脱走者と篝火のない世界   作:THE饅頭

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ガゼフ視点
持ち上げパートです


第4話 三本目の手

 

 平原のただ中を、汗を散らして走る軍馬たち。

 地平線を望めるほど開けた地形。東から昇る太陽が朝露に湿った草木を輝かせる。

 趣味人ならば、まだ残る夜中の空気の冷たさと、斜めから射す陽の暖かさのギャップに趣を感じる事だろう。

 

 しかし馬に跨またがる戦士らは、この開けた平原に仄暗い閉所のような息苦しさを感じていた。

 皆気付いているのだ、自分たちが何者かの手の上で転がされていることに。

 

 それでも彼らは懸命に馬を走らせる。

 瞼の裏に焼き付いた、凌辱の痕が残る民の亡骸に奥歯を噛み締めしながら。

 

 その騎馬隊の中で指揮官として駆けるガゼフのもとに、先行させていた斥候から報告が上がった。

 

「報告!カルネ村近辺にて帝国の兵団を発見!」

 

 求めていた知らせに思わず前のめりになる。

 非道な殺戮を繰り返す帝国軍を、王国戦士長でありながら未だ止めることのできない自分の至らなさを悔いていたのだ。

 

 ようやく手の届くところまで来た。

 もう間に合わなかった、などと言う結果にはさせない。

 犯される民の苦を思い、ガゼフは手綱を握る手に力を込める。

 

「よし!悲劇はここで終わらせる!全員、全速でカルネ村へ向かうぞ!」

 

「オオォッ!」

 

 ガゼフが声を大にして方向を示すと、屈強な隊員たちから頼もしい声が上がる。

 目を覆いたくなるような女子供の遺体。執拗なまでに破壊された村々。

 皆、王国に根を張るものとして今回の事件には、こみ上げてくるものがあるのだろう。

 

 より一層の砂塵を舞い上げながら、王国最強の率いる軍団は突き進む。

 今はただ民のために。

 

 

 そしてほどなく村がガゼフの目にも見えてきた。

 遠目にも分かる緊急事態。

 村の目前には帝国の鎧を纏った物々しい集団。間違いなく村々を襲っていた犯人だろう。その数は百に近い。

 しかし様子がおかしい。その帝国軍は引くでもなく進むでもなく村の前で立ち往生しているのだ。こちらに気づく様子もない。

 

 さらに馬を加速させながら目を凝らすと、その原因が見えてきた。

 何者かが大立ち回りを演じ、敵の腹をかき回しているのだ。

 

 見るに帝国軍を相手取っているのは、黒衣を翻す男ただ一人。

 一対百。

 それも数だけではない。一人一人が鎧と兜で武装し、一人前に剣を振ってみせるのだ。

 それなりに場数を踏んだ冒険者パーティーであっても、これだけの人数差を前にしては飛べない虫の如く、踏み潰されてもおかしくはない。

 

 リンチにすらなり得ないような人数差。

 だが黒衣の男は十二分に立ち回って、敵集団の臓腑を滅茶苦茶に食い荒らしている。

 戦いはもうすでに陣形も何もない大混戦におちいっていた。

 

 ガゼフが目を見張るのは黒衣の男その動き。

 最初は何者かが健闘している、すぐに駆けつけねばと思った。

 次第に近づくにつれ戦闘の詳細まで見えるようになると、成り行きは分からないがこれほどの強者が村を守護している幸運へ感謝した。

 

 だが近づくほどにガゼフは違和を感じる。

 その男の動きが『あり得ないほど』死線に慣れているのである。

 

 (一体どのような……)

 

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。とガゼフは頭を切り替えて剣を抜く。

 

「全員剣を抜け!王国を荒らしまわる帝国軍は目の前だ!突撃し一気に壊滅させよ!」

 

「オオオォ!!」

 

 剣を掲げ。士気を上げる。

 相手の数は侮れないが、部下たちも王国屈指の精鋭。さらに勢いと士気は極限と言ってもいい。その上相手はあの黒衣の男に手一杯で奇襲の形となる、こちらに大きな被害は出ないだろう。

 

 そこまで考えてガゼフは黒衣の男に直撃しないように騎馬隊の突撃ルートを操る。

 

 狙うは敵集団の脇腹。

 そこがまるで脂の乗った柔らかい肉に見える、ならばそこに食らいつく自分たちは狼であろうか。

 馬を駆る全員が肉食獣の牙を思い浮かべた時、騎馬隊は獲物に突き刺さった。

 

「いくぞ!!」

 

 王国最強の率いる騎馬隊の統率された突撃。最高の条件で行われたその攻撃力は、まさに天下一品。

 その衝撃で多くの人間を跳ね飛ばし、見るものを戦慄させる威力で帝国軍を粉砕した。

 

「ぎゃあああ!」

 

「どうしたああ!今度はなんだよ!」

 

 熱したナイフでバターを切るように抵抗なく敵が割れていく。

 混乱に混乱が重なり指揮系統もすでに崩壊。武器を捨てて逃げ出す者まで出ている。

 

 大勢が決まったところで、ガゼフは敵兵の掃討と捕縛を部下に任せ、黒衣の男を探す。

 周囲は阿鼻叫喚の喧噪。

 この中で部下と黒衣の男がぶつかってしまえば、いらぬ被害が出るかもしれない。

 先にガゼフがあの男と合流して、事故を防がなくてはならないのだ。

 王国を荒らすこの帝国兵たちと対峙していた人物が、何者であるかは不明だが、会ってみなければ始まらない。

 

 そしてガゼフは気になっていたのだ。

 遠目ではあったが、まるで見た事のない太刀筋。あまりに異質なあの動き。

 こんな状況ではあるが武人の血が逸る己を自覚し、恥じる。

 

 (見つけた)

 

 男はいた。まだ騎馬の突撃が届いていない場所で敵に囲まれながらも、周囲の混乱に流されず冷静に立ち回っている。いまだ疲労を感じさせない動きだが、四方八方に敵の刃がぎらつく危険な状況にあるということに変わりはない。

 

 (話を聞きたいが、まずは村と御仁の安全を確保する事が先決)

 

 ガゼフは馬を走らせると、立ちはだかる有象無象を鎧袖一触にして黒衣の男に接近。その周囲にいた敵を一息に蹴散らした。

 

 

 ――途端に殺気。死角から迫る極太の圧力。

 

 

 総毛立つ感覚と共に、ガゼフは半ば反射的にそちらへ剣を向ける。

 

 その一刀はガゼフが知る中でも、とびきりの重撃だった。

 衝撃は受けた剣の腹を貫通し、鎧の中の骨を軋ませる。骨を伝った衝撃はガゼフの胃の腑まで殴りつけてから背中へ抜けていく。

 鼓膜をぶち抜く激突音。

 続いて浮遊感。

 

 ガゼフは一般兵士程度ではインパクトだけで気を失うほどの衝撃を正面から受けきり、地に立った。

 そして、黒衣の男をじっと見据える。

 

「戦士長、大丈夫ですか!」

 

「待て!!」

 

 馬から叩き落されたガゼフを見たその部下が、剣を振って男とガゼフの間に入ろうとするも、ガゼフはそれをすぐに止めた。

 

 ガゼフの目に映る黒衣の男。

 その男は荒れ狂う騎馬の波を前にして、一歩も引かず立っていた。

 上半下半を問わず突き立つ矢を物ともせずに立っていた。

 その目は未だ闘志に揺らぎ、村を背負って立っていた。

 

 威風堂々と。

 

 ガゼフは部下に言った、己の言葉を反芻する。

 

 ――期待しなかったか?力を持つ貴族や冒険者が助けてくれることを

 

 ――ならば我々が示そうではないか、危険を承知で命を張る者たちの姿を

 

 ――弱きものを助ける、強き者の姿を

 

 この男が何者で、どんな真意を持ってここに立つのかは分からない。

 だがガゼフは思ってしまう。

 自分の言葉を、まさに体現する人物が今ここにと。

 

 視線を交差させたまま少しだけ時が流れた。

 戦況は既に掃討戦。蜘蛛の子を散らすように逃げていく帝国兵と、それを捕まえて捕虜としていくガゼフの部下たち。

 

 周囲の安全が図られた頃、ガゼフから口を開いた。

 

「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ。この近隣を荒らしまわっている賊を退治するために王の御命を受け、村々を回っているものである」

 

 ガゼフは重々しく頭を下げる。

 

「まずは感謝を。村を救っていただき、言葉もない」

 

 男は動かない。

 周囲には積み上がるほどの帝国兵の死体。

 

「あの数の賊を相手に、村を背負って立った貴公の雄姿に感銘を受けた。名を教えていただけないだろうか」

 

「…………」

 

 ガゼフの言葉など聞こえないかのように、男は風を切って血を払うと、巨大な刃を背に収めて村の中へ入っていった。どこか項垂れた様子で。

 

「おいっ……」

 

 尊敬する戦士長への無礼な態度に、その部下は身を乗り出すもガゼフはそれを制す。

 

「良い。なにか事情があるのか、ただ寡黙な御仁なのか……。なんにせよ本隊は追撃に行った者らの帰還を待ち、村人の安否確認と捕虜への尋問だ。そして念のためあの御仁にも何人か付いてくれ、刺激せぬようにな。俺は村長と話してくる」

 

 そうやって指示を出すとガゼフも村の中へ。

 村内に家の外へ出ている人はなく、色で言えば灰色の寂しい風景。さっきの男ももう見当たらない。

 

 (せめてポーションだけでも渡したかったが……)

 

 強く印象に残る黒衣の男。しかしまずは王国戦士長としての役目を果たす。

 

「村の者たちよ!私は王国戦士長ガゼフ、王の命によりカルネ村に参上した!安心してくれ!村を襲う賊は既に討ち取られた!しかしまだ残党が隠れている危険がある、村長から知らせがあるまで外に出ないように!」

 

 声を大にして呼びかける。ガゼフは太い首から発される声は村中に響き渡ると、窓や扉から村人たちがちらほらと顔を覗かせ始め、灰色だった景色に色が付き始める。

 

 村人たちは小さく扉を開けるだけで、いまだ怯えの残る空気。その中で一人の村娘が意を決したように飛び出してきた。

 その少女を表すとすれば、路傍に咲いた小さく黄色い花だろうか。

 

 話を聞くにどうやらその少女は、ホークウッドなる人物を探しているようであった。

 

「む……その方は?」

 

 ガゼフが問うと少女は俯いて話し始めた。

 なんでも村を襲う賊に一人で立ち向かった勇者がいるという。少女はその安否を心配していた。

 当然ガゼフはその人物に心当たりがある。

 

「安心してくれ、彼は強い。怪我はあるようだが賊なんかに遅れは取らなかったさ。この村を守ったのは彼だ」

 

 

 まずは安堵の声。

 その少女はあの黒衣の男に恩があるようで、しかしに自分に差し出せるようなものはなく無事を祈ることしかできない。と、まるで懺悔するように語る少女にガゼフは応える。

 

「恩返しも生きていてこそ、まずは健やかに生きることだ。それが君の誠意だろう」

 

 こくりと頷く少女。

 

 数十の剣と矢を、その身一つで受け止めたあのホークウッドなる人物が居なければ、自分は確実に間に合わなかった。そして目の前の娘にも、凶刃が迫っていたであろう事実をガゼフは内心で噛み締める。

 

「すまないが村長のところへ案内して貰えないだろうか。被害の確認と事の経緯について話さなくてはならないんだ」

 

 それからガゼフは少女について村長宅まで歩いた。

 胸を張らず少女に合わせた小さい歩幅で。

 

 

 村長宅に着くと挨拶もそこそこに、お互い知りたいことを聞き、知らせたいことを口にした。

 

 早朝ということで狩りや薬草摘みに行っていた者もおらず、他の村などに助けを求めに行った者の確認はまだ済んでいないが、村に留まっていた人々は全員無事であろうこと。帝国の兵に襲われるような心当たりは当然、この村や周囲の村々にもなかったであろうこと。

 

 そしてホークウッドなる人物は、ガゼフを案内した少女エンリとその父親を街道でモンスターから救い、彼らを無事に送り届けるためカルネ村まで足を運んだこと、だがその素性は村長にも知れないということがガゼフに伝えられた。

 

「村も少々逼迫した状況で大したお構いもできず、私は古い空き家の鍵を渡しただけ。しかし御方は酒も料理を求めることなく、村の状況をお察しくださったのか路銀すら要求されませんでした。鍵をお渡しすると「長くは使わない」とおっしゃて、ただ静かに空き家の方へ向かったのを覚えております。村長として村民を救ってくださった彼を、ささやかながらにでも歓待できないのが恥ずかしくなりました」

 

 そう話す村長。

 ガゼフはそれを聞いて思わず口に手を運ぶ。

 なんと立派な御仁であろう。

 

「彼はなにか村に所縁のある人物ではないのだろうか?」

 

 ガゼフは村長に問う。

 宮仕えで腹の黒い貴族に毒されてしまったのだろうか。本当になんの理由もなく、ただ目の前にいたから手を差し伸べた、などとはやはり考えづらいのだ。

 

「この小さな村であのような大人物との縁などあれば、先代先々代からのものであろうと、今日まで伝えられている事でしょう。我々のできたことなど、宿を一夜貸し与えたくらいで……」

「では……まさか本当に、なんの見返りなしにあの戦場へ身を投じたのか……まるで一宿の恩に報いるため……あれほどの矢傷を受けてまで……」

 

 ガゼフは全身に突き立つ矢を物ともしない、ホークウッドの立ち姿を思い出す。

 

「そうであったのなら……村はホークウッド様の名を代々に渡って語り継がせていただくしかありません。それが出来なければ、この村は言葉を持たぬ恩知らずの畜生が住む村という事です」

 

 確かな語気で語る村長。

 そこまで聞いたガゼフはまさに英雄章の一端に触れたような、衝撃に似た感慨と感嘆に浸っていた。

 

 だがその時、唐突に扉が開かれた。

 

「戦士長、哨戒班より伝令!周囲に複数の人影、村を取り囲むように接近しつつあります。そしてそれらの様相は魔法詠唱者(マジックキャスター)に類似とのことです」

 

 報告を聞くや否や、ガゼフはすぐ村長やその家人の頭を下げさせると外に飛び出る。

 村内で村人の安否確認をしていた部下たちへ、住民の避難継続と隊員の全員招集を命じた。

 

 そしてガゼフは家屋の影から村外の様子を窺う。

 まだ距離はある。しかしそれはなんの気休めにもならない。

 見えたのは宙に佇む天使たちの鋭利で硬質なシルエット。

 そしてそれを従える魔法詠唱者。

 

 あれほどの天使を召喚しコントロールできるとなれば、最低でも第三階位の魔法を扱える魔法詠唱者だ。第三階位と言うと選ばれた者のみ到達しうる、才能の壁を超えた階位である。人類全体で見てもそこに到達しうるものは極希少、選りすぐりの精鋭と言っていい者たちだ。

 それが一人や二人ではない。十か二十か、いやもっと。余裕をもって村を包囲してしまう程の人数が揃っている。

 

 これほどの魔法詠唱者を集めた精鋭部隊は帝国にもないだろう。可能であるとすれば、ガゼフの知る限りスレイン法国の特殊部隊、六色聖典のいずれかか。

 

 一軍に匹敵する戦力。村を一つ、部隊を一つ、相手にするにはあまりに過剰。

 

 なぜこんな戦力がいまここに。

 ガゼフは分かっていた。狙いは十中八九自分の命であると。心当たりは山ほどある。

 そして自分一人の命で済むような状況でないことも分かる。自分が倒された後、村人と部下たちを当たり前のように皆殺しにしていくだろう。相手は法国特殊部隊。村人らは勿論、軍馬を駆る部下たちでも、きっと逃げることは敵わない。

 

 そして戦っても勝ち目はない。

 相手は十二分にこちらを圧殺できるだけの戦力を揃えている。掌の上。計算の内なのだ、今の状況全てが。

 

 (いや、法国も我々も王国の貴族らも計算外のことがある。一つだけ)

 

 今この場で、唯一法国の手の上に乗っていないであろう存在。

 神ですら見通せなかったであろう、余りに唐突な不協和音(イレギュラー)

 

 

 謎の流浪人ホークウッド。

 

 

 今、三本目の手により鍵盤が鳴らされる。

 演者も奏者も作曲者も。

 誰も予想できない不協和音。

 

 

 




勿論作者にも予想できません

きっと次こそニグンさんまで進みます

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