朝から教卓にタコがいらっしゃった場合、どうすればいいんだろうか。
あら色ツヤがいいわね、とか言えばいいのかなあ。それとも教卓が汚れちゃう、とか言うべきか。
あいにくとリアクション芸人ではないので面白い反応はできない。見渡すと、クラスの皆が何も言えず、ただ黙って座っていた。赤羽君が怖いのだろう。クラスは朝なのに誰も雑談すらできない異様な空間と化していた。当然、私もいつも通りゆきちゃんにおはようとは言えない。
仕方なくしずしずと席に座った私の横には、ニヤニヤした赤羽君が鎮座していた。
ガラリと戸が開き、殺せんせーも否が応でも教卓を目撃する。
「ごっめーん! 殺せんせーと間違えて殺しちゃったぁ。捨てるから持ってきてよ」
ナイフに突き刺されたタコは殺せんせーへの暗示と宣告なのだろう。
『必ず殺す』、と。
そしてこの挑発で怒らせて少しでも冷静さを奪うとか、そんな感じの作戦にちがいない。
赤羽君の言葉に従いタコを持ってきてくれる殺せんせーに、彼はナイフでまた攻撃しようと背中に隠し持ってる……けど、たぶん無駄だと思う。
赤羽君はトリッキーな作戦を立てることとか生徒という立場を利用しての攻撃が上手だけど、宣戦布告した彼を殺せんせーは当然警戒してる。彼がクラスで参謀とか司令塔として人を使いながら殺るならともかく、一人での暗殺ははっきり言って無謀だ。
協調性。チームワーク。前線に立つことから司令塔になることまで。様々な力をつけることをこの暗殺は見据えている気がする。やはりこの先生は、すごい。
……そう心の中で褒めてた矢先に殺せんせーはなぜかドリル状にした触手と自衛隊から奪ったらしいミサイルでたこ焼きを作成してた。あの触手、ちゃんと消毒してるのかなぁ。あとミサイルの火力使わなくてもガスバーナーとかでもよくない!?
しかもいきなり赤羽君の口にたこ焼き入れてるし。猫舌には辛いってこと、私と同じく猫舌の先生はよーく知ってるはずなのに。赤羽君が猫舌だったら謝ってもらおう。あと赤羽君の買った(であろう)タコなのにちゃっかり自分もたこ焼き食ってるし。やれやれ、さっき上がった好感度が下がってプラマイゼロだぜ。
『ヒトツ言っとくと、あの赤いのは猫舌じゃねぇヨ』
「なぜ心を読めるのかなマキナ君やい」
『オマエの頭ガ単純だからダロ』
絶対こいつはなんか変な技術で心拍数とか脳波とかから分析してるにちがいない。決して私の思考は単純でない、はずだ。
「今日一日、本気で殺しにくるがいい。そのたびに先生は君を手入れする」
殺せんせーが赤羽君にキメ顔でなんか言ってるけど……口にたこ焼きを入れたまま話さないでほしい。あと、青のりが口についてる。子どもかっ!
「放課後までに君の心と身体をピカピカに磨いてあげよう」
ついでに、たこ焼きをよだれをたらしながら見つめている磯貝君の胃袋も満たしてあげてほしい。切に。
こんなE組だが勿論学習指導要領は守るので、調理実習なんかもちゃんと行う。昼休み前の4時間目にやるからほとんどの女子は今日はお昼ご飯抜きだ。というか殺せんせーは調理実習をやる日だからあんなスムーズにたこ焼きを作れたのかもしれない。
予定ではスープとハンバーグを作って、殺せんせー作成のパンと一緒にまったりいただくことになっている。そして、調理実習のための班分けを殺せんせーが考えてくれたのだけど……
「いやー、でも磯貝と同じ班でよかったわ。華麗な包丁裁き、期待してるぜ」
「おう、期待してくれるのはいいけどお前もちゃんと働けよ?」
今日盛大に発表された調理実習の班は、なんと磯貝君と前原君といっしょ。しかも女子は私一人。
『よかったナ、E 組イケメンコンビじゃねぇカ』
「うーん、私、全然話したことないんだけど。特に前原君は」
二人ともE組に落とされようと本校舎の生徒から告白されたり付き合ったりするくらいのイケメンたちだ。まあうちの学校というか日本の中学生全体で考えても浅野君が一番モテてるだろうとはいえ、彼らも十分イケメンである。いや私に保証されようがどうでもいいとは思うけど。
「……富森さんもそう思うよね?」
「ん? うん」
いつの間にか話を振られていたらしい。適当に肯定してしまったけど、大丈夫だよね?
「えー、そんなことないって。絶対殺せんせーには色仕掛けが効果的だって思うぜ」
前原君……君は調理実習の時間になんの話をおっぱじめているんだ。いや、まあ、彼も一応教師なんだし、色仕掛けが効果的だったら問題だからな! 本当に。教育委員会に訴えるぞ。
『大丈夫ダ。ヤツの好みハ巨乳。おそらくはE以上デないト興味はねえ』
「そんな分析いらないからっ!」
というかまた心読んだなキサマ。殺せんせーもなんてものをマキナに分析させてるんだ。好感度だだ下がりですよまったく。
「でも殺せんせーネイルアート上手いし、マッサージとかも上手だから、モテようと思えばモテるんじゃないかなあ?」
とりあえず色仕掛けから話を変えるために発言してみると、二人ともなんとも言えない顔をしていた。それはいいけど、別に殺せんせーは恋愛対象じゃないしあの外見には疑問は持ってるからそんな不審な目で見ないでほしい。
マッサージも別にいやらしい意味じゃなくて、杉原に対するマッサージだから! 私がやってもらったのはただの肩もみだけで、マッサージは横で見てただけだから!
「赤羽のあれな〜」
マッサージについてはツッコまないことにして、赤羽君のネイルアートの話になった。目論見通りではあるけど、お願いだからマッサージの誤解はしていないでほしい。
「そういえばあのネイルを落としてあげてたの富森さんだったよね。落ちるか心配だったけど、手際がよくて尊敬したよ」
「ありがとう。落とすのは慣れてるからね」
ネイルリムーバーはサインペンの文字を落とすのに便利なんだよ。落書きとか、ほんとよく落ちるんだ。決してネイルアートをよくやるキラキラ系女子じゃないんだぞ……って言いたいけど流石に黙っていよう、うん。言わないほうがいいなこれは。
3時間目、赤羽君の爪は殺せんせーのお手入れによってハートと花がかわいいきれいな意匠で飾られていて、正直とるのは勿体なかった。けど、あんな人を殺せそうな眼光で凄まれては消すしかなかった。それによく考えたらネイルアートって学校にしていっちゃ駄目だし。先生なのに描いていいのか、殺せんせーよ。
そんな赤羽君は今は何をしているのかと見れば、エプロンも三角巾もつけてなかった。タコ持ってくるくらいならそっち持ってくればよかったのに。調理には参加してるものの、殺せんせーの隙をうかがってることは見てとれた。
いつもなら学級委員の磯貝君が注意してたはずだ。彼なら赤羽君を怖がってる私達と違って注意もためらわないだろうし。それなのにしていなかったのは朝のたこ焼きの恩からかもしれない。やはりたこ焼きは強かった。
「よし、できた」
磯貝君の手際のよさも相まってうちの班は他に先んじてスープまでできた。ありがとう、磯貝君。女子なのに彼より手際が悪かったのは傷ついたけど。もっと精進せねば。
「おや、磯貝君の班は出来たようですね」
スプーンを持ってニュルニュル近づいてくる殺せんせーの目的は明らかだった。味見がしたいらしい。
「毒を入れたらどうなんだろう」
『いや、ヤツに毒は効かねえナ』
「何それ。チートじゃんもう。万能すぎでしょ」
自分たちが飲めなくなるのも嫌だし諦めて普通に味見させてあげると、お気に召したらしく上機嫌になった。殺せんせーは味とか感じているのかな。
「さすがは磯貝君と富森さんの班ですね。とても美味しいです。花丸をあげましょう」
「嬉しいけどさー、先生、俺は?」
「にゅやッ! ま、前原君も……火の番がとっても上手でしたよ」
「それ褒めてんの〜? ま、磯貝と富森さんの手際が良すぎたしあんま貢献できなかった自覚はあるけどさ。ありがとなー、二人とも。殺せんせーもイジワル言ってごめんな」
大したことはしてないと私も磯貝君も言ったけど、確実に磯貝君が一番働いてた。こういうところがモテる男の要因なのか。
殺せんせーは冷や汗をかいて余裕ぶってた。やっぱ彼は私達に嫌われることを恐れているらしい。暗殺よりもよっぽど。
そんな殺せんせーは次はマンガ大好き仲間の不破さんの班へ行って赤羽君にスープぶっかけられそうになってた。スポイトで回収した先生ナイス。
赤羽君の暗殺は5時間目も失敗し、放課後を迎えていた。彼が立ち去ると私は大きなため息をはいた。横で授業を受けていた私は彼のイライラをずっと感じていたので、疲労がひどい一日となってしまったのだ。明日はぜひとも諦めてほしい。私に心穏やかに授業を受けさせて。
「咲耶ちゃん、今日はお疲れ様」
「ゆきちゃーん」
慰めてくれたゆきちゃんはいつも以上に女神に見えた。