ノック   作:サノク

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第9話 浸透

私は画面を見ながらため息を吐いた。

 

「サキ……。思うことがあったらはっきり言ってくれていいんだぞ?」

 

私の目の前に立っている藤沢さんがいう。「本当にいいんですか?」「あぁ。」「どんどん言ってくれ。」茶野さんも加わり、頷く。

 

「じゃあ言いますね。本当に、弱いんですね……。」私は一文字一文字に感情をこめ、ことさら強調するようにゆっくりと言った。しょうがない。だってこれが、ランク戦と模擬戦のデータを見た正直な感想だったのだ。

今まで二宮隊を多くオペレートしてきたからか、彼らと比べたり、彼らに慣れたことで目が肥えたのかもしれないとも疑ったが、やはり、それが率直な意見だ。

 

「本当にはっきり言ったな!」

 

「はい。だって、私、もう茶野隊のオペレーターですもん。」私は目をぱちりと開けて、上目遣いに藤沢さんの目を見つめる。藤沢さんは思った通り、うっ、と言葉につまり、これ以上は私のことを責められないようだった。

この人、いつか悪い女に騙されそうで心配だ。

 

藤沢さんで遊ぶのはこれぐらいにしておいて、私は茶野さんに視線を移す。

「二丁銃はこの隊のスタイル、ということは理解しました。見栄え的にも、悪くないと思います。」

 

そこまで言ったところで、二人の目は一気に輝く。だよな、だよな。とでも言い始めそうだ。

実際、この選択は悪くなかったと思う。二人が自覚しているかどうかはわからないが、この部隊は実質根付さんの下で動いている。つまりは、広告部隊としての役割があるということだ。シューターといったポジションではなく、一般に親しみやすいガンナーを選んだこと。さらに二丁銃というスタイルによって、嵐山隊にいるメンバーのスタイルと大きくかぶることを防いでいる。

最初は根付さんが入れ知恵でもしたのか疑ったが、この様子では二人の提案のようだ。

 

もっとも、それは単に見栄えの評価だけだ。

 

「しかし、逆に言えば、この隊の特色はそれだけです。

オプショントリガーも一般的なものであるシールドとバッグワームに扱いやすいハウンド。

しかも、二人揃って……仲良しですか?」

 

呆れを含んだ目で二人を見やる。「いやー、オレたち、親友ていうか……相棒みたいなもんだからな。」「だな。」

二人は私の視線に気づいているのか、いないのか、そんな気の抜けた会話をする。

「普通に受け入れないでください。私は呆れてるんですよ……。」

 

 

「ともかく。」私は声を少し張り上げた。「チーム戦を考えましょう。戦術、役割分担、オプショントリガー、基礎技術の体得……やるべきことはたくさんあります。」

そして、逆に言えば、と付け足す。

「それだけ伸び代があるってことです。

現に、お二人ともトリオン量は決して少なくないようですし……。」

そう、二人が他のB級と比べ特別劣っているところはあまり見当たらない。

あえていうなら経験不足ゆえの未熟さからくる、技術の拙さや戦術というところだが、この隊は年長者がいないのもあって仕方ないところがある。

「ご存知だとは思いますが、B級ランク戦は、今までのC級ランク戦とはまったく違います。

個人戦からの団体戦への変更。トリガーの多様化。地形の変化。

体で身につけるのと同じぐらい、頭で考えることがものをいうんです。」

 

「ランク戦……。」茶野さんが唇を引き締めた。

「次のランク戦だから四ヶ月後か……。」となりの藤沢さんがカレンダーを見る。

次のB級ランク戦は、確か10月。今は6月だから彼の言う通りだいたい2、3ヶ月後だ。

 

ポツリと部屋に広がる。「B級中級に上がりたい。」

茶野さんだ。彼は帽子をかぶり直しながら言う。

 

「目標……どうかな。」

 

私は藤沢さんと目を合わせて、同時に笑った。

 

「いいと思います。」

「頑張ろうぜ、絶対。」

 

「うん、頑張ろう、俺たち3人で。」

 

オペレーターとして、その優秀さは隊の人数がある程度示しになる。この隊の人数はたったの二人。とくに特殊な戦術を使ってきたわけでもないのでそれに合わせたオペレートが必要なわけではない。

腕に自信があるオペレーターのなかにはやりがいがない、と思う人もいるかもしれない。事実、私も、もし根付さんに彼らと引き合わせられなかったら、受けなかったかもしれない。

でも、それは単にオペレーターという立場の意見だ。

この隊の一員という立場になって、私は思う。

 

まったく、 オペレーターのやりがいがある部隊だ、と。

 

 

ーーーーーー

 

話を続けていると夜が深くなってきたので、高校生のお二人はともかく、これ以上中学生の私を留め置くわけにはいかないということになり私は作戦室をでて二人と別れた。

 

入り口へ向かおうと足を進めていると、視界の端で二宮さんが横切る。その様子を見て私は顔をしかめた。なぜかといえば、二宮さんは普段では考えられないほど、顔を青白くさせ、頭に手をあてた姿勢でふらふらと歩いていたからだった。そんな姿勢で歩いていたので、もちろん私にも気づいていない。方向を考えると、作戦室に赴くのだろう。そこで仮眠でもとるのだろうか。

しかしーーあまりにも、様子がおかしいような気もする。私は迷い考えを一巡したが、ここから作戦室は少し遠い。やはり行ったほうがいいだろうと判断し、二宮さんの後を追いかけることにした。

 

エントランスから分かれ道に入り、少し歩いてから、曲がる。思った通り、二宮さんの背中が見えた。私は小走りで彼に追いつこうとする。そして、あと5、6歩というところで「二宮さん。」と声をかけようとした。

 

その瞬間、私の視界から二宮さんが消え失せた。まるで、操り人形の糸がパタリと切られたように、二宮さんがその場に崩れ落ちたのだった。

私のその呼びかけはその通りの言葉を作らず、ただ、「え。」というまぬけな音を発しただけであった。

体が石のように固まる。けれども、ハッとして自我を取り戻した。

すぐさま二宮さんに駆け寄る。

近くで見ると、最初に見た以上にひどく憔悴していて生気がない。まるで、病人のようだ。

私は声をかける。

「二宮さん大丈夫ですか。すぐに人を……。」そういいながら、端末を開き誰かを呼ぼうとしたが、その腕を掴まれる。

「ダメだ。誰も呼ぶな。」張り上げられた声だった。とても強い言葉だった。だけども、私の腕を止めるその力は、まるで子供のように弱々しい。

「……分かりました。」私はそっと腕を外し、端末をポケットにしまった。

「作戦室に運びます。立てますか。」「あぁ。」

二宮さんは私の支えを借りて、ゆっくりと立ち上がる。周囲を見渡し、辺りに人がいないことを確認してから歩き始める。どしりと肩に掛かるその重さだけが、この人の存在を私に証明してくれていた。

 

 

二宮隊の作戦室に入る。中には誰もいないようだった。奥に進み、そっとベッドに二宮さんを落とす。

ほっと私は息を吐く。倒れた場所から作戦室まで、なんとか人に見られず運ぶことができた。

 

「悪い。」ポツリと二宮さんが小さく口を開く。そんなこと、焼肉の時は言ってくれなかったくせに。文句が頭をよぎったが、言葉にする気はまったく起きない。「いいえ。」とだけ返す。なぜか少し、泣きそうになった。

 

二宮さんはネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを上から二つ開けた。そのスーツ姿に、私はぼんやりとトリオン体でもそういったものは感じるんだな、とだけ思う。二宮さんも、私も、何も言わなかった。広い作戦室は静まり返り、お互いの吐息だけが響く。

 

私は一度、部屋の外に出よう、と思った。頭を少し冷静にしたかった。

「私、何か買ってきますね。」そう言って体を振り向かせる。

しかし、足は止まった。止まらせざるをえなかった。

私の手は掴まれていた。どこからその力を出してるんだ、と言いたくなるぐらい強く、強く。私は再び振り向いた。二宮さんと、目があう。

「行くな。」

恐ろしく地を這うような声だった。ぶるりと身震いをし、私は反射的に手を引っ込めようとする。もちろん、掴まれていてそれは叶わない。しかし、相手にはそれが伝わったようだった。予想される叱咤を恐れて、私は慌てて弁明しようとしたが、その言葉は出る前に消える。

 

「行くな……。何処にも行かないでくれ。」

耳と、目を疑った。

まるで、そう、例えるならーー懇願のような命令、であった。そして、切なく、悲しい声でもあった。ついに、その言葉に私は外へ出ることを断念させられた。

隣のベットに腰掛ける。

「行きませんよ。何処にも。」

そしてそう呟いた。二宮さんが私の手を掴んでいる力が少し弱まる。

すでに私は手に力をいれていなかった。それを包む大きな手が解放することを予想をしていたからだ。

しかし、その瞬間はいつまでたっても訪れなかった。

 

冷たい手だ、と私は思った。その繋がれている手に目をやりながら少し困る。

二宮さんはまだ起きているようだった。その顔色を窺うに、さっさと寝たほうがいいのに、と思う。もしかしたら私の言葉を疑っているのかもしれなかった。

いずれにせよ、起きているのならば、この沈黙は気まずい。私は話題を探そうとするが、その努力は一瞬で泡となる。

「茶野隊に入ったらしいな。」

二宮さんがそう言ってきたからだ。

「えぇ、まぁ……。」

二宮さんとはそうよく話をするわけではないが、そのことを伝えていなかった不義理さ、しかも相手は知っていたということを気まずく思い、声が自然と小さくなる。

「向いていない。」

はっきりと二宮さんは断言をする。私は少しムッとした。天井を眺める二宮さんは言葉を続ける。

「隊の気風、人数、戦術……何れにしても、あの隊は、お前を運用するのに充分なポテンシャルを持っていない。茶野隊はお前に向いてない。」

その言葉に不自然さに気づき、指摘する。

「"私"が"茶野隊"に向いていない、んじゃなくてですか。」

二宮さんはふっと馬鹿にしたような笑いをこぼす。

「見た目だけなら、向いてるからな。」

この言葉は何を意味しているのだろう。

茶野さんと藤沢さんと、私が並んだ時に見合っているということだろうか。それとも、別の意味だろうか。

私は押し黙った。それからしばらくして、隣から寝息が聞こえてくる。手をゆっくりと、大きな手から抜け出させて、腕を隣のベットの上に戻した。

 

おもむろに端末で時間を確認すると、もうすでに深夜であると分かった。ここから家に帰るのは諦めるしかない。報告書の時間も、とっくに過ぎている。自分たちの作戦室にもどってから、お父さんに軽い連絡だけを入れて寝ようと決めた。

そして作戦室を出ようと立ち上がると、「高橋ちゃん。」と声がかけられた。私は驚いて振り向く。「犬飼さん……!?」「しーっ。」犬飼さんは口元に手をあてると、もう片方の手でドアを指差す。外で話をしよう、ということらしい。

私は頷き、作戦室を出た。

 

 




長くなるので一旦区切ります。

本日のハイライト
・茶野隊、発足。
・同隊改善点多すぎ問題
・二宮さん倒れる

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