ノック   作:サノク

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第14話 ずるい

セミがうるさく外で鳴いているのを聞きながら、私はメモをとる。熱を持った日差しが窓から差し込んでいた。隣には、茶色のスーツで決めた直属の上司である根付さんが携帯で話している。

 

「えぇ、はい、はい。もちろんです。ではそのように……。」

そういって根付さんは電話を切る。それから私の方を向いて言った。

 

「このあとはなんだったかな。」

「三門新聞の記者の、鳥谷さんとの予定が入っていますね。」

私はスケジュール張を読み上げる。

根付さんは我が意を得たり、とばかりにポンと手を叩いて言う。

「そうだった、そうだった。じゃあそのあとの予定は特になかったね?」

私は「はい。」と言って頷いた。

「なら彼とは一対一で話したいから高橋くん、今日はこの辺で……ご苦労様。」

「分かりました。室長、無理だけはなさらないでくださいね。」

「はは、大丈夫だよ。」

根付さんが車に入るのを見届けて、私は肩の力を抜く。

私、高橋サキは茶野隊のオペレーターであると同時に、根付さんの秘書も担当している。(正確にはそのようなもの、だが)

もともと彼に近づくのが当初の目的で、そしてオペレーターを了承したことで秘書になるということは自然にそうなった。

 

季節は8月に入り夏真っ只中。もちろん夏休みという特権をえた学生の身である私は、秘書とオペレーター業務をこなすため毎日のようにボーダーに出勤しているのだった。

 

さて今日はもうこれでどちらの仕事も終わってしまった。

作戦室に置いている荷物をとりにいって、出口へ向かうとその途中で見慣れたスーツ姿の男性が目に入る。

言わずもがな、二宮さんである。ただ、いつもとは違う。

なんと言えばいいのか……怒気というか、恐ろしいオーラを纏っている。

一瞬「うわっ。」と声を漏らしそうになった口を抑え、二宮さんををもう一度見る。

その整った顔立ちはキツイ皺をつくっていて、整っているが故に独特の迫力を醸し出している。明らかに不機嫌だった。

触らぬ神に祟りなし、とばかりに周りの人は距離をとっているので不自然な円が周囲にできている。

 

脳裏に魔王という文字が浮かび上がってくる。単純にちょっとこわい。付き合いのある私でもそう思うのだ。ボーダーの人間は若い人ばかりだし、学生たちは怯えてしまっている。

私は少し躊躇し、考えた。

そして勇者になることを決心した。二宮さんの元へ歩き出す。

周りの人たちのおどろいたような目線を受けながら、私は「二宮さん。」と声をかけた。

 

「高橋か。」

「はい。どうしたんですか?」

 

その眉間のシワ。と自身の額を指差すとため息吐きながら頭をほぐす。空気が和らいだ。私は胸をなでおろす。

だがなおも二宮さんは悩ましそうに何かを考えていた。苛立ったように唇を舐めている。

 

「高橋、お前、目利きに自信はあるか?」

「物によりますけど……。」

「50代前半、男、大学教授、文系。何を贈る?」

「ネクタイですかね。普段使いできて、サイズとかも合わせやすいので。」

「このあと時間は?」

「なくはないです。」

 

二宮さんは立ち上がった。

 

「行くぞ。」

 

 

話を聞くと、ボーダーの任務で穴を開けてしまい危うく必須科目の単位を落としそうになったとき、理解ある教授の取り計らいで前期の単位をクリアすることができたらしい。そして、二宮さんはその教授にお礼をしたいと思ったのだが、何も考えつかず一人で唸っていたらしい。

 

王様みたいだと思っていた二宮さんの意外な一面に、私は驚きながらその話を聞いていた。

デパートに行くため、1番近い出口へ向かう。

二宮さんがトリオン体から生身に変わるのにあわせ、私もトリオン体を解除した。

思ったが、スーツ姿の私と二宮さんが並んでいるというのはなかなか厳つい絵だったのではないだろうか。

 

「お前、常時トリオン体にしてたか?」

二宮さんが怪訝そうに尋ねる。最初の頃はそうしてなかったからだろう。

「はい。だって暑いじゃないですか。」

 

エレベーターのドアが開く。30度を超える夏の気温が、ジリジリと迫ってきた。

 

 

ーーーー

 

一つの商品に軽く目をやったかと思えば、その隣の商品を手に取る。そしてまた新しい商品に興味がうつる。その作業が何回も続くうちに私の顔は引き攣っていた。

2、3回程度であれば好奇心かとも思ったが、もう二桁に突入したのだ。これは明らかに……黒だ。私は二宮さん、と声をかける。

 

「どうした。」

 

「いえ……あの、その商品にしようと?」

 

「いや、まだ決めていない。が、なかなかいいと思っている。」

 

「そうですね、私もそう思いますけど、こっちはどうでしょうか。」

私は少し早口になりながら取ってきた商品を薦める。

 

この数十分でわかった。

二宮さんには、色々とセンスがない。

 

いや、センスがないというと多少語弊がある。ずれているのだ。ちょっと、ずれてる。

丸い的があったとすると隣の的の真ん中に的中してしまうような、そんなずれ方だ。

今まで二宮さんが手に取った商品は明らかに、女性……それも相手と交際中か結婚しているような人が男性に贈るためのデザインだ。

いくら教授にお礼がしたいといえども、さすがにそんな関係ではないだろう。

 

「……まぁ、悪くないと思うが。」

 

二宮さんはそのことに気づいていない。

 

これはやばい。何がやばいかというと、そういうことを指摘せずに、つまり二宮さんに悟らせずに、適切な贈り物を買わせないといけないという任務への難易度の高さがやばい。

焦りを感じる。具体的に言うと、語彙力がなくなるぐらいには焦らずにはいられない。

 

二宮さんの視線をおう。

私の背中に、冷や汗が流れた。

 

 

 

 

「ありがとうございました。」という店員さんのしっかりとした声に押されて、二人で店内を出る。私はどっと疲れていた。

なんとか二宮さんのお眼鏡にかない、なおかつ贈り物としての条件に適したネクタイを見つけ出した時の達成感が、そのまま体の疲労に変わり身体にのしかかった感じだ。

 

少しため息を吐いた。

 

「おい。」

 

後ろから二宮さんの声がかかる。その手には紙袋がぶら下がっていた。

 

「どうしましたか?」

 

「晩御飯、おごる。」

 

「いや!いいですよ。」

 

さすがにそんなことをしてもらうまでの働きはしていない。いや、確かに頑張ったが、それは二宮さんに悟られてはいけない頑張りだ。つまり二宮視点での私のパフォーマンスはそんなに大したものではない。それに疲れていたのでさっさと帰りたかった。

 

横に振る私の手を、二宮さんが掴む。

 

「奢らせろ。」

 

あ、ずるい。私は思った。

 

大人って、ずるい。

 

その手からは生暖かい温度が流れてきていて、とくり、とくり、という脈の動きが伝わってくる。夕焼けを背景に、その顔はただ凪いている。いつの間にか、二宮さんは隣にいた。背が高い。見上げて、目があう。

 

時が止まっているように感じた。

一瞬にも、数十分のようにも思える視線の交わりは、ただずっと続いていた。

 

私は口を開けなかった。

そっと背中を押される。二宮さんはもう一方の手をズボンのポケットに突っ込んだまま歩き出した。それにつられるように、私の足も歩き出す。

空気が、私を制していた。

いらないっていったのに。私は思った。

 

でも、この強引さが二宮さんだな、とも思った。

 

なんだろう。この気持ちは。

 

とくん、とくん。心臓の鼓動が伝わる。まるで、二宮さんの脈白がうつってしまったように、いつもより、だいぶ早かった。

 

私はただ黙っていた。

 

二宮さんは前を向いて迷わずに歩いていた。

 

ブルリ、と機械的な震えに気づく。携帯だ。メールがきていた。

 

「誰からだ。」

 

「学校の友達ですよ。」

 

とっさに嘘をついた。名前の登録を見る。そこにはただみなみというありがちな女の子の名前が書いてあった。

 

だけど、これは些細な偽造工作だ。

実際の相手は、玉狛支部に所属している小南さんなのだから。

 

「お前、友達がいるのか?」

 

「失礼ですね。」

 

少なくとも登下校を共にするぐらいの友人や、話をするクラスメイトはいる。それに、あなたには言われたくない、と心でこぼす。

だが、それよりもメールの内容が肝心だ。

 

そこには"迅が明日本部に行くって言ってたよ!"ということが書かれていた。

 

数日前、小南さんにはあることを話していた。そして、その後にある約束を取り付けたのだ。

"迅さんが本部にくるという日は教えて欲しい"という、そんな約束を。

小南さんは"迅を好きな私"が"迅さんに近づくため"つまり、恋愛のために協力して欲しいと頼んだと思っているだろう。

もちろんその本当の目的はむしろ逆だ。"迅という人物に会わないこと"それが1番なのだから。

玉狛支部は泊まり込みで生活しているというのは聞いていた。そのためお互いのスケジュールも把握しやすいだろうと、そう見込んでの作戦だったが、これはかなりの効果があった。実際まだ一度もS級隊員の迅という人物には合わないですんでいる。

 

このメールが来た。

それが意味するのはつまり、私にとっては高橋サキが明日夏風邪をひくらしいということ確定したということだ。

 

私は信号待ちで、"ありがとうございます!一目でも見れるように頑張ります!"とメールを送って返す。

 

ひどい嘘をついている、と私は携帯で文字を打ちながら思った。

小南さんにも、そして、隣を歩く二宮さんにも。

 

異変を感じて、私は心臓に手を当てた。

 

だが、何も目立った異常はなかった。

 

 

少し歩いてから、二宮さんの足が止まる。

 

「ここだ。」

おしゃれな白い建物だった。隠れ家風のお店で、ちょっと高級感がある。壁のメニューを見るに、イタリアンらしい。

 

「……前に来たお店とは違うんですね。」

焼肉屋さんを思い出しながらいうと、二宮さんは顔を顰めた。

 

「女と二人で焼肉を食う趣味はない。」

 




???「吐き気をもよおす『邪悪』とはッ!
なにも知らぬ無知なる者を利用する事だ……!!
自分の利益だけのために利用する事だ… !」

今回のハイライト
・室長側近、サキちゃん
・二宮さんは天然(婉曲表現)
・二宮さんはずるい(いろんな意味で)
の3本でお送りしました。それではまた来週。じゃんけん、ポン!

追記 朝起きたら目を疑うようなサザエさんが書かれており誠に遺憾の意

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