが一気にやってきたらしい。ざわざわとボーダーは普段の騒がしさを取り戻していた。

少し居心地の悪いような、無理やりはめられたパズルのピースのような思いを感じる。

事実私は、これはこの中では私だけが知っていることだが、一面のパズルに混じった何にも組み合わすことのできないピースのような存在だ。

それを知っているので、心には恐れがつきまとう。孤独であったり、怯えであったり、後ろめたさであったりする。

私は歩いた。エントランスの中心にくる。

ふと読んだことのある本を思い出す。

第二次世界大戦の際、収容された精神科医によるその時の人の心理が書かれた本だ。

その本ではたしか、こう書かれていた。

人は過度に抑圧された環境におかれるとき、彼らは個人の色をなくし、集団に没しようとする。そのときの具体例であげるなら監視員やSS(ナチス親衛隊)に目をつけられないように集団の真ん中へ真ん中へと行こうとする心理だ。

それを思い出し、ほんとうにもっともだ、と言わざるをえない。

そしてそれを端的に表すことわざも私は知っている。

 

ーー木を隠すなら

 

学生の集団の中に見知った顔を見つけた私は軽く駆け出した。

 

ーー森の中。

 

「隊長!……と藤沢さん。」

 

「なんでいま付け足した?」

 

「付け足したなんて、そんなことあるわけないじゃないですか。」

 

「ほぉ?目を合わせて言ってみろ。」

 

「いえ、私、見つめ合うとスナオにおしゃべりできないんです。」

 

いつもより饒舌になっている、と自分で気づいていた。まるで、焦りを隠すように。その上、軽口がひどく、ユーモアも何もない。

だが、いつの間にかこのやりとりは調子を戻すためのルーチンワークになっていたらしい。だんだんと、自分の体に温度が戻ってきているのがわかる。

 

「お前ら元気だよなぁ……。」

会話をつかれたように眺める茶野さんがいう。

 

「隊長どうしたんですか。」

 

「テスト死んだらしい。」

 

「あぁ……。」

 

歩きながら作戦室に向かっていると、窓から黒塗りの車が見えた。おそらく、上層部の車だ。軽く目をやってから、顔を隊長の方に向ける。言うことがあったのだ。

だが、足が止まった。

 

ーー唐沢に近づくな。

 

「おい、どうした?サキ。」

私はその言葉に答えることができず、ただ目を外に向ける。

 

そこには、唐沢克己。その人物が悠然とスーツを肩にかけ、ボーダーへ入っていく姿があった。

 

今、たしかに、ゾワッとした寒気が私を襲った。

鳥肌のたった腕を触っていると、件の人物が、私の視線に気づいたのだろうか?不意にこちらを向くのがわかった。

とっさに顔を背けて、早足で歩く。

 

「お、おい。」

「すみません、お二方。なんでもないです。」

 

恐ろしい人だと、思った。理由はなくともそう思った。本能で、そう思った。なのに、なぜだろう。

 

なぜ、少し懐かしく感じるのだろう。

 

 

私は振り返った。「早く行きましょう。」

茶野さんと藤沢さんを見て言う。

「お前が足止めたんだよ!」

怒ったように、いや、これは突っ込むように、だろうか。藤沢さんが私に言う。

「あれ?そうでしたっけ?」

わざとおどけて笑う。

「サキ。」真剣が飛んできた。

茶野さんと目があう。相変わらず、帽子、似合ってるなぁ。ぼんやりと考える。

「大丈夫か?」

心配そうに茶野さんは言った。きっと、本当に心配してくれてるに違いなかった。

ごめんなさい。呟くように、心で謝る。

その気遣いを、無駄にして。

「はい。大丈夫です。隊長は私じゃなくて、テストのことを心配してください。」

軽妙な調子でいうと、茶野さんではなく、藤沢さんが「生意気なやつ!」と冷やかすようにいう。

隊長の、覗き込むような茶色の瞳と目があう。気まずく思って、逸らした。

そしてそれをごまかすように、私は作戦室の扉を開いた。

 

 

 

 

 

「やっぱさ、結局のところ人数が足りないんだよなぁ。」

作戦を立てるにしても、戦略を講じるにしても。そう藤沢さんは椅子にもたれかかって、しみじみという。

ホワイトボードをとなりに、たくさんのルーズリーフが散らばる机に頭を乗せて、私は「そうですね。」と疲れて言う。

頭を雑巾のように絞って考えたが、結局のところ、この問題に行き着いてしまう。

だけど、きっと、根付さんはメンバーを増やすことを望まないだろうなと分かっているので、さらに自分の中で解決が難しくなっていた。

 

「サキがさ。」私よりずっと疲れたような(きっとテストとのダブルパンチだ)様子の茶野さんがいう。「戦闘員になってくれたらいいのに。」

「オペレーターどうするんですか。」

はぁ、とため息を吐きながら体を起こす。

「それに、私、トリオン量1なんで無理です。」

「そっか……。ていうか、そうじゃないとオペレーターじゃなくて戦闘員になってるもんな……普通に考えて。」

「オペレーターが悪いってわけじゃないけどなぁ。もったいないよな。サキ、体動かすの得意だろ。見てて思う。」

「苦手ではないですよ。」

机の上の資料を集めていく。

ランク戦まで、もう一か月を切ってしまった。具体的な戦略は、まだできていない。

彼らにはもちろんそれぞれのトレーニングをしてもらっているが、それもトリガーが確定していないのでは世話ないだろう。

 

ーー合成弾は初めてのランク戦ということもあるしやらないということは最初から決めていた。

あと決めているのは二丁のハンドガンスタイル、つまり近接戦。

近接戦といっても、想定されるのはアタッカーより距離をとったものだ。アタッカーの射程をだいたい2とすれば、ハンドガンのガンナーは3なのだから。作戦ていったって戦闘員はたったの二人……。力量から考えても、二人で一人、または二人を相手にするのが限界(それも同レベルの)。相手は4人のとこだってある。もちろんまとめてこられるのは多くないと思うけど、なんとか"最悪"も想定して戦力を分断するような作戦は……。

いや、そもそもトリガーの設定は……ハンドガンとシールドの枠をとって一人4つずつ……。二丁銃を生かすためにアステロイドを二つずつ入れたとすると残りは一人2つ。バイパーは繊細すぎるので却下。そういえばバッグワームもいるのか……じゃあそれぞれ一つ?そうなると変更できるのは……ハウンドかメテオラかという点だけになってしまう。

 

このままでは、また思考が同じところを辿っていってしまうだろう。そう感じた私は目頭を揉む。

 

そのままそこらへんにあった資料を掴むと、それは私が以前まとめたトリガーの一覧だった。

 

ーーカメレオン。トリオン体を透明化する。レーダーなどのトリガー反応はごまかせない

 

ーースコーピオン。軽く、形が変えられる。体のどこからでも出し入れ可能。攻撃力は弧月と同じ。耐久力は少し劣る。

 

ーーバッグワーム。レーダーに映らなくなるマント型のオプショントリガー。必須。

 

その資料をぼーっと眺め、何度も読んでいると私はあることに気づいた。いや、気づいてしまった、というべきか。

 

 

カメレオンの項に書かれたレーダーなどのトリオン反応という文。そして、次の次のバッグワームの項に書かれたレーダーに映らなくなるマント型オプショントリガー。

 

二つの文章を合成弾のように組み合わせると、こうなる。

 

バッグワームはトリオン反応を用いたレーダーに映らなくなるマント型トリガーである。

 

たしか、と私は思った。変身に使ったトリガーは"どこか"に消えるのだ。そこには隊員の本体が入るから、他の誰にすら手を出せないどこかに……。

つまり、その時使用されているトリガーは"トリガー反応"は消えている。

ならばボーダーの中でトリオン体に変わる人が多ければ多くのトリガー反応がないはずだ。

だけどそれは多くのトリガーを管理する本部の人にとって違和感がない。それはつまり分かっているから。トリガーのことが。でもトリガー反応は消える。

その答えが、トリガー反応がトリオン反応に変わっている、という可能性がある。

変身をしないときはトリガー反応に。変身しているときはトリオン反応を用いて、部隊の場所を確認しているのではないか?

それならば、バッグワームを使えばトリガー反応を気にする必要がなくなる。

これならばきっと、あるいは……。

そう考えたが、すぐにいや、とかぶりを振る。いったい、その根拠がどこにあるのだ。

鳩原さんの事件では、彼女はおそらくトリガー反応なんて知らなかったと思うけど……彼女がトリオン体で行動したか、生身で行動したかは分からない。

でも、例えこの仮説が違ったとしても"トリオン体になる"というのは、おもしろいかもしれない。

なんたってこの間、トリガーは消えるのだ。誰も手が出せないどこかに。

少なくとも、そうすることでトリガーが手から失われるということはない……。

 

私はそこでハッとした。

何を考えているんだサキ?今は、そんな時間じゃないだろう。

自分で自分を監視するように咎める。

確かに、そうだ。今の優先は茶野隊の戦略だ。

 

それに、今はまだ、耐え忍ぶ時期だ。秘密を表に出すようなことをしてはいけない。

そう、今は、まだ。

 





今日のハイライト
・倉庫侵入
・茶野隊の戦略に苦戦中
・一方トリガー反応対策にメドが?

トリガー反応とトリオン反応とGPSをいろいろ考えた結果こんな感じに
ほとんどGPSみたいなもんだと思ってたので付け足しなんですけどね……

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