脱走者と篝火のない世界   作:THE饅頭

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第7話 真の不死者《トゥルーアンデッド》

 その光景をなんと表せば良いのだろう。

 蘇生ではない。復活というのも少し違う。

 回復、甦生、挽回、再起、再誕。どれを取ってもしっくりこない。

 

 墓穴のように抉れた地面から立ち上がるホークウッド。

 

 ありえない。

 火種もなにも無いところから突然小さく火が起こるような、そんな背理的な光景。

 なんとか言葉にするならば、『再燃』と言うのが正しいだろうか。

 

 不条理で意味不明。

 どうしようもなく荒唐無稽。

 それはまるで神の如く。

 まさに世界がそう望んでいるかのような、圧倒的な理不尽を持ってホークウッドは再び立ち上がった。

 

 そして未だ、宿す闘志に陰りなし。

 

 風に吹かれるように足を前に出す。

 その様には何の違和もない。

 森羅万象すら彼の死を忘れてしまったのだろうか。

 

 ホークウッドはぬるりと滑り出す。天に座す威天使の膝元へ。

 

 

 最初になんとか事態を認識し、動けたのはニグンだった。

 《善なる極撃(ホーリースマイト)》の直撃を受けて消し飛んでなお、何事もなかったかのように駆け出す存在を法国王国問わず、だれも認めることができなかったのだ。

 あれは蘇生魔法がどうとかそんな話ではない。

 強大で絶対的であまりに不道理。

 神の威光すら霞むような、そんな凌辱的で冒涜的な意志(システム)

 

 それでもニグンは動いた。

 なぜなら神への祈りよりも優先して対処すべき事象。『生命の危機』が闇色のマントをはためかせて迫ってきていたからだ。

 

 ニグンは咄嗟に監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)へ指示を出す。

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)については当然、その能力からその歴史、隅々まで学んではいたが、幸か不幸か実践で使用するような機会はなかった。そして首元に突き付けられた刃を咄嗟に払う際に用いるのは、強大な武器を持つ左腕ではなく、身軽な利き腕、つまりは右腕である。

 監視の権天使とはまさにニグンの右腕であるのだ。

 

「監視の権天……っ!」

 

 ニグンが自身のすぐ上に座す己の相棒へ意識を向けた時、突如しなるように飛来した大振りの刃がニグンの肩に突き刺さった。

 ホークウッドより意識の隙間を狙って放たれたその刃は特殊な形状と重心を持ち、ブンブンと風を掻いて進んでニグンの鎖骨を粉砕。骨も肉も血管も爆裂させてその体に深々と食い込む。

 

【投擲用小型湾刀ククリ】

【敵に出血を伴うダメージを与える】

 

 重い刃の衝撃に大きく仰け反り、声もなく肩で土を打つニグン。

 そこに襲い掛かるはホークウッド。

 

 滾る殺意と共に振り上げられるバスタードソード。

 ニグン絶対絶命の一撃。

 しかしそれは監視の権天使によって遮られる。

 有り余る勢いで振り下ろされた大剣は、人の胴ほどもある巨大な光のメイスを半ば切断するも、ニグンにまでは届かない。

 

 片や異形の姿なれど神聖にして強大な神の使い。

 片や人の身なれど慮外の悪魔。

 火花を散らして鍔競り合う両者。

 

 その熱に当てられた周囲の者たちも、もう呆気にとられるだけではない。

 押される監視の権天使の援護に向かう炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)たち。

 

「そ、その悪魔を八つ裂きにせよ!」

 

 監視の権天使の後ろで、脳を振わせるほどの痛みに耐えながら指示を出すニグン。

 ニグンは最高級のポーションを何本も消費し、その上から治癒魔法を当てることでククリによるダメージの回復を図るも、なぜか傷が全く塞がらない。止まらない流血が川を作る。

 

【敵に『出血を伴う』ダメージを与える】

 

 (痛みが止まらんっ!傷が塞がらんっ……!血が、流れ出ていく……っ!毒……いや、呪いの類か……外道め……!)

 

 猛烈な痛みと急激な出血に混濁する意識。

 だが隊長である自分が、無様に失神するなど考えられなかった。

 なぜなら己の天使と部下たちが、勇ましく戦っているのだから。

 

 監視の権天使が身を挺してホークウッドの大剣を抑える。その身に大きな傷を負うも剣を引き抜かせない。

 そしてそこに群がる炎の上位天使。その数は一体や二体ではない。

 上から二体、左右から一体ずつ、後ろからさらに一体。

 包囲するような形で全て死角から、相手はすぐに剣を使えない。

 絶対に防げない五方向からの攻撃。完全な死地。

 

「これで……終わりだああああ……!」

 

 ニグンが何度目かの勝利を確信した時。

 

「させるかああ!!武技《六光連斬》!!」

 

 王国、無形の至宝。

 一刀六断の武技が炸裂した。

 

 死地に飛び込んだガゼフは五体もの天使を一振りで同時に撃破、その上で監視の権天使の片腕を切り飛ばして見せる。

 

 まさに離れ業。

 ニグンも顎を落とす至高の武技。

 

 そして今度はホークウッドが、ガゼフの援護に阿吽で合わせた。

 ガゼフが切り開いた監視の権天使の損傷部位にバスタードソードを深々と突き刺し、捩じり込む。広げた傷口をさらに火炎壺で焼き尽くす。

 狡猾とも言える徹底した攻撃。遂に天使が地に落ちる。

 

 初めて土に(まみ)れる監視の権天使。

 

「うおおおおおおお!」

 

 ガゼフもそこを逃さない。甲冑を着たまま驚異の身体能力で飛び乗るように跳躍すると、監視の権天使のその胸に剣を深々と突き立てた。

 

 それがとどめとなり、光へ還っていく監視の権天使。

 最後の盾も露と消えた。だが力を振り絞ったガゼフもその場で崩れ落ちる。

 それでもガゼフは望みを託す。前を走る英雄に。

 

「行ってくれ!ホークウッド殿!!」

 

 黒衣の剣士ホークウッド。

 彼は巨大な剣を片手で振り回しながらも、未だに疲労した素振りも見せない。それどころか息も上がっていない。

 明らかに人を逸脱している。

 そんな悪魔が天使の光を掻き消すようニグンに迫る。

 

「今立ち上がらなくていつ立ち上がるんだ!戦士の足は今、この時のためにあるはずだ!」

 

「この戦場で寝ていたら王国の民として生涯悔いることになるぞ!死んでも立て!」

 

「あと一息だ!何に換えてもこいつらを行かせるな!」

 

 ニグンの援護に駆けつけようとする炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)たちも、勝利への光を目の前にして燃え上がる王国戦士団によって阻まれている。

 五臓六腑を貫かれた者が立ち上がり、片手と片足を失った者まで剣を握る。

 その様はまるで不死の旅団。

 

 大量失血により朦朧とする意識の中、あまりに巨大な威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は思うように動かせない。

 

 過ぎたる力は棒にも劣る。

 ニグン最後の教訓であった。

 目の前には大きく振りかぶるホークウッド。

 躊躇(ためら)いなき一撃。

 

 ニグンは全てを捨てて、最後の声を振り絞る。

 

「最終命令!撤退だ!一人でも多く、生きて法……っ!」

 

 ――剣が振り下ろされた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 時は夕暮れ、太陽は西へ沈み東からは夜が吹いてくる。

 カルネ村は村人総出で大わらわであった。

 村の真ん中には大きな火が焚かれ、その周りには傷を負い、横たわる戦士たち。

 あちらもこちらも血みどろで、その光景は野戦後の治癒院もさながらである。

 

 本来、のどかな筈のカルネ村には似つかわしくない光景。

 しかし戦士ら全てが、村を守って血を流した者たちなのだから否はない。

 村人たちは自分の仕事など放っぽりだし、老若男女の括りなく皆で介抱にあたっていた。

 幸いカルネ村は薬草の名産地。村の倉を引っ繰り返せば、深い緑の山ができる。

 

 村人たちが治療に奔走する様を、ホークウッドは静かに眺めた。

 戦闘中天使に貫かれて殉職した者、勝利の後勝鬨(かちどき)の中で目を閉じた者、村に運び込まれてから力尽きた者、そして今から息絶える者。

 先の戦闘で多くの戦士が深い傷を負った。

 少なくない戦士たちが死んだ。

 

 ガゼフも深い傷こそ無かったが、とても動けるような状態ではない。

 しかし彼は這ってでも傷ついた部下の手を握り、励まし、称え、労い、別れを惜しんでいた。

 

 ホークウッドは羨ましく思った。

 正しく生を真っ当できる事 故国の土となれる事を。

 涙を流して仲間と死別できる事を。

 

 村人懸命の治療も甲斐なく、一人また一人と火を陰らせていく。

 薬草があってもそれを用いる薬師がいないのだ。

 しかし、死にゆく者たちも暗い穴に落ちていくという訳ではない。むしろ絶望とはまったくの無縁。

 どこか前へ進んでいくような、そんな死に方だった。

 

 美しく羨ましく少しだけ妬ましい旅立ちの光景。

 胸が抉られるようだった。

 

 堪らなくなって目を伏せる。

 そして自己を意識する。

 自分の冷たい体を手で確かめる。

 感じるのはニグンを殺害した時に取り込んだソウルの鼓動。

 見た目は、背面に生えた白い翼を曲げて前面を覆った球体。それはまるで両手で目を塞ぐ子供の様であった。

 

 【目を焼かれた羊のソウル】

 

 これを取り込んで、村を襲う脅威は退けられたはずである。

 しかしまだ感じるのだ。

 奇妙な肌寒さ、火を飲み込まんとする闇の存在を。

 ホークウッドはその闇を激しく嫌悪する。

 まるで灰の時代が己を追ってきているようで。

 

 最初はあの天使を名乗る存在を打倒すればいいのかと思った。

 そうすれば迫る闇を払えると思った。

 だが闇の気配は未だに消えない。むしろどんどん強くなっている。

 西からか東からかは分からない。しかし確実に近づいてきている。

 火の失われた時代が。

 

 時代に追われるなど、数え切れぬほどの死を経験したホークウッドでも初めての事。

 そして後ろ髪を掴まんと迫ってくる『時代』はこの上なく恐ろしかった。

 火に手をかざしていなければ狂ってしまいそうな程に。

 

 ホークウッドは震える息を整えると、また一つ消えゆく火をそっと看取った。

 

 

 太陽が山の向こうに沈んだ頃。

 一台の荷馬車が、(わだち)を引いて村にやってきた。

 御者として手綱を握っていたのは薬師ンフィーレア・バレアレ。荷台に乗っているのは護衛の冒険者たちであろうか。

 村は諸手を挙げて歓迎した。まだ助かる命があるのだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 撤退の道中、陽光聖典の隊員たちは嘆いていた。

 隊長を死を、己を力の無さを、そして人類の未来を。

 今回の陽光聖典の目標はガゼフ・ストロノーフの撃破。それによる王派閥の弱体化。

 そしてそれに伴ってリ・エスティーゼ王国王族の企む計画を遅延、または阻止することだった。

 法国の掴んだそれは、まさに人類を踏みみじるような悪辣の極みとも言うべき目論見であったのだ。

 

 売国奴は笑い、王国に冷たい風が吹く。

 

 




 目を焼かれた羊のソウル ←Get
 ――優しい――のソウル
 ――のソウル
 嘆きの―のソウル

 今回のMVP ククリ
 出血効果→傷が塞がらない→治癒不能
 捏造設定です

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