マジ恋〜直江大和は夢を見る〜   作:葛城 大河

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さて、第五拳を投稿します。今回は短いです。


本当ならドイツの話は猟犬部隊メンバーとの出会いも書きたかったが、長くなるので、その話は原作開始した時に何時か出そうかと思います。あと、ドイツ人の言葉を全部ドイツ語で書こうと思ったけど長くなるから断念をした作者である。


第五拳 ドイツでの出会い

ドイツには川神市の姉妹都市が存在する。ソレがLübeck(リューベック)であり、最北端に位置するシュレースヴィヒ=ホルスタイン州に属しており、トラヴェ川沿岸、バルト海に面する北ドイツの代表都市だ。正式名称はDie Hansestadt Lübeck(ハンザ都市リューベック)と呼ばれる。

 

 

そんな北ドイツの都市で、父親の仕事の関係上、着いて行く事にした少年────直江大和は、思う存分に海外を満喫、する事が出来なかった。

 

 

『待ちやがれガキィ‼︎』

 

『チッ、まさか見られるとはなっ‼︎ 絶対に捕まえろっ』

 

 

屈強な男たちに追いかけ回されていた。明らかに一般とは程遠い格好をした男たちだ。彼等は叫びながら、全力で大和を追いかけている。

 

 

「ふっ、俺の速さに着いてこられるものか」

 

 

対して少年は、後ろから追い掛ける男たちに、笑みを浮かべてそう言い放つ。内心では、折角の海外なのに、なんでこんな事に、と悲しんでいるが。それを表に出す事はない。疾走する少年と、追う男たち。周りの人から見ると、一体何事だ⁉︎ と言わんばかりの光景である。勿論、大和が追われているのにも理由があった。その理由が、大和の腕に抱えられている。

 

 

「おぉっ、自分は知ってるぞ。コレはジャパニーズニンジャというものだな」

 

 

なにを言ってるんだこの少女は? 走りながら大和は胸中でそう思った。そう、この追いかけっこの原因は、大和が抱えている少女の所為である。話は簡単だ。ドイツに着いた大和たち親子は、すぐにホテルを取り、父親は仕事ですぐに出て行く事になった。暇になった大和は観光をしようと、父親から貰った金で見て回ろうとしたのだ。

 

 

しかし、そこで彼はこの少女の誘拐現場に出くわしてしまった。そう、誘拐だ。この少女は、先ほどの男たちに誘拐されかけてたのである。ソレを目撃した大和は、何時もの如く、癖のように覆面を被り助けたのだ。これが、今、追われている経緯である。

 

 

「少女よ。少し、速く動く。しっかりと捕まれ」

 

「分かった」

 

 

やけに日本語を流暢に喋る少女にそう言い、頷いたのを確認すると、足に力を込める。パキッと地面にヒビが入り、一拍。ズドンッという音と共に少年の体が一気に加速する。景色が一瞬で通り過ぎ、後ろの男たちを引き離す。後方から驚愕の声が聞こえる。それだけではなく、簡単に追い付けないように、建物の壁を蹴って移動したり、屋上から屋上を跳んだりもした。

 

 

その度に、胸に抱えられている少女が感動の声を上げるが、無視をしとく。走ってから数分、後ろを確認して、誰も着いてきてないのを調べてから大和は止まる事にした。

 

 

「ここまで来ればもう大丈夫だな」

 

 

周りの気配を察知してから大和はそう言い、抱えている少女を下ろした。下ろされた少女は、助けてくれた少年に礼の言葉を告げる。

 

 

「ありがとう。お陰で助かった。自分はクリスティアーネ・フリードリヒと言う」

 

 

ついでに名乗りを上げる少女に、大和は長い名前だなと思った。すると、少女がキラキラとこちらに視線を向けている事に気付いて、自分の名前を聞きたいのだと察すると、ニヒルに笑いながら言う。

 

 

「ふっ、俺は名乗る程のものではない」

 

「おぉっ‼︎ 自分は知ってるぞ‼︎ それはサムライが、助けた時に言う台詞だなっ」

 

 

少年の言葉に、何処か興奮したように少女は言う。何故か、やってしまった感が大和を襲った。まぁ、その事に気付くのはまだ先の話だが。と、そこで大和は少女────クリスティアーネが誘拐されそうになった理由を探してみる。やっぱり、一番の可能性は、クリスティアーネが良いとこのお嬢様だからだろうか?

 

 

(名前もお嬢様っぽいしな)

 

 

推測していくと、クリスティアーネが眼をキラキラさせて、腕を引っ張ってくる。それになんだ? と視線を向ければ元気な声で言われる。

 

 

「観光でリューベックに来たんだろう? なら、自分が案内しよう」

 

 

こいつは状況を理解しているのだろうか? なにが嬉しいのか笑みを浮かべる少女に大和は思った。恐らく、ここら辺で見かけないから、観光で来たと思い、善意で案内しようとしてるのだろう。確かにそれはありがたい。そもそも、大和がホテルから出た理由は、思う存分、リューベックを満喫したかったからだ。しかし、今は状況が状況である。

 

 

 

まだあの誘拐犯が、この少女を狙っているかもしれないのだ。それを呑気に観光など出来る訳が…………と、そこで大和は考えて「待てよ」と思う。

 

 

(観光名所には、大勢の人が居る。なら、ここより安全なのか?)

 

 

そう考えると、成る程。観光するのはいい手かも知れない。やるな少女よ、と認識を改める少年だ。決して、そう決して大和が観光をしたいからそう思った訳じゃないという事をここに記しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

クリスティアーネに引き連れられて案内を任せた大和は、早速後悔した。

 

 

「どうだ? ここから見る景色は素晴らしいだろう‼︎ 自分しか知らない場所だぞ」

 

「……………あぁ、そうだな」

 

 

そこは高台であり、そこから見る景色は確かに綺麗なものだ。しかし、大和は喜ぶ事は出来なかった。何故ならこの場所には、自分と少女しか居ないのだから。裏目に出たと顔に手をやる。そうしてると、周囲から多数の気配を察知する。その事にどうやら、この場所は知られている事を悟った。自分しか知らないのではないのか、自分しかと少年は叫びたくなった。

 

 

だが、彼は嘆く事をしない。もうこうなったらやるしかない。故に大和は、何時ものように不敵に笑いながら、クリスティアーネを右手で庇いながら、草むらに向けて言い放った。

 

 

「────見ているなっ‼︎」

 

「……………ッ⁉︎」

 

 

突然の叫び声に、クリスティアーネはビクリと震える。それを無視して、大和は草むらから視線を逸らさずに言葉を紡いでいく。

 

 

「隠れても無駄だ。貴様らが如何に気配を消そうとも、俺の眼から逃れる事は出来はしない」

 

 

ノリノリで言葉を続ける彼だ。しかし、返事は返ってこず静寂が舞い降りるのみ。それにクリスティアーネが、草むらと大和を交互に見始める。対して彼は、出てこない奴らに肩を竦める動作をしてから、再度言う。

 

 

「もう、その下手なかくれんぼは辞めたら如何だ? それでも辞めないと言うなら、仕方がない。俺から動こう」

 

 

そう言って、一歩足を踏み込んだ。軽い踏み込み。しかし、その一歩は隠れている全ての者に対して、恐怖に映った。何故かは分からない。だが、このまま隠れていたら終わるという確信があった。だからこそ、勢い良く彼らは草むらから飛び出していた。数にして十五人。現れた彼らにクリスティアーネは驚きの声を上げる。大和はやっと出て来たとばかりに、笑みを深める。

 

 

「まったく、出て来るなら早く出てこい」

 

『……………………』

 

 

大和の呆れたような言葉に、彼らは口を開く事はしない。誰もが真剣な表情をして、少年を見据えている。彼らはプロの人間だ。だからこそ分かった。目の前の子供が只者ではない事を。故に、慎重に動かなくてはいけない。中心に居る男が、仲間にしか分からないように眼で合図を送る。

 

 

それに答えて、彼らは陣形を作った。合図を送った男を中心に、扇状に広がり、包囲網を完成させる。逃がさないというふうに。しかし、そんな状況になって尚────彼は笑った。

 

 

ゾクリとその笑みに悪寒が奔る。おかしい。なにかが、決定的におかしい。追い詰めているのはこちらだ。なのに、なんだこの嫌な胸騒ぎは。分からない。分からないからこそ彼らは、恐怖を覚える。そして、その恐怖は眼に見える形で現れた。

 

 

『──────ッ⁉︎』

 

 

男の一人が驚愕の声を上げる。何故なら、一瞬にして少年が近付いていたからだ。遅れてサバイバルナイフを取り出し、少年に向けて振るう男だったが、余りにも行動が遅過ぎた。トンッと手刀が、首をなぞるように叩き付けられる。たったそれだけで、視界が暗転して一人の男が崩れ落ちた。

 

 

「安心しろ。死にはしない」

 

 

崩れ落ちた男に対して、大和はそう言う。まぁ、もう聞こえていないだろうが。そんな事を言う大和を見て、彼らに驚愕が襲った。一体、何時の間に動いたんだ。この少年は⁉︎ それが彼らが感じた共通の言葉。

 

 

「少女を誘拐しようとする下郎共。今ここで俺が成敗してくれよう」

 

 

大和が彼らに顔を向けて言い放つ。ここで少年が不幸なのは、何故か今日に限って口調が、時代劇風になっていた事であり、後ろに庇われているクリスティアーネが、眼をキラキラして「これがサムライ魂」と呟かれてる事に気付かなかった事である。そんな期待するクリスティアーネなど関係なく、場が動いた。

 

 

左右に居る男たちが地を蹴り、サバイバルナイフを片手に突撃する。と、同時に正面に居る二人の男が懐からハンドガンを取り出す。それを視界に収めた大和は、冷静にしゃがむ事により、二つのナイフの突きを避け、勢い良く下から掌底を顎に叩き込んで頭上に飛ばす。すると、そのまま男たちの手から零れ落ちたナイフを、正面でハンドガンを構える男たちに蹴り飛ばした。

 

 

勢い良く蹴り飛ばされたサバイバルナイフは、ハンドガンの銃口に吸い込まれていき、ガンッという音と共に、銃口の中にねじ込まれる。ナイフにより銃口内がズタズタになった為に、銃弾の出口がなくなり、ハンドガンは暴発を引き起こした。バンッという破裂音が鳴り、暴発の衝撃で二人の男が痛みに顔を歪める。

 

 

その瞬間に、二人の眼前に肉薄した大和は、躊躇なく腹部に拳を叩き込んで気絶させて、後ろから迫っていた男たちに回し蹴りを決めて吹き飛ばす。たった数秒の攻防により、六人の男が地に沈んだ。

 

 

「……………この程度か?」

 

『………………ッ』

 

 

まるで疲れを見せずに言う少年に絶句するしかない。残りの数は九人だ。その誰もが、頬から冷や汗を流す。誤算だった。誘拐は簡単に成功する筈だったのだ。一体、誰が予想出来ようか。このような怪物が、現れるなど。

 

 

「どうした? もう来ないのか?」

 

 

動きを止めた彼らに少年は尋ねる。無闇に動ける筈がない。アレだけの出鱈目な光景を見せられて、簡単に動ける訳がないのだ。少しのミスで終わってしまう事を彼らは理解したから。チラリと少年の背後に居る少女に視線を合わせる。内心で舌打ちした男は、右手を上げた。ソレは撤退の合図だ。その意味を理解した彼らは頷いて、俊敏に撤退していった。潔く撤退する男たちは正しくプロと言えるだろう。

 

 

気配がなくなるまで、彼らが撤退した方向を大和は見据える。数秒後、完全に気配がなくなったのを感じて安堵の息を吐いた。

 

 

「アレが日本のサムライの戦いか。なんて、鮮やかなんだ」

 

 

刀など持っていなかったが。そんな事は関係なく、クリスティアーネは興奮したように口を開く。まるで、テレビの中のものが現実に現れたかのような喜びようだ。それに対して、最早、大和は呆れるしかなかった。本当に状況が分かっているのか、と。

 

 

「おい、クリスティアーネ。ここに長居するのは駄目だ。一刻も早く離れるぞ」

 

「了解した‼︎」

 

 

また増援が来たら堪らない。そう提案する大和に少女は頷きを返す。といっても、リューベックに来たばかりの大和が逃げる場所など分かる筈もない。なら、何処に行けば安全なのか? それを考えてすぐに思い至った。

 

 

「クリスティアーネ」

 

「……………ん? なんだ?」

 

「お前の家は何処にある? そこまで俺が送ってやろう」

 

 

外で襲われるなら、少女を家に帰せば良いのだ。感じからしてお嬢様なのだから、家に戻れれば、なにかしら護衛が居るだろうと大和は考える。ぶっちゃければ、すぐにでも面倒ごとから解放されたいと、投げ出したいと考えるが、それを実行する事はしない。なんだかんだで、彼は否定するが、基本的にお人好しな性格をしている。

 

 

「自分の家か。それならこっちだ」

 

「分かった。案内してくれ」

 

 

恐らく家がある方向に指を差すクリスティアーネを、大和はまた横抱きにする。そして少女の案内の元、大和は家に駆けていくのだった。そこで厄介ごとがあるなど思いもせずに。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

数十分をかけて、大和はクリスティアーネの案内に従い、家に辿り着いていた。そして、その家の大きさに顔を見上げて感嘆する。マジで、お嬢様だなと。よし、これでとりあえずは解決だなと内心で頷いて、彼はクリスティアーネの背中を押した。

 

 

「さぁ、家に帰れ。そうすれば、一先ずは安全だろう」

 

「………もう、ここでお別れなのか?」

 

 

しかし、少女が寂しそうな表情をしてそう告げた。少しの時間だったが、クリスティアーネにとっては、楽しい時間だったのだ。だからこそ、それが終わるのが悲しい。大和はふっと笑いながら、少女の髪をクシャッと撫でる。

 

 

「そう悲しそうな顔をするな。先は長い。いずれ、俺と会える日があるさ」

 

「……………本当か?」

 

「あぁ、本当だ。何時かまた会おう。約束だクリスティアーネ────いや、クリス」

 

 

少年は少女の事を愛称で呼んだ。名前が長くて、言いづらかったのだ。だから縮めて呼ぶ事にした。少し、流石に馴れ馴れしかったか? と思う彼だったが、クリスティアーネ改めクリスは友人たちや父親から呼ばれる愛称で呼んだ事に嬉そうに笑みを浮かべる。

 

 

「まさか、自分の愛称を知っているとは驚いた」

 

「ふっ、俺に知らぬモノなどない」

 

 

よもや、自身が言った愛称が当たってた事に内心で驚く彼であったがそれを表面に出す事はせずに、あたかも当然と言わんばかりに告げる。その事にクリスは『おぉ‼︎』と眼を輝かせていた。

 

 

「さて、俺はそろそろ行くとする。お前は家に帰れ」

 

「ま、待ってくれ⁉︎ 貴方の名前を聞かせて欲しい」

 

 

背中を向けて立ち去ろうとする少年を呼び止めて、クリスは改めて尋ねた。それに大和は少女に向き直る。クリスの視線と合わせながら、彼はニヒルに笑う。

 

 

「俺の名前か。良いだろう…………教えてやろう。俺の名は────ッ」

 

 

そう大和が名乗りを上げようとした瞬間────彼は、背後から迫る存在に気付いて、横に跳躍して回避した。立っていた場所を通り過ぎるのはトンファーの一撃だ。視界の端に映るのは赤い紅い、紅蓮のような髪。ソレが通り過ぎて、クリスを庇うように現れた。見事にトンファーの一撃を避けて見せた大和は、肩を竦めて見せる。

 

 

「今度は一体、なんだ?」

 

 

そう言って眼前を見据える。女性だ。赤い髪をして軍服を着た女性が、トンファーを持ち、こちらに鋭い視線を向けて立っていた。全身から放たれるのは獣の如き殺気。少しでも動けば噛み付くと言わんばかりの威嚇だった。クリスを背に庇っているから、恐らくはクリスの味方なのだろう。だから、自分を睨み付けられる事は納得がいかない。絶対に勘違いしてるなと大和は思う。すると、女性が威嚇をしながら背後のクリスに声をかけた。

 

 

「大丈夫ですか? お嬢様」

 

「えっと、貴女は………?」

 

 

クリスもその女性の事を知らなかったのか首を傾げていた。その疑問に答えるように女性は答えた。

 

 

「私は今日からフリードリヒ家に来る事となった、マルギッテ・エーベルバッハです。よろしくお願いしますお嬢様」

 

 

続けて女性────マルギッテが鋭い視線を大和に向けて、言葉を紡いだ。

 

 

「私が来たからには安心を。すぐに、お嬢様に手を出した賊を始末します」

 

「………え? ちょっ、待ってく」

 

 

危険な台詞を言うマルギッテに、クリスも勘違いしている事を察知して、止めようとするが、その時にはもうマルギッテは赤い髪を靡かせて走っていた。

 

 

「覚悟しなさい誘拐犯」

 

「────チッ‼︎」

 

 

トンファーを突き出す女性に、舌打ち一つして、大和は蹴りで迎撃する事にした。ドンッ‼︎ トンファーと蹴りがぶつかる。

 

 

「……………ほぉ」

 

 

その光景にマルギッテは、眼を細めた。次いで、大和は体を回転。下から打ち上げるように、回し蹴りを放ってトンファーを上に持ち上げる。容易く持ち上げられ、無防備になった体に拳を突き出す。しかし、マルギッテはもう一つの手にトンファーを持ち、ソレを防御した。ドゴンッ‼︎ という音を響かせてマルギッテを後方に吹き飛ばした。防御をしたのみも関わらず、トンファーを持つ手が震える。その事にマルギッテは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

「成る程…………まだ子供ですが、実力者のようですね」

 

 

これならば、誘拐も容易いでしょうとマルギッテは言う。これだけで、完全に勘違いしている事が分かる発言だ。その事にウンザリしながら、彼は誤解を解くように口を開いた。

 

 

「よせ、この戦いは無意味だ。貴様はかんち…………ッ⁉︎」

 

 

しかし、最後まで喋る事が出来なかった。何故なら眼前にトンファーが迫っていたからだ。背中を反らすしてトンファーを躱す。だが、視覚外からもう一つのトンファーが迫る。大和はそれすらも頬にトンファーが触れた瞬間に、勢い良く振り抜かれる方向に全身を廻す。と、同時に回った勢いのまま、マルギッテの頭を蹴り抜いた。

 

 

「ぐっ────ッ⁉︎」

 

 

頭が激しく蹴り飛ばされて、彼女は後方に下がる。タラリと頭から血を流しながら女性は笑った。その笑みに大和は背中が震える。何処かで見たような笑みだったからだ。

 

 

「ふ、ふふふ面白い」

 

「待ってくれ‼︎ 彼は誘拐犯ではない。自分を助けてくれた恩人だっ」

 

 

そこで今まで、眼前で繰り広げられた戦いに呆然としたクリスが、我に戻りそう言った。これで誤解は解ける………事はない。マルギッテは大和に視線を固定させている。獰猛な笑みを浮かべながら。

 

 

「さぁ、私と戦いなさい」

 

「チッ、やっぱりこういうタイプかっ‼︎」

 

 

もうマルギッテにとって、誘拐犯だとか関係なくなっていた。ただ目の前には強い奴が居る。それしかもう頭にはなかったのだから。対して大和は、嫌な予感が的中した事に顔を歪める。

 

 

「来なさいっ」

 

「…………悪いが、俺は戦う気はない」

 

 

両手にトンファーを持ち、全身から氣を放って女性は叫ぶ。だが、そもそも少年は戦う気などない。だから、ここでの選択は逃げる一択である。足に力を込め、地面を蹴る。たったそれだけで大和の体は霞む。しかし、逃げる方向にトンファーを投げられ動きを止める。マルギッテに視線を向ければ、左の眼帯を外していた。

 

 

「私から逃げる事は出来ない事を知りなさい」

 

「─────いや、逃げさせてもらう」

 

 

あの眼帯が外れた事で、急激に力が膨れ上がった事に大和は気付いた。しかし、それでもやる事は変わらない。大和はマルギッテに向かって駆ける。それにやっと、戦いの道を選んだかと笑みを浮かべる女性だ。

 

 

「さぁ、行きます────ッ⁉︎」

 

 

迫る。少年が肉薄する。マルギッテは、トンファーを振りかぶり、躊躇う事などせずに振り下ろした。分かっていたからだ。先程の激突で、この程度では倒れない事を。だから予想した。彼が一体、どうやって防ぐのか。しかし、マルギッテが考えた予想は全て当たらなかった。何故なら少年の姿が透けて、トンファーがそこを通り過ぎたのだから。故に驚愕する。

 

 

────岬越寺 柳葉揺らし(こうえつじ やなぎはゆらし)

 

 

重心や動きを錯覚させる柔術特有の足運びを、相手の眼の動きより速く行う事で透けていくような錯覚を見せながら死角に入る技。何処に消えたとマルギッテは、周囲を見渡す。だが、見えるのは姿が透けて見える大和の残像だけ。そして、マルギッテの耳元で彼は呟いた。

 

 

「悪いな。今は戦えない。だが、もしも次があったらその時は戦ってやろう」

 

「─────ッ⁉︎」

 

 

バッと後ろに振り返るが、もうそこに大和は居ない。しかし、マルギッテは耳を抑えながら興奮を下げて言った。

 

 

「今の言葉。絶対に守ってもらいます」

 

 

今ここに、大和は未来の自分の首を絞めた。敢えて言おう。フラグは立ったと。対して、クリスも後ろを振り向いていた。少女もまた、マルギッテと同様に呟かれたのだ。

 

 

『もしも、次に会ったその時には名前を教えてやろう』と。

 

 

少女はそれに気合いを込めて叫ぶ。

 

 

「あぁ、絶対に貴方の名前を聞いて見せるっ」

 

 

笑みを浮かべて、彼女は誓った。今は無理かもしれない。だけど、将来には日本に行って見せると。

 

 

 

 

そうして大和は無事、疲れた状態でホテルに帰った。それから数日はリューベックに居たのだが、また飛行機で海外に向かう事になった。次に向かう場所は中国である。

 

 

余談だが、父親にリューベックは如何だった? と聞かれた時に大和は悟った表情で、『戦闘狂というのは、何処にでも居るんだな』と答えたという。勿論、父親は疑問を浮かべていたが。

 

 

 

 

 

 




次は中国。はて、中国では一体どんな出会いがあるのだろうか?


中国に向かう飛行機の中

大和父「そういえば大和」
大和「ん? なんだ我が父よ」
大和父「私たちに関係ない話なんだがな。なんでも今から行く中国には、凄く有名な武術家が居る場所があるらしい」
大和「ほぉ、そうなのか(ま、俺には関係ない事だな)」
大和父「その場所の名前がな。確か、そう『梁山泊』というらしい」
大和「なんだとっ⁉︎(マジかよっ⁉︎)」
大和父「ど、どうしたんだ大和?」
大和「いや、なんでもない我が父よ。(りょ、『梁山泊』だと。まさか、本当に実在してたなんて、色紙を色紙を用意しなくちゃっ‼︎)」






クリスの場所

クリス「父様っ‼︎」
クリスパパ「クリスっ、無事だったかっ‼︎」
クリス「はい、自分は無事です。それで父様、自分は大きくなったら日本に行きたいです」
クリスパパ「日本に? 確かにあそこはいい所だが何故また?」
クリス「自分を助けてくれた彼に会って、名前を聞きたいからです。それと、彼が居る日本を見てみたい」
クリスパパ「ほぉ、彼と言うのは報告にあった覆面を被った少年の事か。正体が分からなかったらしいが」
クリス「はい‼︎ その人です」
クリスパパ「クリスがこんな顔をするとは(ギリッ」
クリスパパ(わ、私は認めないぞ。く、クリスが何処の馬の骨とも分からない小僧にッ。覚悟しろ、絶対に私が見つけだして、軍の力で抹消してやろう‼︎)




マルギッテの場合

マルギッテ「ふふふ、面白い」
マルギッテ(あの少年はまだ余力がありました。この私と戦いながら)
マルギッテ「確実に壁越えはしています。世界は広い。まさか、彼のような達人と出会えるとは」
マルギッテ「ふふふふ、約束は絶対に守ってもらいます。もしも、次に会う事があったなら、その時は」



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