ノック   作:サノク

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第12話 告白

実は、授業中はいつもはボーっとしたり、ボーダーのこと、任務のことを考えている。

公立中学校の授業はカリキュラムの関係で進度が遅く、平均に合わせるためとても簡単で、きちんと聞いてさいればテストで点を取ることは難しくないからだ。数学はその筆頭だろう。

そんな私でも国語の授業だけはサボれない。この授業は学校一といわれる鬼のような厳しさの先生が、このクラスの授業を担当するからだ。それでも大体の授業は本来はうまくサボるのだが、テストで良い点を取ったせいか授業を進めたいと先生が思っているときによく当てられる。ここでミスをしようものなら、どんなに怒られるかわからない。最低限、学校では優等生をぶって嫌疑がかけられる目を少なくしたいのだから、それは避けたいのだ。

 

「高橋、教科書読め。」

 

「はい。」

私は椅子から立ち上がる。返り点と漢字で構成された教科書にさらっと目を通してからそれを持ち上げ、顔の前に置いた。

 

「春望、杜甫。

国破れて山河在り

城春にして草木深し

時に感じては花にも涙を濺ぎ

別れを恨んでは鳥にも心を驚かす

烽火三月に連なり

家書萬金に抵る

白頭掻かけば更に短く

渾べて簪に勝えざらんと欲す 。」

本当この詩は随分前に覚えている。とても有名な詩だからだ。だけど教科書を読んでいるように掲げないと、きっと先生は顔をしかめるだろう。

 

「よし、座っていいぞ。」

 

私は席について、窓の方に目をやって外を見た。さっき当てられたから、これから先はしばらく当てられないだろうと踏んでの行動だ。想定外のこと、つまり当てられたクラスメイトが全く先生の求める答えにたどり着かないということが起こらない限りは。

またそうしながら、一方で私は教科書の文字をなぞった。

教科書を読んだとしても、頭の中の文字を思い起こしたとしてもこの詩の美しさは変わりはしない。

春望は、私が1番好きな漢詩であり、美しいと思う歌であった。戦乱と草木。人と自然。感動と家族を思う心。この5×8文字で表される詩の描写は不思議と頭に映像で流れてくる。

だが、私の今の心を表すにはこの詩は美しすぎるとも思う。

それに、より適した名作はまだ歴史の中にあるのだ。

 

南楼望、盧僎(ろせん)。と私は心の中でつぶやく。

国去りて三巴(さんぱ)遠く

楼に登れば万里春なり

心を傷ましむ江上の客

是れ故郷の人にあらず

 

頭の中に刻まれている文字の一つ一つを削りだしてから、意味を思い出す。

ちょうど、前では先生が春望のもつ意味を解説しているところだった。

 

国を去って遠く三巴の地までやってきた

楼に登ると万里春景色

川辺の旅人は心が傷む

この地の人間でないがゆえに

 

私はほんの数ヶ月前までいた場所に想いを馳せる。今まで、こんなに長く家を離れたことはなかった。目を閉じると、個性的な同僚たちやコーヒーの匂い、笑顔の常連さんが思い浮かんでくる。帰って見たいと思った。これが皐月病だろうか(もう夏だけど)。さっさと任務を終わらせればいい。そう帰郷を望む私に頭が囁く。

そのために、任務をやればいい。

情だとか、恩返しだとか、何が1番大事かなんて、その後に考えればいい。

その言葉はすっと私の中に入ってきた。

そうだ。私はそのために任務をやるんだ。そのためにやればいいのだ。

そう考えれば、やる気がだんだんと湧いてくる。早く放課後にならないかな、と思った。

 

 

学校が終わり、ボーダーにやってくると私はさっそく行動を起こす。

 

「え?トリガーの種類が知りたい?」

 

「はい。」

メガネをかけ、作業着を着たエンジニアの男性に私はにっこりと微笑む。

 

「私、ちょっと前に結成した部隊のオペレーターなんですけど、隊自体みんなB級になったばっかりなんです。今日集まって作戦会議とかする予定なんで、いろいろな種類のトリガーの情報を知りたくて……。」

 

「あぁ、そっか。C級では一種類しか使えないもんなぁ。」

 

「そうなんですよ。それに、私、ボーダーに入ったばっかりなんです。

だから隊のみんなのために、何かしたくて……。」

手を前で絡ませながら、目を上向かせて相手を見上げた。

相手の男性はうーん、と唸る。これで断られるととても困る。だめですか?と念押しも加えると、エンジニアの男性はメガネを触りながらこういった。

「いや、そんなことはないけど……。その、いわゆるトリガーの一覧っていうのはなくてね、ちょっと待っててくれ。」

男性はエンジニア室の奥に入っていき、戻ってきたときには比較的単語が少ない辞書ほどもあろうかという厚さの書類を手に持っていた。

「各トリガーの、まぁいわゆる開発とかそういう情報がまとまっているやつなんだ。性能も書かれてる。」

 

ほら、と指差して彼が示してくれたところには、様々な情報の下に小さな黒文字で確かにトリガーの効果が書かれていた。しかし、私にとって建前であったその情報はもやは関係がなくなる。

「こんなものしかないけど、いいかな。」

 

「はい。ありがとうございます!」

むしろ、とてもありがたいです。と心の中で付け足す。

それを受け取り、エンジニア室をでてからカバンの中に入れると、私はもちろん作戦室……ではなく、入り口に向かう。

当たり前だ。今日、茶野隊で集まる予定はないのだから。

 

しかし、その途中で盛り上がる声に足を止めた。

聞こえてきたのは巨大なモニターのある観戦室だった。たしか、今日はB級のランク戦が行われていたはずだ。ふらりと誘われるようにそこに足を踏み入れると、その盛り上がりの中心から声が聞こえてきた。

 

「あーーっと!ここで漆間隊長が早川隊の早川隊長を撃ち抜いた!見事な狙撃です!早川隊長なすすべもなくベイルアウト!」

 

はっと目を開く。その声は紛れもなく桜子のものだった。

そうか、実況の企画、通ったんだ。前に話していたことを思い出し、ほっとするような、何か暖かい気持ちに包まれる。私はしばらくそこにいた。念願叶って実況をノリノリでする桜子はとても輝いていた。その姿に少し、微笑む。

しかし、肩にかかるカバンの重さに夢から覚める。

そうだ、私にはまだすべきことがあるのだ。そっと観戦室から出る。

家に帰る足が少し弾んでいた。

 

 

ーーーー

 

書類の一枚一枚を写真に収め、共有されているフォルダに転送する。さすがに機密情報に触れるような重要要項は書かれていないが、当初想定していたより多くのことがわかった。これで依頼人が欲しいトリガーははっきりするはずだ。

たとえ全部ほしい、ということでもそれに優先順位をつけてもらうこともできる。

私は任務当日のことを想像する。

 

最悪、持ち出せるトリガーの種類は一つだけになる。正規のトリガーを持ち出せず、C級隊員が使う訓練用のトリガーに妥協する場合だ。

次に正規トリガーの持ち出しには成功した場合。正規トリガーと訓練トリガーの大きな差の一つにはセットできるトリガーの種類があげられる。訓練トリガーは1種類しかセットできないが、正規トリガーには8種類セットできるのだ。しかしこれも二つ以上、つまりは2×8種類持ち出すことになればかなり難しくなるだろう。明らかにオペレーターが二つもののトリガーを持っていては不審だからだ。

 

書類に示されていたトリガーはオプション、形状違いも含めて約30種類。

果たして、どれが私と運命を共同するのだろう。パソコンを閉じて、鍵付きの棚に入れた。

 

そして、私は携帯を起動させる。

電話帳を流して、目的の人物の名前を探し出す。

じっとそれを睨んだ。

ふうっとため息を吐く。どきどき音を立てる心臓を落ち着かせた。

 

通話のボタンを押す。

 

プルルルル、と携帯電話が音を立て始める。

1コール、2コール、そして、3コール。

そこで、相手が出た。

 

「もしもし?高橋ちゃん、どうしたの?」

 

相変わらず、可愛い声だと思った。それだけじゃない。一目見たときから、可憐で明るくて、かわいい人だと、そう思っていた。純粋な人だと。

 

「小南先輩、相談に乗ってもらえませんか。」

 

こうして、私は一つの賭けにでたのだ。

 

 

 

 

 

翌日の放課後。私は駅前にあるカフェで小南さんを待っていた。

季節は7月に入り、早速暑い日差しが地面を照らしていたが、中は冷房が効いていて快適だ。ひんやりと氷で 冷えたアイスコーヒーが、喉を潤わす。

待つこと数分、自動ドアが開き赤いリボンで髪をくくった小南先輩が入ってくるのが見えた。彼女は辺りを見渡すと、すぐに私を見つけた。

途中で店員さんに注文を言ってから、私の向かい側の席に座った。

 

「こんなカフェ、あったんだ?」

「最近できたばっかなんですよ。サンドイッチが有名です。」

「そうなの?後で頼もうかな。」

そうつぶやくように言うと、私の顔を覗き込むように見て小南さんは口を開く。

 

「で、相談って何?」

 

そこでちょうどよく店員さんがカフェオレを運んでくる。「どうぞ、ごゆっくり。」私は彼に微笑んで会釈をした。

 

「玉狛支部に迅さんっているじゃないですか。」

 

「うん、まぁそりゃいるけど……。迅がどうかしたの?」

 

私はもじもじと恥ずかしがるように、目を伏せた。その様子を見て、小南さんがん?とでもいうように不思議そうな顔をする。

しばらく私は何も言わないでいた。「ど、どうしたのよ。」焦れた様子の小南さんが再度問いかける。

私は意を決したように顔を上げ、照れたように頬を赤く染める。

「好きなんです。」

 

私は小南さんの目を見つめてはっきり言った。

 

「は?」彼女は目をパチクリとさせる。それに止めをさすように私は付け加えた。

 

「迅さんに一目惚れしちゃったんです。」

 

しばらく時が止まった気がする。

小南さんも、私も、何も言わなかった。

目の前の彼女は最初ずっと真顔だったが、だんだんとその意味を理解したらしい。その大きく澄んだ青い目をさらに大きくさせる。

そして、かすかに顔を赤くさせて「えーーーー!」と叫んだ。

 




どこかで予知予知歩きがくしゃみをしたそうな。

しばらく更新しません。


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