視点を気にすると、どうも筆が鉛に化ける…
どうかご容赦を
オバロ世界のやられ名人
ニグンさん登場回です
椅子に腰かけたホークウッドは、まず自身の身体に突き立つ矢を力任せにただ引き抜く。滴る血も
静かな空き家に響くのは、肉が抉れるグロテスクな音だけ。
全ての矢を抜き終えたら、仕上げにエストを口へ流し込む。
黄金色の液体が喉を鳴らして落ちていくと、ホークウッドの傷が不気味な速度で癒えていく。
ホークウッドは先ほど、矢傷を受けながらもに三十に迫る程度の人間のソウルを奪ったが、一人当たりの回収量はゴブリン以上オーガ未満と言ったところ、自身の存在の増大には足しにもならない程度だった。
これでは例え、弱者をいくら襲ったところで不毛というもの。
(やはり異形の類を狙うべきか……いや、人間にも一人だけいたな)
王国戦士長と名乗ったあの男は、この世界において一際大きな存在感を放っていた。
ならばきっといつか剣を持って相見える事になるだろう。それが今か、まだ先であるのかはホークウッドにも分からない。
鼻から抜けるエストの臭いにうんざりしながら、武具防具の整備を行っているとドアがノックされた。
ノックの音からして素手ではなく手甲。音の位置からして体格の良い男性。音の柔らかさからして粗野ではなく落ち着きを持ち、それなりに礼を知る者。
思い当たる人物といえば、さっきの王国戦士長である。
ホークウッドは座ったまま机をトンと鳴らす。
それで通じたのであろう。一拍置いてドアが解放される。柔らかな陽光と武骨な鎧を纏った偉丈夫が敷居を跨いだ。
「……失礼する」
◇ ◇ ◇
「ホークウッド殿、大事無いようでなによりだ。改めて名乗らせてもらう。私はリ・エスティーゼ王国より王国戦士長の地位を預かっている、ガゼフ・ストロノーフ。そして税で
ガゼフは机に並べられた血塗れの矢に一瞬視線を奪われながらも、王国式の礼を崩さず真摯な口調で語りかける。
思いつく限り最上の賛辞を述べるガゼフに対して、ホークウッドは無作法無遠慮を崩さない。
バスタードソードを研ぎながら感慨もなく言う。
「そうかい、それでどうした。その大仰な肩書が暇するほど、平和な時世ではないんだろう?」
「……まったくだ。貴公の偉大な良心に付け込む恥を忍んで依頼する。今一度、死地にてその剣を
石と刃が擦れる研ぎ音。
一定の間隔を保つその音が、普段より騒がしいガゼフの心音と妙に重なる。
「今この村は、
ホークウッドは黙々と砥石を当てる。その度に刃が鋭さを増す。
そしてガゼフは頭を下げ、
「しかし、奴らは当然ここにいる者たちを誰も逃がす気はない。私の次は部下たちを、部下たちの次は村人たちを、容赦なく殺すだろう。私も王の剣として決して折れるわけにはいかない。なにとぞ……!なにとぞ……っ!」
――風切り音。
頭を垂れたガゼフのすぐ上で、短く響く空気の悲鳴。
ホークウッドが椅子に座ったまま、水平に振るった一刀は部屋を真っ二つに両断した。
壁に走る
「王の剣、か……」
顔を上げたガゼフの目には、ゆっくりと立ち上がるホークウッドとバスタードソードの鈍い光が映る。
「王国戦士長と言ったな」
「ああ、私にはもったいない地位だ」
「では報酬にその名を貰おう」
「名……と言うと……?」
ホークウッドの交渉は良くも悪くも短い文脈で行われる。
当然ガゼフは説明を求める。
「俺は最寄りの街で冒険者というものになるつもりだ。異形を狩るにはそれが好都合だと聞いた。要求は俺が円滑に、より強大な異形へ近づけるよう、お前の名を用いて取り計らえという事さ」
ガゼフはホークウッドの言う異形というのはモンスターの事だろうと当たりを付ける。
強いとされるモンスターの情報を耳に入れるならば、せめて
冒険者となる場合、本来は何者であろうと採取などを主とする低ランクからのスタートとなるが、ちらりと見たホークウッドの実力を鑑みれば、確かに
そんなホークウッドが冒険者となれば、いずれアダマンタイト級として名を馳せるのは時間の問題だろうが、それまでに少なくない手間と時間が掛かることは確実だ。
(追っているモンスターでもいるのか、事情は分からないがなにか目的があるのだろう)
冒険者ランクの飛び級。王国戦士長の地位を広く知らしめたガゼフが本気で書をしたためれば、特例にはなるが可能であろう。渋るようであれば直接出向く。
気持ちのいい行為ではないが、しかし人を一人死地へ誘うにはまったく割りに合わない報酬とも言えた。
「なるほど、理解した。しかし本当にそれしきで良いのだろうか?なにか他にも……」
「俺が真に望むものは、絶対に人から差し出されるようなものではない。それだけだ」
「……承った。この度の依頼、受けて頂き深く感謝する」
◇ ◇ ◇
一丸となり突進してくる王国の騎馬部隊を見て、陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインは思う。
無能な味方ほど厄介なものはない。それが不相応に大きな体をもっていたり、力が強かったりするとなおさらである。たまに悪知恵などが働いたりすると最悪だ。殺すしかない。人類という単位で見た王国の事である。
「やはり奴も大局を見れん無能であったか」
罠だと分かっていても、目の前の餌に飛びつかずにはいられない。
犬でももう少し考えて判断を下す。
一介の冒険者に収まっているならまだしも、このような者が戦士長として指揮を振うとは、腐り切った王国に相応しいと言えばそうなのか。
人類の足を引っ張っている自覚も無しに。使命に燃えて幸せそうなことである。
「奴らの
「オオオオオオオォ!」
ガゼフ率いる王国軍からは、雲まで届く鬨の声。悪鬼羅刹も
指揮官であるニグンも、まったく威勢の良いことだと鼻で笑う。
(擦り切れるまで声を上げようが、戦闘とは剣を合わせる前に結果が決まっているもの。どれほどの戦力を用意できるか、そして如何に有利な状況で戦端を切るか。我々は準備に準備を重ねてここにいる、それを
「国のため民のためと言って勇敢に逝けるのだ。喜んで死ね、ガゼフ」
迫るのは荒々しい蹄鉄の音。
ニグンは一つ息を吐いてから指示を出す。
「総員戦闘態勢。出迎えてやろう、パーティーの準備は万端だ。ゆっくりお楽しみ頂けるよう、攻撃よりも包囲を重視して天使を展開せよ」
命令を出せば、統率の取れた動きで騎馬の群れに纏わりつく天使たち。
部下たちから放たれる魔法も併せて、確実に目標の勢いを削いでいく。
魔法により錯乱する軍馬に振り落とされる者、天使の横撃に叩き落される者。
無様に地面を転げる王国の戦士たちを見て、ニグンはまた一つ呆れたように溜息をつく。
(やはりなにか裏や策があるわけでもなし。まぁ餌に釣られてむざむざとこの檻に入ってきた時点で、貴様は既に詰みなのだが)
既に騎馬の足は止まった。
地から足を離せぬ戦士たちは、空を舞う天使に端から削られ押し潰されるのみである。それが自然の道理。
全体で見れば明らかに優勢。
だがその道理に、当然のよう逆らう愚か者が一人。
王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。
今回の作戦の目標であり、王国最強の名を欲しいままにする男である。
策略により装備を剥ぎ取られ、その戦力は片手落ち。
それでもなお、目を離せぬほど強き男。ニグンも当然ガゼフに天使を集中させていた。
しかし止まらない。
指揮官である自分に向けて、天使を薙ぎ払いながら突き進んでくるガゼフ・ストロノーフ。
ニグンは無意識の内に、懐の切り札を指で撫でた。
「武技《戦気梱封》!」
微光の籠った剛剣の一閃。
上空から襲い掛かった天使が叩き切られて消滅する。
「武技《即応反射》!」
技後の隙を無視した反則的駆動。
隙をついて左右から挟み撃った天使たちがまた光に還る。
「武技《流水加速》!」
急激な加速。
そして、それに伴う一息も付かない滅茶苦茶な連撃。
端から天使たちが切り伏せられていく。
(死兵か……!こいつ……!)
後も先も無視した武技の連続使用は、まるで命を捨てた特攻。
ニグンでさえ思わず後ずさるほどの圧力。
だがそれも長くは続かない。
身体の限界を鼻で笑うガゼフの動きは、一時的に彼の戦力を人の域から逸脱させるが、そのツケは必ずやってくる。
如何に強固な意志を持とうが人は空を飛べない。遥かなる城壁から身を投げても、宙にあるのは一時のみ、そのツケは地面への激突である。
――神は馬鹿に慈悲を与えない。
飛び交う魔法を物ともせず、天使の剣を受け止めて、天使に剣を突き立てる。
燃え盛る炎のようなガゼフの一刀ごとに、苦戦する戦士たち全体の士気も隆盛する。
だがそんなガゼフの、無理に無理を重ねた膝が遂にガクンと折れた。
「今だ!狂った獣に休む暇を与えるんじゃあない!」
前のめりに身を乗り出すニグン。
前後左右から殺到するのは天使たち。
次の瞬間、ガゼフの身に四本の光の剣が突き立つと思われたその時。
天使が爆ぜた。
四体分の光の粒が降り注ぐ中、その男は立っていた。
膝を着いたガゼフの背後。
陽光纏う天使とも、炎を宿すガゼフとも、対照的なその男。
例えるならば、二度と火の着くことのない燃え尽きた灰。
「助かる……!」
「死に急ぐな。お前に死なれては冒険者組合への渡りを失う」
ニグンの目に映る漆黒のマントは、まるで大空を掴む
「すまないなホークウッド殿。しかし貴公がいるから無茶ができるのだ」
――神は馬鹿に慈悲を与えない。
――ならば悪魔は馬鹿に翼を与える。
――善なる神を出し抜くために。
ガゼフは主人公張れるキャラですよね
ガゼフは勿論、ニグンさんも好きなキャラなので
出来る限り格好良く書きたいです