戦国†恋姫~とある外史と無双の転生者~   作:鉄夜

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稲葉山城攻略編
第八話


清洲。

 

白は疾風とともに城下町を歩いていた。

 

「で、こんな朝っぱらから一体何の用?」

 

「最近姉貴、今奉先なんていう大層な名で呼ばれてるだろ?」

 

「まぁ、そんなふうに呼んでる人はいるね。」

 

「それを聞いて森の親子が会わせろってうるさくてなぁ。」

 

「・・・ふぅん。」

 

呂布奉先。

 

武を志すものなら誰もが思い描く無双の大英雄。

まさにその力は天下無双とされ、最強の象徴である。

 

あだ名とはいえその名で呼ばれている白を、

森の親子が見逃すわけがなかった。

 

「一応聞くけど・・・会うだけなんだよね?」

 

「逆に聞くけどそれだけで済むと思うか?」

 

「ですよねー。」

 

そんな会話をしていると、森一家の屋敷の前についた。

 

「姉貴、先行けよ。」

 

「・・・」

 

白は疾風を訝しげに見ながらも、門をくぐる。

 

「・・・疾風、誰もいないけd」

 

「くたばれぇ!」

 

白の頭上から降ってきた男が空中で木刀を振り下ろす。

 

パシッ。

 

「な!?」

 

完全に不意をついたはずの攻撃は白にノールックで穂先を掴まれ止まった。

 

「えい。」

 

そしてそのまま手を離せなかった男は、木刀ごと前方に振り下ろされ。

 

「がっ!!」

 

背中から地面に叩きつけられる。

 

白は刃の部分を持っていた木刀を空中に放り投げて回転させ、持ち手を掴んでキャッチする。

 

「この女ぁ!」

 

続いて横からそっ来た男の木刀を打ち払い、

腹を木刀で殴り一撃で仕留める。

 

その隙に後方から不意打ちをしようとした敵の腹に蹴りを見舞う。

 

その後も四方八方から襲いかかってくる森一家の兵士を白は打ち倒していった。

 

そしてしばらくして、

 

「ぐぎゃ!」

 

最後の一人を倒した白の周りには兵士達がたくさん倒れていた。

 

皆痛みに悶えていたが、白はまったく息を切らしていなかった。

 

「やるじゃねぇか。」

 

声のした方を見ると、小さな少女がこちらに向かって歩いてきていた。

 

「こいつらじゃあ役不足だったみてぇだな。

さすが今奉先って呼ばれるだけはあるってことか。」

 

「褒めてくれてありがとう。

それで、君は?」

 

少女──小夜叉は愛槍、人間無骨の穂先を白に向ける。

 

「森小夜叉長可だ。

てめぇの名乗りは必要ねぇぞ、颯馬白。

この間の戦じゃあ大層暴れたそうじゃねぇか。

二百人斬りの今奉先様よぉ!」

 

「なるほど、次の相手は君ってことか。」

 

白は十文字槍を出現させ、小夜叉に穂先を向ける。

 

「いいだろう、手加減してあげるから全力でかかっておいで。」

 

その言葉に、小夜叉は歯ぎしりをして白を睨みつける。

 

「てめぇ・・・舐めんじゃねぇぞ!」

 

小夜叉は白に一気に接近し、攻撃を繰り出す。

 

しかし、槍で弾かれ、避けられ、小夜叉の槍は白にかすりもしなかった。

 

「くそっ!」

 

焦りが出たのか、槍筋が乱れたところで白が小夜叉の槍を大きく弾き、がら空きになった腹に蹴りを放つ。

 

「ぐっ!」

 

吹っ飛ばされた小夜叉は、壁にぶつかる直前で体を回転させて着地する。

 

そして顔を上げた時。

 

「な!?」

 

飛んできていた槍の穂先が目の前に迫っていた。

 

小夜叉のいた場所から土煙が上がる。

 

「おい姉貴!

小夜叉を殺す気か!」

 

「あれくらい避けれないタマじゃ無いでしょ。」

 

小夜叉はが土煙の中から横に転がりながら出てきた。

 

「ハァ・・・ハァ・・・ゲホッゲホッ!」

 

舞い上がった土を吸い込んだのかむせている。

 

(やばい・・・・やばいやばいやばいやばい!

なんなんだよアイツ!

化け物なんて可愛いもんじゃねぇ!)

 

心の中でそう言いながら、小夜叉は立ち上がる。

 

(マジかよ・・・足が震えやがる。

初めてだ、どうやっても勝てる気がしねえ。

・・・でも・・・それでも。)

 

小夜叉は自らの頬を殴りつけると、

 

「よし!」

 

と叫んで槍を構えた。

 

(退くわけにはいかねぇ!)

 

それを見て白は、楽しそうに口角を上げた。

 

「いいねぇ、そういうやつは大好きだ。」

 

白は再び十文字槍を出現させる。

 

「さあ、おいで!」

 

「うおおおおおおお!」

 

小夜叉の槍を白はあえて避けることはなく、

槍をぶつけ合う。

 

(たった1度でいい!

せめて掠るだけでも!)

 

そんな小夜叉の思いが通じたのか、小夜叉の一撃が白の頬を掠り、小さな傷を作る。

 

白は槍で弾いて小夜叉を後方へ飛ばす。

 

そして、嬉しそうな笑顔を小夜叉に向けた。

 

「小夜叉、覚えておくといいよ。

その震える足こそ恐怖だ。」

 

「あぁ?」

 

「君は恐怖というものを知らなかった。

どんなに強くても、恐怖を知らない人間はそれ以上強くなれない。

でも君は今、恐怖を知った。」

 

白はニッコリと笑いかける。

 

「君はもっと強くなれるよ。」

 

「・・・へっ、そうかよ。」

 

「うん、そして恐怖に震えながら、それでもなお踏み込んだ、それこそ勇気だ。

・・・だから。」

 

白が蜻蛉切を出現させ、赤い気を纏わせる。

 

「私は君を気に入った。

恐怖を乗り越え勇気を示した君に賛美を送り、

・・・圧倒的力で叩き潰してあげる。」

 

「そうかよ・・・それなら俺も!」

 

小夜叉の槍が金色に輝き出す。

 

「俺の全力で迎え撃つ!」

 

白は飛び上がると、気で覆われた蜻蛉切を小夜叉に投げつけた。

 

「刎頸二十七宿!」

 

小夜叉の御家流と白の蜻蛉切がぶつかり合う。

 

「ウオオオオオオオラァ!」

 

小夜叉は力を振り絞り、蜻蛉切を弾き飛ばした。

 

「ハァ・・・ハァ・・・ざまぁ・・・みやがれ・・・」

 

小夜叉は勝ち誇った顔で白を見る。

 

「さすがにやるねぇ。

・・・さて、それじゃあ。」

 

白は再び蜻蛉切を出現させ、飛び上がる。

 

「2本目はどうかな?」

 

赤い気を覆った蜻蛉切が、小夜叉に迫る。

 

「はは・・・マジかよ。」

 

蜻蛉切が地面に直撃し、その衝撃で小夜叉は吹き飛ばされた。

 

#####

 

気絶した小夜叉に疾風は駆け寄り、体を抱き起こす。

 

「小夜叉!大丈夫か!?おい!」

 

「ちゃんと手加減したから大丈夫だって。」

 

「やりすぎだろ姉貴!」

 

「それくらいで死ぬほど弱くないでしょ。」

 

「だからって!」

 

「るせぇぞ疾風。」

 

小夜叉は起き上がって、白を見る。

 

「なるほどな、大層な名で呼ばれるわけだ。」

 

「そっちで呼ばれるのも嫌いじゃないけど、

私の名前は颯馬白だよ、小夜叉。」

 

白はそう言うと、小夜叉に手を差し出す。

 

小夜叉はその手をつかむことなく立ち上がる。

 

「なかなか楽しかったよ、小夜叉。」

 

「は、言ってろ。

次は俺が勝つからな、白。」

 

「うんうん、いつでもかかっておいで。」

 

そう言うと白は小夜叉の頭を撫でる。

 

「撫でんな!」

 

「えぇ、だって丁度いい位置に頭あるんだし良いじゃん。」

 

「よくねぇ!」

 

そんな二人のじゃれ合いを遠くから森一家の兵士は見ていた。

 

「すげぇ、お嬢を子供扱いかよ。」

 

(かしら)以外にあんな事出来る奴いるんだな。」

 

小夜叉を散々からかって満足したのか、白は館の引き戸に目を向ける。

 

「で?いつまでそこで見てるつもり?」

 

白が声をかけると、戸を開けて中から桐琴が出てきた。

 

「随分と暴れてくれたもんだなぁ。

庭に大穴が開くとは思わなんだ。」

 

「ごめんね、おたくの娘さん面白いからちょっと暴れちゃった。」

 

そんな会話をする2人を、疾風は顔を青くして見ていた。

 

「まさか姉貴、桐琴さんともやりあう気じゃねぇだろうな。」

 

疾風がそう言うと、白と桐琴は無言で睨み合う。

 

2人の殺気がぶつかり合い、あたりに不穏な空気が流れる。

 

疾風はいつでも止められるように腰の刀に手を伸ばす。

 

しかし、少しすると殺気が治まる。

 

「今日はやめておく、これ以上庭があらされたらかまわん。」

 

「私も、君相手だと手加減できずに殺しちゃいそうだしね。」

 

疾風はホッと胸をなでおろす。

 

「それで桐琴。」

 

「いきなり呼び捨てか、聞いてたとおりだな。」

 

「私を呼び出したのは実力を図るためだけじゃないよね。」

 

桐琴はフンと鼻を鳴らす。

 

「颯馬白、テメェに話がある。

ツラ貸せ。

おい疾風、すまねぇがてめぇはガキを手当しといてくれ。

うちの奴等は全員テメェの姉貴にぶちのめされて使い物にならねぇ。」

 

「俺は手当なんていらねぇ!」

 

小夜叉がそう言って桐琴の方へ向かおうと一歩目を踏み出したところで体がよろめく。

 

「無理すんなって、手加減されてたとはいえボロボロなんだから。

桐琴さん、小夜叉は俺が面倒見とくわ。」

 

「・・・ちっ!」

 

桐琴は疾風に頷く。

 

「こっちだ。」

 

桐琴が白を顎で促す。

 

「じゃあ小夜叉、またあとでね。

みんなもお疲れ様ー。」

 

白がそう言って森一家の兵士に笑顔で手を振ると、何人かの兵士は鼻の下を伸ばし、中には手を振り返す者もいた。

 

「お前の姉貴、色々やべぇな。」

 

「・・・すぐ慣れるさ。」

 

#####

 

白と桐琴は屋敷の一室で向かい合って座っていた。

 

「まぁ飲め。」

 

桐琴は白の持っていた盃に、徳利から酒を注ぐ。

 

白はそれを一口で飲み干す。

 

「いい飲みっぷりじゃじゃねぇか。」

 

「お酒は嫌いじゃないからね。

それで桐琴、話って何?」

 

「・・・白、お前は小夜叉を見てどう思う?」

 

「将来有望だね。

まだまだ強くなるよ、あの子は。」

 

「・・・そうか。」

 

白の言葉に桐琴は誇らしそうに微笑んだ。

 

「あいつは確かに強い。

本人はワシを超えるなんて言ってるがもう十分森一家を率いていくだけの力はあるだろう。」

 

桐琴は盃に入っていた酒を一口飲む。

 

「だがまだガキだ、

間違うこともあるだろう。

今はワシがいるからいいにしても、いなくなった後のことが心配でな。

・・・そこでだ。」

 

桐琴は、白の目をまっすぐ見て言った。

 

「ワシが死んだ後、疾風と一緒にアイツを支えてやってくれないか。」

 

「うん、引き受けた。」

 

白の返答に、桐琴は呆気に取られた顔をする。

 

「随分とあっさりしてんなぁ。」

 

「あの子が強くなるのは見てみたいし、

それにそれって・・・」

 

白は無邪気な笑顔を浮かべて言う。

 

「美味しそうに育ったら食っていいってことだよね?」

 

「・・・まったく、えらい奴に頼んじまったなぁ。」

 

二人はその後も、しばらく二人で酒を煽った。

 

#####

 

「いってぇなぁ!もうちょっと優しくできねぇのかコラ!」

 

「しょうがねぇだろ!こんなことした事ねぇんだから!」

 

「じゃあなんで引き受けたんだよてめぇ!」

 

「姉貴がてめぇんとこの兵隊潰しちまったんだから仕方ねぇだろ!

傷口広がらせたくなかったら大人しくてろ!」

 

チンピラのような口喧嘩を繰り広げながら、

疾風は小夜叉の怪我を手当していた。

 

「ったく、なんなんだよお前の姉貴は。

勝てる気が全くしなかったぞ。」

 

「たりめぇだ、俺だって生まれてこの方勝てたことがねぇのにそう簡単に倒されてたまるか。」

 

「・・・お前がって・・・マジかよ。」

 

「おう、本気出した姉ちゃんに勝てたことがねぇ。

こっちがどんなに追い越そうとしても、

自分よりはるかに速い速度で強くなっていく。

そういう類の人間なんだよ、姉ちゃんは。」

 

「・・・でも、諦めねぇんだろ。」

 

「あたりまえだろ。」

 

疾風は楽しそうに笑って言う。

 

「姉ちゃんは強い、俺よりもずっと。

だからこそ憧れる、憧れるからこそ・・・超えたいって思う。」

 

「・・・姉貴みてぇになりたいとは思わねぇのか?」

 

「・・・あのな、小夜叉。

俺と姉ちゃんが浪人をやってた頃、

姉ちゃんのようになりたいってやつが沢山いた。

そんな奴に、姉ちゃんが絶対にいう言葉がある。」

 

「・・・なんだよ。」

 

疾風は昔話を語るように言う。

 

「『私のようにはなるな。』」

 

「・・・どういうことだ?」

 

首を傾げる小夜叉に、疾風は自慢げに話す。

 

「この言葉の意味は二つある。

一つは姉ちゃんは強すぎて周りから怖がられることがある。

だからこんな風にはなるなって意味。

そしてもう一つ。」

 

疾風は小夜叉の目をまっすぐ見て話す。

 

「姉ちゃんは、強い。

いや、()()()()んだ。

姉ちゃんにとって強さは誇りであり、一種の呪いでもある。

戦いが大好きな人間にとって、自分より強いやつになかなか会えないのは退屈でしかないからな。」

 

「・・・上等じゃねぇか。」

 

小夜叉は凶暴な笑みを浮かべる。

 

「だったら俺がその飢えを満たしてやる。

まずは母を超えて、てめぇもぶっ倒して・・・その次は白だ。」

 

「・・・きっと姉ちゃんがこの場にいたら、こういうだろうな。」

 

疾風は、ニィと小夜叉に笑いかけて言う。

 

「やれるもんならやってみな。」

 

「おう、やってやらぁ。

・・・それにしても、お前白のことを語る時随分と楽しそうだよな。

あんな口聞いてても、本当は姉貴のこと大好きだろお前。」

 

「そんなもん当たり前だろ?」

 

疾風は無邪気な子供のような笑顔で言う。

 

「この世で一番強くてかっこいい、自慢の姉ちゃんだからな。」

 

「それ本人に言ってみろ。」

 

「腹切れってか?」

 

「そこまでいうか、本当にめんどくさい姉妹だよなお前ら。」

 

「ほっとけ、それに、本音なんて口にしなくても伝わるのが姉妹ってもんだろ。

特に双子はな。」

 

「は、お熱いこったな。」

 

#####

 

その夜、白は久遠の屋敷に招かれ、夕餉を食べていた。

 

森一家との話を聞いた久遠が、楽しげに話す

 

「それは朝から難儀だったな。」

 

「面白そうな子とも知り合えたから良かったけどね。」

 

「でもあんまり無茶しちゃダメよ?

斎藤との戦の真っ最中に怪我されたら困るもの。」

 

「私のこと心配してくれるの?

優しいなー結菜は。」

 

「ちょ・・・ちょっと、引っ付かないでよ!」

 

「戦・・・か。」

 

久遠は呟いてお猪口に入っている酒を飲む。

 

「なに?まだ悩んでるの?」

 

「悩んでなどいない、だがそう簡単に振り切れるものでもないだろう。」

 

「斉藤家出身の結菜が覚悟決めてるのに・・・

情けない旦那様ねぇ奥様?」

 

「でもこういうたまに見せる弱いところが可愛いのよね。」

 

「ほんとそれな。」

 

「ちゃ・・・茶化すな////」

 

久遠は照れ隠しをするようにもう一口酒を飲み、呟く。

 

「いっそ、戦なんてなくなればいいのにな。」

 

「方法がないことはないんだけどね。」

 

「なに?」

 

「どういうこと?白。」

 

「まず日の本の全ての国と同盟を組む。

領地の占領はせず、それぞれがそれぞれの国を治め、その上で同盟間で協力する。」

 

「協力とは具体的になんだ?」

 

「食糧や金銭、その他物資の物流を全ての国でやりあったりする。

それで、同盟国全てに影響が及ぶようなことはそれぞれの国の長を集めて話し合った上で決める。

決して勝手に決めない。」

 

「なるほど、それは名案だ。」

 

「でしょ?」

 

「「あははははははははは!」」

 

白と久遠は二人で笑い合うと、同時に酒を飲む。

 

「まぁそれが簡単にできれば苦労できないんだけどね。」

 

「そうだな。」

 

「そうね。」

 

白は仰向けに寝転がり、天井を眺めて言う。

 

「日ノ本が一つになるような、そんな共通の目的があれば話は別だろうけどねぇ。」

 

その後、しばしの沈黙のあと、白は口を開く。

 

「あ、そうだ、久遠。」

 

「なんだ白。」

 

「うちの凛、斎藤と繋がってるっぽい。 」

 

「そうか・・・え?」

 

白がサラッと言った言葉に、久遠が不意を疲れた顔をする。

 

「まて、今なんと言った?」

 

「凛が斎藤と繋がってるかもって言った。」

 

「いやいや、そんなサラッと言っていいことでもないでしょ!?」

 

「・・・何故わかったのだ?」

 

「ここ最近、あの子が夜中にこっそり出掛けてるのが気になってさ。

こっそりあとを付けたら部下の忍びとコソコソやってたから多分そうだと思う。

でも、だとしたら違和感がある。」

 

「違和感?一体なんだ?」

 

久遠の言葉に、白は起き上がって話す。

 

「凛経由でこっちの策があっちに伝わってたとすれば、

先の戦、墨俣城の建築を阻止することが出来たはずだ。

なのに、何故そうしなかったのか。

考えられる可能性は二つ。

こっちの策を知った上であえて阻止しなかった。

あるいは・・・。」

 

「凛がこちらの策を伝えていない・・・か。」

 

白は姿勢を正して久遠にいう。

 

「久遠、この件、私に任せてくれないかな。

凛が本当の意味で裏切ってるのか、この目で見定めたい。」

 

「あぁ、分かった。

凛が本当に裏切っているようなら、

お前が始末をつけろよ、白。」

 

「・・・分かってる。」

 

二人は酒を一口飲んで、黙る。

 

その空気を断ち切るように、結菜が言う。

 

「それにしても、本職の忍にバレずに跡をつけるなんてね。」

 

「ますます敵には回したくないな、お前は。」

 

「知り合いに優秀な忍がいてね、

色々教えてもらったんだよ。」

 

「お前の交友関係は本当に不思議だな。」

 

そんなふうに話していると、遠くの方から爆発音が聞こえる。

 

「なんだ?」

 

久遠が戸を開いて外を見ると、山の一部分から大きな火柱が上がっていた。

 

しばらくすると火柱はなくなり、静かになる。

 

「なんだあれは?」

 

「ああ、たぶん疾風が修行してるんだと思う。

山火事にはならないだろうから放っといて大丈夫だよ。」

 

「こんな夜中まで随分と熱心ね。」

 

「これは追い抜かれるのも早いかもしれんな、白。」

 

「フフ、だといいね。」

 

白は再び上がった火柱を楽しそうに見ていた。

 

#####

 

山の中腹で、疾風は大の字で倒れていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

そんな疾風の顔を雛は心配そうに覗き込む。

 

「大丈夫?疾風ちゃん。」

 

「くそぉ・・・もう少しなんだけどなぁ。」

 

「火力は充分上がってると思うけど?」

 

「重要な部分ができてねぇんじゃ意味ねぇよ。」

 

「そっかー。

どうする?今日はもうやめる?」

 

「いや、もうちょっとだけやっていく。

雛はもう帰っていいぞ?」

 

「ううん、付き合うよ。

疾風ちゃんが頑張ってるの見てると楽しいし。」

 

「・・・そっか。」

 

疾風は起き上がると、刀を構える。

 

少しすると、炎が疾風の刀を包み込んだ。

 

そして、疾風を囲うように火柱が上がり、やがては炎の渦になる。

 

(あの神が頼んでもいねぇのに俺によこした力。

あっちの世界じゃいくら修行しても一部分しか使えなかった。

でも・・・もしかしたらここでなら!)

 

気を毛の先からつま先まで、全身に行き渡らせる。

 

炎をわが身に宿すイメージをする。

 

炎の渦が収まりると、疾風の姿は様変わりしていた。

 

短かく白かった髪の毛は腰のあたりまで伸び、炎のように赤く変色し、背中からは炎の翼が生えていた。

 

右目からは炎が吹き出し揺らめいている

 

(ここまでは出来るんだけどねぇ。)

 

雛が心配そうに見守っていると、疾風は燃え上がっている刀をゆっくりと振り上げ、思いっきり振り下ろす。

 

刀から炎の斬撃が放たれ、目の前の木に直撃し、爆発音と共に巨大な火柱を上げ、木を一瞬で灰にする。

 

(なんどみてもすごいなぁ。)

 

雛が感心していると、疾風の姿が元に戻り、

膝から崩れ落ちて後ろに倒れる。

 

「おっと。」

 

雛が急いでその体を支える。

 

「やったじゃん疾風ちゃん。

今までで一番長く持ったよ。」

 

「ああ・・・だがもう限界見てぇだ。

体が動かねえ。」

 

「あはは、無茶しすぎだよ。」

 

「疾風!」

 

急に聞こえた声に、疾風と雛が顔を向けると、

剣丞が血相を変えて駆け寄ってきた。

 

「剣丞様?どうしたの?」

 

「山から火柱が上がってるのが見えて様子を見に来たんだ。

それより何があった!?」

 

「あぁ、大丈夫だよ。

修行のし過ぎで疲れただけだから。」

 

「え?修行?」

 

剣丞が周りを見ると、何かの燃え跡のようなものが沢山あった。

 

「もしかしてさっきのは疾風が?」

 

「ああ、剣丞にも見せてやりたかったけど今日はもう無理だ。」

 

「また今度でいいよ、立てるか?」

 

剣丞が疾風を抱えて起こそうとした時。

周りから獣の呻き声のようなものが聞こえる。

 

「!?」

 

「この声は・・・鬼!? 」

 

疾風の予想通り、周りからたくさんの鬼が現れる。

 

「くそ!こんな時に!」

 

疾風は立ち上がろうとするが、体力の消耗が激しく、体が言うことを聞かない。

 

「これはまずいかもねぇ・・・。」

 

「ちぃ!」

 

剣丞が刀を、雛が2本の短刀を構え、疾風を守るように立つ。

 

「2人じゃ無理だ、お前達だけでも逃げろ!」

 

「そんなこと出来るわけないだろ!」

 

「そうだよ!次そんな事言ったら怒るよ!

疾風ちゃん!」

 

「雛・・・剣丞・・・。」

 

疾風は悔しさで顔を歪ませる。

 

(俺の・・・俺のせいだ・・・畜生・・・。)

 

そして、一匹の鬼が飛びかかろうとした時。

 

バァン!

 

鬼の頭に、風穴が空いた。

 

崩れ落ちた鬼の背後から、火縄を構えた人影がゆっくりと近づいてくる。

 

「・・・」

 

白は、静かに鬼たちを睨みつけていた。

 

そして、2本の短刀を出現させ、それを逆手に持つと風のような速さで鬼たちに接近する。

 

素早く、しかし確実に鬼達を切り裂いていくその姿は、さながら熟練された忍のようだった。

 

そうして数匹の鬼を倒し、

残った鬼たちを殺気とともに睨みつける。

 

その視線に鬼たちはたじろぎ、山奥に逃げていった。

 

「は・・・白ちゃん?・・・ひぃ!」

 

続いて白は、剣丞達を睨みつけ、その殺気に雛が小さな悲鳴をあげる。

 

いや、正確には剣丞ではなく、その背後でしゃがみ込んでいる疾風を睨んでいる。

 

白が疾風に近寄ろうとすると、剣丞が疾風を庇うように前に出る。

 

「は・・・白、ちょっと落ち着けって。

ほら、疾風疲れてるしさぁ。」

 

「・・・剣丞。」

 

白は静かに、無表情に、しかし殺気は隠さずに言う。

 

「そこを退け。」

 

剣丞は黙って後ろに下がった。

 

白は疾風の前に歩み寄ると、

静かに見下ろす。

 

「・・・嫌な予感がしてきてみれば、

なんだこのザマは。」

 

「・・・」

 

疾風は情けなさそうに目をそらす。

 

「強くなりたいなら好きにしろ。

でも、それで無茶しすぎて自分や皆を危険に晒すようじゃ本末転倒だ。

使うべき時に使えない強さなど意味がない。」

 

白は静かに、淡々と疾風を叱りつける。

 

「ま・・・まぁまぁ。

疾風も反省してるんだしさぁ。」

 

「剣丞、お前もだ。」

 

「え?」

 

白は剣丞に歩み寄ると、胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 

「お前は、誰の、何だ?」

 

「・・・の・・・です。」

 

「声が小さい殺すぞ。」

 

「織田久遠信長の旦那です!」

 

白は剣丞を放す。

 

「分かってるなら夜の山に一人で入るようなバカはするな。

三若や麦穂に勝ったところで、

山の獣や鬼にとってお前はただの餌だ。

少しは自分の立場を考えろ。」

 

「はい・・・すいませんでした。」

 

続いて白は、雛に目線を移す。

 

「雛。」

 

「はい!」

 

声をかけられ、雛はつい姿勢を正してしまう。

 

「疾風が無茶をするようなら、これからは絞め落としてでも止めろ。

私が許す。

疾風にも文句は言わせない。」

 

「りょ、了解です!」

 

そこまで言うと、白は1度深呼吸をする。

 

すると、先ほどまでの殺気は無くなり表情からも怒りが消える。

 

そして落ち込んだ様子の疾風を見て、

ため息を吐くと近寄って言う。

 

「何をそんなに焦ってるの?」

 

「・・・」

 

「小夜叉のこと?」

 

「!!!!」

 

図星を突かれ、疾風は驚いた顔をする。

 

「私を横取りされるかもって不安なんでしょ?」

 

「だ・・・だって!

姉ちゃんを超えるって目標は俺だけのものだったのに!

小夜叉までその気になっちまって・・・それで・・・俺・・・。」

 

白はしゃがみこむと、疾風の頭を優しく撫でる。

 

「心配しなくても、疾風以外に負けるつもりは無いから。」

 

「・・・本当か?」

 

「うん、そう約束したでしょ?

だから慌てずに強くなって、お姉ちゃんを倒しにおいで。」

 

「うん・・・ごめん、姉ちゃん。」

 

その光景を剣丞とともに眺めていた雛が言う。

 

「なんだか、不思議な姉妹だよねぇ。」

 

「でも、あれがあの2人の姉妹のカタチなんじゃないかな。」

 

「確かにそうかもね。」

 

そんな会話をしていると、白が立ち上がって剣丞の方を向く。

 

「剣丞。」

 

「はい!」

 

「フフフ、もう怒ってないから大丈夫だよ。」

 

機嫌が直った様子の白に、剣丞は胸をなで下ろす。

 

「疾風動けないみたいだからさ、運んでいってあげてよ。

お姫様抱っこで。」

 

「は!?」

 

「え?それいいのか?」

 

「よくねぇ!」

 

「いいよ。」

 

「よくねぇ!!」

 

「えっと・・・じゃあ。」

 

剣丞は白の言う通り、疾風をお姫様抱っこで抱き抱える。

 

「あ!おい剣丞////!」

 

疾風は抵抗しようとするが、体に力が入らない。

 

「いやぁ、顔真っ赤だね疾風ちゃん。」

 

「雛!面白がってないで助けろ!

ていうか姉貴!絶対まだちょっと怒ってるだろ!」

 

「さて、なんのことやら。」

 

「頼むから!勘弁してくれええええ!」

 

抵抗虚しく、疾風は運ばれていくのであった。

 

#####

 

稲葉山城。

 

その場内の一室で、飛騨と詩乃は向かい合って座っていた。

 

飛騨が神妙な面持ちで話す。

 

「織田を使おうと思う。」

 

「織田を・・・ですか?」

 

問い返す詩乃にうなづいて、飛騨は続ける。

 

「織田はかつてお前に煮え湯を飲まされている。

普通は悔しがるところだが、信長のことだ、

お前のことが気になっていることだろう。

だから、お前の保護を求めれば喜んで応じることだろう。」

 

「・・・貴方はどうするのですか?」

 

「私は成すべきことがある、

その時が来るまで、しばらく身を潜めるつもりだ。」

 

「・・・そうですね。

龍興様の救出に、私は足でまといになるでしょうからね。」

 

「・・・すまない、詩乃。」

 

「謝らないでください、飛田殿。

ですが約束してください。

必ず役目を果たし、生き残ると。」

 

「・・・あぁ、約束する。」

 

強い意志のこもった瞳で答えた飛騨に、詩乃は微笑みかける。

 

「それで飛弾殿。

使者として誰を送るつもりですか?

調略しておいてはなんですが、他のものはあまり信用するべきではないと思いますが。」

 

「問題ない。」

 

飛騨は、覚悟を決めた瞳で言う。

 

「私が行く。

清洲に行き、信長に会ってくる。」


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