ノック   作:サノク

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第15話 痛みなくして得るものなし

夏休みは後半に入り、私たち茶野隊はもちろん海……ではなく、テレビ局に来ていた。

広告部隊として、初めての仕事となるデビュー戦、テレビ出演をするためだ。

私はまぁ、この隊が選ばれた裏事情もしっているのだが、根付さんはしれっと二人にランダムに選ばれたと言っていたので黙っている。

 

ランダム?絶対ない。そんなことをして二宮隊とか、二宮隊とか、根付さんを殴った例の彼の隊とか、二宮隊が選ばれたらどうなるかなんて想像もしたくないし、そしてそのどちらも主に隊長に原因がある、という点において私と根付さんの意見は一致していた。

 

控え室で私は何度も手鏡を取り出して、自分の顔を見つめる。何か変なところはないだろうか、いつもより良く見えているだろうか。そんな不安と緊張感でいっぱいだ。

 

「サキ、そんな確認しなくても、いつも通りだから大丈夫だぞ。」

机を挟んで座っている藤沢さんが呆れたように言う。これからテレビにでる初仕事だというのに、あまり緊張していないように見えた。私は少しムッとして、それから心の中でニヤリと笑う。その余裕を分けてもらおう。

「いつも通り、何ですか。」

いちだんと甘く、優しい声で問いかける。そしてそっと、横の髪を耳にかけた。

「……なんだよ。」

藤沢さんは怪訝そうに返事を返してくる。

「いつも通り?」

「い、いつも通り……?」

私の意図がつかめないせいで何を言って欲しいかわからないみたいだ。もちろん、わざと分からないように言っている。

しかし、ここであえて眉毛を下げて、困り、悲しそうに眉毛を揺らす。目も軽く濡れているようにして、パチパチと瞬きをしてからうつむき、上目遣いに彼を見れば完璧だ。

「藤沢さん……。」

仕上げに捨てられた仔猫のように切ない声を出した。ちなみに1番これが難しい。なぜなら、途中で笑ってしまいそうになるからだ。

「あーー!そんな目で見るな!なんなんだよ!」

「いつも通り?」

「いつも通り……?」

「か?」

「か……かわいい?」

 

ミッション完了。パーフェクトだ。

藤沢さんをからかい、目的通りの言葉を引き出したあとは軽く握った手を両手とも顔の近くにあげ、先ほどの態度を180度翻し、笑顔で明るく言った。

「ありがとうございます!藤沢さん!いつもかわいいって思ってくれてるんですね!」

「はぁ!?」

 

もうこのあと藤沢さんが何を言おうが知らない。ひどい誘導だと言われようが、言った言葉は取り消せないのだ。覆水盆に返らず。恨むなら過去の自分を恨んでください。

その様子を見ていた茶野さんは苦笑いして言う。

「あんまりそのコミュニケーションの仕方はどうかと思うよ、サキ。」

やんわりと言われた咎めに私は肩をすくめた。

すこーし可愛く振る舞い、それで藤沢さんをからかうという私のやり方をすでに茶野さんは見抜いてるらしい。それを止められて面白くないなぁ、と思っていると「それに。」と茶野さんは付け加えた。

「このことが知られたら、二宮さんに樹がボロボロにされそうだ。」

「二宮さん?」

私と藤沢さんの声が重なった。藤沢さんは大げさに声が震えている。いや……藤沢さんの立場からすれば大げさではないかもしれない、なんたって個人総合2位、射手1位の人に体へ風穴を開けられると言われているのだから。でも、そんなことは起きない。このことが伝わって二宮さんがそうする理由がまったくないのだ。

いったいどうして茶野さんはそんな考えに至ったのだろう。

「デートしたんじゃないのか?」

私はその言葉に顔を引き攣らせた。

「誰と、誰がですか。」

「サキと二宮さん。」

「いつ。」

「一週間ぐらい前。」

記憶を呼び覚ます。確かそのぐらいは……二宮さんのネクタイ選びを手伝った。

「ボーダーから一緒に出て行く二人が目撃されてるけど。」

「誤解ですよ!」

くそ、あの時か!

二宮さんのせいだ、と心の中で悪態をつく。その時は確かにエントランスで注目を集めていた。噂が広まっても仕方ない。

「二宮さんのお礼選びに付き合っただけです。」

一瞬ここで彼女のプレゼントだとでも言おうかと思ったが、そもそも二宮さんに彼女がいるのか知らないし、そんなことを言ったことがバレたら後でどんな目に合うかわからないので素直に述べる。

「でも、その後イタリアンで一緒に食事したんだろ?」

ストーカーか何かがいたのだろうか、怪訝な顔をした私を見て、茶野さんは「ちょうどボーダー隊員がそこにいたんだよ。」と言った。なんて間の悪さだろう。

「ただお礼選びに付き合ったのでご馳走してもらっただけですよ。」

怪しく思われないようにキッパリと言った。実際なにも怪しいことはないし、そんな噂はまったく正しくない。

そもそも、と前置きをする。

「私は中学三年生、二宮さんは大学生ですよ。そんなことがあるわけないでしょう。」

「確かに……。」そう藤沢さんが呟いてくれたのが結果的に援護になったのだろう。

茶野さんはあまり納得してなさそうだが、しぶしぶ引き下がった。

そこで出番だと言われ、私たちは控え室を出た。

 

廊下を歩いていると、私はあることに気づいた。藤沢さんの顔が、さっきよりずっと明るい。

表に出さなかっただけで、本当は緊張していたのだろう。そしてちらりと茶野さんの方も窺った。

視線に気づいた茶野さんはにこっと何かを企むように笑う。

どっと肩の力が抜けた。きっと、さっきの会話は緊張を和らげるためにわざと噂の真偽(それもほとんど白)を聞いたのだろう。

苦笑いが溢れる。

なんだか、いい仕事ができそうだ。

 

 

 

「うわぁ。」私はおもわず呟いてしまった。

 

作戦室の机の上にあったのはパンフレットやらポスターやら雑誌やら……様々な公共的なアピールに使うものだった。

 

君も今日からボーダー隊員!

 

隊員募集中!などと書かれたそれらにはある共通点があった。

 

「すげぇオレら載ってるな。」

目を開いて藤沢さんが呟く。

その通りだった。嵐山隊が載っていた今までのボーダー関係のものに加えて、新たに作られた茶野隊が大々的に乗っているものが大量に作られているのだった。

パンフレットの中身を見ると、様々なポーズをした私たちが、ボーダーってどんなとこ?だったり危険性はないの?みたいな質問に答えている。

 

そして今日集まった目的であるテレビから音が流れてきた

 

「今回スタジオに来てもらったのはボーダーからやってきた茶野隊の皆さんです!」

拍手の音ともに和やかに画面の中の私たちは自己紹介を始める。

「高校一年生の茶野真です!茶野隊の隊長をしていて、特技は缶バッチ作りです。」

「同じく高校一年生の藤沢樹です。好きなものはコーラとゲームです。よろしくお願いします!」

「中学三年生の高橋サキです。茶野隊のオペレーターをしています。小説を読むのと、運動が好きです。」

 

少し前に収録したテレビ番組だ。今日が放送日なのだった。

ブルブルと携帯が震え始めた。学校の友達だろう。ラインにメッセージが何通かきている。それに軽く目をやって、次々と増えていく右上の数字に返す気もおきず電源を切った。

 

しばらく3人とも何も言わなかった。ただテレビから明るい声が流れている。

 

おもむろに茶野さんが一冊の雑誌をとって、数秒眺めてから藤沢さんへ流れるように手渡した。

 

藤沢さんと目があう。机の1番上に彼は大きく雑誌を置いた。

 

 

可愛いだけじゃない、私

 

明らかに挑発しているようなキャッチコピーとともに写っているのは正真正銘、私、高橋サキだった。

 

 

 

一旦、頭を整理しよう。

これはダメだ。明らかにダメだ、アウト。ベストオブアウト。

キャッチコピーが1番やらかしているような気がするが、これだけなら問題ないだろう。

おそらく、可愛い以外に取り柄がないということをボーダーに入隊することで友情、仲間、経験……まぁそういったものを得ようという意味のものなのだろう。ちょっとキャッチャーすぎるが悪くない。むしろ印象に残るという意味では素晴らしいキャッチコピーだ。

そしてその文字の背景にある写真。これもなかなかやらかしている。頬杖をついて、いつもとは違う感じにツインテールになんてしているせいで幼さが増し、なんだか自分を殴りたくなる(個人の感想です)ような写真だが、まぁこれも単体なら問題ないだろう。容姿の評価なんて人によって異なるが、だいたい良い評価をもらってきたのだ。それにボーダーに入ったら女の子と出会えるかも?みたいな期待を持つ人種を釣り上げることができる可能性もある。

 

1番いけないのは、この二つを組み合わせたことだろう。

 

数秒思考して、出た結論はキャパシティの限界。これ以上これを見れないというものだった。

 

私は雑誌を手に取る。そしてゴミ箱へと放り投げた。

 

ガタン、という音がなる。「な、ナイスコントロール。」

 

沈黙が部屋を流れる。

頭が痛くなってきた。

 

根付さん、やりすぎです、と私は心で呟いた。

 

 

ーーーー

 

 

ガッシャーン、と鋭いガラスの割れる音が響いた。

「ああ!」宇佐美が短く悲鳴をあげる。「陽太郎、大丈夫?ガラス踏んでない?」

陽太郎は小さく踏んでない、というふうに首を横に振る。

実際彼の周りにはガラスの破片はなく、それは嘘ではないのだろうとわかった。しかし、陽太郎の目には薄い涙の膜が張っている。

「ご、ごめんなさい……。」宇佐美に向けて陽太郎は言った。

「泣かないで。」宇佐美は優しく言う。「陽太郎に怪我がなかったことが1番だよ。」

そう言っていつも通りの笑顔を浮かべる彼女の、メガネの奥の瞳は悲しそうに水色のガラスを見つめていた。

 

夏が終わるころになっていた。飾っていた風鈴を外そうとした宇佐美の足に陽太郎がぶつかっていた拍子に、風鈴が落ちて壊れてしまったのだった。

美しいガラス細工が施された、京都のお土産だった。宇佐美がそれを大切にしていることは玉狛の誰もが知っていた。

 

 

陽太郎に危ないから部屋の外にいて、と言ってから宇佐美は水色のガラスの破片を一つ一つ拾い集める。

「サキちゃん。」そっと彼女は呟いた。

いつからか、春が夏に変わるように、すっかり玉狛にこなくなってしまった後輩の姿が脳裏に思い浮かんでくる。

 

チリンチリーン。目を閉じれば聞こえてくる風鈴の音も、いつかはきっと聞こえなくなるだろう。

外を見ると眩しい太陽光線が地上に降り注いでいたが、それが弱くなってきているのを宇佐美は肌で感じていた。

 

夏が、終わるのだ。

 

 

 

 




今日のハイライト
・茶野隊の力関係あれこれ
・茶野隊部隊、デビュー!(アイドル的な意味で)
・久しぶりの宇佐美さん



資料探しにCIAとか東ドイツの諜報あれこれを調べていたらグロすぎて吐きました。
他国の国政干渉しまくり、暗殺しまくり……スパイ活動という域を超えている気がしましたね……
特にベトナム戦争は色んな意味で開いた口がなんとやらですね
その一方キューバ危機を回避したのはソ連にいたスパイの報告あってこそなわけなのですから、複雑なものです

現実のスパイ活動を知らせて本編の主人公の行動を相対的によく見せようとしている……?ははは……そんな……まさか

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