戦国†恋姫~とある外史と無双の転生者~   作:鉄夜

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第十一話

数日後。

 

飛騨と詩乃は、城を龍興へ返還した。

 

「ハァ!ハァ!」

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

飛騨は詩乃の手を引いて山道を走っている。

 

後ろからは龍興の追っ手が迫ってきていた。

 

「思ったより追手が早く来ましたね。」

 

「まったく!普段は無能な癖になぜこういう時に限って手を回すのが早いんだ!あの御方は!

詩乃、まだ走れるか!?」

 

「昔、どこかの誰かさんにあちこち連れ回されたおかげでそれなりに体力がつきましたからね。」

 

「なら良かった、そのどこかの誰かさんにはちゃんとお礼をしなくちゃあな!」

 

「ええ、本当にその通りですね。」

 

会話しながらも、飛騨と詩乃はまっすぐ走っていた。

 

「詩乃、もうすぐ例の分かれ道だ。」

 

「ええ、そうですね。」

 

飛騨の言う通り、少しすると右と左に分かれている道が見えてきた。

 

そして、その真ん中まで来たところで二人は手を離す。

 

「死ぬなよ!詩乃!」

 

「ご武運を!飛騨殿!」

 

二人が分かれ道で別れると、追手も二手に別れ、片方は飛騨を、もう片方は詩乃を追いかけていった。

 

#####

 

「待て!竹中半兵衛!」

 

いくらお節介な友人のおかげで体力がついているとしても、詩乃の専門は頭脳労働。

 

戦いを得意とする、美濃八千騎の兵士達を相手に逃げおうせると思ってはいない。

 

故に、その備えもしっかりとしてあった。

 

(凛殿から渡された・・・これで!)

 

数日前、稲葉山城で渡された袋を腰に下げ、詩乃は走っていた。

 

『いざとなったらこの煙玉を使って!』

 

凛の言葉通り、詩乃は袋の中のそれを相手に投げつけた。

 

#####

 

白狼隊隊舎。

 

凛は忍部隊の部下達と、荷物の整理をしていた。

 

「あれ?凛様、ここに置いてあった煙玉知りませんか?」

 

「え?あれなら逃走する時用にって詩乃ちゃんに渡しちゃったけど?」

 

「え・・・アレ失敗作だからまとめて置いといたんですけど。」

 

「え?」

 

「・・・」

 

「・・・あれ?私やっちゃった?。」

 

「何やってんすか・・・凛様。」

 

#####

 

「凛殿おおおおおおおお!」

 

投げた煙玉が不発に終わり、詩乃は半泣きで叫びながら走っていた。

 

ガッ!

 

「あ!」

 

詩乃は石につまづき、思いっきり転けた。

 

「痛っ!」

 

膝を擦りむき、痛みに耐える詩乃に、追手が迫る。

 

「竹中半兵衛!覚悟ぉ!」

 

兵士が刀を振り上げる。

 

(殺られる!)

 

その時、詩乃の脳裏に浮かんだのは、

自分が愛した美濃。

自分を妹のように扱ってくれた龍海、

自分に生きろと言った飛騨、

そして・・・自分を攫うと豪語した、男の顔であった。

 

「!!」

 

振り下ろされた刀を、詩乃は体を回転させて避ける。

 

そしてすぐさま立ち上がると、走って距離をとった。

 

「竹中半兵衛!貴様ァ、謀反者の大罪人が!

往生際が悪いぞ!」

 

「確かに、武士ならば潔く腹を切るべきなのでしょうね。

・・・ですが、私はここで歩みを止めるわけにはいかないのです。

国がため、友がため、

そして・・・私を求めてくださった・・・あのお方のためにも!」

 

詩乃は、震えながらも腰の刀を抜く。

 

「たとえ生き恥を晒そうとも!諦めるわけにはいかないのです!」

 

詩乃は、真っ直ぐに兵士の目を見て言った。

 

「ふん、ならば八つ裂きにしてくれるわ!」

 

兵士達が一斉に襲いかかろうとしたその時。

 

ザッ!

 

兵士達の目の前に、一人の男が立ち塞がった。

 

「悪いが・・・」

 

その男は刀の先を兵士達に向け、鋭い目つきで睨みつける。

 

「通行止めだ。」

 

その男──新田剣丞は背後にいる詩乃に微笑みかける。

 

「貴方様は・・・」

 

「やぁ、またあったね詩乃ちゃん、約束通り攫いに来たよ。」

 

そんな剣丞に兵士達は怒鳴る。

 

「なんだ貴様は!一体何者だ!」

 

「ただの通りすがりの山賊さ。

竹中さんが欲しくなったから貰っていくことにした。」

 

「ふん!そんな女を救ったところでなんの得がある!

それに、そんななまくら一本で何ができるというのだ!」

 

「・・・関係ねぇよ。」

 

剣丞は刀の先を敵に向けて言う。

 

「損得なんか関係ねぇ。

言っただろ、欲しくなったから奪いに来たってな。

・・・それと。」

 

剣丞はニィと口角を上げる。

 

「刀は1本だけじゃない。

とっておきのが、あと二本もある!」

 

「「お頭ぁ!」」

 

横の茂みからひよ子と転子が飛び出してきた。

 

二人は剣丞の前に立つと、

ひよ子は刀を、転子は槍を構える

 

「ひよ!ころ!」

 

「無事ですか!お頭!」

 

「あぁ、何とかな。」

 

「よかったぁ・・・。」

 

二人はほっとした笑顔を浮かべると、敵兵をキッと睨む。

 

「お頭・・・前衛は私たちに任せてもらっていいですか。」

 

鋭い目を敵に向けて問うた転子に、剣丞は真剣な顔で聞く。

 

「やれるのか?」

 

「私もころちゃんも白ちゃんに鍛えられてますから!」

 

「お頭は竹中さんを守ってあげてください。」

 

「・・・分かった。」

 

剣丞は詩乃の傍まで駆け寄った。

 

「・・・ひよも怖かったら下がっていいよ?」

 

転子の言葉に、ひよは無言で首を振る。

 

「私もそろそろ・・・ちゃんと覚悟を決めなきゃ。

じゃないと・・・胸を張って武士だって・・・白ちゃんの弟子だって言えないもん。」

 

「・・・そっか。」

 

「うん。

でね、ころちゃん。

全部終わったら、ころちゃんの胸の中で泣いてもいい?」

 

「・・・うん、いくらでも貸してあげる。」

 

二人はそう言って微笑み合うと、眼前の敵を睨み付ける。

 

#####

 

「それで、実際どうなのだ、あの2人は。」

 

自分の隣で馬を走らせる白に、壬月は尋ねる。

 

「2人って?」

 

「ひよと転子のことだ、お前が鍛えているのだろう?」

 

「うーん、そうだねぇ。

どっちも悪くないけど・・・成長が早いのはころかなぁ。」

 

「ほう。」

 

「野武士として戦った経験があるのもそうだけど、まず筋がいい。

伸びるよ、あの子。 」

 

「ひよはどうだ?」

 

「ほとんど1から教えなきゃだけど、それでも元々バネがあるから身軽さを武器にした戦い方が向いてる。

物覚えもいいし、あとは・・・。」

 

白は、微笑む。

 

「覚悟次第で化けるよ、あの子は。」

 

#####

 

「はあああああ!」

 

転子は愛槍を振り回し、縦横無尽に暴れ回る。

 

「くそ!なんだこの女!」

 

「どうしたの!?威勢がいいのは最初だけ!?」

 

「くっ!調子に乗るな!」

 

ころの挑発に乗った男の刀を払い、胴を切り払う。

 

後ろから斬りかかってきた男の腹を槍の底で突き、怯んだところで脳天から槍を叩きつける。

 

周囲から襲ってきた数人を、槍をおおきく振りまわし、一気に吹き飛ばす。

 

「まだまだこんな物じゃない!

女の子をよってたかって襲って・・・私は怒ってるんだから!」

 

一方、ひよ子は敵に向かって刀を構え、瞳を閉じて白の言葉を反芻する。

 

『ひよ、私が君に教えるのは人を殺すための剣だ。

これを教わるということは、君は戦場で多かれ少なかれ人を殺す、命のやり取りをするということだ。

・・・それを肝に銘じておけ。』

 

ひよはゆっくりと目を開ける。

 

(そうだ・・・ここは戦場。

これは命のやりとりなんだ。

負けた方が死ぬ。

生き残るには・・・。)

 

ひよ子に向かって兵士が刀を振り下ろす。

 

ひよ子も刀を振り、兵士と鍔迫り合いになる。

 

「生き残るには・・・殺すしかない!」

 

ひよ子は刀を後ろに引き、敵が体制を崩した所で背後に回り込み袈裟斬りにする。

返り血が、ひよ子の顔と服を汚した。

 

「貴様ァ!」

 

別の兵士が斬りかかって来たのを、ひよ子は後ろにステップして避ける。

その後も振るわれる攻撃を、軽い身のこなしで避ける。

 

そして体を反転させると、背後にあった木を駆け上りバク宙の要領で背後に回る。

 

「しまっ!」

 

「うああああああああ!」

 

男の腹に突きを放ち、木に磔にするように貫く。

 

男から刀を抜くと、ひよ子は血のついた己が手のひらをしばし見つめ強く握る。

 

人を殺したという事実、それが心に重くのしかかる。

 

ここが戦場でなければ吐いていたかもしれない。

 

しかし、

 

(白ちゃん・・・ううん、白ちゃんだけじゃない、皆この重さに耐えてきたんだ・・・。

だから・・・私もいつまでも弱いままじゃいられない!)

 

そう自分に言い聞かせ、体を敵に向けて、刀を構える。

 

「次!」

 

その瞳に、もはや弱さは感じられなかった。

 

#####

 

(二人共、本当に強くなったなぁ。)

 

詩乃を守りながら戦いつつ、二人の様子を観察していた剣丞は心の中で感心したように呟く。

 

「そこまでだ山賊共!」

 

声のした方を向くと、兵士のひとりが鉄砲を構えていた。

 

「まずい!戻れ二人共!」

 

剣丞が叫ぶと、ひよ子と転子が剣丞の近くに立ち、刀と槍を構える。

 

剣丞も二人の間に立ち、刀を構えた。

 

「ふふふ、鉄砲を前にしては身動きができまい。」

 

「くっ!」

 

なかなか動けず、剣丞は悔しそうに顔を歪める。

 

「ひよ、ころ、俺がなんとかあいつを引きつける。

その隙に竹中さんを連れて逃げるんだ。」

 

「そんな!危ないですよお頭!」

 

「大丈夫!絶対追いつくから・・・俺を信じてくれ。」

 

「・・・なるほど、話はわかりました。」

 

「そうか、じゃあ、」

 

 

「「だが断る!」」

 

 

「・・・え?」

 

二人の力強い言葉に、剣丞は呆気に取られる。

 

そんな剣丞に転子は子供を諭すように言う。

 

「お頭、口ではそんなこと言ってますけど、

頭のどこかで私たちだけでも助かればいいとか思ってませんか?」

 

「それは・・・」

 

図星だったのか、言い返せない剣丞にひよ子が言う。

 

「ダメですよそんなの、私達は()()()なんですから。」

 

「もしそれで竹中さんを助けられたとしても、お頭が死んじゃったら意味が無いですよ。

だから・・・。」

 

転子はニッコリと微笑む。

 

「バカをやるなら一緒にですよ、お頭。」

 

そんな2人に剣丞はフッと笑って言う。

 

「二人共本当に変わったな。

この間までもう少し素直だった筈だけど。」

 

「何言ってるんですか、私とひよは白ちゃんの弟子ですよ?」

 

「なんでもかんでもいうこと聞くわけないじゃないですか。」

 

「・・・そっか、いい部下を持ったよ、俺は。」

 

剣丞は仲間達と眼前の敵を睨み付ける。

 

「最期の戯れは済んだか?

ならば、死ね!」

 

敵が鉄砲の引き金に指をかける。

 

と、その時。

 

「皆!伏せて!」

 

草むらから声が聞こえ、言われた通りに剣丞たちが伏せると。

 

何かが音を立てながら敵の方へ飛んでいき、

その足下で爆発する。

 

「な!?」

 

鉄砲を持っていた兵士は驚いて的はずれな方向を撃ってしまう。

 

「しまっ!」

 

「今だ!」

 

ひよ子は再び鉄砲を撃たれる前に、兵を切り捨てる。

 

「やりました!お頭!」

 

「よくやった!ひよ!

それにしても今のは・・・。」

 

剣丞が草むらを見つめていると、そこから影が飛び出してきた。

 

「やった!やってやったわよ剣丞!」

 

「帰蝶!」

 

今回、結菜は剣丞を見定めるために付いてきていたのだ。

先ほどのあれは、剣丞が渡していた信号弾である。

 

「くっ!山賊の仲間め!」

 

兵士の1人が結菜に襲いかかる。

 

「きゃ!」

 

「帰蝶!」

 

剣丞が結菜を庇い、肩を斬られる。

 

「ぐっ!」

 

「剣丞!」

 

襲ってきた兵士を転子が斬り捨て、剣丞に駆け寄る。

 

「お頭!大丈夫ですか!」

 

「あぁ、すごく痛いけど傷は浅い。

ひよ、ころ、こいつらを蹴散らしてみんなで逃げるぞ!」

 

「「はい!」」

 

3人は詩乃と結菜を守るように立ち、敵を睨みつける。

 

#####

 

「なんだ?今の爆発音。」

 

音を聞いてまず最初に口を開いたのは疾風であった。

 

「分からん、だが私たちの向かっている方から聞こえる。」

 

「まさか剣丞達になにかあったってのか!?」

 

壬月の言葉に疾風の顔に不安がよぎる。

 

「・・・凛。」

 

「はいな!」

 

白の後ろに乗っていた凛が元気よく返事をすると白は馬を走らせながら言う。

 

「私馬降りて先に行くから、この子の操縦変わって。」

 

「ガッテン!」

 

白は凛が轡を握ったのを確認して、壬月に呼びかける。

 

「壬月!私は先に行って剣丞たちを助けてくる。」

 

「わかった!」

 

白は馬から飛び降りると、地面を飛ぶように走っていく。

 

「本当に忍のような奴だな。」

 

既に遠くなった背中を見て、壬月は呟いた。

 

#####

 

一方飛騨も、追手から走って逃げていた。

 

(・・・そろそろいいか。)

 

飛騨は立ち止まると、敵の方向を静かに向く。

 

「やっと観念したか!斎藤飛騨!

龍興様を謀り!国を裏切った大罪人が!」

 

「私が大罪人なら、国主を口八丁で言いくるめ甘い蜜を吸う貴様らは何なのだろうな。」

 

「ふん!何を恐れ多いことを・・・貴様などには我らの忠義は理解出来まい!」

 

「貴様の言うそれが忠義だと言うなら、私は不忠もので結構。

子供を騙し、国を思うままにしようとする腐れ外道に落ちるよりましだ。」

 

「ぐっ・・・貴様ァ!」

 

敵は激昂しそうになるが、しばらくすると嘲るような笑みを浮かべる。

 

「ふん、かつて斎藤の盾を担ったものが揃いも揃ってこのざまとは、

貴様もそうだが、斎藤龍海もとんだ恥さらしよ。」

 

「・・・けせ」

 

「は?今なんといった?」

 

飛騨は怒気を含んだ目で兵士達を睨みつける。

 

「命が惜しくば今の言を取り消せ。」

 

飛騨の気迫に、兵士達が一瞬怯む。

 

「私は何を言われようがかまわん。

だが龍海を・・・誰よりも国を、家族を愛したアイツをバカにすることは許さん。」

 

「ふ・・・ふん!凄んでも無駄だ!

かつて『飛剣』と呼ばれた貴様も、愛刀を失くし御家流を使えなくなった今となってはおそるるに足らん!」

 

「フフ、また随分と懐かしい渾名を出してきたものだな。

そうか・・・そんなに見たいなら見せてやろう。」

 

飛騨は腰の愛刀、『飛龍』を抜く。

 

「き・・・貴様!その刀は!」

 

兵士の顔が引き攣り、青くなる。

 

飛騨は刀を頭の横で前方に向けるように持ち、

その手を後ろに引く。

そして左手で剣の先に手を添える。

 

「なんせ久々なものでな、加減なんてものすっかり忘れてしまっている。

だから・・・せめて命があることを祈れ。」

 

そう言うと、飛騨は愛刀に語りかける。

 

「さぁ、暴れるぞ、飛龍。」

 

飛騨の体から青い気が溢れ、体と刀を覆う。

 

やがて、バチバチと音を立てて帯電する。

 

飛騨は一気に踏み込むと、敵に向かって突きを放つ。

 

飛龍一閃!(ひりゅういっせん)!」

 

稲光を纏った突きが、閃光と轟音をまき散らしながら敵を貫き吹き飛ばす。

 

飛騨は刀を納めると背後で倒れる敵の亡骸・・・ではなく衝撃で折れた木々をを眺め、後頭部を搔く。

 

「す・・・少し派手が過ぎたか。」

 

そう言って少し反省したあと、飛騨はその場を去った。

 

#####

 

「ハァ、ハァ。」

 

剣丞達は息を切らしながら、目の前の敵と戦っていた。

 

「くそ!限りがないな。」

 

「でも・・・だいぶ削りましたよお頭。」

 

「あともうちょっとです!」

 

ひよ子と転子がそう言った時、まるで示し合わせたかのようなタイミングで兵士の数が増えた。

 

それだけではなく、鉄砲を構えた兵士が十人もいた。

 

「なに!?援軍だと!?」

 

「ふん、今度こそ終わりだ、盗人共!」

 

「くっ!」

 

剣丞が顔を歪ませていると。

 

ダンッ!

 

力強い音をたて、一つの影が剣丞達の前に降り立った。

 

その白く綺麗な髪と、現実離れした美しく可愛らしい容姿に敵は見惚れ、攻撃の手を止めてしまう。

 

「・・・白?」

 

名を呼ばれ、背後の剣丞達を確認した白は、剣丞の肩の傷を見て一瞬目を見開く。

 

そして敵の方に向き直ると、

 

「ぶっ殺す。」

 

淡々とそう告げた。

 

見とれていた敵は一変、その殺気に当てられ言いようのない恐怖を味わう。

 

あるものは腰を抜かし、あるものは手に持っている武器を落としそうになる。

 

目の前に死が迫っていると、敵兵の誰もが理解していた。

 

そんな兵士達に、白は刀を出現させ、ゆっくりと近寄っていく。

 

「く・・・来るな!貴様!この鉄砲が見えないのか!」

 

そんな言葉には耳を貸さず、白は近づいていく。

 

「は・・・放てぇ!」

 

号令と共に、鉄砲が続けざまに火を噴く。

 

放たれた十発の弾丸は吸い込まれるように白の方へまっすぐ飛んでいく。

 

しかし。

 

ガンガンガン!

 

それを白は舞でも踊るかのように斬り落としていく。

 

鉄を斬る様な音が鳴り響く。

 

「ば・・・化け物め・・・。」

 

放った弾丸は、掠ることも無く全て斬り落とされた。

 

白はそのまま敵の群れに突っ込む。

 

そこからは、一方的であった。

 

白は刀を振るい、襲いかかってきた敵を次々と斬り捨てていった。

 

「は・・・話が違う!

小娘を嬲れると聞いたからやってきたんだ!」

 

「くそ!こんなところで死んでたまるか!」

 

兵士の一部が、逃走を始める。

 

たが、

 

パァンパァン!

 

逃げようとした兵士の頭は、弾け飛ぶ。

 

白の手には二丁の鉄砲が握られていた。

 

白はそれを捨てると、再び刀を出現させ敵を斬り捨てていく。

 

一人の逃走も許さず、皆殺しにして行く。

 

まさに圧倒的で、一方的で、無慈悲な殺戮の末、

周りは静寂に包まれ、その場には返り血にまみれた白が立っているだけとなった。

 

白は深呼吸をすると、剣丞達の方へ歩み寄る。

 

「皆、無事?」

 

「う・・・うん、大丈夫。」

 

「でもお頭が怪我をしちゃって。」

 

「これぐらい大丈夫だよ、痛っ!」

 

剣丞が方を抑えて蹲ると、白は笑をこぼす。

 

「全然だいじょばないじゃん。」

 

「あっはっは、面目ない。」

 

そう笑う剣丞に、結菜が今にも泣き出しそうに言う。

 

「ごめん、剣丞。

私を庇ったせいで。」

 

「帰蝶のせいじゃないよ。

これは俺の不注意が招いた結果だから。」

 

「でも・・・それじゃあせめて傷の手当をさせて。」

 

「え、いやでも、帰蝶の服が汚れたらまずいし。」

 

「いいから服を脱ぎなさい!

それと・・・結菜よ。」

 

「え?」

 

剣丞が首を傾げると、結菜は顔を赤くする。

 

「結菜!私の通称!真名よ!

これからはあなたもそう呼びなさい!」

 

「・・・ああ、ありがとう、結菜。」

 

そんなふたりのやり取りを微笑ましそうに見て、白が視線を移すと、転子が一点を心配そうに見ていた。

 

転子の視線の先には、自らが斬った兵士の亡骸の前で、切なげな表情をしているひよ子が居た。

 

白は転子に近づき、その背中を軽く押す。

 

「白ちゃん?」

 

「行ってあげなよ、今ひよの心に寄り添えるのはころだけだから。」

 

「う・・・うん!」

 

転子はひよ子に近づくと、後ろからそっと手を握る。

 

ひよ子は転子の姿を首を動かして確認すると、視線を戻す。

 

「大丈夫?ひよ。」

 

「・・・ころちゃん・・・私、分かってるつもりだったんだ、

人を斬るってことがどういうことなのか。」

 

「・・・うん。」

 

「でも・・・でもね。」

 

ひよ子の瞳から涙が流れ出す。

 

「思ったよりも・・・ずっと苦しくて・・・重いんだ・・・。」

 

「ひよ・・・。」

 

転子はひよ子を優しく抱きしめる。

 

そんな二人の様子を見守り、白は続いて詩乃に歩み寄る。

 

「やっほー。

君が竹中さんだね。

こんな格好でごめんね、できればもう少し綺麗な姿で挨拶したかったけど。」

 

「お気になさらず。

音に聞く今奉先殿の武勇、おみそれ致しました。

竹中半兵衛重治、通称を詩乃と申します。

今後共よろしくお願い致します。」

 

「私は颯馬白。

お互いけったいな渾名で呼ばれてる同士仲良くしよう、詩乃。」

 

「はい、白殿。」

 

白と詩乃は、二人で握手を交わす。

 

「剣丞!皆!」

 

声のした方を向くと、疾風が馬に乗って走ってきていた。

 

その背後には壬月と凛、そして兵士達の姿が見える。

 

「迎えが来たみたいだよ、剣丞。」

 

「みたいだな。」

 

結菜に手当された剣丞は立ち上がると、

 

「よし!帰るか!皆!」

 

全員に向かって笑顔でそう言った。

 

#####

 

飛騨は、息を切らしながら目的の洞穴までやってきた。

 

壁に持たれると、力を抜いてしゃがみこむ。

 

「やはり・・・久しぶりに使うと・・・疲れるな。」

 

そう言いながら飛騨は洞穴の中から外の月を眺める。

 

(そう言えば、詩乃と仲直りをしてから一人の夜は久しぶりだな。)

 

そう心の中で呟くと、飛騨の目から一筋の涙が零れる。

 

(ああ、まずい。)

 

飛騨は膝を抱える。

 

あの日から孤独には慣れたつもりでいた。

 

しかし、詩乃との仲を取り戻したあとは昔のように毎夜の如く語り合った。

 

それが再び、飛騨に孤独感を呼び戻させた。

 

(嫌だ・・・一人は嫌だ・・・。)

 

飛騨は膝に顔を埋め、静かに泣き出した。

 

 

「飛騨ぁ!」

 

 

その声はどこから聞こえただろうか、

一瞬で飛騨の意識を向けさせたその声は、

 

「・・・たつ・・・み?」

 

長年待ち続けた、待ち人のそれであった。

 

飛騨は洞穴から飛び出すと、声のした方へ走り出した。

 

「龍海・・・龍海ぃ!」

 

飛騨は名前を叫びながら龍海を探す。

 

しかし返事は聞こえてこなかった。

 

「龍海!たつっ!」

 

遂には石に躓きこけてしまった。

 

服を泥だろけにしながら、飛騨は立ち上がり、周りを見渡す。

 

「龍海・・・龍海ぃぃぃぃぃぃ!!」

 

飛騨はその名を叫ぶが、帰ってくるのは静寂だけであった。

 

「幻聴・・・か?・・・うっ・・・ぐすっ。」

 

飛騨は溢れてきた涙を腕手ぬぐいながら踵を返し歩き出す。

 

ザッ!

 

少し歩いて飛騨は背後に気配を感じた。

 

ゆっくりと振り返ると。

 

「ハァ、ハァ。

三十のおっさんに全力疾走させないでよ。」

 

一人の男が、膝に手をついて息を切らせていた。

 

「たつ・・・み?」

 

飛騨の問いかけに龍海はニィっと微笑む。

 

「・・・ただいま、飛騨。」

 

飛騨は龍海に駆け寄ると思いっきり飛びついた。

 

「龍海!龍海ぃ!

ぐす・・・うぅ・・・。」

 

「ごめんね、長い間辛い思いさせて。」

 

「私も・・・ごめ・・・ひぐっ・・・龍海の作戦・・・滅茶苦茶に・・・ぐすっ。」

 

「大丈夫、どっちにしろやることは変わらないし。

それに、飛騨が詩乃の事見捨てるなんて出来るわけないしね。」

 

龍海は飛騨の肩に手を置くと、見つめ合い、

頬に触れ涙をそっと拭う。

 

「これからはどこにも行ったりしない、ずっと一緒だ、飛騨。」

 

「龍海・・・。」

 

二人は静かに口付けを交わす。

 

「でもどうして私の居場所がわかったんだ?」

 

「街に向かってる途中で懐かしい光と爆音が聞こえたからね。」

 

「あ・・・////」

 

「また派手に暴れたね、飛騨。」

 

「う・・・うるさい!久しぶりで加減がきかなかったんだ!」

 

「あはは、加減なんてしたことあったっけ?」

 

「うるさい!と言うかいつまで抱きついてるつもりだ!」

 

「飛騨から抱きついてきたんじゃない。」

 

「も・・・もういいから!恥ずかしいから離れろ!」

 

「今は誰も見てないよ?」

 

「嘘つけ!さっきから木の後ろで誰か見てるだろ!」

 

「ち、バレたか。」

 

「はーなーれーろー!」

 

飛騨が龍海を引きはがすと、龍海は吹き出した。

 

「うん、俺がよく知ってる飛騨だ。」

 

その笑顔に、飛騨は再び涙が出そうになったが、必死に堪える。

 

「・・・で?誰なんだ?そこにいるのは。」

 

「あぁ、紹介するよ。

出てきていいよ、夕霧。」

 

龍海が呼びかけると、一人の少女が出てきた。

 

「この子は俺がお世話になってる武田家の、

武田信繁ちゃん。」

 

「武田典厩信繁、通称は夕霧でやがる。

よろしくでやがりますよ。」

 

飛騨はしばし目をパチクリとさせる。

 

「たけだ・・・武田あああああ!?」

 

飛騨は急いでその場に跪く。

 

「彼の武田信繁様とは知らず!大変失礼いたしました!

私は斉藤家家臣、斎藤飛騨と申すものでございます。」

 

「そ・・・そんなに畏まらないでいいでやがるよ。

今回夕霧は龍海の手伝いにきただけでやがりますから。」

 

「し・・・しかし!」

 

「いいから!もう少し楽にしてほしいでやがります。」

 

「は・・・はぁ。」

 

夕霧がそう言うと、飛騨は恐る恐る立ち上がった。

 

「で、これからどうするんだ、龍海。」

 

「それについては後で話し合おう、

・・・もう1人、話しておかなきゃいけない子がいるからね。」

 

#####

 

その夜、凛は龍海達が身を隠す洞穴までへとやってきた。

 

「うんうん!無事に再会できたみたいで良かったよ!」

 

「これも凛がいろいろ手伝ってくれたおかげだよ、ありがとう。」

 

「いいのいいの!

これからもバッチリお仕事はするから任せてよ!」

 

「ああ、よろしく頼むよ。」

 

褒められて嬉しいのか、はしゃぐ凛に夕霧が問う。

 

「凛、凛はこれからどうするつもりでやがるか?」

 

「・・・?」

 

質問の意味がわからないのか、首を傾げる凛に、夕霧は続ける。

 

「武田に届けられた文を見る限り、凛は今の場所を大切に思ってるようでやがる。」

 

「!!!!」

 

夕霧の指摘に、凛は顔を強ばらせる。

 

「すべてが終わったあと、武田に戻るのか、織田に残るのか、ちゃんと考えておくでやがる。」

 

「・・・一二三様はなんて言ってるの?」

 

その質問に、龍海が答える。

 

「凛が望むなら暇を出す・・・って言ってたよ。」

 

その言葉に、凛は俯く。

 

「凛は・・・どうしたいんだろう。」

 

そう言うと、凛は背を向けてトボトボと帰っていった。

 

「凛には少し酷だな・・・。」

 

「ああ、でもこればっかりはあの子が悩んで決めなきゃ。

さて、色々あったけど、これでようやく始められるね。」

 

「これからどうするでやがりますか?」

 

「何も変わりはしないさ、俺たちのやることは一つだ。」

 

「ということは・・・」

 

龍海は二人の顔を交互に見て言う。

 

「俺達は、織田が稲葉山を攻めると同時に、城内に潜入する。

そして・・・騒ぎに乗じて結花を助け出す。」

 

龍海の言葉に、飛騨と夕霧は無言で頷いた。


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